望まぬ婚約と猫かぶり姫
新しい主人公ベルグレドです。
読む順番は①5つの宝玉②偽物の聖女③壊れた心④氷上の狼の順で読んで頂ければ分かりやすいとは思います。
因みにこの話は①と同じタイミングから始まっております。
ガルドエルム国首都ガルドエルムにはこの国の王が暮らす城がそびえ立っている。
そしてその下にこの国を支える五大貴族の暮らすエリアがありその更に下には平民が暮らし、商いをする街が造られている。
五大貴族の中でもバードル家の次に位が高いファイズ家に産まれたベルグレド・ファイズはその言葉を心を無にして聞いていた。
「ベルグレド・ファイズ。そなたを私の一人娘エレナの婚約者にしようと思う。エレナに王位継承権はない為、そなたの家に下る形になる。そして、そなたを支える事が出来るよう今日から花嫁修業を始める。それにあたって、そなたの協力も必要不可欠だ。政務もあり大変だと思うが頼んだぞ」
拒否権はない。ベルグレドは深く頭を下げ短く返事をした。それに、この国の王バルド・アグレイナは何も言わず頷いただけだった。
謁見室を出てベルグレドはズンズン廊下を歩いて行く。
気分は最高に悪かった。王に直接言われるまでベルグレドは微かにだがこの話が流れるのではと期待していた。それだけベルグレドのエレナに対する態度は素っ気なかった。
足早に角を曲がると城の隅にひっそりとある部屋をノックした。
「ベルグレドだ」
「どうぞ」
部屋の主はその声にすぐさま応じた。
ベルグレドはドアを開けると一礼して中に入って行く。
今までは勝手に入れなかったその部屋に。
「期待するだけ無駄だと言ったでしょう?なんて顔をなさっているのですか?」
エレナはベルグレドの顔を見て笑った。まるで子供だ。思い通りにならない事が気に入らない小さな子供。
「お前の言う通り事が進むのが気に入らない。お前、俺の家に下るらしいぞ」
とても一国の姫に対する態度ではない。
実はこの二人、外ではよそよそしく接しているが実は幼馴染で幼い頃からお互いをよく知っている。ベルグレドにとってエレナは兄妹の様な近さである。
「でしょうね?どの道私には"祝福"が使えないのですから、いずれ何処かに貰われる事になります。分かりきった事ですわ」
「何で俺なんだ」
「妥当だからですわ。エルグレド様が私を娶らないのであればその次は貴方ですから」
ベルグレドはぐっと黙った。エルグレドはベルグレドの血の繋がらない兄である。ベルグレドが幼い頃ファイズ家に引き取られずっと兄弟として暮らしてきた。その為エルグレドには家督の権利が発生せずベルグレドがファイズ家の継承権を持っている。しかし問題はそれだけではない。
「流石に父も腹違いとはいえ血の繋がった兄妹を夫婦にしようなどとは思わなかったのでしょう」
エレナはケラケラと笑っている。エレナを知らない者が今のエレナを見たらさぞ驚くであろう。しかしこれがエレナの素である。ベルグレドはこの二重人格ぶりを幼い頃から見てきた。その為エレナに全く夢を抱かなくなった。いや、むしろ若干女性恐怖症である。
「それで?貴方は父に何か言い返してくれたのですか?私との婚約が本当に嫌だったんでしょう?ちゃんと断ってくれましたか?」
分かっていて聞いている。王であるバルドにベルグレドが言い返せる筈が無い。
「お前。相変わらず性格悪いな。それを兄さんに教えていいか?」
「構いませんよ?ベルグレド様。私、やられたら倍でやり返す主義なのです。貴方の恥ずかしい過去の話を私も沢山持っているのですよ?」
(この女。本当に可愛くない)
エレナはクスクス笑った後、その笑いをスッと納めた。誰か来る。その瞬間、ドアがノックされた。
「どなたでしょう?」
「エ、エレナ。私だアストラだ」
その声にベルグレドは眉を寄せてエレナを見た。
エレナは無表情に声だけをかけた。
「なんの御用でしょうか?」
「君の、あの占いをもう一度して欲しいんだ。頼む」
こちらも一国の姫に馴れ馴れしい態度であるが、これにも事情がある。エレナは入室は許さぬまま話を続ける。
「アストラ様。前も説明致しましたわよね?あれは占いではありません、私はたまたまイントレンスの預言者と謁見する機会があり、その時の事を伝えただけなのです」
「そんな筈ない。私は確かに・・・」
「アストラ様。今ここにお客様がいらっしゃるのです。どうか今日はお引き取りを」
エレナがそう言うと、アストラはすぐさま黙り謝罪し、いなくなった。重苦しい空気が室内を包む。
「すみません。最近やたらと訪ねて来るのです。余計な事はするものではないですね」
「大丈夫なのかアイツ。仮にもお前にあんな態度で迫って来て・・・誤解でもされたら・・・」
「そうですね。昔はあのような方では無かったのに。残念です」
エレナは立ち上がるとベルグレドの前に立った。
「ベルグレド様。私と婚約を破棄したいのであれば自分の運命の相手をお探し下さい」
突然の要求にベルグレドはエレナの頭を心配した。こいつ、ついにおかしくなったのか?
