表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/26

ガルドエルム

「なんて事だ」


その日、その部屋にはこの国を代表する者達が集められた。

王がいない今、当面バードル家のザクエラが王の代理を務める。

ベルグレドを含める五大貴族の当主達。

そしてこの国を担う官僚達である。


「では、この国は二度と正統な王が現れないと?」


「この地との誓約は途切れました。そういう意味では」


ザクエラは柔らかい口調でそう返答した。

皆この事態に狼狽えている。


「具体的に祝福がないとこの国はどうなるのです?」


執務士官は素朴な疑問を聞いた。ザクエラは頷いて説明した。


「ガルドエルムは祝福をこの地に刻む事で、この地を地上に縛り付けています。言いかえれば祝福は大地を支える土台です。それが減れば大地は偏り、祝福が無くなった瞬間この地は海に飲み込まれるでしょう」


ザクエラはサラリと、とんでもない発言をした。

皆、予想もしていなかった内容に頭が混乱した。


「海に飲み込まれる?この国全土がですか?!」


「正確には沈む、という表現が正しいのでしょうか?その為、我々の祖先は人間族が分裂し、祝福を使える者が減った時、必死で打開策を探りこの地と誓約を交わす手段を見つけました。それが王の選定です。また下らぬ争いが起きぬよう祝福できる王を立て、その王がこの地を守る限り、この大地は必ず我々に絶やす事なく王を与えてくださった。しかし数年前その誓約は我々人間の罪で破棄されました。」


事態が重過ぎて皆開いた口が塞がらない。

前王の一つの軽率な行動がこの地を滅ぼそうとしている。


「しかし、まだ時間に猶予がある。この間に新たに祝福を持つ人物を探し出し、この地を維持する方法を探して欲しいのです。エレナ様と私の祝福が保つその間に」


皆、ハッとザクエラを見た。

ザクエラは眼を伏せた。


「この地の誓約がない祝福は、恐らくその能力を削られます。バルド様がそうだったように。私が最後にあの方を見た時、すでに彼から聖魔力は殆ど感じられませんでした。私はあの方に比べ非常に魔力が弱い」


「誓約をし直すのですか?」


「分かりません。ですから、この地の歴史を徹底的に調べ直して頂きたい。そして同時に祝福が使える者を探します。その機関を作りたいのです」


ザクエラの途方も無い計画に皆呆然とする。


「この地と共に心中されたい方はご自由に。この地を救い生きたいと思う方だけこの場にお残り下さい」


ベルグレドは黙ってザクエラを見ていた。きっと彼は震えている。その責任の重さに。しかしもう引き返せない。

その部屋から出る者は一人もいなかった。

実は五大貴族以外、皆信頼できる官僚ばかり集めて呼んでいる。


「貴族の皆様もご協力を求める事になります。そしてもし今後バードル家が絶える事があったら、あなた方が私達の代わりにその役割を引き継いで欲しい。ベルグレド」


「はい」


ザクエラは真っ直ぐベルグレドを見た。ベルグレドも彼を見つめ返した。


「王を見つけられぬバードル家など、最早存在の意味はない。しかし、それでもその命尽きるまでその責任を果たしたい。バードル家が何も出来なくなった後、貴族を率いるその責任を君に任せたい」


他の貴族の三人は複雑な顔でベルグレドを見た。

彼はまだ若すぎる。しかしベルグレドは頷いた。


「畏まりました。しかし、それは最後の手段。簡単にバードル家を絶やさせたりなど致しません」


そのハッキリとした口調に皆驚いた。

ベルグレドは今まで大人しく淡々と仕事をこなしてきた。正直、皆エルグレドのようにはベルグレドに期待していなかった。その彼が強い意志でそこにいた。


「貴方も我々もこの国の民です。捨てていい者など、誰一人としていないのです。その為の策でしょう?」


笑ったベルグレドにザクエラはそれでも真剣な顔で頷いた。

この日から新たな王と民達の苦難の日々が始まった。




****



「ベルグレド様。少し休まれては?」


執事のクライスは思わずベルグレドに声をかけた。酷く顔色が悪い。


「いや、まだもう少しやる事がある。領地の引き継ぎの件もあるしな」


ベルグレドは自分が管理していた領地を叔父に任せる手続きをしている。元々ベルグレドが管理する前は彼が領地を任されていた。彼の下で勉強していたベルグレドの才能を見出しなんなら一人でやってみろと任され早三年。元々早過ぎた領主の地位だったが、その仕事振りに今まで誰も文句を言ってこなかった。表面上では。


