5.炎の石
「ああ、そうだ!ウォルターに渡したいものがあったんだ」
グリフは自分の懐から赤い宝石のようなものを取り出した。手のひらに収まる程の小さな宝石をつまみ、ウォルターは不思議そうな顔をする。
「なんだ、これは?」
「これは火炎石。炎系の武器などに使われているレッドクリスタルの原石だよ。加工前で不純物も取り除かれていないからレッドクリスタルより威力は落ちるけど、それでもかなりのを蓄えているから投擲武器としてつかえる」
グリフは自信満々に説明をする。
「俺は今まで剣一本で困難を乗り越えてきたんだ。今更そんな小道具を使う気にはなれん」
「ここは国の外ですよ。何が起こるかわかりません。お守り代わりにでも持っていてください」
火炎石を毛嫌いするウォルターに、グリフはため息を吐き助言した。火炎石からかすかな熱がウォルターの指に伝わってきた。無理矢理渡されたような気がするが、ウォルターは仕方なく持っておくことにした。
「そういえば、オーガの住んでいる大樹ってことは、多分オーガとも戦うことになるのよね?」
馬車の中からレナが質問する。
「その通り。かなり大きいオーガが住んでいる。でもオーガは1体だけだから僕とレナでなんとか倒せると思う。だからウォルターは、そのクレイマムとかいうやつをやっつけてくれ」
グリフの顔から、村を襲われた怒りと決意が伝わってくる。馬車の行く先には、大樹が要塞のようにそびえたっていた。
大樹の前に着き、ウォルター達は馬車を降りた。大樹の入り口には扉はなく、入り口まで大樹の幹に沿って螺旋階段が続いていた。
「ここがオーガの住む大樹....」
ウォルターがボソッと呟き、全員の表情が引き締まる。そしてウォルター達は螺旋階段を登っていった。
しばらく上り、入り口から大樹の幹の中に入ると、中は意外に広く、その部屋の中央には人型の巨大な緑色の生き物が、大きないびきをかいて寝ていた。
部屋の左奥の階段の上に、手に小石を持ったクレイマムの姿が見えた。
「クレイマム!」
ウォルターの怒りの叫びにクレイマムは勝ち誇ったように言葉を返す。
「お前程度の強さではミクストピアには勝てない!オーガと戦い、現実を見るんだな!」
クレイマムは手に持った小石を人型の巨大な緑色の生き物に投げつけた。
「いで?!」
低くて太い声が部屋に響き渡る。部屋の中央で寝ていた緑色の生き物が頭を押さえながらむくむくと起き上がってきた。3メートルほどあるであろう巨体は、腹は膨れているが手足は筋肉質であり、棍棒を構えた姿はまるで地獄から来た鬼であるかのようだった。
「おまえらなにしてくれるだぁ!」
鬼のような形相で怒るオーガの後ろで、クレイマムは上の階へと昇って行った。
「ここは私とグリフに任せて!ウォルターはクレイマムを追って!」
レナはそう言うとオーガにクロスボウで矢を打ち込みながら階段とは反対方向に走った。
「おう、絶対仇を討ってみせる!」
ウォルターは階段を駆け上がる。
「逃がさねえどぉ!」
オーガはウォルターを階段ごと叩き潰そうとした。しかし、オーガの棍棒を持っている腕に青い液体が入った小瓶が当たり爆発した。それはグリフが投げたものだった。
「い、いでぇぇぇぇ」
「それはクラヴィラ。空気に触れると爆発するこわーい物質。腕に当たった瞬間便が割れて、空気に触れたから爆発したんだ。君、人間だったら死んでるよ」
痛みでもがくオーガに自信満々に説明をするグリフ。ウォルターはグリフに「ありがとう」と言うと、上の階へと走っていった。
上の階には誰もいなかった。下の階と同じ造りになっていたが壁や天井、床に刃物で切った跡がたくさんあった。ウォルターがふと横を見ると、壁に大きく文字が彫られていた。
