試練の幕開け
ベルグレドとエレナの婚約発表が間近に迫る中、二人は久しぶりに二人きりで会う事になった。
ベルグレドの屋敷にエレナがやって来たのは久しぶりだ。
「エレナ様、ようこそいらっしゃいました」
「お久しぶりですねブラド。変わりはないですか?」
「はい。お陰様でこちらの領地も平和そのもので御座います。全てはあなた様とバルド様の御心のお陰でございましょう」
エレナは優しい微笑みで頷いた。それをベルグレドは冷めた目で見ていた。
「ベルグレド様。お久しぶりでございます。暫くお世話になりますわ」
「お好きに。俺は仕事がありますので」
「ベルグレド様!!」
ブラドが慌ててベルグレドに注意するがそれをエレナは止めた。
「いずれ夫になる方です。気にしておりませんわ」
ブラドはそれに黙って頭を下げた。
それよりもエレナは気になる事を聞いてみた。
「エルグレド様の婚約者様も今度の婚約パーティーに来られるのですよね?」
「はい。そのようです」
「どのような方かご存知ですか?」
「いえ。しかし噂は聞いておりますよとても面白い方のようです。貴方様と気が合うやもしれません」
ブラドは微笑みそう告げた。
エレナはロゼの存在を知ってからずっと会ってみたいと思っていたのだ。
(どんな方なのかしら。早くお会いしたいわ)
エレナは大抵の人間の事を会う前に夢で見てしまう。しかしロゼは今の所出てこない。
夢を見る前に本人に会いたい。エレナは胸を躍らせた。
エレナはエルグレドの婚約話を聞いてから何故かずっとワクワクしていた。自分でもよく分からないが、ずっと待ち望んでいたものが来たようなそんな感覚なのだ。
「ベルグレド様!」
エレナはご機嫌でベルグレドに駆け寄った。そんな様子のエレナにベルグレドは少し驚いた。
「なんだ。ご機嫌だな?悪いものでも食べたか?」
ベルグレドらしい色気のない物言いにエレナは更に笑った。
「貴方は私以外と結婚できないでしょうね」
「相変わらず失礼な奴だな!!」
嫌がるベルグレドの隣に並びエレナは辺りを見回した。
相変わらずベルグレドの屋敷は騒がしい。
[あー!エレナだぁー!おおきくなったね?]
[エレナはみえるのにねー?なんでベルはみえないのかなー?]
エレナを見かけた妖精達は大騒ぎである。エレナは内心苦笑いした。
(これが見えないんですものね。人間って本当に鈍いわ)
ベルグレドには一切見えていない妖精の姿をエレナは見る事が出来る。小さい頃からベルグレドと過ごしているエレナにとって妖精は居るのが当たり前だった。それが日常だったからだ。これにはちゃんと訳がある。
「また、ボーとしてると躓くぞ。気をつけろ」
(貴方こそ気をつけて下さい。ベル様)
ベルグレドの周りをまとわり付くように妖精が固まっている。しかし本人は全く気付かない。自分が引き寄せてるというのに。
彼は妖精や精霊から無条件で愛されるダービィディラルという存在である。ダービィディラルはとても珍しく貴重な存在なのだが、彼の場合本人が全く気付いていないので意味がない。むしろ彼の身が危険に晒される可能性がある。
完全無防備状態である。
「婚約パーティーですが、陛下はその場に来られないようです。良かったですわね。好きなように動けますわ」
「やっと兄さんの婚約者とご対面か。本当に長かった」
それは同感だ。エレナも違う意味で早く会いたい。
「楽しみですわ。一体どんな方なんでしょう」
「相当強いらしいぞ。グズリオンみたいな奴かもな」
この人は本当に発想が幼い。子供か!っと突っ込みたい気持ちをエレナはぐっと抑えた。
「また他の令嬢の時のように妨害なさるおつもりなのですか?いい加減兄離れしてはどうです?」
「言っておく。直接的に妨害するのは兄さんの屋敷の者達であって俺じゃない。俺は情報を流してやるだけだ」
エレナはベルグレドの開き直りに呆れてしまう。
本当に大丈夫だろうか。ベルグレドはたまにエレナの予測出来ない行動を取るためエレナは心配になる。
(先が分からないのもやはり不安なものね・・・・)
エレナには普通の人間にはない能力がある。
それは先の未来が見えたり突然神の御告げが降りてくるというものだ。
本来その力はイントレンスの巫女しか扱えない能力である。しかも彼女はそれよりも更に高度な力も実は使う事ができる。それを知る者はエレナとそれを教えてくれた者しかいない。
(私は今年17歳になる。彼の方の言った事が正しければ私の行く末もその時決まるはず)
エレナはベルグレドと並んで歩きながら幼い頃の事を思い出した。絶望に打ちのめされ立ち上がれなかったあの日の事を。そんなエレナをベルグレドが黙って見ている事にエレナは気が付かなかった。
