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第二章③


Ⅳ.


「ショウ君、トマス。ちょっと聞いてもらえるかな」


 僕は二人に話しかけた。

 ぐちゃぐちゃな思考も言葉にすれば纏まることもある。

 一つより二つの頭“Two heads are better than one”とはよく言ったものだ。

 三人寄れば文殊の知恵である。


「僕はね。さっきの子は殺人事件と犯人の顔を見てしまったと思ったんだ。逃げたのはショウ君が脅かしたから。もしかしたら僕の事を、犯人の仲間だと勘違いしたのかもしれないって」

『めんご』

『おいコラ言い方』


 ただし良い方向に纏まるとは限らない。

 ざわつく声の中なら、意識をはっきりと集中させることができる。

 そう気づいたのはいつだったか。

「む、無視しないでー!」と言われた事すら気づかないので、少しだけ申し訳ない気持ちにもなるけれど。


「……それでね。彼が大通りに出なかった理由を考えてみたんだけど、やっぱり変だよ。もし通りに誰かいたなら、方向転換は慌ててしたはずでしょう? 焦って足に力が入れば足跡は深くなる。それなのにほら、残った足跡の深さは一定だ」

『へー』


 思い返せば、多少の歪さはあったものの聞こえた足音は常に一定を保っていた。

 道の選び方からいって、この路地に慣れているのは間違いない。

 しかし、ここは住居というより人気のないゴミ捨て場。


『ここでチンピラ二人組にボコられた事もあったなぁ。懐かしいね』


 そう、ここは被害者なら一番に避けるべき空間だ。

 住民同士の無言の禁忌タブーが敷かれているため、悲鳴が聞こえても助けが来る可能性は低い。

 それに、さきほどから辺りを漂う麝香の匂い。

 死体の近くでも、この匂いがしていた。

 ここに逃げ込んだ少年は死体と同じ場所にいたか、それとも匂いが移るほど長時間接触をしていた。

 もしくは、その両方か?

 何にせよ、あまり良い想像とは言えない。

 

『あっ、これ。僕たちがおびき寄せられたやつ?』

「ご名答。そろそろ独り言はそろそろ終わりかしら」



Ⅴ.


 後ろから、声変わり前の高い声が聞こえた。


「両手を挙げて、ゆっくり壁の方を向いて頂戴」


 言われた通り、ヒビの入った煉瓦の壁と向き合う。


「もう一人の仲間にも、出てくるように言いなさい」

「僕一人だよ」

「嘘ついても碌なことないわよ」

「声色を変えての独り言なんだ。よくやるよね?」

「……それ、本気で言ってる?」

「本気で言ってます」


 相手は冷静だった。冷静なまま、はぁ~と芝居がかった長い溜め息をついた。


「まぁ、いいわ。とにかく、オレからの伝言をあのバカに伝えて頂戴」

『あのバカ?』


 そわりと楽しそうに声が上ずった。

 落ち着いてと、呪文のように唱え続ける。


「そうよ、あのバカ。変態野郎って言えば分かるでしょ? あんたの雇い主。知らないとは言わせないわ」


 変態で雇い主。

 心当たりが無い。

 この中で一番変態としての度合いが高いのはショウ君だけど、本人は凄い勢いで首を横に振っている。


「寝起きは悪いし、隙あらば向けられる殺意が凄いけど、レイヴンさんは変態じゃないよ?」

「誰よ、レイヴンって」

「僕を雇ってる探偵」

「……あら、やだ」


 本当に驚いたように相手がつぶやいた。


「追っ手じゃないの?」

「いえ、僕は探偵秘書です。それより気になったのですが、貴方、成人していますよね?」

「あら。初見で分かってくれた人を初めて見たわ」


 残念そう、というより、弾んだ声だった。

 一見すれば、彼はフードを被った茶髪の子供にしか見えない。

 けれど受け答えや、全体から感じる骨格の違和感を総合して……彼は成長が上手くいっていない大人と結論づけた。

 僕には発育不良の知り合いが幾人か居たし、実は既に成人していた『(ネタバレ)』という映画も観たことがある。

 何より、この人に対して――トマスの言葉を借りるなら「食指が動かない」。

 動かないということは、この人は成人しているということだ。

 ショウ君の言葉を借りるなら「第六感によるロリショタ鑑定士」という不名誉極まりない呼び方の僕だけれど、この勘だけは外したことがない。

 未来の僕はこの人を殺したそうだけど、一体何があったのだろう。


「あなたは殺し屋ですか?」

「はい、そうです。なんて言うはずがないでしょう」


 それもそうですね、と呟いた。


「仕方ないわね、予定変更」


 背中に突きつけられていた尖った何かが離れてホッとした。


「伝言はアンタの死体に彫って置いておくことにするわ」


 全然ホッとできない展開だった。

 何故なら『私の番ですね』と聞こえたトマスの声が、凄く嬉しそうだったからだ。




Ⅵ.


