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第四章①

Ⅰ.

 俺が自分の話をしたと言ったら、誰が信じてくれる?


 信じるほど、俺の事を知っている人なんていないし(居たとしても殺してきたし)、そもそも、俺自身、自分の語る話が本当にあったことなのか分からない。


 記憶ってのは、昔っから知っている味の無いスープのレシピのようなもので、滅多に作らないが時々気まぐれに作ってしまい、やっぱりマズイと辟易するもの。

 そんなモノを人に供しようなんて酔狂なこと、今まで考えたことも無かった。


 けれど。

 いつの間にか育っていた俺の自尊心らしきものは、このクソ不味いスープを誰かに飲んでもらいたがっていた。

 一言「辛かったね」「凄いね」なんて言葉をかけられちまったら、もう。

 どうしようもなく口が動いてしまった。

 

 俺は生まれつき可笑しな子供だった。

 十を越えても、姿は六歳のまま。

 歳を重ねる度に、両親は俺を疎んだ。

 あの二人にとって、俺の誕生はハッピーなんかではなく、最悪最低。この世の地獄の始まりってわけだ。

 そんな訳で十二の時に俺は捨てられた。


 年月を重ね、積まれた知識は俺を生かすことに成功してしまった。

 それは決して「善い事」に分類されるものじゃあなかったけれど、とにかく俺は生きた。

 舌ったらずな喋り方は変な喋り方に。

 見た目の異様さは武器に。

 住居を点々と変えるようになったのは、近所の女に石を投げられてから。


 俺の人生はいつだって、そんな感じだった。

 この話を知っているのは二人だけ。

 

 一人は自分の半分も生きていないガキ。

 あの子は馬車の座椅子に詰め込まれていて、涙に濡れた茶色の目を丸くしながら、俺の事を見あげていた。


「こいつを殺せ」


 いつもとは少し違う依頼だと思った時に、断っておけば良かったと後悔した。

 俺が殺すのは悪い商売敵だとか、依頼人の命を狙う殺し屋だとか。

 つまり心の柔らかい部分が痛くならない人間ばかりだったから。

 でも、今は後悔していない。

 俺が依頼を受けなかったら、あの子は他の奴に殺されちまっただろうから。


 俺を雇ったのは植物採集と交配が趣味の変人だった。貴族ってのは、大抵外面が良くて、金を持っていて、どこか頭がおかしいってのが俺の認識だ。

 例にもれず、こいつもそう。おかしな植物を大陸から輸入し、御自慢の硝子で出来た庭園に陳列してニヤニヤしている男。

 どうやって俺のことを知ったのか。時折接触してきて仕事を頼んでくる。

 御者と執事とは顔なじみだ。

 俺が殺し、御者が捨て、後の事は執事がやる。

 これがいつもの流れだった。自分で言うのも何だが、俺達の仕事はいつだってスムーズに行われた。

 他の介入なんかいらないくらい整っていたから、その関係を壊すのは俺としても躊躇われた。


「断るわ」

「は?」

「オレ、子供は殺さないの」


 そう告げれば、御者(実は名前を知らない)が奇声をあげながら荷台を蹴った。

 こいつは執事とは違って、よく分からない男だった。

 気が長い時もあれば、気が短い時もある。

 ヒステリックな金切り声をあげる情緒不安定な時もあれば、神父みたいに穏やかな時もある。

 この夜は強迫性神経症ヒステリックな日だった。


「いいから、さっさと殺れ!」


 唾を飛ばしながら凄んでも、ありありと恐怖を貼り付けた顔では説得力に欠けていた。


「じゃなきゃ、俺が旦那様にお叱りを受けるだろうが!」


 何が気に障ったのか分からない。

 いつもなら、こんな事を言われても動じなかったのに。

 腹が立った理由を今なら言える。

 自分が叱られない為に、子供を殺す。

 俺はその身勝手さに反吐が出るほど嫌気がさしたんだ。


 車輪が石を踏んで揺れ、会話が途切れた。

 俺にとっちゃ、それは神様がくれた好機チャンスだった。

 御者は、自分の尻がちょっとばかり浮いている事に驚いた。

 蹴飛ばして御者台から落ちる瞬間も同じ顔をしていた。意味が分からないから、ちょっと待ってくれって顔だ。

 しがみついた手を踏んでやれば、闇の中から悲鳴と湿った音が聞こえた。


 俺は止まらなかった。手綱を引き、馬を暫く走らせた。

 俺は何をやっちまったんだ?

