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クズな元従者はお嬢様への執着を愛と呼ぶ

作者: 弦巻桧

「悪役令嬢もの書いてみたいな」と「主従逆転っていいよね」が合体して何故かこうなりました。

元従者くんが脳内で非常にやかましく、彼が発したセリフをメインに話を組み立てた結果がこれです。エロさ<<【壁】<<下品さ な仕上がりだと思う。


!注意!

・設定・世界観・描写はゆるふわ。作者が書きたいことだけを勢いに任せて書きなぐりました。

・元従者のセリフが軒並みクズか下品か変態です。

・お嬢様は多分ちょっと特殊な趣味のひとです。とにかくチョロいです。

・軟禁エンドのメリバです。

・お嬢様は冤罪ですが、ざまぁは本作の主題ではありません。


以上が許せる方はどうぞ。楽しんで頂けると嬉しいです。

合わないと思ったら無理して読み進めず、ブラウザを閉じてください。

 今日、私は身分を剥奪され、小舟で国外追放になる。流刑である。


 元庶民の男爵令嬢への虐めに、どう対処すればよかったのだろう。知らないうちに、首謀者にされていた。

 お父様の不正のことだって、あのお父様にそんなことが出来るはずがないのに。学園での虐めと同じタイミングで明るみに出て、公爵家に国家転覆の疑いがかかるなど。

 あまりにお粗末で、悪意が見え透いたシナリオだった。

 なのに誰も止めなかった。誰もが口を揃えて、公爵とその娘の断罪を求めた。


 両腕を鎖で繋がれて、小舟に乗せられる。

 俯いたまま自分の足元を見ているしかできない。暗い水面には、きっとみじめな私の姿が映っている。


 小舟がゆっくりと漕ぎだされる。

 陸地が遠く離れた頃、私の目の前で気配が動く。


「そろそろ気づいてくれてもいいんじゃないっすかね? お嬢様?」


 聞き慣れた声に顔を上げると、私の従者がいた。いや、従者だったのは元、だ。

 誰あろうこの男も、私を嵌めた一人だ。根も葉もない嘘の証言で私を破滅に導き、刑の確定を見届けて姿を消していた。


「どうして、貴方がここに」

「俺がお嬢様の案内役で、監視役で、身元引受人だからっすよ」


 男の説明によれば、男は隣国の子爵家の生まれで、これから私が連れていかれるのもこの男の屋敷らしい。


「上手く役目を果たしたら何でもお願い聞いてもらえるっていうんで。俺、お嬢様が欲しくて頑張っちゃったんすよー」


 男はそう言ってニィッと笑った。



*


「私に、何をさせたいの? ……ですか」

「言葉遣い、変えなくていいっすよ。気にする人間はいないっす。俺も変える気ないっすから」


 抱きかかえられて、男の屋敷の廊下を進む。人の気配はなく、男の足音だけが静かな廊下に響いている。


「……どうして、嘘をついたりしたの。私を裏切った、の?」


 貴方に嘘をつかれて、貴方が姿を消して、私は。

 男をなじる言葉が出かかったが、ぐっと飲み込む。言ってはいけない想いまで溢れそうだった。


「裏切ってないっすよ? 俺は最初から自分の出身国の味方だっただけっす。お嬢様の国を狙ってる連中のねー」


 要するに男は、私の国に送り込まれた工作員(スパイ)だった。

 我が家は公爵家、王家に近い貴族にもかかわらず、そのことに気づけず、疑いもせず信頼を置いていた。


「俺は貴族っつっても家は子爵家で、しかも三男ですし、隣国の公爵家のお嬢様を手に入れるには堕ちてきてもらうしかなくってー。力ずくで拐われるのと、無理矢理孕まされるのと、どれがよかったっすか? 俺としてはこれでも穏便な方法選んだんすよー。だって誰も死んではいないじゃないすか。ま、お嬢様の行く末としては、どれも変わんないすけどね。俺といーっぱいイイコトしましょーね? たーのしみー!」


