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勇者とは

 魔人騒ぎから三日が経った頃、ユートは王城にて国王と対面していた。


「そなたが誰にも倒せなかった魔人を倒したユート=ガイドか。いや素晴らしい。この国を救ってくれたこと、深く感謝する」


 ユートを見下ろしながら、感謝の念など微塵も感じられない顔で言葉を吐きだす。

 心の中では感謝はおろか、勇者候補生なら戦うのは当たり前、勝ったのは運が良かったからだろうと、鼻で笑っていることは明白だった。

 その言葉にユートは力なく首を垂れ、最低限の反応を見せる。

 国王はユートの態度にムッとした表情を一瞬見せるも、兵士の手前、それを糾弾することはしない。仮にも国を救った英雄、それ相応の対応をしなければ沽券にかかわるからだ。


「今回の働きに褒美を取らせることになった。まずはお主に勇者の称号を与える」


「……はあ」


 あれほど憧れた勇者にユートはなった。夢がかなったのだ。

 なのに、喜びの念がユートの顔に浮かぶことはない。虚ろな目を浮かべ、国王の言葉に返事をするだけの木偶人形も同然だ。

 国王は言葉を続ける。


「さらに報奨金として百万ガナを進呈する。おい、持ってこい」


 傍らに位置する一人の兵士に命令し、報奨金を準備させる。

 ユートの目の前に、眩い光を放つ大量の金貨が並べられた。


「さらにお主には特別に、この私を象った純金製の彫像を与えよう」


 百万ガナの隣に、光輝く一個の彫像が置かれた。大きさは三十センチほど、そこまで大きくはない。純金ゆえに無駄に重いが。

 報酬を並べた国王は満足そうな表情を浮かべ、ユートを見る。

 どうだ、すごいだろ? そう言わんばかりの顔をしている。


「……ありがとう、ございます」


 心にもない礼を言う。

 ユートは帰りたくて仕方なかった。こんな場所にいたくない。

 自分には報酬を受け取る資格なんてない。それどころか罰せられるべきであると思っていた。

 自分の中途半端なやさしさのせいで少年の絶望を肥大化させ、魔人に落とした。

 こんな自分は死罪すら生ぬるいと。


「ユートよ。これからお主を主役にパレードを行う。準備せい」


 楽しそうに国王は立ち上がった。兵士に馬車の準備をさせ、自らはより一層煌びやかな服装に身を包み込む。

 ユートのパレードとは言いつつも、自分も目立つ気満々の服装だ。

 周りの兵士はそれに文句を言うどころか、これから楽しい宴会が起こる、豪勢な食事にありつくことが出来ると喜んでいた。

 そんな様子をユートは、自分の犯した罪をどうすれば清算できるのかを考えていた。


「さあ皆の者、今宵は大いに騒ごうではないか! 魔人に殺された者たち、その家族がこれからを笑って過ごせるように、我らの手で笑顔にさせようではないか!」


 本当は自分が楽しむためだけのパレード、および宴会。顔は欲望にまみれているというのに、言葉だけは民のためだと国王は言い張る。

 国王はユートに無理やり宝石をつけたり王冠をかぶせるなど、無駄に光物を盛りに盛り、終始楽しそうな様子でパレードの準備を進める。

 そしてユートの心を限りなく無視した、ユートを称えるという名目のパレードが始まる。

 屋根のない馬車に乗り込み、住民にユート、および国王の姿を晒す。

 魔人に家族を殺され意気消沈している者たちは天を仰ぎ、このパレードも上の空の様子だ。被害の少なかった住民たちはこの国を救った英雄であるユートに、数々の称賛の声をかける。


「ユート君、ありがとう!」


「お前こそ真の勇者だ。ユート!」


「キャー、ユート様よ!」


「カッコイイ!」


 ユートの魔人を倒したという結果に沸き立つ住民たち。その中にはかつてユートが助けた人間たちも当然いた。助けると言っても、迷子の子供を親の元に届けたり、重い荷物を持った人の荷を背負ったり、ボロ家に住む人の家の屋根を直してあげたりと些細なものだ。

 些細なことなのだが、住民たちは感謝していた。勇者は魔獣討伐を主に行い、住民たちと顔を合わせることはほとんどない。ゆえに距離が近く、親身に接してくれるユートは住民にとって非常に人気があり、勇者になってほしいと切に願われていた。

 肝心の勇者と称えられるユートは、その称賛に心が傷つけられていた。


「……僕は、勇者なんかじゃない」


 歓声にかき消されるユートの嘆き。今のユートは、過去に憧れた自分を助けてくれた勇者なんかじゃない。たった一人の少年を助けられず、数多くの死体を生むきっかけを作った自分はただの悪鬼だ。決して勇者なんかじゃない。

