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第0i話:糸の壁  作者: 吉野貴博
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上中下の中


「この屋敷は六代前の当主が突然入手しましてね、六代前ってのは私から、父、祖父、曾祖父、高祖父、五世祖父ごせいのそ六世祖父ろくせいのそと言うのですかね、この子~と僕を指し~になるとまた一代加算されるわけですが、その六世祖父が、自分で建てたのか買ったのか見つけたのか、そこは何も分かりません。いろいろと子々孫々伝えていくようにと家訓が残されましたが、始まりは全く伝わっておりません。

 一応当主だけ教えられ他言しないようにって伝承は、単によそでベラベラ喋られたら面倒なことになる、お調子者が糸を切ったり解いたりしないようにってレベルで、絶対の秘密ってことじゃないようで、私の祖父のときから、絶対に信頼できる、口の固い人に協力してもらって正体を突き止めようと始めたんですがね、ほとんど解らないままでして。

 建物はそんなに前ですので当然日本建築なんですが、建築に詳しい人に見てもらいましたらね、

 扉の正面からでは見ることしかできません。あの糸の間に手は入りませんし棒だって危ないです。糸をおかしくしてしまう危険がある。

 なので軒下や屋根の上、左右と奥の壁から調査をしてもらったんですが、あの部屋は立方体で、その外側に壁や床、天井を被せているようだと。

 X線とかレントゲンとか非接触の装置も手配したんですが、この島には電気が通っていません。今でも無人島の扱いですからね、大がかりな設備を動かす電気がありませんし、そもそも持ち込める機械もせいぜいがあなたが来たような船に載せられる大きさまでです。桟橋も海底の状態で、あれ以上大きな船を付けるのは無理なんですよ。

 それにお金もかかりますからね。うちも貧しいわけじゃありませんが、こんな意味不明なことに湯水のごとくお金を使うことは出来ません。小説のような大富豪じゃないですからね。

 それで出来るだけの調査をやった結果、あの部屋の中はどうも空っぽみたいなんです。もしくは検査に反応するような物は無いと。もっと小さな物ならあるかもしれませんが、この島に持ち込める機械の範囲内の精度で、反応する大きさの物は無いと。

 しかしですね、音はするんです。

 一日に四回、あの糸の壁の前にいたら誰にでも聞こえる音です。それだけの音がするってことは、何か音を出す物があるわけですが、それがなんだか解らない。なので音に詳しくて、不思議な現象にも理解があって、強行もせず秘密を守れる人と探していたら、あなたを知りまして」

「う~ん…」

「あの糸も調べました。写真に撮って、どうも絹の糸のようだと。それで養蚕と絹に詳しい人にも来てもらって見てもらったんですが、じっくり見た結果、ありえないと」

「はぁ」

「あれ一本の糸じゃないかと言われましてね、天井や床に接している部分、縫い付いているでもなく小さな穴が開けられていてそこを通っているのでもなく、折り曲がっていてその先端が接着されているようだと」

「そんなことあり得るのですか?」

「まぁ接着剤が使われているのならそうなんでしょうけど、何せ大昔なので、何の溶剤なのかは不明です。蜘蛛の糸の粘着成分かもしれませんが、全く解りません。そもそも糸に触れないですからね。専門家が苦労して観察して、やっとそこまでです」

「でも、あの長さで一本ってのは、ありえないでしょう」

「まぁそれは徹底的に調べたわけでもないですから。ただ、糸の端が見つからないんです。

 まぁそれはそれとしまして。

 この島のエピソードは周囲の島の人たちに何一つ伝わっていませんし、神社もお寺も無い島でしたからね、海賊の住み処にしてもこの屋敷だけで他に何もない、なので市井の歴史家に話を聞いても何もありません。この島は取るに足りない、記録するようなことな何一つ存在しないようなんです。せめて六世祖父がここを知ったとき、なんでこの島に足を踏み入れようとしたのか、残してくれていたら調べる方法も見つかったんでしょうけど、もうどうしようもありません」

「なるほど」

「私の家族や一族もこれだけに関わっているわけにもいきませんからね、父が死んで遺産相続のとき、私がこの屋敷をもらうことになりました。あの部屋に何があるのか、もう百年解らないわけでこの先も解らないかもしれない、だから何か解ったらそれを報告すればいいから、と約束しまして、私のペースで私の好きにやっています」

「なるほど」

「曾祖母様はどうなさったんですか」

 僕が口を挟む。

「いや、突然ここに来たくなったって、俺が来たのを聞いてやって来てな。六人引き連れて。まぁお前とこの人の食事とか風呂とか、やってくれるならって、それで」

 電気ガス水道が来てないから、六本ある井戸からの水くみ、木を切って薪にする、水洗ではないトイレの清掃とか、人手は必要だしね。


 男の人は義理堅いのか、説明が終わった後に曾祖母様に挨拶がしたいと言いだし、三人で曾祖母様の部屋に行く。足腰は弱っているが頭はしっかりしている曾祖母様は喜んで迎えてくれて、あの部屋のことは気になっているのだけど何も知らされていないということだけを話す。曾祖父様と高祖父様は、あの糸の壁を気味悪がって、全く手を付けず家訓を伝えることだけに専念したのだそうだ。


 音は六時間毎に鳴るのだが、ぴったりその時間に鳴るというのではなく、プラスマイナス二十分くらい、いつ鳴るかは解らない、

 前の部屋で親族が集まって宴会をやったことがあるが、向こうの部屋からの反応や語りかけも無し。

 普通に床下が広がっていて、床と地面は接していない、頑張れば人の往来は可能。天井も似たようなものだが、左右と奥は貼り付けられた板とぴったり接していて、それは天井と床に貼られた板も同じ。板を剥がして部屋のもともとの壁材などを見てみよう、と試みたことは無し。

 錠前の鍵は家訓と共に伝わっているが、開けてみたことはないので無いので本当に合っているのかは不明。開けたら棒が動いて開き、密集している糸が外れてしまうため。根元を括っても無駄だってほど密集している。


 話は終わり、男の人はしぶしぶ引き受け、僕はいつものとおり地図作りというか祭祀場探しというか、探検である。

 相棒がいないぶんほどほどにやろうと思っていたが、男の人は気を紛らわせたいときは手伝ってくれると同行してくれた。

 それでも大抵は糸の壁の前にいて、じっと観察をしている。百年近くこの状態で埃が積もらないことや劣化しないのは何故なんだろうと見ているが、僕もそうだけど素人には解らない。

 また電気がないからスマートフォンもタブレットもじゅうぶんには使えず、バッテリーを気にしながら調査のキーワードを探しているようだ。

 音がする時間が近づくと、畳に座って録音機器を並べ、集中している。

 音がする回数が進むにつれ、糸の壁に腕を伸ばし、指先もそろえて向けるか、両掌をかざいして、なんだかやっている。

 外に出たときは、島に全く神様の気配が無いことにこだわっている。

 ちなみに道なき道を進むことに関しては、かなり慣れているようだ、進んだあとの戻り方にも自分なりの方法を持っていて、僕に教えてくれたりする。

 そして、糸の壁の前で集中して考えている表情は、素人録音以外にも確かな経験を踏まえているようで、見ていて何かやってくれるんじゃないかという期待が出てくる。


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