 あけすけな言葉に卑猥な笑み。従者だった頃は表面に出たことがなかったそれらに、戸惑い面くらう。

 けれどこの期に及んで、この男のことを嫌いになれない自分がいる。

 それどころか、欲しかったと言われ、性的に求める言葉を吐かれ、ドキドキしてしまっている。おかしい。


 男が私を運んできた場所は、寝室のようだった。

 ベッドに体を下ろされて、マットレスの柔らかさと絶妙な弾力に驚く。


「へへ、俺とお嬢様がこれから一番長く過ごす場所っすからね。奮発したっす」


 私の表情を読んでベッドを自慢した男は、私の体を押し倒し、両腕を繋いだままの鎖を見て考え込んだ。


「んー、このままもなんかイイっすね……興奮してきたっす」


 あーでも脱がせにくいっすねー? 最初から着衣でっつーのもアリはアリっすけどー、一糸纏わぬお嬢様の姿もじっくり鑑賞したいんっすよねー。

 最低な呟きを漏らしていた男は、悩んだ末、鎖を外すことに決めたらしい。


「そういうプレイはまた今度ってことで。お楽しみに取っておくっす」


 鎖が外れ、痕が残った手首を男の手に撫でられる。

 優しい手つきが、どこか従者だった頃を思い出させて、胸がきゅんとなってしまう。


「うー、お嬢様の肌に傷をつける鎖が憎いっす。お楽しみの時は傷がつかない手錠が必要っすねぇ」


 前半の言葉は少し見直したのに、後半で台無しになった。

 男がじっと私の手首を観察する。ふいにそこに唇で触れてきた。鎖の痕を上書きするように、何度も吸い付かれ舌を這わされる。その感触に頭がクラクラして、何も考えられなくなる。


「夜は長いっすよ、お嬢様」


 チロチロと舌を見せながら視線を合わせてきた男が、ニヤリと笑う。


「この状況はお嬢様には罰で、俺にはご褒美っすから。今夜は寝かさないっすよ」




 寝かさないと宣言されたが、私の体力は持たなかった。知らない間に意識が落ちていて、気づけば外は明るくなっていた。男は既に起きたようで、ベッドにいたのは私一人だ。

 体が鉛のように重く、口には出せない場所が痛い。どうにか体を起こしてみると、覚えのない場所に鬱血痕が見えて、私が眠った後も男が行為を続けていたことが窺えた。


「あ、起きたっすか? 飯食えます?」


 男が朝食を持って、寝室に入ってきた。

 私に上着を羽織らせて、テーブルに着かせる。手慣れたしぐさは従者のそれで、私は流刑のことなど忘れて錯覚しそうになる。


「飯食ったら一緒に一風呂浴びて……、俺は仕事するんで、お嬢様は寝るっすよ」


 今夜も相手してもらうんで回復してほしいっすー、とニコニコしながら男は言った。




『一緒に一風呂』が風呂だけで終わらず、途中から意識が飛んだので、夜までに回復は無理だった。


「ま、挿入するだけがキモチよくなる方法じゃないっすからね」


 今夜はいっぱいキスして、優しく触って、お話する日にするっすー、と私を抱きしめて横になった男が笑う。


「俺は三男っすけど、今回の働きで爵位ももらえるんでぇ。そしたらお嬢様は、俺の侍女っすね」

「奴隷の間違いじゃないの」

「あ、そっちのがいいすか?」

「いいわけないでしょ」

「奴隷は奴隷でも、えっちなのになっちゃいますからねぇ」


 ちゅう、と唇に吸い付かれる。角度を変えて何度もキスされて、体の力が抜けていく。あまりに気持ちよくて、唇が離れる時、もっとしていたい、と思ってしまった。


「どっちにしても、お嬢様はもう俺のものっす」

「……貴方、いつまで私のことをお嬢様って呼ぶつもりなの」

「お嬢様はお嬢様っしょ? つーかなんかイイんすよねー。身分はもう俺のが上なのに、お嬢様呼び。倒錯してるっつーの? ふっへへ、夢にまで見た禁断の恋ってヤツっす。背徳感がたまんねーってヤツっす」