【ギルハートよ、安らかに眠れ】
ギルハート......ウォルターにとってその名前は聞き覚えのあるものだった。確か....ウォルターの父、ジフィートが時々口にしていた名前だった。ジフィートは彼を最も尊敬する人だと言っていた。
「ギルハート、何故その名前が....」
今のウォルターには何故こんな場所にその名前が彫られているのかがわからなかった。父との関係も....。
「あいつなら、何か知ってるかな?」
ウォルターは部屋の端にある階段を昇った。上の階は壁にツタが伸びていて、花が咲いていた。壁に沿うように続いている螺旋階段。その階段を警戒しながら登っていった。
「もう許さんぞ。おまえら、叩き潰すぞ!」
レナ達はウォルターを上の階に行かせた後もオーガと戦い続けていた。オーガは怒り狂い、棍棒を何度も何度も振り回した。隙を見て矢を打ち込むレナと棍棒を避けるのに必死なグリフ。しかし、とうとうレナは避けきれず、棍棒に当たり壁にたたきつけられた。
「うぐ....」
「レナ!」
グリフがうずくまったレナに気を取られている隙にオーガは棍棒を構え、「死ね!」と言ってグリフに振り下ろす。
ああ、もう死ぬのか。グリフは死を覚悟し、目をつぶった。
....しかし、棍棒はグリフに当たらなかった。攻撃が外れ、グリフの真横の床を叩いただけであった。
「あで?おだの様子がおかしい。あだま、くらくらする」
オーガは口を押え、ゴホゴホとせき込んだ。オーガの手のひらには吐血した血で赤く染まっていた。
「おで、じぬの?おで....うわぁぁぁぁぁ!」
オーガは泣き喚いた。やがて立てなくなり、その場に倒れ、息をしなくなった。
「た、助かったのか....」
グリフはその場に崩れた。
「ようやく、矢の毒がきいたようね....」
レナが立ち上がり、グリムのほうへと歩く。
「その毒はかなり強力よ。きっとオーガにも効くと思うわ」
レナはグリフに手を差し伸べる。グリフはレナの手を借りて立ち上がった。
「さあ、行くわよ」
「ああ」
レナとグリフは階段を上がり次の階へと向かった。
ウォルターが階段を登りきると、木の幹から外に出た。足場は木の板で平らにされており、空は木の枝と葉っぱで覆われている。木の葉から刺した光に照らされ、クレイマムの顔を覆う笑った鉄兜が輝く。その後ろには、ツタで手足を縛られたフェリシアが横になっていた。目から出た涙が、フェリシアの感じた恐怖を物語っていた。
「ウォルター」
フェリシアの震えた小さな声がウォルターにははっきりと聞こえた。
「速かったな、少年よ。どうせオークは仲間に任せ、お前だけ先に階段を登ってきたのだろう。違うか?」
クレイマムはまるで想定内であるかのように問いかける。
「だったら何だ?俺の仲間はオークには負けない」
ウォルターの確信めいた発言にクレイマムは鼻で笑うと、腰に下げた剣を抜いた。
「どのみち私たちの戦いには支障はない。少年よ、お前の力を見せてもらうぞ!」
クレイマムの言葉を聞いたウォルターは、剣を抜き、クレイマムに切りかかった。
「ギルハートについて喋ってもらうぞクレイマム!そのあとで親父の仇を討ってやる」
ウォルターは剣を振る。クレイマムはそれをかわそうとするが、ウォルターの剣先が顔を覆う鉄兜をかすめる。
「強くなったな少年よ。だがそれではまだ私は倒せん。ギルハートについても喋らせることもできんぞ?」
「なんだと?!俺がまだ力不足とでも言いたいのか!」
ウォルターはクレイマムの言葉が気に入らず、攻撃を仕掛ける。しかし、クレイマムはウォルターの攻撃をはじき、連続でウォルターに切りかかる。ウォルターはその攻撃を防ぐだけで精一杯であり、だんだんと後ろに下がっていった。
ガキン!
