4.英雄の仇
「ついたぞ」
老人が行く先には、森を切り開いて作られた小さな村があった。だが、よく見ると村の人たちには猫のような耳が生えていた。
「猫のような耳....一体どういうことだ!」
剣の持ちてに手を添え、ウォルターは老人に聞いた。この村の人たちは人間とは少し体の構造が違う。で、あればミクストピアと関係があるかもしれない。
「マ病大感染事件を知っておるかな?わしらはその時マ病に感染した人々じゃよ」
老人はフードを脱ぎ、頭に生えている耳を見せた。
「ここはバームズ村。当時のマ病感染者たちを隔離している村じゃ」
マ病大感染事件......どこからか町に侵入した二足歩行する狼のような魔物によってもたらされた事件。魔物に嚙みつかれたり引っかかれたりすることで【マ病】に感染する。当時の新聞では感染者は全員死亡したと報道されていた。
「全員死んだと聞いているが....」
ウォルターは鋭く睨む。しかし、老人は落ち着いた様子を保っている。
「マ病は人を殺す病気ではなかったのじゃよ。....立ち話もなんだ、続きは中で話そう」
老人は村の中へと入る。ウォルター達も老人についていく。
「グリフ!久しぶりだなぁ、元気にしてたか?」
村の若者がグリムに話しかける。
「まぁ、色々あったけどね..ペトのほうはどう?」
「最近忙しくてさぁ、今もエミリーに散々こき使われている最中なんだけどよぉ」
「じゃあ僕も手伝うよ」
グリフの発言にペトは少し驚く。
「いいのかよ、お友達来てるんじゃねーの?」
「俺はかまわないよ。グリフを散々こき使ってやってくれ」
ウォルターはニヤニヤとしながら言った。
「ウォルターさん....そこまでくると悪意を感じますよ」
グリフはじろっとウォルターを見る。
「敬語が抜けてないぞ、敬語使えなくなるぐらい働いてこい!」
「わかり....わかったよ。なれるように努力する」
グリフはペトと一緒に村の奥のほうに歩いて行った。
「相変わらずじゃのぅ。お二方はわしについてきてくれ」
老人は村で一番大きな家にウォルター達を案内した。
「さあ、座ってくれ」
老人の言われるままにウォルター達は座った。
「お茶をお持ちしました。ごゆっくりどうぞ」
ふくよかなおばさんがテーブルにお茶を用意した。ウォルターとレナは軽くお辞儀をした。
老人はテーブルに着くと話し始めた。
「さて、マ病が人を殺す病気ではないというところからじゃったな。マ病はな、人を殺すのではなく人を魔物に変える病気なのじゃよ。」
「魔物に変える?!じ、じゃあフェリシアは、フェリシアは生きているのか!」
ウォルターは目の色を変えて老人に問いかける。
「ああ、生きておるよ。もうそろそろ帰ってくる時間じゃ、その目で確かめるといい」
老人が言い終わるのと同時に扉が開いた。そこには青いリボンの髪飾りをした猫耳の女の子がふんわりとした長い銀髪をなびかせ、立っていた。吸い込まれそうなほど深い青色の瞳がウォルター達をじっと見つめていた。
「もしかして....ウォルター、レナ?」
銀髪の女の子はすでに溢れそうな涙をこらえ、二人に近づく。ウォルターとレナが席を立つと、女の子は二人に抱き着いた。その大きな瞳からは涙があふれていた。
「久しぶりだな、フェリシア」
ウォルターはフェリシアの頭をなでる。レナは自分の涙を止めれないまま、何も言わず抱きしめ返した。
★
ウォルターがまだ13歳になったばかりの時、ウォルター、クラム、レナ、フェリシアは鬼ごっこで遊んでいた。いつもウォルターが鬼で、クラム、レナ、フェリシアが逃げる役だった。そしていつもウォルターが勝つ....しかし、あの日は違った。
町の中の空き地、草すら生えない空き地で少年の声が聞こえる。
「よーし、クラム捕まえた!」
少年ウォルターはガッツポーズをする。
「もー、クラム情けないわね。それでも、ウォルターと同い年なの?」
レナはムスッとしてクラムに言う。
「それを言われると....返す言葉もない......」
クラムは何も言い返せなかった。そんなクラムの代わりにウォルターが言葉を返す。
「レナもフェリシアに負けないように頑張れよ。同い年としてな」
「うう....」
レナは何も言い返せなくなり、そっぽを向くしかなかった。
「さてと、あとはフェリシアだけか」
ウォルターは空き地を飛び出し町中を走り回る。
ふと路地裏からガサゴソと物音が聞こえる。
「フェリシア、いるのか?」
その声に反応したのは大きな毛の塊....いや、毛の塊だと思っていたそれは人間のように立ち上がり、振り向いた。それは灰色の狼の姿にパンクな衣服を着た魔物だった。
ウォルターは恐怖で足が震え、動けなくなっていた。
「なぁ、俺のこと見たよなぁ。なら....生かしちゃおけねぇな」
そう言うと魔物はウォルターに襲い掛かった。
「危ない!」
どこからか声が聞こえた。そして声の主はウォルターを右に押し、ウォルターは魔物の攻撃を回避できた。しかしその声の主は紛れもない、フェリシアだった。フェリシアは魔物に引っかかれ倒れた。フェリシアの肩から流れた血が銀色の髪の毛を赤く染めていく。
「......フェリシア....フェリシア!」
ウォルターはフェリシアのもとへと駆け寄る。
「なんで....なんでなんだよ。目を覚ませよ」
ウォルターが何度呼び掛けても人形のように動かない。ウォルターの目からあふれた涙は、頬を伝ってこぼれ落ちた。
「ちっ」
魔物は舌打ちをし、路地裏を逃げていく。
「追え、追えー!」
兵士が魔物の後を追いかける。
感染対策をした救急藩の馬車がすぐに来て、搬送用のベッドにフェリシアを乗せる。それを最後に国内でフェリシアを見ることはなかった。
――――あれから9年の時を経て、ウォルターとレナは遂にフェリシアに再会したのである。
★
「今日はもう遅い。夕飯の後、ここに泊まっていくといい」
老人の言葉にウォルター達は甘えさせてもらうことにした。
次の日、ウォルター達は森に入った時に、魔物に倒された馬車の積み荷を回収しに行くのだが....