 首筋に唇が触れる。昨日つけた鬱血痕が消えることを厭うように、同じ場所に繰り返し、繰り返し。

 首筋の痕の濃さを確かめて満足そうに指で撫でた後、男の唇は鎖骨、胸と、順に同じように愛でていく。

 ほう、と息を漏らしたのはどちらだっただろう。

 退廃的な空気が、二人を支配していた。



*


 夢を見ていた。公爵令嬢と、従者だった頃の。

 私の部屋で、従者に悩みを打ち明けていた。


『転入生がいじめられているらしいの。どうしたらいいかしら』

『そんなの、お嬢様にとっては下々の話じゃないっすか』

『でも、責任はあるわ、きっと。それが身分というものだもの』

『そうっすねー、じゃあ――』


 あの時男は、何と言ったのだったか。夢の続きが思い出せないまま、目が覚めた。

 男が微笑みながら、こちらを見つめている。


「むにゃむにゃ寝言いっててかわいかったっすよ。何の夢見てたんすか?」

「昔の夢を。……ねえ」

「なんすか」

「私の従者だった貴方は、偽りだったの? 例えば、私の悩みを真剣に聞いてくれたのも、全部?」

「んー、悩み相談は真面目に聞いてはいたっすよ。ただぁ、もっと他のことで悩んでほしいなぁーとは思ってたっすねぇ。例えば従者との許されざる身分違いの恋とかー。従者がカッコ良すぎて生きるのがツラいとかー。従者が色っぽくてエロい気分になっちゃうーとかー」

「貴方……こんなにあけすけな人だったの?」


 従者の時はそうは見えなかった。口調こそ今と変わらないが、言うべき時も内容も、口を閉ざすべきそれらも、分別のある人だった。


「これが地っすね。前はお嬢様のお側にいたくって、必死で猫被ってたっすから」

「それにしても貴方、貴族だったならそれなりの教育を受けてきているはずでしょう? その、特殊な趣味や語彙はいったいどこから……」

「貴族っつってもねぇ、貧乏子爵家の三男なんて基本は放任されることが多くて。それって実態はね、放置なんっすよ放置。教育したところで良い所に婿入りしない限り無駄ってね。俺は平民に混ざって遊んでることの方が多かったっす。気づいたらこうなってたっすねー」

「そんな少年が、私の国に来たのはどうして?」

「ウチの国のあくどい人たちが隣国にスパイを送り込むことを企んでた時に、ちょうど三大公爵家の一つ、お嬢様んちっすね、が、使用人を募集してたっす。それで条件に合う人間を探してたらしくて、なんでか目を付けられたんすよ。他にも同じように集められた人間はいましたけど、結局お嬢様のところに潜り込めたのは俺だけだったっすね」


「あの筋書きに、貴方はどう関わっていたの?」


 公爵令嬢が男爵令嬢を虐める。男爵令嬢が『公爵令嬢に虐められた』と王太子に泣きついて気を引く。

 そうやって公爵令嬢は、王太子と男爵令嬢の距離を近づけさせて、恋をするように仕向けていた。

 恋をした王太子は定められた婚約を破棄し、後ろ盾を失う。

 王太子が恋の成就とともに失脚することを狙っていた、全ては公爵令嬢の企みだ――。


 それが、私を断罪した者たちの言い分だった。


「一部のお嬢様方がー、男爵令嬢も王子の態度も気に入らないようだったんでー、ほんのちょおっとアドバイスしただけっすー。嘘の証言こそしたっすけど、俺はこっちに関して基本モブっすー」


 褒賞は、お嬢様のところに潜り込んでから流し続けた情報全部と、公爵の不正でっちあげ工作の手伝いに関してが大きいっすかねー、と男は軽い口調で、まるで何でもないことのように言う。


「あーんなお粗末な筋書き、証拠もないのに信じる方がどうかしてるっすよねー。つまり元から、そうなる土壌はあったって話っすよ。あの国は遠からず、内側から腐り落ちるっす。スパイが俺だけのはずないっすからねー。大丈夫っすよ、ウチの王家の血縁が首尾よくあの国の乗っ取りに成功した暁には、お嬢様のご家族は側近として取り立てられるよう、既に手回し済みっす」

「それじゃ本当に裏切り者じゃないの」

「先に裏切って貶めようとしたのはどっちでしたっけぇ? あの国の貴族は、元から足の引っ張り合いしかしてないし、玉座は単なる神輿っすね。だから簡単に他国に喰われるんす」


 国内の派閥争いにも中立を保ってきた公爵をこちらの手に渡したのは、傀儡の王家と三大公爵家の残りの二家だ、と男は言った。それだけではなく、奴らはずっと自国を他国に売るような真似を続けてきていたのだ、とも。