 低身長の人間から攻撃を受けるという事を、あまり経験したことが無い。

 特に腰部分を狙われるというのは慣れない経験だ。

 背中には重要な臓器や血管が集まっている。

 肋骨の隙間を狙えるだけの技量があれば確かになるほど。効果的な急所を狙って来るものだと半ば感心する。

 下から突き上げられた短剣を、体を半回転させることでやり過ごす。

 そのまま真横にあった頭部を入れ替わりに掴んで壁に叩きつけてやれば、前にもこんな事がなかっただろうかと遠い記憶の網にひっかかる。


「伝言でしたら、ご自分でどうぞ」


 足取りや浮かべた表情は演技であったようだが、軽い体重だけは真実であったらしい。

 思った以上に勢いよく壁に叩きつけてしまったので、掌に収まる頭蓋と小さな身体は自重を支えきれずに地面に落ちた。

 割れて血を流す額と焦点を結ばない虚ろな目から察するに脳震盪を起こしているようだ。

 ……やはり、前にも無かっただろうか。このようなことが。


 地面に落ちた短剣を拾い上げる。

 型落ちしたフランス式の銃口装填式銃剣バヨネッタ先端部。

 銃口に差し込む旧式型の為か、柄の部分がかなり細くなっている。

 訛りといい、武器といい、フランスからの流れ者なのだろうか。


「肝臓を狙うのは悪くありませんが、私なら最初に肺を刺しますね。その方が長く経過を観察できますから」


 渋染めのローブを掴み上げ、濁った眼をした茶髪の少年と視線を交わす。

 リチャードが言っていた通り、見た目通りの年齢ではあるまい。

 見目はともかく、確認した手足の皺は子供のものではなかった。

 恐らくは、リチャードと同じ年の頃。残念ながら対象外だ。

 脅す為に喉を掴み、壁に固定した。


「オレ、もしかしてヤバい相手に喧嘩売ったのかしら?」


 短剣やナイフといった近接武器は、相手の隙を突く分には良い相棒となるが、このように襲撃が失敗した場合力で反撃される場合がある。

 私はリチャードを、この男は子供の皮を被り相手を油断させ懐に潜り込む。

 それが失敗した時点で、互いにとっての一番の武器を捨てた時点で、これは騙し合いではなく単純な実力勝負であった。


 下から重要な臓器を狙っての一刺し。

 屠殺のようにあっさりと殺しを終わらせる殺し屋という存在は、私では考えが及びつかぬ点が多かった。

 例えば殺人に時間をかけない、質より量を優先するタイプが多いということ。

 これは初撃で急所を狙う確率が高いとも言い換えることができる。次の一手が決まった位置に来るならば対応は容易だ。


「羊みたいな子だと思ったのに、とんだ狼ね。こんなのがゴロゴロいるなんて聞いてないわ。どんだけヤバいの、この国」


 羊と狼(+ゾウリムシ)。

 なるほど、悪くない例えだ。

 額から流れ落つ血が手首を伝って袖を染める。


「それより、先程のなぞなぞのこたえはわかりましたか?」

「オレの負けよ。遊んでないで、さっさと殺したらいいじゃない」


 相手は交渉の席に立とうともしなかった。諦めたように表情を消しただけであった。

 つまらない、と思った。

 殺し屋と言う奴は、大抵、自分が死ぬ覚悟もできている。

 あっさりと自分の命を諦めて、ゲームに乗ろうともしない。

 ああ、つまらない。

 喉を絞めるのにも飽きてきた。

 泣いて叫んで殺さないでと哀れな悲鳴をあげるまで、少しずつ削いでやろうか。

 そんな朝靄よりも不透明な惰性が、不躾な視線によって遮られた。

 


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