とうとうウォルターの剣が折れた。クレイマムはウォルターを蹴り飛ばし、ウォルターは床に倒れこんだ。すぐ後ろには床がなく、もう少し遠くに飛ばされていたら大樹から落ちて死んでいたところだった。クレイマムは剣の先をウォルターの顔の前に向けた。
「あの頃から成長はしているようだが....まだまだだな」
クレイマムは残念そうに言った。そして、クレイマムがウォルターに剣を振り下ろそうとした時、階段を登ってきたレナとグリフの声が聞こえた。
「「ウォルター!」」
今まで、使う機会がないと思っていた火炎石。もうグリフからもらったことすら忘れていたが、レナ達の声でウォルターはとっさに思い出し、火炎石を投げつけた。火炎石はクレイマムに当たると、勢いよく発火し、クレイマムを炎に包んだ。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!」
クレイマムはもがき苦しみふらふらとよろめいた。
「少年よ、残念だったな。ギルの情報はお預けだ」
そう言うとクレイマムは倒れこむように大樹から落ちていった。
グリフはフェリシアを縛っているツタをほどいた。
「ありがとう、グリフ」
フェリシアは微笑んだ。
ウォルターがゆっくりと立ち上がると、後ろからレナが抱き着いてきた。
「....ばか!死んじゃうかと思ったじゃない」
泣きじゃくるレナにウォルターは優しく、そして力強く言った。
「親父の仇、とったぞ」
★
ウォルター達は階段を下りて行った。そして『ギルハート』の文字が彫られている部屋まで戻ってきた。
「お前さんが、クレイマムを倒したのか」
突然どこからか声がした。ウォルター達はあたりを見渡す。
「誰だ!」
「ここじゃよ」
ウォルターの声に返事をした方向を向くとそこには誰もいない....いや、壁に何かが生えている。よく見るとそれは緑色のやせ細ったお爺さんの上半身だった。
「うわぁぁぁ!」
グリフが驚いて腰を抜かす。
「わしが眠りから覚めたということは、クレイマムが倒されたということ。マムを倒したのはお前さんじゃな?」
老人はウォルターを指さす。
「ああ、そうだ」
「なら、たくしたいものがある」
そう言うと老人は壁に立てかけてあった剣を手に取ってウォルターに渡す」
「こ、これは?!」
「世界統一戦争前に作られた。どんな攻撃でも折れることのない龍の魂が宿った伝説の剣」
「「ドラゴンハート」」
ウォルターと老人の声が重なった。
「そして、ギルハートの使っていた剣の一つでもある」
「伝説の武器を....ギルハートが?!」
驚きを隠せないウォルター。後ろからフェリシアが疑問をぶつける。
「でもなんでここにあるの?」
「ここが、もともとはクレイマムの城だったからだ。昔、クレイマムはここを拠点に周りを探索していた。今ではオークの住み家になっておったがな」
「なぜクレイマムがギルハートの剣を?」
ドラゴンハートに夢中だったウォルターが老人に聞く。
「それは私の口からは言えない。だがお前さんもいずれ知ることになるだろう」
「それはどういう....」
ドン ドン ドン!
下の階から何かが暴れる音がする。
「ひぇ~、いかん。オークが暴れておる」
老人は頭を抱える。
「オーク?僕とレナで倒したはずじゃ....」
いつの間にか起き上がったグリフが話す。
「このままではここも崩れる。お、お前さんたち、倒してきてはくれぬか?」
老人はかなり焦っている。
「ああ、どのみち倒さないとダメっぽいしな」
そう言うと、ウォルターは伝説の剣、ドラゴンハートを腰に差し、レナ達と一緒にオークのいる部屋へと向かった。