「ところで……私が欲しくて頑張ったって、いつから?」

「お嬢様に初めて会った時からっす。一目惚れだったっす!」


 その時のことを思い出しているのか、少々鼻息が荒い。私の手を取って、指を絡ませて繋いでくる。


「何でもご褒美やるから頑張れーって言われて送り込まれても、俺は最初渋々だったっす。けどお嬢様を一目見て、ご褒美これがいいって思ったっす!」

「……どこがそんなに良かったの? 私、どちらかというと地味というか。公爵令嬢なのに人が寄ってこないことの方が多かったのは、貴方も見ていたと思うけれど」

「良いとこなんて、全部っすよ! 顔はかわいいし喋ったら声もかわいいし、体つきはえっちだし。なのに表情も選ぶ言葉も振る舞いも真面目で清楚で、あーこの子が俺の手で乱れるとこ見てぇなー! ってなったっす」


 初対面からそんなふうに思われていたことに引いてしまうのに、まるで愛しくてたまらないものを見るような男の目から視線を逸らせない。


「お嬢様のお側に居られるのは役得だったっす。余計な虫が寄ってこようとするのも、俺、超追い払ったっすよ!」


 褒めて褒めて、とでも言いたげに、自慢げに男は言う。私が社交界でぼっちだったのも、犯人はこの男だったらしい。

 思わず呆れて苦笑すると、男の視線がほんの少し揺れる。あまりに長く近くにいたせいで、この男は時折、言葉にしない私の感情を的確に読み取ってしまう。


「これでも俺だってね、いろいろ考えて、お嬢様が幸せなら、とか、思おうとしたこともあったんすよ? でも駄目っす。無理っす。俺はお嬢様を不幸にしても道を踏み外させても、お嬢様を手に入れたかったっす。全部ぜーんぶ、俺がひとり占めしたかったっす。他の男のものになるの指咥えて見てるだけなんて御免っすよ、死んでも我慢できねえっす。あ、俺が死ぬときは、お嬢様も一緒がいいっす。お嬢様が一人で先に死ぬのも、俺は許さねえっすよ」


 男の腕が、私の体をぎゅっと強く抱き締める。決して離さない、というように。

 二人の心臓が同じはやさで鼓動を刻むのを聞きながら、私は男の想いに、自分の心がどうしようもなくとらわれていくのを感じていた。




「お嬢様の主人が着替えるっすよー手伝ってくんなきゃ駄目っすよぉ」


 素っ裸のまま服を鷲掴みにした男が、駄々っ子のような声を出す。


「貴方、一人で全部できるじゃない」

「俺ぇ、これでも一応貴族の生まれなんでぇ、こういうのはぁ、やってもらうのが正しいと思うんすよぉ」


 媚びた声と口調が耳にまとわりつくのを感じながら、そういえば、と今更なことに気づく。

 他の使用人に会ったことがない。どころか、この屋敷に来てから一度も、気配すら感じたことはなかった。私がほとんど寝室から出られていないせいかもしれないが。


「他に使用人はいないの?」

「執事も侍女もいるっすよ。けど、お嬢様に姿を見せないよう言ってあるっす。会話も手紙も禁止っす」


 手伝わせるのを諦めたのか、自分で下着を身に付け始めた男が、事も無げに言う。


「どうして」

「お嬢様が篭絡して余計なこと企まないように、っすよ。監視役は俺だけですし。ま、一番の理由は俺のエゴっす」


 男が両手で私の顔を挟み、額がつきそうな距離で囁く。それはまるで、毒を流し込むかのように。


「お嬢様は俺のことだけ見て、俺の声だけ聞いて、俺といっぱいキモチイイことして、頭ん中まで俺だけでいっぱいになればいいんす」


 体の芯が震える。ゾクゾクと、でもそれは不快どころか、真逆の感情。

 きっともう、私は男の思惑に嵌まってしまっている。




「さ、お嬢様、俺にシャツを着せるっすよ」

「諦めたんじゃなかったの……」

「諦めましたよ、今日のところは、下着に関しては、っすけどね」


 つまり、明日以降は、下着も手伝わせると宣言されている。


「もーお互い全部見てるのに、お嬢様は照れ屋っすねぇ。そこもかわいいっすけど」


 私の顔をのぞき込んで、男がご機嫌に笑った。



*


 今の私の生活は、男の都合で抱かれ、疲れ果てて眠り、まともに起きているのは食事と風呂の時だけ、という爛れっぷりである。

 日がな一日部屋から一歩も出ることがない。こんな生活は不健康だ。たまには外の空気を吸いたい、散歩したい、と男にお願いしてみた。


「俺はぁ心が広い主人なんでぇ、お願い聞いてやってもいいんすけどぉ、やっぱこういうのって気分も大事っつぅかぁ。サービスしてもらえた方がぁ、気分よく聞けるっつうもんすよねー」