****
「エレナ様。お願いですから食事をなさって下さい。身体が弱ってしまいますわ」
エレナは悲しむ侍女の言葉を虚ろな瞳で聞いていた。母が死んで三週間。エレナの身体はまともに食事をする事が出来ず弱っていった。あれからバルドはエレナの所に来ていない。もう二度と来ないとエレナは分かっていた。
「エレナ様・・・・」
侍女の手がエレナの手に乗せられる。その手からじわじわと不快感が感じ取れた。中々食事をとらないエレナに苛立っているのだ。顔には出さないがエレナには感情を敏感に感じ取る事が出来た。しかし無理して食べた所で吐いてしまう。結局同じだ。エレナの心は益々閉じていった。この城の中にエレナの味方は誰一人としていない。その唯一は愛する父に殺されたのだから。
「失礼。お邪魔してもよろしいでしょうか?」
その時いつのまにかドアの前に立っていた若い青年の声がした。侍女は咄嗟にエレナの前に立ち塞がった。
その青年は全身白いローブで覆い隠し顔も良く分からなかったが口元は柔らかく笑っていた。
「貴方様は。イントレンスの使者様ですか?」
侍女は驚いて声を上げた。彼は頷くとエレナの側まで来て膝をついた。
「ご機嫌麗しゅうございます。陛下の許可を得て貴方と話す許可を頂きました。どうかお許し下さいませ」
エレナは正気の無い瞳でその青年を見た。
(お父様の?じゃあ私を殺しに来たの?)
「いいえ。違います」
青年は無言のエレナに返答を返した。侍女は一礼すると部屋を出ていく。男は床に膝をついたまま黙っているエレナに喋り続けた。
「エレナ様。貴方は何も悪くありません」
彼は何も説明せずに事実だけを告げた。
「そして、貴方のお父上様も悪くありません」
エレナは手元にあるシーツをギュッと握りしめた。
(そんな訳ない。だってあの人は私の母を殺したのに。)
「はい。ですが、貴方のお母様は最後まで理解しておりませんでした。自分の夫がなんであるかを・・・それ故にあんな事態になったのです。貴方は自分が普通の人間とは違うと気がついていますね?」
青年は淡々としかしその口調は丁寧で優しくエレナに語りかけた。エレナは不思議と穏やかな気持ちで彼の話を聞けた。彼は手のひらを上に出して見せるとその両手から全く違う種類の黒い炎と光の炎を片手にそれぞれ作り出した。
エレナはその二つをただ見つめた。
「これはイントレンスで生まれた魔人のみが使える力です。この力を実は陛下も使えます」
(・・・・・・・・え?)
エレナには青年の言っている事が理解出来なかった。
だって今その力は魔人しか使えないと言ったのだ。人間の父が使えるわけがない。
「貴方の父は人間ではありません。魔人です。そして貴方は彼の魔人の力を強く引いた人間と魔人のハーフです。しかも貴方は父親と同じ力ではなくイントレンスの巫女の血が強く出ています。だからずっと知らない者の声を聞いたり未来に起こる事が分かるのです」
突然やって来て面識もない者にそんな事いわれたら普通は誰も信じない。だがエレナは信じた。分かってしまったから。
「貴方には私の本当の姿が見えるでしょう?私はイントレンスを出る時、本来の姿を失いました。しかし後悔していません。バルドや貴方の側にずっといる為には必要な事でしたから」
「・・・後悔、してないのですか?」
エレナは掠れた声でやっと声を出した。青年は微笑んで立ち上がりエレナの側まで来るとまた膝をついてエレナの手を取った。
「貴方はこれから戦わねばなりません。貴方自身と。私はそれを少しお手伝いさせて頂きます。ずっと一緒にはいられませんが、その代わり会話はいつでも出来るでしょう。そのやり方もお教えします。イントレンスの巫女達はその方法で予言を共有します」
彼はエレナの問いに答えずエレナのおでこに自分のおでこを重ね合わせた。エレナはその時、その青年の顔をハッキリと見た。
(可愛い孫に会いに来るのに後悔など致しませんよ)
エレナの頭の中で青年の声が優しく響きわたった。エレナは大きく目を開いて心の中で呟いた。
(・・・・・・お爺様?)
青年は笑った。その顔がバルドの顔と重なって見えた。エレナは瞳からポタポタと涙を落とした。
(私の名はゲルガドル。バルドの実の父でありイントレンスの巫女でもあります。貴方には全て教えてあげましょう。何故こんな事が起こってしまったのか。そして貴方は何処へ向かうのかを)
エレナはその日失った味方を新しく見つけた。
いや、正しくは彼がエレナを見つけてくれた。
そしてその日からエレナの本当の試練が始まった。