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血に染まる部屋

 過去を思い出し、ミオは自らの気持ちを理解する。

 あの時、家族がクルエルに殺された時、ミオの感情は諦念だけではなかった。クルエルの言う通り、助けると言いながら助けられず、無残に死んでいったアスタに何も抱いていないと言えば、嘘になる。

 それを中途半端なやさしさと考え、最初にユートを遠ざける理由ともなった。

 だが今ならわかる。本当につらかったのは自分じゃない。助けたいのに助けられなかった、アスタ自身なのだと。

 恨んでいなどいない。アスタに向けられる感情は、決して負の感情ではないのだ。

 そう……彼に教えられたから。


「何度でも言うわ。アスタ兄さんは何も悪くない」


 心を揺さぶるべく、否定を続けるミオにクルエルはさらに言葉を紡ごうとする。

 その行動を妨げるように、この部屋の扉が開き、一人の男が現れた。


「何が悪くないのか、俺にも聞かせてもらおうか」


 声のした方を振り向き、ミオは驚愕する。

 希望を抱いていた、それは認めよう。しかし即座に切り捨てたはずの希望だ。

 絶対にあり得るはずもない、自身の救い。

 彼は二度と人を助けることなどないと思っていた。かつて無垢な少年を魔人に落とし、ミオにも希望を抱かせ救えなかった彼は、何もかもを諦めたと思っていた。

 だからこそ、ミオには目の前の男の存在が信じられなかった。


「どうして……ユート……?」


 現れたユートは歩みを進め、ミオの隣へとたどり着く。

 クルエルなどには目も向けず、まるでミオしか見えていないかのような動き。それに気を悪くしたクルエルは、突如現れた驚きを振り払い、ユートに向かって魔法を放つ。


「エルダーライト!」


 間髪入れずに放たれた電撃はユートへと一直線に向かう。今までミオに放っていた拷問用の技ではなく、一瞬にして命を狩り取るための攻撃。人間ごときが直撃すれば、跡形も残らないだろう。


「ユート!」


 ミオが叫び、ユートは向かってくる電撃を認識する。そして手を前にかざし、振るう。


「邪魔だ」


 蚊を振り払うかのような緩やかな払い。にもかかわらず、クルエルの渾身の力を込めた魔法が跡形もなく霧散する。もちろん、ユートの体には傷一つ付いていない。


「ば、ばかな……」


 目の前で起きたありえない現象に、クルエルもミオも、配下の魔族たちも、目を丸くして驚愕する。


「ミオに話があるんだ。お前は黙ってろ」


 と言うが、それを素直に聞くクルエルではない。怒りを放ちながら、だが冷静さも兼ね備えた言葉をユートにぶつける。


「キサマ、一体何をしに来た! いやその前に、どうやってこの国まで来たのだ!」


 この疑問は当然の物だった。魔族の国は人間から隠れるよう、いくつもダミーの国を用意している。ある程度の力を持った魔族が統治する、きちんとした国でもある。

 それなのに、ユートはこの地に赴いてきた。ただの勘か? しらみつぶしに探した結果なのか? なんにせよ、ここまで来た方法を問いただせずにはいられなかった。


「別に、ライドラに乗ってだ」


「乗り物を聞いてるんじゃない! どうやってここにミオがいると特定した!?」


「どうやってって……ミオの体内には俺の魔力の残滓が残っている。特定は難しくない」


 それはミオのため、身体情報を得るために行ったことだ。ミオの体内に己の魔力を通し、傷の具合や魔族の体内構造を知る。この行いによりミオの体内にはユートの魔力の残りカスが存在し、結果、居場所を知ることが出来たのだ。

 もっとも、あと一カ月もすれば消え去る残りカスだが。


「だが、どうして何の騒ぎもなくここまで来られた! 人間が立ち入れば、騒ぎになることは間違いない!」


「門番に連れてきてもらったんだ。最初は殺すと息巻いていたが、少し痛い目に合わせたら忠実なボクになってくれたよ」


「くっ……使えんバカが」


 唇を噛みしめ、悔しさをにじみだす。

 が、その悔しさを押し殺し、事態を確認する。


(なにを焦る必要がある。ここは俺の城、人間一人が現れたところで、どうにもならん)


 すぐに自らの優位性を見出したクルエルは、声高らかに部下たちに指示を出す。


「イグールを呼べ! この不届き者を成敗しろ!」


 指示を飛ばされた魔族は即座にイグールと呼ばれる魔族を呼びに行く。

 その時間、約三十秒、全身武装に包んだ魔族がやってきた。

 ミオやクルエルのような人型ではない、異形の存在。牛のような顔にヤギのような立派な角、体躯は三メートルほど、鋭利な牙や爪は圧倒的な威圧感を誇り、腕はユートのウエストよりも太く毛むくじゃら、足はその倍だ。