 そう言う男は、とうてい心が広いとは思えない下卑た笑みを浮かべていた。


「じゃあーまず、俺の膝の上に座りましょっか」


 逆らっても面倒臭くなりそうだったので、乞われるままに、男の膝に腰を下ろした。

 男の手が私の襟元を勝手に広げ、胸元を舐め回すように見てくる。


「こーんなに育てて、他の奴に揉ませる気だったとか超ムカつくー。ま、もう俺のものっすけど。ふにふにーっすよねー」


 遠慮のない指と手のひらに、ゆっくりと官能のスイッチが入るのを感じた。


「何回見ても腰ほっそ。もっと食って肉つけた方がいいっすねぇ。ヤることヤって寝て起きたら、一緒に飯食いましょーねー」


 その後一緒に庭をお散歩しましょーね、手を繋いで行くっすよ、デートっすね! と、男が声を弾ませた。




 お散歩デートは翌日実現した。思いのほか実現が早かったのは、男も楽しみだったからだろう。庭に出るだけだというのに、男はやたらと張り切って、私の服を用意した。

 今は男の方が主人であるのに、男はまるで従者だった頃のような甲斐甲斐しさで私の身支度を整えた。支度の途中、不必要にあちこち触られた気がするが、うっかりまたベッドの住人になりたくないので無かったことにしておきたい。


 外に出るのはここに連れて来られて以来で、久しぶりに直接浴びる日の光を眩しく感じた。庭の植物たちは色とりどりの花を咲かせ、私達を迎えてくれる。優しく吹く風が心地よく髪を撫でていく。

 まるで恋人同士のように手を繋いで歩きながら、男は嬉しそうに目を細めて私を見下ろした。


「お嬢様ってほーんと、生粋の『お嬢様』って感じっすよねー。立ち居振る舞いとか、バッチリおめかしして日の光の下を歩いてるとこ見るとホントそう思うっす。それなのに……あーあ、俺みたいなのに捕まっちゃって。閉じ込められちゃってかーわいそー。まーでも、そもそもこんな奴を惹き付けちまうお嬢様の魔性も問題っすよねー」

「責任転嫁しないで。……でも、私に悪いところがあったなら、改善したいと思うわ」

「そうやって真面目で、俺みたいのにまで分け隔てなく優しくしちゃったりするから執着されるんすよ?」


 そもそもお嬢様は冤罪なんですし、俺のご褒美に付き合う義理は無いんすよ、と男は言う。

 その言葉を少し意外な気持ちで聞きながら、私はいつかの夢の続きを思い出していた。


『責任はあるわ、きっと。それが身分というものだもの』

『そうっすねー、じゃあ、責任取って、罰を。受けてみますか? なーんて』


 思えばあの時既にこの男は、こうなることを知っていたのだろう。


「身分には責任が伴う。それが望まれた形で果たせなかったなら、責任を取って、罰を受けることも必要なんだわ」


 私の言葉に、男は急に慌てだした。手を握る力が強くなる。


「貴族の名誉とか女性の名誉とかは、考えなくていいっすよ? 俺からしたらお嬢様はもう充分責任を取ってるっす。この期に及んで殺されようとか、自分で死のうとか、俺から離れようとか、考えるのは駄目っすよ? 分かってないなら、や、分かってても何度でも教えてあげるっすけど。頭の先から足の先まで、お嬢様はもうぜーんぶ俺のものっす。もしこれ以上お嬢様がお嬢様自身に罰を与えようとしたりしたら、お嬢様にはもうそんな権利無いって、俺怒るっす!」


