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10話「分析と対策はアイドルのたしなみ」

 エリンとヴァン、ランキング10万位のエリンと3300位のヴァンとの決闘の日取ひどりはすぐに決まった。


 それは明日である。


「早すぎじゃないですか!」


「あまり日をまたいでも時間稼ぎにしかならないだろ。覚悟を決めろ」


「ううう、レッドさんは良いですね。私が負けてても気楽に戦えるんですから」


「どうしてだ?」


「だって私が勝ててレッドさんが負けるならともかく、私の敗北が決まったうえで戦えるなら幾らでも言い訳できるじゃないですか!」


 エリンは自分の敗北を前提にものを語っていた。かなり自信がないらしい。


「いいや、違うぞ。エリン」


 レッドは悲壮な顔をしたエリンに反対した。


「エリンが勝てる可能性は十分ある。そもそも戦いはランキングで決まるわけじゃない。決闘が始まればどちらもハンデはないんだ。諦めるな」


「そう言いましても……」


 レッドの強い口調に対して、エリンは相変わらず腐っていた。


 2人がそうやって街角を歩いていると、目の前から素っ頓狂とんきょうな声が飛んできた。


「みんな、ありがとうおおおおおおおおっ!!」


「な、何ですかあ」


 大音響の声はおそらく声量拡張MODを使ったからだろう。声質は少女のそれで、高い声色がその場にいた全員の耳をつんざいた。


 誰でも最初は驚く声であるけれども、レッドはそれに聞き覚えがあった。


「あ、またライブをしているのか? 暇な奴だな」


 レッドとエリンが声の方向に進んでいくと、声の主の周りには10人未満ほどの人だかりがあった。


「今日のライブはここまでだンゴ……! 投げ銭よろしくなんじゃあ……」


 人だかりに囲まれている人物は十歳前後のブロンドにツインテールをした少女だった。狐耳が生え、大きな赤いリボンが目立ち。とても幼く見える。


 服装はフリフリのピンク色のドレスで、手にはマイクの代わりにハート型の飾りがついた杖を携えていた。


「ママッ! 今日も良いライブだったよ!」


「これ投げ銭! おいしいもの食べてください」


 投げ銭、とはオンライン上で手軽に有名なプレイヤーやアイドルにお金を出すゲームシステムの事だ。最近ではこのシステムだけで生きている猛者もさもおり、かなり競争率は激しいらしい。