 そして体中から抑えきれない魔力が溢れている。

 ユートはこのイグールの実力を目視だけで分析にかかる。

 答えはすぐに出た。自分よりも数倍、数十倍強いと。

 力比べなどしたら即死は確実、小指一つかすっただけで死ぬと思わせるほどだ。

 加えて、今のユートには剣もなければ防具もない。ライドラを買うためにすべてを売り払ったユートは一切の武器を持っていない、完全な丸腰だ。

 傍から見ればどちらに軍配が上がるかは明白だった。。


「フフフフ、イグールは魔族の中でも最上位クラスだ。魔力では王族である俺には及ばないが、腕力は魔族随一、一対一の戦闘では俺を凌駕するぞ!」


 笑いながら自らの部下の強さをひけらかすクルエルに、配下の魔族たちもこれから始まるとされる人間の虐殺ショーを、期待のまなざしで見ている。

 ただ一人の魔族を除いて。


「ミオ、話をしたかったが後回しだ。すぐに終わらせる」


「……うん」


 ミオはなぜか安心していた。

 それは、ただ一人知っていたから。

 竜種五匹をたった一人で打ち倒したという結果を。

 ユートの強さを。

 アスタの時の根拠のない安心感とは違う。見た事はない、だが確信できる力を持つユートの後ろ姿に、かつてないほどの安心感を覚えていた。

 期待していなかった救い。だがこの人がいればもう大丈夫だと。


「くっくっく、クルエル様のご命令だ。悪く思うなよ、人間」


 悪く思うな、とは言いつつも、その顔はそんなことを思っている節はまるでない。これから人間を虐殺することを楽しみにしている、異常者の目だ。

 もっとも、おかしいと思うのは人間のユートと魔族らしからぬ感性を持つミオだけ、この場のほとんどの者はイグールと同じ気持ちだろう。


「おおそうだ、お前に魔族が決闘する時の礼儀を教えてやろう」


 そう言って、イグールは毛むくじゃらの手を差し出した。


「何のつもりだ?」


「なに、これはお互いが正々堂々と戦うという誓いだ。握手を交わすことにより、対戦相手との信頼を築くというな」


「誓い、ね」


 イグールの言うことは事実だ。魔族は決闘をするとき、一度握手を交わす。

 そうして汚い手を使わない正々堂々の勝負をすることを誓うのだ。

 ただこれは、あくまでも魔族との決闘に限った話、人間であるユートに対して信頼関係を築こうなどという思惑は微塵もなかった。

 そのことを理解しながらも、ユートはイグールの握手に応える。

 自らも手を差し出し、何倍もの大きさを誇る巨大な手を握りしめるた。

 瞬間、イグールが叫ぶ。


「潰れろおおおぉぉぉぉぉぉ!」


 渾身の力を込め、ユートの拳を握りつぶそうとした。逃れぬことは不可能、脆弱な人間であるユートにこの攻撃を回避することは叶わなかった。

 が、問題ない。ユートもまたイグールと同じように、力を込める。

 そして不気味な音が鳴り響いた。


『ブチュン』


 何かが壊れる音だ。だが何が?

 ユートの手は無事だ。ならばこの音は、ユートの手が握りつぶされた音ではない。

 この音の正体は、


「グッ……アア……グアアアアアアアアアアアアアア!」


 イグールの手が消し飛んだ音だ。

 巨大な手は見る影もなく飛び散り、血しぶきが降り注ぐ。

 返り血を浴びたユートは血みどろの体を翻し、イグールの体の中心に手をかざす。

 そして再び不快な音は鳴り響く。


『ブチュンッ!』


 手だけという話ではない。今度はイグールの体が爆散した。

 うめき声を上げていたイグールの姿はそこにはもうない。あるのはさきほどまで声をあげていた肉片と身に纏っていた武装だけ。他には何もない。


「……は?」


 突然の事態に、クルエルは大口を開けて間抜け面を晒す。配下の部下たちも、目の前で起こった謎の事態に理解が及んでいない。信頼を寄せるイグールが消し飛んだという事態に、まだ状況を飲み込むことが出来ない。

