第6話【お嬢様と執事と学校をサボるアルバイター】
【4月23日(火曜日)/19時40分】
グーテンモルゲン――それと同時に川村サキの朝は遅い。そこはまるで図書館の様に、壁中が本棚になっている。その真ん中には王族が座わる高級そうなソファーが置かれており、その正面にはガラスで出来ている透明な机が置かれていた。
そこはサキの部屋であり、上を見上げれば3階建てぐらいの高さがある円形の部屋だ。壁に沿って螺旋型の階段がぐるりと設置されており、地面から天井までズラリと小説が並べられている。
サキは机の上に置かれている目覚まし時計の音を聞きながら、手探りするようにその腕を、音の鳴っている方向へと伸ばした。そのまま寝返りを打つ形でソファーから地面に転がり落ちる。
――ドス!
「痛い……スゥ~、いい匂い」
地面には大量に本が落ちており、その上で印刷された本の匂いを嗅ぎながら、痛みを忘れて本を抱きしめていた。※ただ本の匂いを嗅いだだけです。彼女は覚せい剤には手を出していません。
鳴り続ける目覚まし時計を切ると、センサーが作動してスクリーンが天井からゆっくりと降りてくる。そして映画館の様な画面で、朝のニュースが映し出された。
「この機能、要らないわね。かっこいいから頼んだけど邪魔だわ」
などと言いながら背中を伸ばしてソファーに座る。そのまま欠伸交じりにニュースを眺めていると、部屋のノックと共に朝食を持った執事が部屋に入って来た。年齢は60歳を軽く超えているだろう見た目をしており、白髪は威厳を感じさせる印象を周りに与える。
一つ一つの動きが洗練された職人芸を見せられている様で、一般人が一緒に隣を歩いたとしたら、きっと無意識に礼儀正しい一日を過ごす事になるだろう。
「あぁ、セバス。ありがとうね」
「時間がギリギリですよ、サキ様。早起きは三文の徳と言うでしょう?」
「それ、元々の意味を知ってる? 3日早起きすれば、一人前の仕事になるって意味よ。まるで休む時間を限界まで減らして、働き続けなさいって……まぁ、昭和時代のサラリーマンみたいな事を言ってるわよね? 私には理解できないわ」
「皮肉は結構です。それに失礼ながらサキ様――わたくしの仕事もサキ様が理解できない分野に入っておりますよ?」
不敵な笑みを浮かべる執事をサキは引きつった苦笑いで返した。そんなサキの姿を見ながら執事はクスリと笑う。からかわれた事に気付き、子犬の様に睨みつけてやった。
「はぁ、ずるい」
「執事ですから」
セバスは正しい手順でコーヒーを淹れて、それをサキの前にそっと置いた。豆の重さやお湯の重さ、抽出時間や温度に手が込んでいるコーヒーなのだが、それを全く理解していないサキはミルクと砂糖を加えてゴクリと飲み干す。
朝食はエッグベネディクトであり、それをサキが食べていると執事はニュースに視線を向けて口を開いた。
「どうやら、この近くでひき逃げが合ったようですね。サキ様もお気負つけて下さい」
「ふぅん、あら? 本当にこの辺りじゃない。でも大丈夫よ! 私は車登校だから。それに、それを言う相手は私じゃなくて運転手でしょ?」
「そうかもしれませんが。しかしサキ様は時おり、想像の付かない事を仕出かしますから心配でございます。もしもが、ございますから」
「失礼ね。それよりセバス、一つ人生相談があるんだけど言いかしら?」
「お聞きしましょう」
「実は女子生徒に恋愛相談をされたのよ。でも、好きになった男子生徒には彼女がいたのよね。どうやったら、そんな2人をくっ付ける事が出来るかしら?」
「不可能です」
素知らぬ顔で即答する執事に目を見開いて、サキは大声を上げる。
「即答!? ――酷くない?」(これが私の執事なの!?)
「そうですね。――付き合っているのであれば不可能でしょう。付き合っているか、本人に確認は取られたのですか?」
「いいえ、見ただけよ」
「でしたら、勘違いという可能性がございます。」
「それは無いわ。腕を組んで歩いていたもの」
「そうですか。でしたらやはり、ご学友の女性に伝えるべきかと」
「やっぱり、そうよね……」
ため息交じりにガックリと肩を落とすサキは「もういいわ。着替えるから外で待ってて」と言い残して、執事は音を立てずにその部屋を後にした。脱ぎ捨てられていたはずの制服は綺麗に階段の手すりに掛けられており、クリーニングされた制服に手を伸ばす。
※お着換え中です。
着替えが終わった後にブレザー制服姿で外へ出ると、目の前に黒塗りの高級車が止まっていた。それに乗り込んで10分ほど走行すると、敷地内から出る事が出来る。
馬鹿でかい敷地を持っている川村家では、敷地内の移動ですら車が必要になってしまう。
世界に名を轟かせる川村財閥の一人娘――それが川村サキだ。しかし本人は、自分がどれほどのお金持ちなのかをあまり理解していない。周りに集まる人間が皆同じような生活を送っているためか、一般的な基準が狂っている。
「はぁ、小説みたいにはいかないわね。とりあえず、学校についたら鷺乃シュンに付き合っているか確認してみようかしら? 結果は分かりきっているけど」
サキはその後、学校へと到着した。それから鷺乃シュンを探したのだが、残念ながらこの日――シュンが学校へ来ることは無かった。
■□■□
【4月23日(火曜日)/11時30分】
シュンは現在、学校をサボって新聞配達を行っている。
中学生の頃からお世話になっていた上司の松浦トウヤさんが仕事に来ないと連絡が入ったためだ。詳しくは聞いていないが、年長者であるトウヤさんが理由も無く仕事を休むとは思えない。(病気や怪我でなければいいが)などと考えながら、トウヤさんが巡回しているルートの新聞配達を行っていく。
慣れないルートに時間がオーバーしてしまい、色々な家庭から文句を言われながらも、額をピクピクさせながら謝っていた。トウヤさんのためならば仕方ないと自分の心を限界まで内に秘めている。※普段なら『ブチギレ』ています。
配達が終わる頃には体力の限界を迎えており、学校に行く余裕など無い。シュンはバタリと倒れ込むようにして、アパートの畳部屋で意識を落していく。
それと同時に少しだけ過去の悪夢に見た。今でも忘れられずに時折こうして、シュンは再確認するのだ。そんな光景をただただ目を見開いて、立ち尽くしながら闇の奥底にしまい込む。
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投稿が遅れてしまい、申し訳ありません!