第1章3話ニーナ
狐娘は困惑している。
抱えられて、息が吸えないぐらいの、速さで移動
して連れてこられた場所は、大きい壁があり、壁よ
り少し高い内開きの門がある。
この町全体の、シンボルと言うべき城だ。
怪しい黒のフードを被った女の人が、足で門を開
けその奥には広い庭があり、3階建ての、白い和風
の城が見える。
「私はクロ、ここは私の家だ! よろしく!」
クロが狐娘を掴みながら、意気揚々に自分の家に
入ると一番上にある見晴らしの良い部屋に狐娘は連
れていかれ、真ん中にはコタツがあり、ミカンが置
かれていた。
クロはフードを脱ぎ、肩まである黒色の髪を見せ
顔を近づけて、狐娘がクロを観察すると、黒いつや
のあるキレイな髪、身長は自分の2倍ぐらい、目は
うるうるしている。
クロはだんだんと頬が赤く染まり、今にも泣きだ
しそうな目を手で擦り、喜んでいるのか笑顔で喋り
始めた。
「名前教えて? なんで売られてたの? どこから
来たの? 言葉わかる?」
クロは喋り続け、話す暇を与えずに、狐娘を質問
責めにすると、段々と近づきクロの鼻と、狐娘の鼻
がぷにっと当たる。
「あ、ごめん」
クロは謝り、狐娘の鼻を指で撫でた。
「言葉わかるよ」
狐娘が話そうとするが、うまく喋れていない。
「言葉はわかるようだけど、喋れないのかな?」
クロが顎に手を当て、考える。
「そうだ!」
何かを閃いたような感じで、クロは部屋から飛び
出した。狐娘は、クロが戻ってくるまでの間に周り
を見ると、コタツの上においしそうなものがあった
ので、皮が付いたまま食べた。
「おいしー」
狐娘は転げまわりながら悶える。
すると、クロが狐耳の人を連れてきた。クロと同
じぐらいの背で、巫女装束を着ている。
尻尾と耳、それに髪が狐色で髪の長さは腰まであ
り、顔はクロに似ていた。
【クロは同族なら言葉がわかると思っていた】
「わらわの名前はベル、お主名前は?」
狐娘は自分の名前がわからないので、首を傾げ、
訊き返す。
「名前何それおいしい?」
喋れていない狐娘は鳴く。
「何を言っておるのかわからぬのぅ……力になれな
くて御免」
ベルは下を向いて部屋をでると、クロは考えた。
(他の国から来たとしても言語は同じ。別の言葉を
使っていたとして、同族にもわからないとなると打
つ手がない。だけど、此方が言っていることは理解
できている気がする)
すると、クロは二つの可能性を考える。
(間違えて覚えてしまった言葉か発音がわかってい
ないのどっちかな?)
クロは推測した。
(そうだ! 名前なさそうにみえるし、名前付けら
れるかも!)
何か閃いたように部屋から出たベルを連れ戻す。
「ベル、この子に言葉と字を教えてやってくれ」
そう言い残し、クロは走り去っていく。
「仕方ない、そこに座るのじゃ」
ベルが指示を出すと、狐娘は座る。
「今まで使っていた言葉は禁止じゃ! 正しい字と
言葉を教えるから覚えるのじゃぞ」
ベルの言葉に狐娘はうなずく。
すると、狐娘からグゥーと音が聞こえて、その音
を聞いたベルは思う。
(お腹が空いておるのかのぅ……美味しいものを食
べさせたいのじゃ)
ベルはすぐに行動を起こし、食べ物を用意するか
ら待っておるのじゃ! と言うと隣にある調理場に
移動した。
狐娘は尻尾を動かしながら待っている。
(美味しい料理を作るのじゃ、そして飼うのじゃ)
ベルは、ニヤケながらあとの事を妄想し料理を作
る。
そして、10分が経過した。
「出来、たのじゃー」
ベルは味噌汁とハンバーグ、プリンをコタツへ運
び、狐娘の前に並べ、スプーンを取り出し、プリン
をスプーンで掬って、狐娘の前で構える。
「あーんするのじゃ」
狐娘は何をすれば良いのか分からず、ベルの顔を
見つめた。
「どうしたのじゃ? 口を開けぬか!」
急に怒鳴られた狐娘は体を、ビクッと体を震わせ
言うとおりに、口を開け、ベルは開いた口の中にプ
リンを入れると、狐娘はプリンを噛み締めて、狐娘
はモグモグとそしゃくする。
体がプリンの記憶を覚えているのか、顔から勝手
に目汁がポタポタと流れ落ちた。
「お主泣いておるのか? まずかったのか? どこ
か痛むのか?」
ベルが心配そうにすると、狐娘は首を横に振る。
すると、狐娘はベルからプリンとスプーンを奪い
目を潤わせ、嬉しいのか笑顔で、美味しそうに食べ
始めた。
「泣きながら料理を食べると不味くなるのじゃ!