 それはミオも同じことだった。

 ユートの勝利を信じていた。安心すらしていた。

 だが想像を大きく上回る異常事態に、思考は混濁する。

 そんな大勢を無視し、ユートはクルエルに向けて言葉を放つ。


「次は誰だ?」


 低く重いその発言を聞き、クルエルは体を一瞬ビクつかせる。そして目の前の男に、恐怖を覚える。単純な戦闘ならば自身を上回る、絶対の信頼を置いていた部下の瞬殺。

 魔族を統べる魔王は、確実に人間に恐怖していた。


「おい、聞こえないのか?」


「ひっ……! お、お前たち、こいつを殺せ!」


「で、ですが、イグール様を倒す者に、私たちなど……」


「バカが! どんな手品を使ったかはわからんが、あいつの攻撃はおそらく、対象の体に触れてこそだ! 遠距離から魔法を放てば即死だ!」


 指示を聞き、部下たちは攻撃を開始する。

 クルエルの言う通り、ユートの用いた攻撃は対象に触れなければ作用しない。

 ゆえに遠距離から魔法を放てば、なんの危険もなく倒すことは可能だろう。

 ただし、相手がユートでなければの話だ。


「エルダーフレイム!」


「フリーズシャウト!」


「ソリッドウインド!」


「レイズサンダー!」


 四方八方から、無数の魔法がユートに襲いかかる。

 火、氷、風、雷、その他もろもろ多種多様な魔法だ。魔の名前を関する種族、人間とは比べ物にならないほどに一つ一つが強烈な魔法だ。

 その攻撃を一瞥したユートは、指先に魔力を込めて体を一回転させる。

 指先を魔法にかすらせる、それだけの行動なのに、魔族から受けたすべての魔法は消える。


「終わりか?」


 ユートの淡白な発言に、魔族たちの目が変わる。

 人間を見る目ではない。化け物を見る目だ。

 自分たちではこの化け物に勝つことなどできない。そう思わせるには十分すぎるほど、ユートの技術は絶対的だった。


「な、なぜ……?」


「簡単な話だ。魔法にはそれを形成するための魔核がある。それを魔力の込もった指先で切り裂けば、どんな魔法も打ち消せる」


「簡単……だと?」


 ユートの言葉に、簡単な要素は何一つとしてない。魔法の核となる部分、それは確かに存在する。だがそこを狙って切り捨てるなど、常人にできる芸当ではない。

 魔力は火や水、雷、様々な形に変容している。中には風のように、実体のない魔法も存在するのだ。そこから核となる部分を探し当て、まして攻撃を加えるなど、人間技ではない。

 それをいともたやすく行い簡単だと言い放つユートは、まさに化け物だった。

 だがそれはあくまでも技術の話、身体能力においては魔族に比肩するなどお世辞にも言えず、優秀な魔族の子供と同等と言えるかもしれない物、クルエルに勝機があるとすれば、そこを突くことだけだ。


「お前たち、武器でも何でも使い、こいつを殺せ!」


 魔法が一切効かない相手、そんな存在に勝つには物理で殴るしかない。クルエルの判断は至極当然な、合理的な物であった。

 だが部下たちはユートに向かい足を動かすことを躊躇する。中には足を震わせる者もいた。誰もユートを殺しに行こうとなどしない。

 それも仕方ないことかもしれない。たった今、イグールという強大な魔族が爆散した姿を目の当たりにしたのだ。その残像は魔族たちの脳裏に焼き付いている。

 自分が死ぬかもしれない死地にいきなり行けと言われても、なんの覚悟もしていない魔族には到底できないことだった。


「貴様ら、早くしろ! それとも俺に殺されたいか!?」


 飛んでくるクルエルの怒号に体をびくつかせ、部下たちの心にさらなる恐怖を上塗りする。

 ユートに恐怖を感じている。だがクルエルに感じる恐怖はそれを超える。

 意を決した魔族たちは一斉にユートに飛び掛かり、その首を取ろうとした。


「竜種と比べると、誇りも何もないな」


 軽蔑を込めたつぶやきを残し、迫りくる魔族たちに対応する。

 その攻防は一瞬だった。


「グエッ!」


「キャグッ!」


「パガッ!」


 様々な断末魔を響かせ、イグールと同じように爆散を続ける魔族たち。

 ユートの拳が魔族にめり込む、その魔族は跡形もなく爆散する。そんな光景が延々と続く。

 どこからか援軍がやってきて、魔族の数はこの魔王の座する一室に集まり、その数は百に届こうとしていた。

 しかしそのほとんどは、ユートの謎の攻撃によって一瞬にして息絶える。

 クルエルには何が何だか分からない。分かることと言えば、配下の魔族ではユートの相手にならないということだけだった。なぜ死んでいくかも分からないのだ、対処の方法もない。

 そしてこの事態、ユートがいかにして魔族を倒しているかを完璧に把握している者は、ミオただ一人であった。

 ユートの行っていること、それはユートにしかできない卓越した技術によるものだ。

 まずは拳に魔力を込める。その魔力を向かってくる魔族に殴打とともに流し込む。その後、対象の体内に流し込んだ魔力を用い、風魔法を作り出す。体内という狭い空間内に突如として現れた突風は強靭な魔族の体でさえ耐えきれず、爆散するというわけだ。

 ミオがユートの行動を理解できるのは、魔力を体内に送り込むという方法を実践されたこと、体内の魔力を用い魔法を使うということを聞いていたからだ。

 魔族には想像もつかないだろう。相手の体内に魔力を流し込むという発想もなく、ましてその魔力を魔法に変換するなどという技を。

 気付かないから、対処も出来ない。

 遠距離では倒せず、近距離では必殺の攻撃をモロに受けて即座に死ぬ。

 誰もユートに敵う存在はいなかった。

 やがて時は立ち、深紅に彩られた玉座の間が出来上がる。血に染められたこの部屋は、皮肉にも魔族が美しいと感じる芸術性のある部屋だった。

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