 私が持つはずの何物も私のものでなく、全てがこの男の支配下にある。健全な人間なら当然忌避し嫌悪する状況。

 なのに私は、どこか必死さが滲む男の言葉に、喜びを感じている。付き合う義理は無いと言いながら、自分のものだと主張してくる矛盾なんて忘れるくらい。

 本当にもう、どうかしてしまっているのだ、私は。


「ほんとはお嬢様の体から出るものも全部俺のにしたいくらいっすよ。お嬢様の体中の穴という穴をぜーんぶ、俺の体に繋げられたらなー。絶対イイっすよねぇ」

「や、やめてよゾワッとしたじゃないの……」

「えっ、そこは『ドキッ』とか『ワクワクッ』とかならないんすか」

「なるわけないじゃない」

「ふーん? お嬢様ももうだいぶ俺に染まってきたと思ってたっすけどねぇ」


 まだ染める余地があるっすね、楽しみっすね。と、男はまるで新しい玩具を見つけたような顔をした。



*


 それは、前触れもなくやってきた。嵐の夜のことだった。

 窓を打ち付ける雨音のうるささに目を覚ます。隣で眠っていたはずの男は、今は姿が見えない。

 カタカタと音を立て、窓が開く。閉めなければと近づいて、そこに見知らぬ女がずぶ濡れで立っていることに気づいた。

 思わず悲鳴が出かかった私を、女は哀れむような目で見ながら、そっと人指し指を口の前に立てた。


「静かに。何も言わないで。私は貴女を助けたいの」


 女の手が、液体の入った小瓶を差し出す。思わず受け取ってしまってから、首を傾げる。これはいったい何なのか。


「それは毒。あの男に飲ませてもいいし、貴女が自分で飲んでもいい」


 苦しい時のためのお守りよ、と囁いて女は去っていった。激しい風雨の中を。

 その後ろ姿を見送って、静かに窓を閉める。手には毒の小瓶を持ったまま。




「お嬢様、これ何すか」


 男の手には隠していたはずの毒の小瓶。お守りと言われて、捨てることを躊躇ってしまっていたそれだった。


「ベッドの下って、エロ本隠すんじゃないんすから。あ、ちなみに俺のエロ本は堂々と本棚っす。隠す必要ないっすから」


 要らぬことを暴露しながら、小瓶を軽く振って見せる。透明な液体が、瓶の中で小さく音を立てる。


「お嬢様が隠す液体って何すかねぇ。えっちな気分になるお薬、だったら嬉しいっすけど。んな訳ないっすよねー」


 男の顔は表面では笑みを形作る。その裏にある感情は読めない。

 ただ、どす黒いものがあるとしか。


「お嬢様がこれを俺にっていうなら、俺は大人しく飲んであげるっす。お嬢様が自分で飲みたいんだったら、俺は止めないっす」


 はい、と男が、私の手に小瓶を握らせる。受け取ってしまったものの、私はどうすることもできない。

 手の中の小瓶を見つめる。そうすることで、答えが見つかるかのように。

 けれど当然、答えがそこにあるはずはなかった。


「よかったっすね? 復讐のチャンスっすよ?」


 小瓶を握りしめた手を包むように撫でながら、囁く声だけならまるで甘い睦言でも語っているような響き。

 硬直していると、先ほど自ら私に持たせたはずのそれを、男が再び自分の手に取り戻した。


「お嬢様が選べないなら、俺が選んであげるっす」

「やめて!」


 毒を呷ろうとする男の手を弾き飛ばした。小瓶が粉々に砕け、中の液体が床にこぼれ出す。

 ふ、と息を漏らして男が笑う。


「知ってましたよ、お嬢様に人を、まして俺を、殺すなんて無理だって。だってお嬢様、俺のこと好きだったでしょう」


――好き『だった』。


「どうして過去形なの」

「……気にするのそこなんすか、気持ちがバレてたことじゃなくて」


 男がどこか途方に暮れたように、言葉にすることを迷うように視線を彷徨わせる。

 私の視線が逸れないのを見て取ると、やがて観念したように、男は重々しく口を開く。不貞腐れた声が言葉を紡いだ。


「お嬢様が従者の俺に抱いてたキラキラキレイな気持ちが恋だって、俺だって知ってたっす。けどそれを、俺はもう踏みにじって、ぐっちゃぐちゃにしたんすよ。ドロッドロの欲望で汚したっす。もう、お嬢様の恋は、跡形も無いっす。過去のものになったっす。それなのに、……それだから俺を殺せないと思うなんて、ひっでえ矛盾っすね……」


