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兄の魔力

「今年は雨が少ない。そしてパラドレアに近い東側の村には魔物が出るらしい」


ベルグレドは領地管理の報告書を読みながら各村の管理者達を集め話をしていた。

今年は収穫に問題なさそうだが来年は分からない。その備えをしなければならないからだ。


「雨はどの国も今年は少なめだったらしいですから交易品としての価値はそんなに変わらないと思いますが、来年もこの調子で雨が降らなければ問題ですね。念の為かく村の備蓄を見直して備えさせましょう」


「頼んだ。魔物の件は俺が宮廷の執務士官に報告しておこう。あまり頻繁に魔物が出るようなら討伐隊を出してもらわないとな」


ベルグレドが管理している領地はガルドエルム国の東にあるカドラス領という場所である。

そしてその地方はファイズ家の血筋の者達が昔から大事に管理してきた。他の地方も同じく貴族達が管理している。

やり方はそれぞれ違うが領地の大きさは位が高いほど広い領地が任される。その為管理する者達を上手く纏められなければ領地の管理は上手くいかない。ベルグレドはそんな仕事を他の親戚達と上手くこなしてきている。


「助かるよ。エルグレド様とベルグレド様が居てくれるお陰でこの領地の管理は他と比べてだいぶ楽だと思うぜ?」


従兄弟のゼリオルが書類を纏めながら軽口を叩く。ベルグレドは気にせずその書類を受け取った。


「まぁ、一人より二人いた方が効率はいいな。兄は騎士で常に城にいるから伝達すればすぐに動いてくれる。戦争が無ければ確かに今の状態でもいいかもな」


それにゼリオルや他の者達は口を閉じた。もう何度もエルグレドは戦に駆り出されている。一度戦になればいつ死ぬか分からない。皆彼が戦に向かう度、無事で帰って来るよう祈っている。


「・・・・何故。竜騎士などになられたのでしょう?あの方は騎士にならなくとも宮廷の官僚になれるほど優秀ではないですか?」


「強いんだよ、この国の誰よりも。だからこそあの人はあそこにいる。それだけだろ」


ベルグレドは素っ気なく答えた。

皆ベルグレドとは長い付き合いになる。彼の胸中は理解出来ている為、それ以上余計なことは口にしなかった。



その日の帰り道ベルグレドはその道を通りながらまだ兄が来たばかりの頃の事を思い出していた。

突然自分の兄だと紹介されたベルグレドの戸惑いはエルグレドに頭を撫でられた瞬間にかき消えたのを覚えている。

エルグレドは常に無表情で殆ど表情を動かさない青年だったがその中身はとても穏やかで優しい人だった。

懐くベルグレドに嫌な顔せずに歩幅を合わせてくれる彼はベルグレドの自慢だった。

あまりにもベルグレドが兄にまとわりつくので途中から親が心配し、エルグレドから引き離すまでベルグレドはずっと兄と過ごしていたのだ。母はそれを見ていつも複雑そうな笑みを浮かべていた。


