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第0i話:糸の壁  作者: 吉野貴博
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上中下の下


 三日ほど経って叔父に

「ちょっと試してみたいことがあるんですが」

と言ってきた。

「試して何も起こらないかもしれませんが、何か起こったときに何が起こるか解りません。取り返しの付かないことが起こるかもしれないので、許可をいただきたいんですが」

「何をするんです?」

 叔父も興味津々だ。

「とりあえずいろんな音を経験してきた者としましてね、音を大きく二つに分けると、普通の音と、超常現象の音とに分けられることが解ったんです。

 普通の音っていうのは、何かが接触して、振動して、伝わって、鼓膜を揺らします。

 超常現象の音っていうのは、音がする原因は不明で、耳の不自由な人にも聞こえてしまうという、物理の法則を超越する音です。なぜ音がしたのかだけでなく、なぜ聞こえるのかも解らない、そんな音です。

 で奥の部屋から聞こえてくる音ですけどね、音自体は普通の音です」

「はあ」

「振動があります。手をかざしたら、手に感じるものがあります」

「そうなんですか?」

「ええ。で、普通の音にもいろいろと種類がありますが、あれはエネルギーが突然解放されて鳴る音ではなく、圧力が強まって、耐えて耐えて、耐えきれなくなって破裂する音です」

「そんなことも解るんですか?」

「ええ、ですから糸の壁を注意深く見ていますと、音が鳴る前、微妙にですがこちら側に少し動いています。いつ鳴るかは解らなくても、糸の壁が動き出したら鳴るまでの間隔は一定です」

「えー!そうなんですか?」

 いや、僕も驚く。

「なんであの壁が絹の糸なのか、それ以上に強かったらその程度じゃ動かないでしょうし、それよりも弱かったら壁としての役割を果たせないからじゃないでしょうか」

 意味が解らない。

「いや、よく解りませんが」

と叔父。

「あの糸の壁には何かの意味、役目があるんでしょう。それが絹より強くても弱くても、その役目を果たせないんじゃないかと睨んでます」

「うーん」

 今までに考えたことのないことをいわれ戸惑って、

「理解はできませんが、それはそれとして、で、何を試すんですか?」

「音がした瞬間、こちらからも音を出します。音をぶつけてみるんです」

 叔父は目を瞑って下を向いて考え始めた。いったいそのことに何の意味があるのかさっぱり解らない。

「…うん、いいでしょう、やってみてください」

「繰り返しますが、やっても何もないかもしれませんよ。思いつきです。ただ、片側からの刺激にはずっと耐えてきた糸の壁が、こちらからも刺激を受けたらどうなるか、見てみたいんです。何も起こらなければ、それもまた結果です」

「まぁどうぞご自由に」


 というわけで次の音がするあたりに、

「なにかやるらしいですよ」

と伝えられた曾祖母様も家人に支えられて見に来たし、他の家人もやって来た。

 みんなヒマなのである。

 もちろん仕事とはいえこんな孤島に来ることを了承したくらいだから、都会で遊びたいとか、人と触れあいたいだなんて気持ちはほぼゼロだろうが、それでも何かあるなら見てみたいのだろう。

 テレビはない、ラジオは電池式のはあるが誰も天気予報くらいしか聞かない、僕ともほとんど喋らない、一族の誰かからスパイとして送り込まれているんじゃないかって想像するのがくだらないほどひっそりとしている人たちだ、

 そんな人たちでも何をするのか見に来るというのは、やはりあの部屋が気になっているんだろうな。

 男の人がこちらの部屋の中央に立ち、みんなその後ろで黙って様子を見ている。僕と叔父は男の人の横で事態を見守っている。

 平均的な音が鳴る時間は過ぎたが音はせず男の人も何もせず、糸の壁に集中している。

 それから一分経ち、五分経ち、ようやく左の掌を糸の壁に軽くかざすように腕を上げて

「ほら、動き出しました。少しずつ、少しずつこっちに盛り上がっています」

 と言うのだが、糸の壁を見てもさっぱり解らない。

 しかし男の人は右手をすっと出し、両掌を少し広げ向かい合わせ、動きを止めた。

 真剣な顔で、それから何秒かして、ノーモーションで手を叩いた。

 その瞬間、部屋の向こうでもバタンと音がし、同時に糸の壁がザッと落ちた。

 みな息を呑む。

 しかし、しかし、これだけならば手で糸を振り払うのと同じ事じゃないかと口にしようとしたとき、部屋の向こうから


 ギ、ッギー


 と木の軋む音がし、いや、この長さは扉が開く音だ。

 初めてのことに誰も何も言えない。曾祖母様も目を丸くして驚いている。

 男の人は叔父に

「さ、扉を開けてみてください」と促した。

 叔父はいちおう持って来ていた鍵を錠に差し、回転させると、鍵は澄んだ音をたてて開いた。

 鍵が外れると支点を失い糸の壁が完全に崩れる。

 扉を少し開けただけで叔父は驚嘆の表情を浮かべ、覚悟を決めたふうに体勢を整えたが、ふと気がつき、曾祖母様のところに戻って背におぶった。

 そして僕に

「お前も、来なさい」

と言うと、男の人にも顔を向けて

「君も見る権利はあるか」

と促した。

 叔父は曾祖母様にしっかり掴まるよう言い、その手応えを確認してから、両の扉を大きく開いた。

この話はこれで終わりです。

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