 はは、という乾いた笑い声が、どこか痛々しい。弾いてしまった手を取って、撫でる。痛いのが消えればいいと、癒せればいいと願いを込めて。

 しばらくそうしていると、荒んだ感情を映していた男の目に、少しずつ色が戻り始める。


「好きよ。私はそれでも貴方のことが。前とは違う気持ちかもしれないけれど」


 男の目が、じっと私の本心を探るように見る。

 好きよ、大好きよ、と想いを込めて見つめ返す。私はこの男から離れる気がないのだと、自覚してしまった気持ちも含めて、全て伝わってしまえばいい。

 男がふっと表情を緩める。


「……そっか、好きでいてくれるんすね。だから俺のために、お嬢様自身のことも殺さないでいてくれるんすね」


 自惚れに聞こえる言葉は、しかし私の真実を言い当てていた。




「まーちなみに、あれ毒でも何でもないっすけどね」


 男が両手を開き、手のひらをこちらに見せる。何も持っていないことを示すかのようなポーズだ。


「お嬢様に接触しようとする動きは掴んでたんで、全部潰すより一回接触させてしまう方が、あちらさんも気がすむかと。で、わざと隙を作っておいたっす。毒はちゃーんと、お嬢様の手に渡る前にすり替えておいたっすよ」


 それは私にとっては、なかなかに衝撃的な事実だった。


「私を試した、の?」

「んー、試したってより、単純な好奇心っすね。お嬢様どんな反応するかなって。結果、予想以上の大満足っす。はー、やっぱお嬢様はイイっす……」


 カラダだけじゃないっすねー、と余計な一言がついてきた。

 結局すべてが男の仕組んだ茶番だったわけだが、私はそのことに酷く安堵していた。


「そうよね、どちらか一人だけが死ぬ状況なんて貴方が許す訳なかったんだわ。死ぬ時は一緒って言ってたものね」

「そうっすよ」


 男が笑う。自分の言葉を私が覚えていたことが、嬉しくて仕方ないというように。


「死んでも一緒っす。お嬢様が天国行きだとしても、俺は地獄なんで、引きずり込んでやるっすよ」


 貴方と一緒に堕ちるなら、地獄だって構わない。




「俺からお嬢様に、今回のお詫びに一つだけ選択の自由をあげるっす」


 男が右手を差し出してくる。


「さ、選んでください、お嬢様。俺の手を取るか、俺に奪われるか。手を取れば甘いコース、奪われれば激しいコースっす」


 実質一択じゃないの。

 でも、そういえば『お嬢様』は裏切り者の手は取れないのだった。主従が逆転した今も昔も、私の方から手を取ることは許されていないし。

 これは罪を犯した、罰が始まり。


「――奪って」


 男が頬を緩めて、私の体を抱きしめる。


「今のはグッときたっす! 腰にくるっすー。激しいコースでもちゃんと甘くするっすよ。優しくするのは無理っすけど」


 甘いコースを選んでいても激しくなったであろうことは、指摘せずにおいた。



*


 男が言葉通り激しく甘く私を抱きながら、愛していると何度も囁いて。

 そのたびに、私も。と返す。好き、と囁く。


 もう二度と元には戻れない。公爵家の罪が全て冤罪と認められたとしても。

 この状況を変えようとする何者の手も、私はもう救いの手とは思えないことを自覚してしまった。


 堕ちるところまで堕ちたのに、いまだ深みに嵌まっていくよう。明けない夜の中でたった二人。互いに縛り縛られて。

 誰が否定してもこれが。

 私の、私達の、愛で、幸せ。

「あの国が滅んだらぁお嬢様ご一家の地位は回復してー、お嬢様は俺の嫁になるっすー!」

未来はそんな感じ、かもしれません。

いろいろと論理が破綻してる気がしますが、まあこの人たち狂ってるんで……。


※本作はフィクションです。実在の人物や団体などとは一切関係ありません。

本作は犯罪行為を推奨するものでも助長するものでもございません。

軟禁も相手の合意を得ない行為もダメ絶対!


ここまでお読みいただきありがとうございました。

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