上中下の上
毎年このシーズンになると叔父依頼のバイトに行くのだが、今年は相方が所用で行けなくなり、僕一人で行くことになった。秘密保持が厳格に問われるため、他の人を誘うことが難しいのだ。
それを叔父に連絡すると、途中でゲストを案内するように言われた。今までも何人か考察できる人を呼んでいて、今年も一人見つかったのだそうだ。
高速鉄道で数時間、基幹鉄道で数時間、バスに数時間で小さな港に着く。ここで毎年漁船に乗せてもらって叔父の島まで行くのだが、男の人はもう到着していた。僕の乗っていたバスで同行するかと思ったが、別の仕事で別方向から歩いてきたのだという。軽く自己紹介をして船に乗り、強い波の上下に揺られながら一時間超、男の人は無口なのかエンジンの音で話しても無駄と思ったのか、僕に話しかけることなく海の上を好奇心旺盛に見回している。別に大海原を駆けるものでもない、水平線に囲まれるというほどの距離ではなく、いい天気、鮮やかな青空、船の波飛沫など、普段海に馴染みのない人には面白いのだろう、手摺りをしっかり握りながら退屈する素振りもなく、子供のようである。
得に何もなく島に到着する。
小さな船用の桟橋に足を降ろすことだけは、年に一度だけなので未だに馴染めない。上下に大きく揺れているところから足を降ろすときに緊張してしまう。
難関をくぐり抜け島に立ち、男の人も続く。この人は年に一度もないのだろう、かなりガクガクしている。笑っている。
誰も迎えに来ていない。いつも通りだ。今年は僕がこの人の案内人になっている。さすがにこの島の名前や特徴を聞いてくる。知ってること、気づいたことを話すのだが、この島の神様について聞かれたときは、さすがに叔父が呼ぶ人だと感心した。そういえば今まで、宗教の人や民俗学の人は来たことがあるのだろうか。
「この島に神様はいないようなんですよ。もともと無人島で、周囲の島の人たちも知らないと言いますし、お祀りされているものも見つかっていません」
そうなのである。僕が叔父から託された仕事は、屋敷と働いている人のほかに、昔の人の痕跡が残ってないかを探すことなのである。そのついでに、探したところはチェックを入れて、地図を作るのだ。僕一人だと窪んだところや落ち葉の下、見えないところも危険なので相棒が必要なのだが、今年は一人だ。まぁ今までの経験で危なそうなところは何となく解るようになっているし、深追いをしなければ大丈夫だろう。
話をしているうちに屋敷に着く。船着き場から屋敷まで遠くないし、人が普通に歩ける範囲は広くないのだ。
玄関をくぐると人の数が増えている。今年は何かがあるのか、一年ぶりに顔を合わせた叔父に尋ねると、三ヶ月前から曾祖母がここで過ごしたいとやってきて、そのために働く人が男性二人、女性四人が一緒に来ているのだそうだ。
「初めまして」
叔父と男の人が挨拶を交わす。僕はもうある程度のことを知っているが男の人はそうではない、一から説明することになるので、僕に説明することもまとめて一緒に言うのだろう。
腰を落ち着けて説明をするのではなく、直接見せようと奥の部屋と促す。男の人は何も言えずに戸惑ったまま付いていくのだが、一番奥の部屋の扉を開けられて、声を挙げた。
奥にさらに部屋があり扉があるのだが、その扉の面全体が糸で覆われているのだ。
扉は観音開き仕様になっていて、大きな錠前がかけられている、その「鍵を開けると鉄の棒が開いて鍵が外れる」、その空間のところを中心に幾重にも幾重にも糸が通されていて、天井まで柱まで床まで、糸が放射状の封印になっている。
「これは凄いですね」
初めて目にして存在感に圧されている。何度見ても凄さには圧倒されるのだが、何回も見ているうちに、自分がこの状態を壊してしまうのではないかという不安を感じるようになり、怖くなり、部屋に近づかないようになるのだが、問題はそこだけなのではない。
叔父が説明を始める。
「ご覧の通り、この状態なので、鍵を外して向こうの部屋に行こうとすると、この糸が全てほどけてしまい、元に戻すことは不可能でしょうから、扉を開けるのは覚悟が必要なんですけどね、そもそもここ、開けていいのかと」
「まぁ、そうでしょうね」
「それはそれとしましてね、あの部屋の中から音がするんです。その音の正体がなんなのか、考察をお願いしたいんです」
「へ?」
「音がするのは一日に四回、だいたい六時間毎なんですが…」
「いえいえいえ、ちょっと待ってください、何か話が行き違っているようですけど」
「はぁ、なんでしょう」
「私が受ける頼み事って、音を録音することなんですよ?それも素人道具で。いろんなところの音を録る中でよく解らない出来事に接したことはありますが、音そのものがどうのこうのっていうのは、私の力のおよぶことじゃないです」
へぇ。かなり焦っている。
「なるほど。ではこうしましょう」
「はぁ」
「その音を録ってください。そして気がついたことを言ってください」
「あぁ~」
脱力している。
叔父が一番伝えたいことはそれだけだ。居間に戻って部屋というかこの屋敷の背景とか、経緯の説明になる。