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エレナの悪夢

「エレナ。いらっしゃい」


エレナがまだ6歳くらいの頃。エレナの母親マリエッタは良くエレナの髪を自ら結ってくれた。彼女の髪質が母のそれと似ていた為纏め方がとても上手だったのだ。


「貴方は顔も髪質も私譲りで、唯一陛下に似たのは髪と瞳の色だけね。彼の方に似ればもっと綺麗になれたかもしれないのに残念だわ」


「私はお母様に似ていて嬉しいです。お母様の様になりたいです!」


エレナは母が大好きだった。

父親は忙しくあまりエレナに構ってくれないが母は時間が空く度こうやってエレナに構ってくれる。


「あれから、怖い夢は見ていない?」


最近エレナは立て続けに怖い夢を見続けていた。

その度に母が一緒に寝てくれるのだ。


「大丈夫です!お母様が居てくれるから」


そう口にしたエレナだったが実は今も度々その夢を見ている。幼いエレナには理解し難いその夢は何回か繰り返される内、鮮明になっていた。


「また、何か見たら教えてくれる?」


「はい!」


元気に答えたエレナだったがその内容を母には決して言えなかった。何故ならエレナが見た夢は今のところ全て現実に起こっているのだ。それもエレナが夢を見た後に。

エレナは何故かその事を父にも母にも言えなかった。


(口に出したらまた現実になるかも知れない)


怖かった。他愛ない夢が現実に起こる不自然さ、そしてそれを見る自分が異質なのでは?と子供ながらにエレナは感じていた。もしそんな事が知られれば自分は捨てられるかも知れない。

そんなやり取りをしていると突然ドアがノックされた。

二人が振り返るとそこには珍しく父のバルドが立っていた。


「陛下!どうなされたのですか?お呼びくださればこちらから伺いましたのに」


マリエッタは嬉しそうに頬を染め笑っている。とても嬉しそうだ。エレナは嬉しくなって父に挨拶した。


「お父様。お久しぶりでございます。お会いできて嬉しいですわ」


上手く出来たかドキドキしているとそんなエレナの頭にバルドの掌が優しく乗せられた。


「エレナ。久しぶりだな?あまり時間を作れず構ってやれず済まない。今日は時間が出来たのでこちらに寄ったのだ」


エレナはチラリと顔を上げた。

そこには優しげだが僅かに緊張した顔の父の顔があった。

エレナは首を傾げた。


「魔力の選定とは何ですか?」


エレナの言葉にバルドもマリエッタも驚愕で眼を見開いた。マリエッタはガタガタと震え出した。


「へ、陛下まさか・・・こんなに早くに確認するのですか?」


エレナはしまった!と思い顔を伏せた。

エレナは夜だけではなく昼間も誰かの声が聞こえて来ることがある。

バルドが触れた瞬間響いたその言葉に思わず意味が分からず聞いてしまったのだ。


「いや。今日はそのつもりではないが、急いだ方が良いかも知れないな。恐らくこの子はすでに力に目覚めている。

もし力が重複しているのなら片方を使える様訓練せねばならないだろう」


バルドはそう言ってエレナを抱き上げた。

エレナはそれにびっくりした。

父にこうやって抱っこされた記憶など今までにない。

エレナは嬉しくて嬉しくて満面の笑みで笑った。

バルドもかすかに笑うとそんなエレナの髪を撫でた。

エレナが笑顔で母に目を向けるとそこには何故か哀しそうに顔を歪めた母の顔が目に入ってきた。エレナは不思議に思った。


(お母様、何であんな辛そうな顔をしているのかしら?)


エレナはまだ知らなかった。自分がこの国に重要な力をもたらす事を期待されていた事もそれがない場合、自分がこの父に捨てられるのだという事も。




****





「マリエッタ!!」


バルドは血だらけになり倒れているマリエッタに駆け寄ろうとして足を止めた。彼の瞳は窓のバルコニーに向けられている。


(これは何?)


暗闇の寝室でその女は立っていた。

美しい黒髪に紅い瞳美しいその女性は優雅にバルコニーから現れた。


「久しぶりねバルド?ずっと貴方に会いたかったわ」


エレナの父は固まったまま震える手で頭を押さえた。

そして苦しそうに呻き声を上げる。


「10年ぶりかしら?随分元気そうで安心したわ」


「・・・なに、を」


「何を?随分ね?自分が愛した女の顔もすっかり忘れてしまったのかしら?貴方の子供の事すらも」


その言葉にバルドは驚愕の顔をした。そしてゆっくりとマリエッタを振り返った。浅い息を吐きながらマリエッタは僅かに目を開いて泣いている。


「バ、バルド様・・・行かないで・・」


彼はそのマリエッタの言葉に全てを悟った様だった。

そして突然頭を抱えて叫び出すと膝をついて呻いていた。

その彼の下には黒い魔法陣が描かれていた。

立っていた女は微笑みながら手をかざした。


「私はあの日からずっとこの日を待ちわびていた。貴方が私を裏切ったと知った日から。ずっとずっと憎み続けてそれでも貴方を愛する事を止める事が出来ない苦しみに耐え続けて来た。それも今日やっと終わる」