「貴方が本気でその方を求めるのであれば、それは叶います。そうすれば私との婚約もきっと解消される筈です」
「それもイントレンスの予言か?」
エレナは時折、この様にイントレンスの預言者の言葉を仄めかす。訪れる預言者とコッソリ懇意にしているらしいのだ。
「そうですね。そう受け取って頂いても結構ですわ」
はっきりしない返事だ。違うのかもしれない。ベルグレドはそんなエレナに呆れた声を出した。
「あのな、そんな簡単に自分の運命の相手が現れたら苦労しないぞ」
「ええ。ですが表に目を向ける努力は出来るでしょう?努力なさって下さい」
誰がするかそんな事、とベルグレドは心で悪態をついた。
「その為に今まで通りの態度で私に接して下さい。決して誤解されぬ様に」
そうなのだ。ベルグレドは兄にさえエレナの事を嫌っていると偽っているが、実はそんなに嫌っている訳ではない。ただ婚約はしたくない。それは事実だ。
「お前はよほど俺の評判を落としたいらしいな」
「全てはこの婚約を解消する為。どうぞご協力を」
ベルグレドはそれには黙ってドアに向かって歩き出した。
もう彼女の用事は済んだはずだ。
「誤解されたくなければこんな所に呼ばなければいい」
「・・・そうですね。以後気を付けますわ。ベルグレド様」
それを聞いてベルグレドは今度こそ、その部屋を出た。
部屋から出たベルグレドは一応辺りを確認する。
(人の気配はないが、恐らく知られるだろうな。どうやって言い訳するかな)
ベルグレドはそのまま兄の執務室まで足を進めて行く。
兄に会うのは久しぶりだ。少し緊張する。彼の兄はこの国の騎士団長である。実直で真面目。真にバルドを守る盾である。それがベルグレドには気に入らなかった。
(何故兄があの男を守らないといけないのか)
王の謁見室に向かう途中に飾られている歴代の王達の姿絵がある。王に謁見できる者であれば誰もが見ることが出来る物だ。その中に勿論バルドの若い頃の姿絵があるのだが、それが成長したエルグレドに瓜二つなのだ。
つまり、バルドが王になる前に出来た子供がきっとベルグレドの兄なのである。
(捨てた子供を平然と手元に置いて自分の命を守らせる。この国の王はろくな人間ではないな)
ベルグレドが歩いて行くと正面から見覚えのない女が反対側を歩いて来た。一瞬目をやるとその少女はベルグレドをちらりと見ただけでそのまま挨拶もせずに通り過ぎた。
(・・・貴族の俺に挨拶もしないとは。どこかの田舎娘か?)
赤い髪がとても印象的だったが、顔を見てなかったのでそんな印象を受けた。まぁどうでもいいが。
執務室に着きそのドアをノックする。
「ベルグレドです」
「ああ」
返事を聞いてベルグレドは中に入って行く。
「俺に話とは何です?兄さん」
その執務室の奥。机に向かっている自分の最も尊敬する兄にベルグレドは緊張しながら向かいあった。