「クライス。俺はこれから、ここを空ける事が多くなる。その間ここの管理をお前に丸投げする事になる。やってくれるか?」


エルグレドはすでに死んだ事になっている。

ベルグレドはその瞬間、ファイズ家当主になった。

立て続けに起こる様々な出来事に城下町の人間はファイズ家に不信感を表している。ありもしない噂だけが広がっているのだ。ここに暮らす屋敷の人間は皆、肩身が狭いに違いない。しかしクライスはなんて事ないように、笑って頷いた。


「有り難く。お任せ下さい」


ベルグレドは屋敷をクライスに任せ次の日カドラス領の自分の屋敷に向かった。






「お帰りなさいませ。ベルグレド様」


あの事件が起こってから三ヶ月以上。ベルグレドはこの屋敷に帰っていなかった。ブラドは何も言わず、いつものように出迎えた。ベルグレドは黙って頷き屋敷に入る。


ふと、エレナが居た部屋に足を止めた。

ベルグレドがその部屋の扉を開けると中から微かに懐かしい香りがした。


「・・・・・・エレナ?」


居るはずもないのにベルグレドは思わず呟いた。

その奥に彼女があの日着ていたドレスが掛けられていた。


ベルグレドはそのドレスの前まで近づくと、そっとそのドレスに触れた。


あの日エレナはあの童話の我儘姫のようにドレスを脱ぎ捨て現れた。この国を、ベルグレドを救う為に。


「騎士の出る幕なしか?本当に腹立たしい女だな」


ベルグレドはそう言うと、そのままドレスを抱き込んだ。

そして、ズルズルと床に崩れ落ち、嗚咽した。

彼を今動かしているものは、彼女に対する強い想いだった。彼女の死を無駄にしない。それだけの為、ベルグレドは、なんとか持ちこたえていた。


妖精達が心配そうにベルグレドの周りを飛んでいる。

ふと一人の妖精がベルグレドの服の裾を引っ張った。


[べる。おきゃくさんがきてるよ]


妖精の言葉にベルグレドは僅かに顔を上げた。


[もりまでいける?あるける?]


気がつくと沢山の妖精に囲まれている。

ベルグレドは溜息をついた。


(悲しんでいる暇も無しか)


だがベルグレドは微かに笑った。客観的に考えたらその様子は本当に可笑しかった。

ベルグレドはドレスを戻すと上着を着て外に出た。

外はすでに暗くなっている。

馬に跨り少し離れた森を目指した。いつも馬の休憩場所に使っている森である。昔よく父に連れて行ってもらった。

今夜は良く晴れていて月明かりが明るい。もしかしたら森の精霊にでも呼ばれたのかもしれない。

森に着き、いつもの川の辺りまで行くとその反対側から歩いて来る人物が二人いた。

その二人組はフードを被っていて顔が見えない。

ベルグレドは思わず剣に手をかけ、そして手を離した。


歩いてくる人物がそのフードを取ったのだ。


「・・・・・あ」


その赤がベルグレドに飛び込んで来た瞬間、ベルグレドは震えた。そしてもう一人もその姿をベルグレドに見せた。


「ベルグレド!良かったわ会えて!」


それはこちらのセリフだとベルグレドは強く思った。思わず力が抜けて倒れそうになった彼を、もう一人の人物が支えてくれる。


「すまない。事情を説明したいんだが・・・そちらもやはり色々あったようだな」


「ロゼ、兄さん・・・」


そこに現れたのは行方不明になっていたロゼとエルグレドだった。ベルグレドが最も信頼している二人である。


「来るのが遅れてごめんなさいね?ちょっとヘマして死んじゃったものだから、これでもかっ飛ばしてきたのだけど」


今、ロゼからとんでもないセリフが飛び出したのは気のせいだろうか?死んだと聞こえたが・・・。

エルグレドに視線を送ると彼は微妙な顔で笑った。


「・・・説明する。今、いいか?」


あの数日。ロゼとエルグレドにも色々あったのだ。

ベルグレドは取り敢えず二人の話を聞く事にした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