二人の会話
「……ユート、聞きたいことがあるんだけど」
ベッドに横たわるミオが、その傍らにいすを置き読書に耽っていたユートに声をかける。
魔獣討伐に行こうと考えていたユートだが、もしもまたトイレやらなにやら、補助が必要なことを言い出した時のために、こうして薬の効果が表れるまで残っているのだ。
「なんだ? ほしいものでもあるのか?」
「そうじゃなくて、単純に聞きたいことがあるのよ。あなた、竜種を討伐してきたのよね?」
「ああ、そうだが?」
「にしては、きれいすぎない?」
ミオの疑問はごく自然な物であった。
ユートの体には傷一つない。それどころか汚れの一つすらなく、何ともこぎれいなものだ。
正確には、ミオの蹴りにより鼻血を出しているが。
この状態をミオは、ありえないと確信を持って言える。
いかに勇者を目指していたといえど人間だ。徒党を組んだ時の恐ろしさは認めよう。だが一人では竜種に打ち勝つことすら困難なはずなのだ。
それなのに、ユートのあまりにもきれいな服装が、ミオにはどうしても気になった。
その疑問に対し、ユートは当たり前のように、しかし決して当たり前ではない説明をする。
「竜種相手に汚れる要因なんてない」
「無いわけ無いでしょうが!」
声を張り上げ、絶対にありえないと断言する。
そして叫んだことにより体に激痛が走る。怪我人にとって、突っ込みどころ満載のユートは相性最悪なのかもしれない。
「ユート、分かってるの? 竜種は魔族の中でもかなり強いのよ? 人間のあなたが無傷で倒せるわけがない」
「事実、倒した。俺は他の人間とは違う、ということだ」
「違うって言っても、限度ってものがあるでしょ。何か強い魔法でも使えるの?」
「いや、攻撃系の魔法は適性があまり無くてな。様々な属性魔法のうち、風しか扱えない」
「風だけって……ますますありえないわ。あなた何者?」
「かつて勇者を目指していた者」
疑惑の目を向け、さらには好奇の目を見せるミオに、ユートは淡々と答える。
その答えに満足する要素は決してなく、ミオとしてはもっといろんなことを聞きだしたいと思っていたのだが、ユートにとっては取り立てて話すこともなく、今さっき言った事実がすべてであるので、どうしようもない。
「というか、そんなことを聞いてどうするつもりだ?」
「……別に、どうもしないわよ」
単純な好奇心から話を聞きたいミオ、だがその好奇心を満たすことのできないユートのボキャブラリー、2人の会話は途切れ、沈黙が流れる。
「…………」
「…………」
十分、二十分と、時間が過ぎてゆく。
そんな気まずい空気に耐えられなくなったか、ミオが再びユートに話しかける。
「ねえ、私の事は聞かないの?」
「お前のこと? 別に、聞くことは何もない」
そう答えるユートだが、聞くことが何もないはずはないと、ミオ自身がよく分かっていた。
「私みたいな魔族が、どうして傷ついて人間の街のゴミ捨て場にいたか、気にならないの?」
「別に」
また会話が途切れる。
気まずい雰囲気を何とかしようと画策するミオだが、ユートのことを聞いても話が長続きしないだろうし、自分のことを話そうにも、ユートはまるで興味がない。
普通ならば絶対に聞く、この状況の原因になった話なのに。
「俺に気を遣って話しかけなくてもいいぞ」
「あなたなんかに気を遣ってないわよ。ただ、こんな空気に耐えられないだけ」
「窓を開けて換気するか?」
「そうじゃなくて!」
見当はずれのことばかり言うユートに突っ込みを入れ、ミオは頭を抱える。
ユートは天然だ。たった数刻の付き合いであるというのに、そのことをミオは痛感していた。
こんなことで怪我の具合は良くなるのだろうか。
「お前の方が強いぞ」
脈絡もなく、ユートはしゃべった。
竜種五匹を苦も無く倒す自分よりも、ミオの方が強いと。
「……いきなりなに?」
「いや、ただ何となく、言っておこうと」
それはユートなりのやさしさだった。
今までの会話からミオが沈黙を嫌がっていると、そう悟ったユートは必死に頭を働かし、会話を模索した。
その結果、会話らしい会話が出来るのはこれぐらいだということだ。
ミオについての話は心の底からどうでもよく、すぐに会話が途切れてしまうだろうから。
「私は竜種を五匹も無傷で倒すなんてできないわ。あなたの方が強いはずよ」