「ありがとうンゴおおおおおおおっ!!! ワレ、これからも頑張るので応援してくださいっっっ!! ニチャアッ」


 その厳しい世界で、ファンに囲まれてブサイクな笑顔をする彼女はお世辞にも有名とは言い難い存在だった。


「よう、アンジー先生。商売はもうかってるか?」


 レッドは周りのファンの存在など気にせず、その少女に声を掛けた。


「むっっ! その声はレッドじゃなっっっ!」


 名前を呼ばれたアイドル、アンジーはレッドの声に反応してこちらを向いた。


 すると、当然レッドの姿とエリンの姿が目に映るわけだ。


「なんじゃあああああああっ! レッドに彼女ができたんかーーーーっ!! これは大ニュースじゃなああああっ!!!」


「弟子だよ。弟子。スズカケ師匠の娘だよ。こいつは」


「なんとーーーーーっ!!! スズカケ師匠に娘がおったんかあああああああっ!」


 エリンはレッドの後ろで、アンジーの酔狂な喋り方をうかがっていた。


「なんです? この変な人」


「紹介しとくか。彼女?はアンジー・マキナ。俺と同じ古参のプレイヤーだよ。今はアイドル活動に御執心ごしゅうしんみたいだけどな」


「エリンちゃん、こんにちはあああ……。スズカケ師匠に娘がおったんかあ……。初耳なのじゃあ……」


「ちなみに、アンジーの中身は40歳くらいのおじさんだ。ネットで言うところのバ美肉おじさんだな。あまり女性として見るなよ」


 レッドの言うバ美肉おじさんとは、バーチャル美少女受肉おじさんと言い、古くはネカマネットアイドルとも言う。


 一部男性の、自分が美少女になりたいという願望から生まれた彼女? らはこうしてアイドル活動をしていることもあるのだ。


「レッドおおおおっっ!! バラしていくスタイルはやめるんじゃああああああああっ!!」


 やけに叫びや協調の多いアンジーの喋り方は、演技なのか素なのか判別しずらい。だがたまに出る所作しょさはおじさんらしさがあり、残念な感じだった。


 だからファンからもかなり雑な扱い方をされていた。


「ママ、おじさんだったのか。俺、今日からファン辞めて明日またファンになります!」


「えっ? アンジーママが美少女? ないない」


 あまり多いとは言い難いファンからも、アンジーをいじる声が次々と出ていた。


「おまえらあああああああああっ!! 誰のみかたなんじゃああああああっ!!! このはかない美少女アイドルを捕まえてそんな……。恥を知るンゴおおおおおおおっ!」


 怒っているアンジーに、ファンたちは動揺した様子はない。それどころか楽しんでいる風だった。


「俺達ママの味方だよ。後ろから背中を刺すタイプの仲間だけどね」


「美少女? それは一体どこにいるんだ?」


 アンジーはそんな自分軽視のファンたちに怒鳴り散らした。


「おまえらあああああああああああっ!!!」


 アンジーが杖を持って暴れまわり始めたので、ファンたちはそこで解散となった。


 そして残ったのは、レッドとエリンとアンジーだけとなった。


「非常に奇怪な人ですね」


「ああ、5年前くらいは男性キャラだったはずなんだけどな。ゲームのMODで性転換してああなっちまって……。一種の流行りみたいなものだろ。病の方の」


 レッドとエリンはこそこそとアンジーについて話す。ただアンジーの耳は中々地獄耳だったらしく、こちらに振り向いた。


「聞こえているンゴ……。人の黒歴史ダークネスヒストリーについて話すのはやめるんじゃあ……」


 アンジーはそれから気を取り直したように、初めから挨拶を始めた。


「ワレは見ての通り、美少女アイドルのアンジー・マキナだンゴ……。皆からはママとかアンジーママとか呼ばれています……。よろしくお願いしますんじゃあ……」


「よ、よろしくお願いします。アンジーおじさん」


「ぬああああああああああああっっっ! レッドのせいでいじめられるンゴおおおおおおおおっ!!」


 アンジーはまた再び、叫び声を上げた。どうやらエリンの中でアンジーはおじさんとして定着したらしい。


「それはどうでもいいんだ。アンジー先生。ちょうどよかった。エリンの修行で手伝ってほしいことがあるんだ」


「ンゴ……。何をするか分からんけど、無二の親友のためなら人肌脱ぐのもやぶさかじゃないンゴ……」


「頼む。じゃあ、一緒に来てくれ」


 レッドの頼みにより、うさんくさいアイドルのアンジーが仲間になった。




 そこはいつもの下水道近くの空き地。


 そこでの新しいエリンの修業は、対ヴァンを想定した重量級タイプとの戦闘だった。