笑うのじゃ!」
狐娘は顔に付いている水滴を、手で拭き取る。
(可愛いのぉう)
ベルは狐娘を見ながら思うと、狐娘は手掴みでハ
ンバーグを食べ始めた。
「フォーク使わぬのか!」
ビクッと驚いた狐娘は、大声がした方向に顔を動
かすと、ベルがフォークを持って、見せびらかすよ
うに揺らしている。
使い方がわからない狐娘は首を横に振り手に付い
たケチャップをペロッと舐めて、残っていた味噌汁
を飲み干した。
「調理場に食器を運んでもらうのじゃ」
ベルがお願いしても、狐娘は動かない。
「これじゃ! これを運ぶのじゃ」
ベルがハンバーグ、味噌汁、プリンの入っていた
器を指さすと、狐娘は頷き、調理場に運び、手ぶら
でコタツに戻ってきた。
「ここに寝るのじゃ」
ベルが自分の膝をポンッと叩くと、狐娘はそこに
頭を乗せて寝転がり、ベルは狐娘に膝枕をしながら
頭を撫でる。
「良い子なのじゃ」
ベルが狐娘を褒めながら、頭を撫でた。
「これから、毎日運ぶのじゃぞ」
撫でられている狐娘は、優しい声を聴きながら、
だんだんと瞳が濁り、少しずつ瞼が下がっていき、
瞼が半分まで閉じた時には虚ろな目になっていく。
さらに、ベルが狐娘の耳を指で触ると、気持ち良
さそうに瞼をとじた狐娘は、夢の世界へ旅立った。
ベルは狐娘を撫でていると、クロから聞かされた
母のことを思い出し呟く。
「母上、早く帰ってきて欲しいのじゃ……甘えたい
のじゃ……顔も見たことないのじゃ……」
ベルは狐娘を起こさないよう移動し、和風の布団
を部屋に運んだ。
狐娘を布団の中にいれて、自分も入る。
「おやすみ」
抱き枕のように狐娘を扱って眠り、クロが出て行
ってから、数日が過ぎた。
「師匠、師匠」
ベルにべったりとまつわりつく狐娘はちゃんと言
葉を話せている。
「なんじゃ?」
用があるのかと思ったベルが呼んできた狐娘の方
を向く。
「呼んでみただけ」
「可愛い奴め」
狐娘はベルの膝枕に、頭を乗せ、頭を撫でられる
のが幸せと言わんばかりの、耳は垂れトロ顔をさら
していた。
「気持ち良いです」
「そうじゃろ、そうじゃろ」
狐娘の言葉に嬉しそうなベル。
数分経つと狐娘は眠っていた。
ベルは膝枕の代わりに、枕を置き、料理の支度を
して、それができると狐娘を起こす。
「師匠食べさせて」
「甘えんぼさんめ」
ベルが狐娘の鼻を右手の人差し指で突くと、狐娘
は目を閉じ、口を開ける。
「あーん」
狐娘が声をだしパクリとスプーンを咥えて、ベル
は咥えたのをみるとスプーンを引き抜く。
「美味しいか?」
ベルの言葉に狐娘が頷いて、狐娘は料理がなくな
るまで、ベルに食べさせて貰い甘えていた。
「次から料理を手伝ってもらうのじゃ」
「はい」
狐娘が元気に返事をする。
「そういえば名前を聞いていなかったのじゃ」
ベルが唐突に言うと、狐娘は不思議な顔をした。
「名前ないよ?」
狐娘は首を傾げながら答えると、ベルは狐娘の頭
を撫でる。
「その顔も可愛いのじゃ」
その言葉を聞いた狐娘は嬉しそうな顔だ。
扉の音が響き、髪が乱れているクロが部屋に慌て
て入ってきた。
「どこにいっておったのじゃ?」
ベルがクロに問う。
「あはは、いろいろなところ行って、訊きまわって
たごめん」
クロは笑いながら謝り、乱れた髪をベルに梳かさ
れる。
「名前わかった? 名前がなかったら! 私が決め
ていい? 私が決めるね!」
クロは二人の反応を待たずに喋ると、狐娘の顔を
見た。
「君の名前はニーナだ」
ベルは狐娘と顔を合わせる。
「名前はニーナで良いのじゃな?」
「師匠が良い名前と思ったらそれで良いです」
ベルが言った直後、ニーナは嬉しそうに話した。
クロは二人の仲が良くなっている事に気が付き、
かまってほしいのか、あいだに割り込む。
「ニーナは小さい女の子って意味だよ」
クロが得意げに説明した。
すると、ベルはクロに訊こうとしたことを思い出
す。
「どこに行っておったのじゃ! まだ教えてもらっ
てないのじゃ!」
ベルは怒りながら問う。
「クリニアのブラインのところだよ」
クロが小声で返すと、ベルは驚いた。
「西の勇者のブラインじゃと?」
ベルが問い詰めるように訊き、クロはさっきより
さらに小さい声で返す。
「名前を考えて貰ったんだよ……」
さっきまで得意げだったのが、見る影もなくなっ
ていた。
ニーナも話に入りたいのか二人のあいだに入る。
「西の国って遠いの?」
尻尾を振りながら、二人に問う。
「近いよ」
と言いかけるクロに、ベルの拳が脳天に振り下ろ
される。
「嘘を教えてはだめなのじゃ」
ベルが頬膨らませ怒り、その拳を観たニーナは、
怯えながらベルから数歩離れた。
ベルはクロのそばまで近づき、耳打ちをする。
「お主、嫁の名前をあげて良かったのじゃな?」
「身長以外は、ベルのお母さんに似ているんだよ!」
ニーナには聞こえないように、コソコソと会話を
した。
クロは離れているニーナに近づき、最初の質問で
解決していない事を、ニーナに訊く。
「なんで売られてたの? どこから来たの?」
「私、売られたの? 木と草が沢山あって、リスが
いるところ?」
クロの質問が終わると、数秒間考えたニーナは質
問返し。
「ニーナに、地図を見せるのじゃ」
ベルはクロとニーナのやり取りを観て言った。