「こいつは何だ....」
ウォルターは、二足歩行する大きなトカゲのような生き物にあっけらかんとしていた。
「これは、ビッグサラマンダーのケリーちゃん!体力もあって灼熱の砂漠にも耐えて見せちゃうよ!」
どや顔でグリフが言う。
「これに乗っていくの?変わった生き物ねぇ」
レナは見たこともない生き物、ケリーに興味津々だ。
「行く気満々かよ。ハァー」
ウォルターがため息をつく。
「私がいてはまずいわけ?」
レナはウォルターに質問する。
「いや....俺がレナに怒ったのは、外はマ素に汚染されているから精霊の加護を受けない者はマ病にかかってしまうからだ。だがマ病に感染しても猫耳が生えるくらいならどうってことないかもな」
「そしたら私がさらにかわいくなっちゃうわね」
レナは長い茶髪をなびかせる。
「そこはノーコメントで」
「かわいいって言ってくれてもいいじゃない」
レナは不満そうに呟いた。
「まぁでも、そう思うと命かけて精霊の加護を受けるのがばかばかしく思えてきてな」
「そんなに大変なの?」
レナがウォルターに質問する。
「ああ、精霊の加護の適性がないと加護を受けたときに死んでしまうんだ。そして適性のある人はほんの僅かしかいない」
「ってことは、ウォルターに適性がなかったら....」
「今頃俺は死んでいただろうな」
ウォルターのその言葉を聞いた瞬間、レナは恐ろしくなった。
「とにかく、行くぞ。レナ、グリム」
ウォルターの声に二人はうなずいた。
「私は....」
フェリシアも行きたそうにしている。
「フェリシアは昼飯の準備を頼む。力仕事は俺達に任せろ!」
フェリシアはウォルターに頼まれて少しうれしそうな顔をした。
「わかった。今日の昼はとびきりおいしいものを作るね!」
そう言うとフェリシアは走って家に入っていった。
ウォルター達は、イノシシの魔物に襲われた場所に戻り、ようやく倒れた馬車にたどり着いた。三人は荷車を起こし、中を調べる。
「あー、これは相当やられちゃってるね」
グリフは苦々しい顔で呟く。壊れた道具やダメになった食料を取り除くと、中身は半分より少なくなっていた。
「とりあえず村まで運んで行って、明日ぐらいに出発しよう」
ウォルターは荷車をケリーにつなぎ、ウォルターとレナは馬車に乗り、グリフは御者として馬車を運転していった。
村が見えてきたころ、ウォルター達は異変に気が付いた。村に人の気配が全くしないのだ。ウォルター達は村に馬車を止め、手分けして村中を探し回った。
「どうだ、いたか?」
村の小さな広場でウォルターが二人に聞く。
「いえ、いなかったわ」
「こっちもダメだった」
何故、村人は消えたのか。フェリシアの行方は?ウォルター達が考えていると、屋根の上からオーホッホという笑い声が聞こえた。声がしたほうを向くと、そこには道化師のようなデザインの鎧で身を包んだ....ウォルターが最も憎む相手が屋根に座っていた。
アルフド王国の英雄であり、ウォルターとレナの父であるジフィートを殺した張本人。当時、ウォルターはジフィートが殺されるところを何もできずにただじっと見ているしかなかった。
「滑稽だねぇ。何にも知らない敵が慌てる姿を見るのは」
憎たらしい声にウォルターは怒りをあらわにして叫んだ。
「クレイマム!」
「正解!私はクレイマム、ミクストピアの副司令官よ。少年、覚えてくれたのには評価するわ」
その言動に怒りを抑えれなくなったレナがクレイマムにクロスボウの矢を放つ。
「父さんの仇!」
クレイマムはそれをひらりとかわし、ホッホッホと笑う。
「オーガが住んでいる大樹。そこで私は待っている」
そう言い残し、クレイマムは空に消えていった。
「......グリフ、案内してくれ....オーガの大樹に!!」
憎しみと怒りにウォルターは蝕まれていた。