 ただレッドは魔導技師だし、アンジーは魔導使いだ。今は適切な相手がいない。


「そこでだ。アンジー先生の魔導バフで俺は重量級相当のステータスに変える。これなら装備の変更が武器だけで済むし、消費するのはMPマジックポイントだけだからな」


「レッドは人使いが荒いンゴ……」


 アンジーは文句を垂れながらも、黄色いパンチカードを用意して杖のカードリーダーにセットした。


「器用さと力を逆転させて……。回避も防御に変換して……。敏捷さは耐久力に変えます……」


 アンジーはそれぞれバフ魔導を唱え、レッドに付加させた。そうすると、レッドの身体にはバフの力で身体を纏うオーラのようなものが発生した。


「ゼエゼエ……これで一通り済んだンゴ……」


 どうやらアンジーは魔導でMPを使いすぎたらしく、しんどそうにしていた。


「アンジー先生は休んでいてくれ。後は俺達の修行だ」


「そうするンゴ……。最近疲れが腰に来て辛いんじゃあ……」


 アンジーは言い終えると、まるで老婆のように倒木の上へ腰かけた。


「重量騎士タイプはあまり操作したことはないが、まあどうにかなるだろ。今回はこちらからも攻撃させてもらうからな。せいぜい避けろよ」


「修行内容変わっちゃいましたね。ですが、重量タイプということは当てやすくなったわけですね! ガンガンぶん殴らせてもらいますよ」


 エリンは中々暴力的な物言いで、レッドに攻撃を仕掛けに行った。


 まずは様子見、エリンは蒸気銃のアンガーとサッドマンを抜いて射撃を行う。


「おっと。だがその距離じゃ当たらない」


 エリンの射撃は正確。しかし、銃弾はレッドのかなり手前で方角が変化し、あらぬ方向へ飛んだ。


「そんなアボイドメイルの力が強すぎる……!」


「言ったろ。重量騎士はアボイドメイルの性能も高い。近づかなければ弾の無駄遣いだぞ」


「――なら」


 エリンはレッドの挑発に乗った。蒸気銃から二振りの小太刀に取り換え、接近戦を挑んだのだ。


 それは重量騎士なら素早く動けない。そういう算段の攻撃だった。


「えっ!」


 だが予想とは裏腹にレッドの対応は早い。武器はいつもの片手剣から大剣に変えているけれども、上手いこと握りしめた柄を動かした。


「おうっ!」


 エリンはもう少しで自分から大剣の柄にぶつかりに行くところで、回避する。レッドは距離を離したエリンを確認してから次は大剣を振り回した。


「そんなの当たりませんよ」


 エリンはレッドの大剣による旋風を何度も回避する。動きが対応されてもまだ素早さはエリンの方が上だった。


 ただし余裕のエリンにも誤算があった。


「そんなの知っている。目的は別だ」


 エリンは次々と飛び退いていると、ふいに背中に壁を感じる。


 なんといつのまにかエリンは空き地唯一の土の壁へと追い込まれていたのだ。


「そらっ!」


 移動範囲を固定されたエリンはレッドの攻撃を否応なく小太刀で受ける。その勢いは強く、2本の小太刀で芯を捕らえてもなおエリンにダメージが入った。


「凄い。速さを補って柄の攻撃や相手を抑え込む動きをするなんて……!」


「感心している場合じゃないぞ!」


 今度はレッドが大剣を振り上げた時、エリンはやっとレッドの隙を見つけた。


「勝機ですっ!」


 エリンはかかとと脚のけんに力を込めて、レッドに肉薄する。これなら大剣の広い間合いをいかせず、それどころか刃を当てることさえままならない。


 エリンは完全に振り遅れた大剣の隙間へ、小太刀を滑り込ませた。


「<一閃・斑模様まだらもよう>!」


 小太刀の蛇を這うような連撃がレッドの懐に浴びせられる。するとレッドのヒットポイントへ僅かなダメージが入ったのだ。


 エリンは攻撃を加えながらレッドの背中へと抜けてから、飛び跳ねて喜んだ。


「やった! ダメージですよ。ダメージ。これで私も一人前です」


 けれどもレッドは喜ぶエリンを否定した。


「馬鹿言え。俺が遅くなっただけでほとんどかすり傷にもなってないぞ。修行は続行だ!」


「ええっ! ずるいですよ」


 残念そうな反応のわりに、エリンは対して気落ちした様子はない。それどころか自分の戦いに実感を持て、動きは良くなってさえいた。


 レッドとエリンはそれから重量騎士の動きを分析し、弱点を把握し、対策を講じた。


 必要な道具は何か、持てる武器でどう戦えるか。2人は本気で頭を揃えて考え抜いたのだ。


 時間は瞬く間に進んで1日が過ぎ、ヴァンとの決闘は間近に迫っていた。


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