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竜を超える化け物

 竜種の討伐、それは普通、一匹に対して三十人ほどの戦闘員で討伐するものだ。

 勇者と呼ばれる優れた戦士でさえ、最低でも五人は必要な種族である。

 それをユートは、たった一人で立ち向かう。

 ユートの住むイリスの街から北東に千キロ、そこに竜種の巣がある。そこへ行くにはさすがのユートでも一日はかかる。それでも十分異常だが……。

 だから移動手段には、ギルドにある転移陣を使う。

 高難易度の依頼の時にのみ用いることを許可される転移陣、これは同じく転移陣のあるギルドへと一瞬で転移できる。

 勇者とは違う、魔法に精通した魔法使いが長年かけて作り上げた移動システムだ。これにより強者は窮地に陥った街へと即座に移動し、ピンチを救うことが可能になるのだ。たとえ千キロ離れた地であろうと、一瞬でたどり着く。

 ユートはこの転移陣を使うため、ギルドへと赴いた。


「転移陣の使用を頼む。依頼は竜種の討伐、昨日の続きだ」


「ん。使いな」


 不愛想な戦士に、不愛想な返事をする受付。

 転移陣のある部屋へと入り、床一面に魔法で描かれた絵の上にユートは立つ。

 そしてそこに魔力を流し込み、目的地を言葉にする。


「転移、フーリアナ」


 宣言して直後、転移陣が煌びやかな輝きを放ち、中央に立つユートの体を指定された場所にある転移陣へと送り飛ばす。


「相変わらず、慣れん」


 ほんの二秒で九百キロ離れた地にあるフーリアナの街にたどり着いたユートは、即座に移動を開始する。

 一番近い転移陣でも、竜種の巣からは百キロの距離がある。

 今から移動すれば、ユートの足なら約二時間と言ったところだ。

 いかに身につけている鎧が軽量とはいえ、他に剣と盾、足を守るブーツ、常人なら走ることすら困難な装備に身を包んだ体で、ユートは驚異的な速さで走り出す。

 無駄のない動き、鋼鉄製の装備が一切音もせず、空を切る。

 周辺地区に存在するユートと同じ魔獣を狩りに来た戦士たちは、すれ違うたびにユートの動きを見て驚きの声をあげる。

 中にはミオのような人型の魔族が襲いに来たのではないか、そう勘違いするほどに人間にとって驚異的な身体能力であった。

 そして時間にして約二時間、ユートは竜種の巣へと着いた。


「記憶通り五匹か。予定通りの時間に帰れるな」


 目の前にたむろする五匹の竜種、その一匹一匹がユートと比べ何倍ものサイズを誇っている。

 力もまた、ユートよりも強いのは明らかだ。

 いかにユートが他の人間と比べ、信じられないほどの身体能力を持っていようとも所詮は人間だ。種族の差をそう簡単に覆せる力を得ることは出来ない。

 だがユートは、自身よりも強い存在を目の前に、無表情で一歩を踏み出す。

 剣を構え、盾を前にし、力を込める。

 その存在に竜種も気づく。

 矮小な存在が、自分たちの領域を侵害している。

 あまつさえ、敵意を向けている。

 強者にとって弱者の背伸びほど苛立たしい物はない。

 竜種は雄叫びをあげ、向かってくるユートに牙を向ける。


「ギイイイィィィィアアアアアアアアア!」


 その叫びは、台風のごとき自然災害にすら匹敵する暴風を生みだす。

 並の人間ならば鼓膜が破れ、血を流し、最悪の場合、死に至る。

 ただの咆哮が必殺の技になりえる、それが竜種だ。

 その咆哮も、ユートにとっては髪を揺らすだけのそよ風に過ぎない。


「ハアッ!」


 力を込め跳躍する。

 遥か高みに存在する竜種へと刃を届かせるための跳躍。

 重厚な剣を振りかぶり、竜の喉笛を掻き切るための一閃。

 それを阻むように、別の竜種がユートの横から鋭い爪で攻撃する。


「ウインド」


 ユートが唱え、風が吹く。

 空中に位置するユートの体を、翼を持たぬ人間が動けるはずもない空中で、さらに上空へと跳ね上げる。

 十メートルを超える体躯を誇る竜の体の上を取り、右手に持つ剣を高々と掲げる。

 そしてユートは落ちゆく体で、重力を利用して目標に向かって全力で振り下ろす。


「ギャアアアアアァァァアアアアアアアァァァァァァァ!」


