ベルグレドと見守る者達
「兄さんが婚約」
ベルグレドは呆然と呟いた。
今までエルグレドに来た婚約話は全て上手く断ってきた。
本人も乗り気ではなかったしベルグレドも屋敷の者達も相手に対する判断基準がとても厳しい為、中々話が進まずエルグレドは相手も決まらず今年20歳を迎えた。そろそろ結婚してもおかしくない歳である。
「しかも平民・・・あり得ない」
それなのにベルグレドの婚約が決まったこのタイミングでの突然の兄の婚約話に不信感しか湧かない。
きっとこの婚約には何か裏があるはずである。
早急に調べて阻止しなければと考えてから、それが王命である事に思い当たりベルグレドは頭を抱えた。
(とにかく、一度その婚約者に会ってみるか)
しかし会うと言ってもまだ非公開の婚約者である。
ベルグレドから望んで会うことは出来ない。
しかも相手は冒険者である。
この国にずっといる訳ではない。
そしてベルグレド自身も別の領地に住んでいるためここにあまり来ないのだ。
「・・・・その婚約者とやらを調べてみるか」
ベルグレドはソファから立ち上がると行動を開始した
領地に戻りベルグレドは早速エルグレドの婚約者の調査結果を聞いていた。彼女の名前はロゼ。16歳らしい。
「エルグレド様の婚約者ですが冒険者の中では結構有名らしいですよ?」
「へぇ?実力者なのか?」
「はい。かなりの。しかも彼女はこの国の最高峰の魔術学園を二年で主席で卒業するという快挙を成し遂げたとても優秀の人物です。出生が平民でなければ間違いなくこの国の官僚になれますね」
流石ファイズ家の婚約者になるくらいの人物である。やはり只者ではなかった。
「彼女は望んで婚約者になった訳ではなさそうですよ。卒業式が終わりこの国から出て行こうとする所を確保されたらしいですから。恐らく強制的に婚約させられたのではないでしょうか?」
先程からベルグレドに報告内容を伝えているこの男はベルグレドが幼い頃からこの家に仕えている執事であり元冒険者である。その為外の情報にとても詳しい。密かにまだ情報を確保できる繋がりが多いのだ。
「へぇ。それは、意外だ」
ベルグレドはてっきり婚約者の女がファイズ家に入り込む事を望み何らかの策略を仕掛けて婚約者になったのだと思っていたがそうではないらしい。ではこれは完全にバルドの一存で決まった事なのだ。
「まさか、本気で兄さんに相応しいと思った相手と婚約させたと?」
「この国に平民と貴族が結婚してはならない法はないらしいですよ?陛下本人が宰相様にそうおっしゃられたそうです」
確かに。そんな法はない。だが今まで誰もそれを実行した者はいない。
「まぁ。エルグレド様もしばらく様子をみるつもりらしいですが・・・・すでにかなり振り回されているようです」
振り回されてるとはどういう意味だろう。我儘な女なのだろか。
「どうも冒険業を終えてはエルグレド様の所に立ち寄り、いつもお取りにならない休憩を強引にとらせては、からかって遊んでいるらしいです」
「・・・・・・は?」
何だそれは。あの兄を揶揄う?あり得ない。
「あのエルグレド様が随分と狼狽えてらっしゃるらしいですよ?エルグレド様も満更ではないのでは?」
執事のブラドの言葉に流石のベルグレドも反論した。
「あり得ない。あの兄さんに限って。あの人は俺以外の相手に顔の表情筋を動かす事はない!!」
はたから聞いたら中々なブラコン発言にブラドは慣れた様子で返事を返した。
「そうですね。しかしいつまでもそれでは困ります。今回の婚約が纏まらなかったとしても、いずれは誰かと結婚なさるのです。ベルグレド様もいい加減大人になって下さい」
やんわり注意されベルグレドは口を閉じた。
****
その夜。ベルグレドは息苦しさで目が覚めた。
いつもの発作が始まったのだ。
「くそっ・・・」
ベルグレドは小さい頃から自分の魔力を上手くコントロール出来なかった。その為、自分の身体から湧き出る魔力を抑え込む事に毎回苦労した。
「うっ・・・・・・」
こんな夜。ベルグレドはいつも精神的に追い詰められる。
全て自分がこんな身体で産まれたせいで起こったような、そんな罪悪感に苛まれるのだ。
[貴方は何も悪くないわ]
(うるさい)
[私の可愛いベルグレド。私が貴方を守ってあげる]
(うるさい、うるさい、うるさい!!!)
