王なき国と呼ばれる姫
「お前が望むのであれば彼女に近づくチャンスをやろう」
「ほ、本当ですか?アストラ様」
二人の男は地下の下水道の隠された部屋で密かに話をしていた。
「私の弟が所有している魔力を封じる隠された部屋がある。そこで待っていれば彼女がやって来る。そこならば魔術が使える彼女も只の、か弱い女になるだろう。お前の話を大人しく聞くはずだ。その部屋はリュカとその女にしか見えないらしいからな、邪魔は入らない筈だが長居はせずに用事だけ済ませろ」
アストラはそう言うと男に金の鍵を渡した。
男は黙ってそれを受け取る。
「その鍵は一度しか使えない。お前の為に特別に用意したんだ、無駄にするな。あと念の為、お前にはこの事を喋らないよう誓約をかける。それでも構わないのならその鍵を使うがいい」
「何故私にここまでして下さるのですか?」
男は鍵を見つめながら、しかしそれを手放す気は無さそうだ。アストラは笑いながら言い放った。
「どうせなら思い切り目立つようにやってくれ。俺の弟が言い逃れ出来ないように。あいつをここに暫く縛り付けておけるのなら何でもいいんだ」
男はアストラの望みをしっかりと理解はしていないようだったが、それよりも自分に巡ってきた機会に思いを馳せている様だった。その背後で一人の女が怪しく笑っていた。
(愚かな)
エレナはその様子を見つめながら、突然来た衝撃に思考が揺らいだ。その瞬間一気に場面が変わる。
ここは謁見室のすぐ側だ。
そう理解した途端、激しい光がそちらから放たれ、それは告げた。
[最期の祝福しかと受け取った。これをもってバルト・アグレイナはこの国の王では無くなる。その役目を終え、ただの魔人に戻るべし。そしてこの国に次の王は産まれぬであろう]
エレナはただその声を聞いていた。きっとこの声が届いた誰よりも冷静に。
[捨てられた王女よ。お前のみ我が下へ来る事を許可する]
そして、その言葉を聞いて笑った。
エレナは眼を開けると椅子から立ち上がって謁見室を見た。光が今まさに飛び出そうとしているのがエレナには分かった。彼女は一かバチか手を組んで呼びかけた。
「リュカ様。いい加減仕事してもらえますかね?」
「まだ休憩中ですよ。ゼイルはせっかちですね?まぁそういう所も素敵ですが」
リュカは最近、自分の護衛に付いたゼイルを揶揄うのが日課になっている。
ゼイルは有名な女好きである。その為リュカの護衛につく羽目になった。リュカは同性が好きだと有名である。
しかしゼイルは半分嘘だと勘付いている。だがお互いその事には触れず表面上ふざけ合っているフリをしていた。
ゼイルはリュカの異様な生活環境にもすぐに気付いた。
リュカは常に誰かに監視されている。彼の家の手の者に。
いくら貴族のご子息とはいえ彼は三男。そこまで重要な立場ではないし警戒対象ではない。これは明らかに個人的な刺客である。ゼイルはそれを知ってからずっと表面的には嫌がる演技をしながら彼から離れずにいる。自分の意思で。
「ゼイルも少し休んで下さい。疲れてしまいますよ?」
「貴方と違って鍛えているので大丈夫です」
リュカは正直そんなゼイルに戸惑っていた。
彼は自分と同じ貴族という立場であるし普通の兵士とは違い竜騎士である。そんな彼をいつでも自分の側に置いておく訳には行かないのだが・・・。
「そうなんですか?ではいつか見せて頂きたいですね?その鍛えられた全てを」
リュカはゼイルといることが楽しいのだ。
それは本人が驚く程に。彼は不真面目に見えて実はとても優秀な人物である。リュカ程ではないが頭の回転が速く、さすが副団長を務めている人物だと納得出来る程に。
「そんな日は一生来ませんよ」
ゼイルの言葉に笑みをこぼした瞬間それは来た。
[リュカ様!!]
リュカは突然頭に飛び込んで来た声に眼を見開いた。しかしすぐ冷静にその声に集中した。
[貴方の秘密の部屋にロゼ様が誘い込まれます。今すぐ向かい助けて下さい!!貴方しかあの部屋を見つけられません!!]
