最低の男
「ミオ、包帯を巻くから脱がすぞ」
食事を終えたミオに、ユートは無慈悲に言い放つ。
それがミオにとってどういう行いか、まるで考えていない。
必要なことだから、やらなくてはいけないことだから、ただ実行する。
そして必要だということはミオもわかっている。だからこそ、したくなくとも言うことを聞き、服を脱ぐ。
ユートに「痛むだろう? 俺が脱がす方がいいか?」と言われても、無視して自分で衣服を脱いだ。
どれだけ痛くとも、涙を流してしまいそうなほど痛くとも、これ以上の羞恥を味わうことに比べたら遥かにマシだと。ゆえに自分で服を脱ぐ。
もはや下着は一度見られたのだ。ならば二度三度、関係ない!
そう開き直り、自らの衣服を脱ぎ去る。
「ああそうだ、食後に飲む鎮痛剤があったんだ。多少は痛みがマシになるぞ」
「早く渡しなさいよ!」
ユートから薬を奪い取り、それを一気にミオは飲み干す。
「そんなに怒らなくてもいいだろ。まったく」
やれやれと息を吐くユートだが、ミオにとっては死活問題だ。
痛みが和らぐというのならば、さっさとしろという話だ。
「にっがーい!」
薬を飲んだミオは、これ以上ないと言わんばかりの不快顔で水を飲む。
「良薬口に苦し、我慢しろ」
そう言われなくとも、ミオは我慢する。
この痛みが和らげば、ユートからの羞恥攻め(服を脱がされたり、あーんされたり)から逃れることができる。
痛みだけでなく羞恥も取り除けるかもしれないこの鎮痛剤を、言われずとも我慢し飲み干す。
「1時間ほどで効いてくる。それまでは痛いからな」
「……じゃあ、1時間後に私が自分で包帯を巻くわ」
「だめだ。手当を先送りにしていい理由なんかない」
至極もっともな理由で、ユートは傷の手当てを開始する。
まずは傷のあるミオの肌に、傷薬を塗り込む。
「んっ……!」
この反応が、沁みることによる痛みではないことにユートは気付いていた。
そして、言わなくてもいい言葉を述べてしまう。
「やっぱり敏感だな」
「うっさい!」
涙目で抗議するミオを無視し、黙々と傷薬を塗るユート。
太ももに、横っ腹に、脇近くに、時には胸元に。
ミオは幾度となく煽情的な喘ぎ声を上げているのだが、ユートの心が揺らがされることはなかった。
「これで終わりだ」
「ハァッ……ハァッ……」
傷薬を塗っただけ、それだけでミオは息を切らし、体力のほとんどを持っていかれた。
「次は包帯だ」
一切の休憩を挟むことなく、即座に次の行動に移るユート。
ミオはもう、されるがままだ。
まあしかし、さすがに包帯を巻かれているだけ。敏感な体であろうと、それだけの行為で何かを感じることも……
「ひっ……!」
あった。
ユートの指が肌に触れるだけで、布が肌に擦れるだけで、ミオは喘いだ。
それから3分ほど、ミオはしっかり声をあげてこの作業は終わった。
「どうだ、多少はマシになったか?」
「…………」
ミオは何も答えない。
ユートの手当てのおかげで、なるほど痛みは少しばかり引いた。
だがそれ以上の疲れが先の手当てでミオに襲いかかったということを、ユートは知らない。
「服を着せるぞ」
そう言われ、ミオは疲れながらも体を起こす。
着替えはされたくない。
今まで結構な羞恥を感じたが、これ以上は耐えられる自信がミオにはなかった。
自分で脱いだ服を、ボロボロの布きれを身に纏おうとした。
それを見てユートは、自分が……というか、ソルドが大量に買ってきた衣服を思い出し、それをミオに渡す。
「服は多少買ってきた。ボロボロの服じゃ、衛生的に良くないだろ」
「……ありがと」
一言礼を言い、差し出された服を受け取るミオ。
ユートには、その顔がどことなく嬉しそうに見えた。
ミオは傷が痛むのか、ベッドに横たわりながら、ゆっくりと衣服に袖を通す。下はヒラヒラのスカートだから、苦も無く身につける。
今さらだが、特に要望を言わなかったせいで、怪我人の装いとは程遠いものだ。
「とりあえずある程度の治療はした。あとは寝て待て」
その言葉を残し、ユートは再び魔獣討伐に出向こうとした。
が、扉の前に立ち、ドアノブを回そうとした瞬間、
「イタッ」
苦痛の声をあげるミオの声を聞いた。
振り返って見てみると、ベッドから降り、立ち上がろうとしていた。
「おい、まだ薬の効果はでてないだろ。最低でも一時間はおとなしくしておけ」
献身的に、ミオのためを思った言葉を出す。
いくら治療を施したと言ってもあの傷だ。立ち上がれるレベルに治っているはずがない。本来なら、食事をとることすらおぼつかないはずだ。
「だい、じょうぶ……」
それでもなおミオは立ち上がろうとし、足を震わせながら一歩を踏み出す。
「なにしてんだ。そんなんじゃ治るもんも治らないぞ」
無理をするミオに近づき、ユートは無理やり寝かせようとした。
一体何をそこまで必死になって動こうとするのか、ユートには分からなかった。
このままではいけないとミオは判断したのか、蚊の鳴くような細々とした声で理由を述べる。
「……れ」
「ん? なんだって?」
「……おトイレ」
言われ、ユートは全てを理解した。
そして頭を抱え、見当はずれなことを口にする。
「しまったな。尿瓶も買っておくべきだったか」
「死んだってするもんですか!」
それだけは絶対にしないと、明確な意思を持ってミオは叫んだ。
当たり前だ。男の目の前で尿瓶に尿を放出する乙女がどこにいる?
いたとしてもそんなもの、やむをえない事情がある場合か、特殊な性癖を持つ変人だけだ。
ミオは魔族とはいえ正常な感性を持った女の子だ。変人ではない。
やむをえない事情には該当しそうではあるが。
「尿瓶にするぐらいなら、死んだほうがマシよ……!」
敵意むき出しで叫ぶミオだが、足が内股になり、プルプル震えている。限界が近いようだ。
この様を見てそこら辺にぶちまけておけと言うほど、ユートは鬼畜でなければ変態でもない。
「ほら、運んでやる」
震え、身動きの取れないミオを抱え、トイレまで連れて行く。そしてトイレのドアを開け、洋式の便座に座らせる。
怪我人に接するのだ、スカートをめくり、下着を脱がして出しやすいように……
「出てけ!」
「ガハッ!」
ユートの顔面に、ミオの膝が直撃した。
本気の膝蹴り、怪我人のミオに耐えがたい激痛が走ったことは言うまでもない。
それでも、目の前の無神経男に一発入れなければと考えたミオを誰が非難できよう。
完全にユートが悪い。
「イツツ……くそ、怪我が悪化したらどうするんだ」
自分が悪いにもかかわらず、ミオの行動に不満を漏らす。
この様子を見たらユートがすべての女から軽蔑のまなざしを向けられることは必至だ。
「ふぅ~」
トイレの中から、気持ちよさそうなミオの声が聞こえる。
ユートは用を足すミオに、またしても女の子に聞くべきではない提案を投げかける。
「なあミオ、尿瓶とおむつ、どっちがいい?」
「死ね!」
本心からの死ねという言葉を聞き、さすがのユートもこれ以上この話を続ける気はなかった。