「戦闘能力ではそうかもしれないが、身体能力や魔法力、この総合値は俺よりも上……それどころか、ミオの足元にも及んでいない」
「そんなに?」
ミオには信じられなかった。その程度の能力で、どうやって竜種を倒したのか。
一瞬、本当は竜種を倒してなんかいないんじゃないかと考えたが、ユートの反応から嘘ではないと分かる。
この合理的な行動ならば何でもする、一歩間違えれば変態とも思われてしまうこの男は、必要性もなく嘘をつく男ではない。
そう確信を持って言えるほどの行動を、ユートは示していた。
「じゃああなたのその剣に秘密があるとか?」
ミオはユートの力の秘密かもしれない物を考え、頭に浮かぶ疑問を一つずつユートに尋ねる。
「武器に秘密はない。少し希少な鉱石を用いて俺が作ったものだが、特別なことは何もない」
「盾や鎧も?」
「同じだ。魔道具のように、魔力などはこもっていない、ただの鉄のカタマリだ」
「勇者っていうのは、何か特別な才能があるとか?」
「いいや、違う。勇者なんて御大層な称号は、強ければ与えられる。剣でも魔法でも、人より優れているのであれば、人数制限はあるが誰にでも得られる可能性がある」
「武器も防具も特別なスキルがあるわけでもない、なら……倒した竜種が子供だったとか?」
「子供かどうかは分からないが、全長八メートルは超えていた」
「うん、大人だわ。じゃあどうやって倒したの?」
「剣でスパッと切って終わりだ」
「ざっくりしすぎ!」
などと、ミオの質問にイエスかノーで答えられるものには十分な返答は出来る。
だがどうやって? などという答え方が複数存在する質問に対して、ユートのコミュニケーション能力では曖昧な表現しかできない。
「ホント謎だわ。一度見てみたいぐらいよ」
「怪我が完治した時には、見せてやるよ」
「あっそ、まあ楽しみにしてるわ」
会話が終わった。
ユートは考える。なにか会話が長続きする話題はないかと。ユートが話せる内容など、竜種との戦いについて、自身の力についてしかない。
考えた結果、自身について語るのではなく、ミオについて語らせ、相づちを打つくらいしかできないと、問いかける。
「お前のその傷、誰にやられたんだ?」
「なに、興味ないんじゃないの?」
さきほど自分の話を聞きたくないかと言い、不愛想に「別に」と答えられたゆえ、ミオもまた不愛想に話すが、ここで会話を切り上げればまた気まずい沈黙が誕生することは間違いない。
ミオにとって特に隠す理由もない。聞かれたことにただ答える。
「同じ魔族よ。まあ、仲間割れってやつ」
「……何匹だ?」
「私を傷つけた魔族なら、ざっと千匹はいたんじゃないかしら? あなたが言った通り私は魔族の中なら強い方だけど、数の暴力には勝てなかったわけよ」
「千……お前は一体、何をしたんだ?」
「何かしたか、と言われると、ほとんど何もしてないわ」
「なにもしてなくて、そんなことになるのか?」
「ええ。私、王族だったの」
とても重要なことを、サラリと述べた。
爆発的インパクトのある事実に、一体ユートはどんな反応をするのか?
ミオは興味津々でユートの顔を覗き込むと、
「そうか。それで、どうして味方にやられるんだ?」
あまりにも淡白な返答が返ってきた。
自身は王族だった、人間の害的である魔族のトップに立ちうる存在だったと、そう言った。
にもかかわらずユートは、何の関心も見せず、一ミクロンも表情を動かさなかった。
ミオはがっかりしたように説明を続ける。
「簡単よ。他の王族が次期魔王に選ばれて、そいつから嫌われていた私は排除されることになった。それだけ」
そこで説明は終わった
魔族の王族で、だが魔王には他の奴がなり、そいつの個人的な感情から数千の部下を使ってミオを痛めつけ、殺そうとしたと。
「胸糞悪いな」
ここで、初めてユートが表情を変えた。
明らかな怒りを込めた表情へと。
「なに? 私のために怒ってくれるの?」
「いや、どんな生物の社会にも、腐った奴がいることが不愉快なだけだ」
「……そう」
これで今回の話は終わった。
鎮痛剤の効果がようやく表れだしたのか、ミオの体を駆け回る激痛はかなりマシになった。
一人でトイレに行けるほどに。
もう一人にしても安心だと考えたユートは、装備を整え魔獣討伐に出向いた。