[私を許して。そんな身体に産んだ私を]
ベルグレドはノロノロと立ち上がり部屋を出た。そのまま裏庭に出ると大きな木の下にある地面の隠し扉を開き地下に入っていった。
[貴方のためなら私は何でもします。貴方を守る。それだけが私の生き甲斐。私の使命。だからどうかずっと私の側にいて]
「黙れ」
奥の真っ暗な部屋の地面にベルグレドは身体を倒した。
両手で耳を塞ぎギュッと目を閉じる。この夜をやり過ごす為に。
「・・・・・兄さん・・」
ベルグレドは無意識に自分の唯一心の拠り所である兄を呼んだ。だが、その声は暗闇に吸い込まれて消えていく。
兄のエルグレドはベルグレドが魔力障害で苦しんでいる事を知らない。両親が詳しいベルグレドの体質を秘匿したがったからだ。家族の筈のエルグレドにさえ。
そんな両親に幼いベルグレドは徐々に不信感を募らせていった。両親は実の所ベルグレドの事しか考えていなかった。
何故エルグレドがファイズ家に引き取られたのか、それは未だに分かっていない。内容が内容なだけに軽々しく手を出せないのだ。相手はこの国の王である。
そんな両親も四年前に亡くなった。
バルドと両親が謁見中、内部に潜んでいた暗殺者に殺されたのだ。バルドを守って。
「・・・・・う、う」
何故二人はバルドに呼ばれたのか。
それはベルグレド達には知らされなかった。
だが恐らく自分の事であるとベルグレドは確信していた。
あの日。母親のイザベラはおかしかった。
「・・・・・やめ、ろ」
そう。この家はおかしい。ベルグレドは ずっとそう思いながら過ごしてきた。その異常さに彼はエルグレドがやって来てから気付いた。だが、それも全ては自分の所為だとしか思えないのだ。両親のベルグレドに対する過保護な態度もエルグレドがあの家で愛情がかけられることが無かった事も兄が竜騎士になった事も両親が殺された事も全て。
「どうして・・・・」
霞んで行く意識の中ベルグレドは僅かにキラキラと光る物が見えた。
この部屋に時折現れる光だ。
この部屋は苦しむベルグレドの為、両親が彼の魔力を制御する為に作られた部屋である。ベルグレドは幼い頃から発作をおこす度、母親とここへ来て夜を過ごした。
ベルグレドはその光に向かって手をかざした。
「・・・・だれか・・ここから・・・」
(俺を連れ出してくれ)
この閉鎖された世界から。この息苦しいしがらみから。そしてこの部屋から。
そんなベルグレドの姿をずっと見守っている者がいた。
彼等はただずっと見守っていた。
幼い頃から苦しむ彼を。ずっとずっと見ていたのだ。
[ベル、くるしそう・・・たすけてあげる?]
光の発光体は大きな影に話しかけた。それはしばらく考えた後、首を振った。
[今日は大丈夫そうだね。このまま見守ろう]
[ベルもわたしたちがみえればいいのにね?]
[そうだね。しかし私達にはどうにも出来ないのだよ]
ベルグレドの周りには、彼には見えない者達が常に側にいた。しかし人間のベルグレドの目に彼等は映らなかった。
[いつか君が私を見つける事が出来た時。私は喜んで君の願いを叶えよう。私の愛し子。ベルグレドよ]
その光と影は夜が明けるまでずっと彼の側にいた。
彼の苦しみが少しでも和らぐように祈りながら。
ベルグレドはそれに気付かぬまま、その日も夜が明けるまで苦しみ続けた。