 さきほどの咆哮とは違う、生命を失う断末魔をあげ、竜種の一匹は二つへと両断される。

 ほんの十数秒、その間に強大な力を持つ竜の一匹は、その生涯を終えた。


「あと……四匹」


 一人で竜を倒す、その偉業に達成感を覚えることもなく、ユートは次の標的を目に映す。

 竜は慄いていた。

 目の前の人間は、人間ではないと。

 人間であっていいはずがないと。

 力は自分たちの方が上のはずだ。

 なのに、自分たちが人間に恐怖を覚えていることに疑問を抱かず、勝てるとも思っていなかった。たった十数秒の間で、ユートという一人の人間が竜種の戦意を喪失させた瞬間であった。

 だが恐怖を感じつつも、戦意を失いつつも、竜には誇りがあった。

 強者として生きてきた誇りが。

 魔族であるという誇りが。

 人間に恐怖したという事実、それを認めてもなお、首を垂れるほどプライドは低くなかった。

 残された四匹の竜は、一様に雄叫びを上げる。


「「「「ギイイイイイアアアアアアアアアア!」」」」


 さきほどの威嚇のための咆哮ではない。己を奮い立たせるための、鼓舞の咆哮。

 叫び終えた竜は、それぞれの行動に移る。

 上空に飛び立ち、火を吐く竜。

 爪を突き立て、切り刻もうとする竜。

 こちらの行動に気を配り、隙をうかがう竜。

 様々な行動を見せ、ユートの命を狩り取ろうと画策する。

 そんな竜たちの行動に、ユートは眉一つ動かさず冷静に対処する。

 降り注ぐ火の雨は風の魔法で散らし、突き立てられた鋭利な爪は剣で受け流し、そして隙など一切見せない無駄のない流麗な動きで、竜たちを追い詰める。

 受けながら近づき、時に下がり、決して油断しない。

 そしてそのような攻防が三十分ほど続き、ついに決着はつく。


「お前たちは強い、認めよう」


 汗一滴たりとも垂らすことなく、ユートは剣を振りながら語る。

 もはや勝負はついた、そのように。


「グルア!」


 諦めず攻撃を繰り返す竜種たち、だがその攻撃すらも、無駄であることを悟っていた。


「入ったな」


 竜種がユートの間合いに入った直後……一瞬だった。

 爪で攻撃を繰り返す竜の足を切り刻み、そこに手を突っ込む。


「ウインド」


 唱え、竜の足が爆散する。

 さきほど空中での位置変更に使用した風の魔法、それをあろうことか、竜の体内で発生させたのだ。

 爆散した足では巨体を支えることが出来ず、首の位置が下がる。

 そして一瞬にして、その首を切り落とす。


「……使わせてもらうぞ」


 たった今倒した竜の爪を剥ぎ取り、それを上空に位置する竜に投げつける。

 狙いは粗い、その攻撃が当たることはない。

 投げられた爪は竜の上空へと、高く昇って行った。

 そして攻撃を避けた竜は地面を向き、再びユートへの攻撃を……


「終わりだ」


 上空から、ユートの剣が突き刺さる。

 空を飛ぶ竜に、翼を持たないユートの剣が背中に襲いかかったのだ。

 何が起きたのか、竜には分からなかった。

 投げつけられた爪に、ユートが超速で乗り上げたとは気付かなかった。


「これで終わらせる。ウインド」


 風が再び発生し、ユートが上空から驚異的な速さで地に足をつけている竜の元へと向かう。一秒にも満たない一瞬の移動、竜の目では目視することが出来ず、上を見上げた瞬間にその体を両断される。


「お前で、最後だ」


 残された竜を一瞥し、ユートはゆっくりと近づく。

 完全な一対一、この状況で、ユートは自身の勝利は万が一にも揺るがない物であると確信し、竜もまた、自身に勝ち目のない戦いだと確信していた。

 それでも、捨てることのできない竜種の誇りが立ち向かわせる。


「グアアアアアアアアア————!」


「……強かったよ、お前らは」


 向かう竜に、剣の一太刀で黙らせるユート。

 圧倒的な実力を見せ、たった一人で五匹の竜を討伐した。


「覚えておけ。そして来世に活かせ。これが力を超える、技だ」


 その言葉を残し。ユートは討伐した証である竜種の体の一部を剥ぎ取り、この場を後にする。

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