 何度も考えた。

 人を殺したっていうのに吐き気は落ち着いていた。


 御者の生死は後で確認しよう。

 とにかく今は、捕まらない程度に時間の稼げる場所まで子供を連れていこうと考えた。

 闇夜に紛れる馬車も、朝日が昇れば逆に目立つ。

 薄く白んできた宵の終わりに紛れて、隠れ家の一つに潜り込んんだ。


「アナタ、私を殺した方がいいわ」


 口につめこまれた布を取ってやると、開口一番ガキはそう言った。

 御者との会話を聞いていたのか。

 動かないから気絶しているものだと思っていたのに。


「あの男はすっごく怖いのよ」


 怖いのに「あの男」呼ばわり。

 その芯の強さが気に入った。


「子供はいらない心配しなくていいの」

「貴方も子供じゃない」

「オレはいいの。見た目よりずっと長生きしてるんだから」

「へぇ、貴方。もしかして魔法使いなのかしら?」


 笑った息が熱い。傷から熱が出たのか、瞳が潤んでいる。

 そうかもねと俺は笑った。


「アナタ、何だって殺されそうになってんのよ。何やったの?」

「私のパパがね。あ、私が小さい頃に死んじゃったんだけど、メロンの交配研究していたの」

「メロ、メロン? の、こうはい?」


 メロンを知らないの、と少女は再び目を丸くする。

 無知を指摘されたにも関わらず、不思議と嫌な気分はしなかった。


「悪かったわね」

「ううん、そうじゃないの。パパが作ったメロンを食べさせてあげたいなぁって。瓜は分かる? それが、とっても美味しくなってるの」

西瓜ウォーターメロンなら知ってるけど、あんまり美味しいものじゃなかったわ」


 殴られながら手にした、真っ赤で、青臭い水分。南の果物。そう告げれば、寝台に寝かせた子供が笑ったのが空気で分かった。

 饐えた匂いの中に、不思議な甘い香りが広がっている。


「パパが死ぬ前、私、メロンの種を貰ったの。育てていたんだけど、それが新種だったみたいで。あの人たち、うちに来てパパの研究を全部持っていっちゃった」


 次第に子供の口調がぼんやりと濁っていく。

 こんな事は過去に経験がない。

 どうしたらいいのか分からず。長い髪を指で梳いてやる。


「だから私、温室に忍び込んで苗を全部枯らしてやったわ。だって、あれはパパの研究なんだもの。枯らすのなんて朝飯前。私、パパがメロン育てているところ。ずっと見ていたんだもの。そしたら今度はあの人たち、作り方を教えろって迫ってきたの。私、メロンで殴りつけてやったのよ」

「見た目によらず無茶苦茶ねぇ、アンタ」

「その結果がこれ。後悔はしてないわ」

「つまり……アンタ、たかがウリの為に殺されかけたの?」

「そう」

「俺は、たかがウリの為にアンタを殺すとこだった」

「ふふ、おかしいよね?」

「おかしくなんかないわよ、命知らずさん。今頃お母さんも心配しているんじゃない?」

「ママ、は、その……」

「とにかく、今は休みなさい。オレは外の様子を見て来るわ」

「うん」


 地下の隠れ家から顔を出し、外の汚れた空気を腹いっぱい吸い込んだ。

 最後の淀み。あの子の決断。子供の母親は死んでいるのかもしれない。

 しかし、弱った少女にそれを言って追い詰めてやるほど、残酷にはなれなかった。


 足は御者を蹴落とした地点に向かっていた。

 あれが生きているにせよ、死んでいるにせよ。あのスピードの馬車から落ちたのだ。無事ではあるまい。


 もし、生きていたら。

 やることは決まっている。

 人の声がしたので、俺は商売道具を上着の中に隠して身を路地へ隠した。

 通りには三人の男が立っていた。

 薄く聞こえてくる内容から判断するに、百合を積んだ馬車の下に御者がいるらしい。

 見れば二人は荷馬車の主。一人が悲鳴を聞いて駆けつけてきた一般人というところか。

 ひとまず安心して良いかもしれない。そう、短刀を仕舞おうとした時だった。

 悍ましいほどの殺気を感じたのは。

 いかにも人畜無害そうな顔の男がこちらを見ている。

 

――それと、目が、合った。





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