リュカは瞬時に立ち上がりゼイルに指示を出した。
「ゼイル!ロゼが危ない!今すぐ兵を連れこの場所へ向かって下さい!私は先に行きます!!」
リュカの様子にゼイルもただ事でない気配を感じとり即座に動く。その目の前をリュカが全速力で走っていった。
ゼイルは舌打ちして自分も走り出す。兵を連れ直ぐにリュカに追いつかねばならない。
「くそ!俺はあんたの護衛だぞ?離れんなよ!」
ゼイルは思わず本音が漏れた。
しかしこの素早い行動が窮地のロゼをアストラの策略から間一髪救う事になったのだ。
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ベルグレドは薄々勘付いている。最近明らかに自分はエレナから避けられている。結局この間も彼女に会う事が出来ずそのまま帰ってきた。
やはりおかしい。何か企んでいるに違いない。
エレナはいつも大事な事は何もベルグレドに言わない。
解決して初めて事実を知らされる。
ベルグレドはそんなエレナが嫌いだった。勿論彼女はこの国の王の娘なのだから言えない事など沢山ある。だがそれ以外の事まで隠しておく必要があるのだろうか?それともベルグレドが彼女に全く信用されていないのか。
「ベルグレド様。お耳に入れたい事か・・・・」
考え事をしているベルグレドの下にブラドが珍しく深刻な顔でやって来た。ベルグレドは何事かと顔を上げる。
「ロゼ様が襲われエルグレド様がその男と決闘した様です。男があろう事かロゼ様と通じていたと妄言を陛下に吐いたとか」
(決闘?兄が?)
ベルグレドは思わず立ち上がって問いつめた。
「何だそれは!何故そんな事になったんだ!それにロゼの強さで簡単にやられる筈ないだろ?」
「完全に嵌められたようです。魔力を封じる部屋に誘き出され身体の自由を奪われたようで・・・・」
「それで!!ロゼは無事なのか!!」
ベルグレドが尋ねるとブラドは頷いてベルグレドの肩に手を置いた。
「ギリギリ救出出来たようです。しかしそれがエルグレド様の逆鱗に触れたようで」
それで決闘になったのだ。
ブラドはまだ青い顔でベルグレドの顔を見ている。
「勝ったんだろ?兄さんは」
「ええ。しかし、それが・・・」
ブラドは俄かに信じられない様子でその言葉を発した。
「相手の男の首を切り落としたのです」
「・・・・は?」
今、ブラドは何と言った?ベルグレドは自分の耳を疑った。
「エルグレド様は褒美の代わりに相手を殺す許しを乞いそれを陛下が許可されたとか。エルグレド様は観衆の観ている前で相手の男の喉を切り裂き、腕も切り落として泣いて逃げ出す男を容赦なく殺したそうです。宮廷ではこの話で持ちきりです」
あの兄がそんな風に人を殺すなど信じられない。しかし最近のエルグレドの様子を知っていたベルグレドは心の隅で本当に兄の逆鱗に触れたのではと不安になった。
ロゼの言葉で一喜一憂するその姿をベルグレドは目の当たりにしているのだ。
「皆。動揺しています。しばらくはベルグレド様もあちらに行かない方がよろしいかと」
やはりおかしい。
あの城の中で何かが、間違いなく起きている。ベルグレドが知らない所で。
ベルグレドは椅子に腰を下ろすと暫く考えブラドを見た。
「・・・俺は何を見落としている?」
「ベルグレド様」
「母様と父様が亡くなった日からエレナは俺に対する態度がおかしくなった」
ブラドはその言葉に眼を見開いた。
ベルグレドが気付いていた事に単純に驚いたのだ。
彼は気付いていないと思っていた。
「母は恐らく兄さんにこの家の家督を継がせようとしたのだと思う」
「ベルグレド様」
「エレナはずっと陛下に捨て置かれ宮廷の隅で暮らしている。兄さんは認められていないが側に置かれ、そして陛下の子供なのは周知の事実だ。だが陛下は兄を王にするつもりもない。その真意は?俺は全ての答えが陛下にあるのだと思っている」
ベルグレドは薄々気づいていた。
自分の両親はバルドを守って殺されたのではない。
「一体陛下と何があったんだ」
きっと両親はバルドに殺されたのだ。