ベルグレドはだんだんと苦しくなり胸を押さえながら屋敷に入って行く。

裏庭に向かう途中、ブラドがベルグレドを見つけ肩を貸してくれる。


「大丈夫ですか?ベルグレド様」


「・・・・ああ、地下室に行く」


「かしこまりました」


ブラドは唯一ベルグレドの身体の事を知っている者だ。

彼はベルグレドを守る為にこの家に雇われたと聞いている。それを今も実直に守っているのだ。


ベルグレドはブラドに連れられ庭の地下室に着いた。

中は相変わらず真っ暗だ。明かりをつけソファに座るとベルグレドは息を吐いた。


「ありがとうブラド。今日は夕飯は要らない」


「あの、ベルグレド様。実は今日エルグレド様達がこちらにみえているのですが・・・」


それはまたタイミングが悪い。

ベルグレドの発作はそんな簡単には収まらないだろう。

ベルグレドは頷いて明日挨拶する。と目を閉じた。



朝。ベルグレドはふらつく足で地下室から出て行った。

やはりほとんど眠れなかった。

部屋に行こうと屋敷に入ると見覚えのある赤い髪が目に入って来た。


「あら。お久しぶり」


ロゼだ。彼女はこの前の険悪なムードを一切見せず気安くベルグレドに話しかけて来た。


「ああ。あんたら来てたんだったな」


思わず素っ気なく返してブラドに窘められたがロゼは全く気にしていない様子だ。どうでもいいのかもしれない。

そんなやりとりをしているとロゼは何故がベルグレドに違和感を感じたようだった。


「ずっと眠れていないの?」


ロゼに見つめられベルグレドは途端に全てをロゼに吐き出してしまいたい衝動に駆られた。


「・・・何だ、エレナの次は俺に媚を売るのか?」


「ベルグレド様!!」


狼狽えて憎まれ口を叩いてしまう。

しかしこれにもロゼは対して反応しなかった。

ベルグレドはホッとしてそのまま自分の部屋に着くと意識を失った。




****





「じゃあ、始めましょうか?」


その数日後。ベルグレドは何故がロゼに呼び止められ兄と並ばされて魔術の指南を受ける事になった。

どうやら彼女はベルグレドの発作の正体を知っているらしい。最初は真面目に取り合っていなかったベルグレドもロゼの物を教える姿勢にこれは遊びではないと勘付いた。


「まずは私がやる事を見ていて。このアガスという結晶体を触る時は指先で軽く触れるの、握っては駄目よ。そして触れたらその指に意識を集中させる」


ロゼはまずベルグレドの魔力の種類を知る為にアガスという結晶体と水、種、水晶、羽、蝋燭を用意した。


ロゼが手をかざして結晶体に指を触れると器に入っていた羽が勢いよく空へ舞い上がった。そしてそれは空で形を作り鳥の様に羽ばたきながらクルクルと回っている。


ベルグレドとエルグレドはそれをただ見ていた。ぽかんと。


「私が持っている魔力は風属性よ。そしてその傾向はバランス型ね。どちらかといえば癒しより攻撃の方が得意だけれど。ベルグレドも触ってみて」


そういわれベルグレドは恐る恐る手を出した。

ベルグレドは今まで魔術を使った事がない。

自分の能力が何か全く知らないのだ。

結晶体にそっと触れる。すると器に入っていた水が縦長に勢いよく柱を立てて膨れ上がった。そしてそれは瞬く間に大きな氷の柱になった。


「貴方は水属性ね。攻撃特化でしかも変化型。これは確かに操るのに苦労しそうだわ。よく今まで屋敷を破壊しなかったわね。偉いわよ」


何故か褒められたベルグレドは変な気分だ。隣の兄に目をやると少し驚いている様子だった。


「・・・・成る程。大体理解したわ。じゃあまず魔力の制御方法から教えるからちょっと待ってて。足りない物を取りに行って来る」


ロゼはブラドを連れて屋敷へ戻って行く。兄と二人で残されたベルグレドはこれをどう説明すればいいのか考えた。


「・・・・兄さん。これは」


「母に口止めされてたんだろう。気にしなくていい」


責める事はせず兄はベルグレドが言いたい事を口にした。

ベルグレドは顔を伏せた。


「・・・ごめん。心配かけると思ってずっと隠してたんだ。それに、これが何なのかずっと分からなかったんだ」


もう何年も隠し続けた事がこんなアッサリ知れてしまい、ベルグレドは気が抜けてしまった。エルグレドは笑ってベルグレドの背中を叩いた。


「俺とロゼはしばらくここにいる。その間俺もお前の訓練に付き合ってやる。俺の扱きは部下曰く悪魔の所業らしいぞ?」


ここに来た経緯をブラドに聞いていたベルグレドは目を細めた。これは観念するしかなさそうだ。

しかし嫌な気分ではない。ベルグレドはずっとエルグレドに稽古をつけて欲しかった。


「そういえば兄さんは何もないのか?」


ふとアガスを見てベルグレドは兄に聞いてみた。


「魔術は使えないぞ。今まで使えた事がないから、存在しないか相反する魔力を持ってるんだろう」


恐らく後者だ。弱くても全く魔力がない方が珍しい。


「ちょっと触れてみてよ」


「ロゼがいないが?」


「少し触れるだけでいいから。ほら」


ベルグレドはエルグレドの背中を軽く押した。エルグレドはため息をついてそれでもベルグレドの言う通りアガスに触れた。しばらく何も起こらず二人は苦笑いした。

しかし次の瞬間、器の水晶がキラキラと輝き出した。


「聖属性だ。水晶が輝いてる」


ベルグレドは水晶に近寄ると中を覗いた。そして僅かに首を傾げる。


(聖属性だよな?何で・・・・・)


突然、水晶の光が消えた。

ベルグレドが後ろを振り向くと顔色の悪いエルグレドがアガスから手を離して立っていた。

ベルグレドはハッとして立ち上がった。


「ごめん兄さん。多分勘違いだ。光の反射でそう見えただけみたいだ」


その言葉にエルグレドは明らかにホッとしていた。

ベルグレドは先程はしゃいだ自分を殴り倒してやりたくなった。もしこんな事で兄が聖魔術を使えると分かったら益々話がややこしくなってしまう。ベルグレドはさっきの出来事を無かったことにした。


「ロゼには黙っててくれよ。それを理由に訓練内容を増やされたら堪らない」


それにそうだとしても多分バルドと同じ能力ではない筈だ。あれはただの光では無かった。


「ああ。わかった」


ベルグレドはその日見たものを見なかった事にした。

それがベルグレドにとっても重要な秘密(こと)だったのだと気付かないまま。

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