ズズズッとその黒い影はバルドの足から身体に這い上がり瞬く間にバルドの身体に広がっていった。

彼はその苦しみでガタガタと身体を震えさせ床に伏せている。


「貴方には貴方に相応しい私からのとっておきのプレゼントをあげる。貴方は今から死ぬまでずっと愛する者を苦しめ殺し続ける。その欲望に忠実に。でもそれだけでは面白くないから愛する者を殺すたびに貴方を正気に戻してあげるわ。貴方が苦しむその期間だけは貴方は正気を失うことはない。それをずっと繰り返し続けるのよ?素敵でしょう?」


「・・・・ラ・・・」


バルドは泣きながら顔を上げた。その顔はエレナが見た事もない恍惚とした笑みだ。

彼の様子に先程まで笑っていた女は笑みを消した。


「ああ・・・そうだ、パメラ、パメラだ・・・」


バルドは笑っていた。こんな状況で。その目にはそのパメラと言う女しか見えていない様だった。


「私のただ一人の愛したパメラ!私はお前にずっと会いたかったのだ!ずっとずっと君を探していた!私の中から消えた君を!!」


その瞬間バルドの手はパメラの首を掴み思い切り床に叩きつけた。そして剣を抜き、笑った。


「なんて幸福なんだ。こんなに愛する君をこの手で殺す事が出来るなんて!!」


パメラはそんなバルドを驚愕の顔で見た後、彼の頬を両手で挟んだ。今にも殺されそうなこの瞬間に。


「・・・そう、なのね。そう言う事なのねバルド」


彼女は憂いと喜びの入り混じる表情でバルドを見つめ微笑んだ。


「いいわ。貴方の望みを叶えてあげる。それで許してあげるわバルド」


(駄目。やめて・・・それ以上は・・・)


バルドがパメラに剣を突き刺すその瞬間。バルドの腕を背後から掴む者がいた。マリエッタである。


エレナは声を上げようとした。しかし声が出てこない。

マリエッタは血を流し泣きながらその腕に縋り付いた。


「お願い、ですバルド様!!どう、かこの国、をお救いくださいませ!行かないで!」


(やめてぇぇぇぇ!!)


「ああ、お前もいたな。今楽にしてやろう」


バルドはそう言うと腕を振り払いそのままその剣でマリエッタの心臓を突き刺した。

マリエッタの身体はそのまま前に倒れ込んだ。

バルドはその剣を突き刺したまま固まった。


「マリエッタ・・・・」


「・・・・・・・分かってるわバルド。貴方はとても優しい人だものね・・・残念だわ」


バルドがハッとすると同時にパメラが下から抜け出し窓へ向かって走り出した。


「待ってくれ!!パメラ!行くな!」


「正気の貴方では私を殺せないわ。貴方が本当に狂ってしまった時、私は貴方の下へ来る。それに他にやる事が出来たから」


彼女の頬を一筋涙が滑り落ちた。


「愛してるわバルド。貴方だけをずっと」


「パメラァ!!!」


バルドの手が触れる前に彼女の身体はバルコニーから落ちて消えた。バルドは手すりを掴み崩れ落ちた。


エレナはずっと部屋の端でそれを見ていた。震えながら全てを。


(夢、じゃない。これは夢じゃない)


そう。エレナはこの場面を何度も夢に見ていた。そして言い出せなかった。


(夢じゃない!!)


バルドはゆっくり起き上がるとマリエッタを一瞥し、エレナに眼を向けた。その目は暗く澱んでいた。

エレナには次に来る言葉が何か分かっていた。


(夢じゃない)


「ここで起こったことは他言するな。お前の母親は侵入者に殺された」


バルドは淡々とエレナに忠告した。涙を流し震えるエレナに。


「もし、お前がこの事を外に漏らした事が分かったらお前は死ぬ。私の手によってお前の母の様に」


そう。エレナの母は父によって殺された。


「私はお前の事など愛していない。これからもそれは変わらない。だがお前が従順に私に従うのならお前を生かし、その生活は保障しよう」


幼いエレナにはバルドの気持ちもその言葉の意味もはっきりとは分からなかった。だがこの事を隠さなければならない事だけは子供ながらに理解出来た。


「私を憎むがいい。それだけは許そう」


その意味もエレナには理解出来なかった。

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