 そう思っていた。


「ユート様、こっちみてー!」


 それでもユートへの称賛の声は止まない。

 一度も笑顔を見せないユートへ、笑顔で称賛し続ける。

 さらに称賛だけでなく、住民同士で今までの話も繰り広げられる。


「ユート君はお休みの日には街で私たちをたくさん助けてくれたのよ」


「あいつのおかげで俺のばあさんも元気になったんだ」


「あのお兄ちゃん、私とお母さんを会わせてくれたの」


 口々にユートの行いを周りの人間に話し、聞かされた人間もそれを聞いて驚きと喜びの声をあげる。


「へえ、今どき珍しい勇者様ね。そんな人が勇者になったら、すごく安心だわ」


「私もいつか助けてもらいたいなあ」


 伝え聞いただけの話なのに、目に希望を宿していくのが見て取れる。

 この場でユートの存在は、無数の希望を生み出している。

 パレードが三十分ほど続いたころだろうか、ついにユートは限界を迎えた、


「もうやめてださい!」


 歓声にかき消されない、出しうる限り最大級のボリュームで、拒絶の言葉を口にする。

 言葉を聞いたすべての人間は押し黙る。先程まで満面の笑顔を浮かべていた国王も、兵士も、住民も、ユートの叫びで黙らされる。

 沈黙の空気が流れだした時、ユートは続けて叫んだ。


「僕は称賛される人間なんかじゃない! もう誰も……僕を褒めないでください!」


 その叫びに、国王が口を開けて間抜け面を晒した。がその表情を一瞬で元に戻し、何とか軌道修正しようと住民に向かって語り掛ける。


「み、みなの者、聞いたか? ユート=ガイド氏はまだまだ自分は未熟であると、今後より一層力をつけ、みなをお守りすると。それまで称賛はとっておいてくださいと言ったのだ。何と謙虚なことか。みなの者、拍手を!」


 ユートの言葉を曲げに曲げ、ギリギリ納得できるかどうかの領域まで持っていく。

 それに反応して住民が拍手を送ろうとしたとき、どんな軌道修正をしようとも意味のない、取り返しのつかない行動をユートは行った。


「僕なんか! 勇者じゃない!」


 馬車に詰まれているユートへの報償の一部、国王を象った純金の彫像を地面に投げつけた。純金ゆえに壊れることはなかったが、彫像の首元に一筋のひびが入る。


「な、なんてことを……!」


 ひびの入った彫像を見て、呆気にとられる国王と兵士。

 そして時間の経過につれて、国王の顔が段々と赤く染まる。


「そいつを取り押さえろ!」


 激昂した声で兵士にそう命じた。

 傍らに控える兵士が一瞬の硬直の後、ユートを取り押さえようと槍を向ける。


「キサマ、国王に対してなんという侮辱! 万死に値する!」


 槍の切っ先を向けられてもユートは動じない。

 これで自分は死刑になる。その事実に安堵していた。

 国王直属の兵士に、この国に貢献し続けていた兵士に首を落とされる。

 自分には似合いの末路だと、受け入れていた。


「早く……殺してください」


 懇願するように兵士たちに言うと、兵士は困惑した様子で槍を震わせる。

 当然のことだ。この国を救った英雄、一生楽な生活を保証されているようなものだ。なのにそれを捨て、国王を怒らせてわざと死ぬように仕向けている。

 正気の沙汰ではない。常識ある人間から見れば、ユートの行動は異常そのものだった。


「どうした貴様ら! 早くそいつを殺さんか!」


 国王は怒りで何も考えられないのか、ユートの行動に何の疑問も抱かず殺害を命令する。

 命令された以上、兵士たちはそれに従うのみだ。

 槍の切っ先をユートに向け、今まさに貫こうとしたその時、


「やめて!」


 一人の少女が叫んだ。それはユートが初めて助けた、手を差し伸べた女の子。

 馬車の上、手の届かない場所に手を伸ばし、殺される寸前のユートを救おうと少女は躍起になる。どれだけ叫び、力を込めようと、たった一人ではかなうはずもないのに。


「勇者のお兄ちゃんを殺さないで!」


 叫ぶ少女の言葉が不快に感じたのか、国王が兵士に命じる。

 それはユートにとって自身への死刑宣告よりもつらい、最悪の命令。


「やれ」


 無慈悲に指示を出す。さしもの兵士たちも戸惑いを見せ、躊躇する。それでも国王の命令、逆らえば自分が殺されてしまう。

 歯を食いしばり、槍をぎゅっと握りしめて、馬車から飛び降り少女の喉元に槍を近づける。


「マイ! お願いします、どうかご慈悲を!」


 少女の母親が割って入り、涙ながらに懇願する。ぐしゃぐしゃの顔、涙鼻水垂れ流した醜い顔で、向けられる槍を必死の叫びで収めるように懇願する。

 兵士は戸惑い、親子二人を貫くことは出来ない。当然だ。何の武力も持たない一般人、本来なら守るべき対象だ。いかに国王の命令といえども、無感情で二人を貫くことなどできるはずもない。

 その戸惑いも、自身の保身と天秤にかけられては、徐々に保身に傾くこともまた道理である。


「……すまん」


 その光景を、ユートは涙を流して見つめる。自分のせいでまた人が傷つく。どれほど罪を重ねればいいのか。少年を魔人に落とし、少女と母親を自分のために殺させる。

 これが、こんなのが、勇者を目指した自分の夢の果てなのかと。

 いったいどこで道を違えてしまったのか。何を間違え、このような結果を生み出してしまったのか。

 ユートには分からない。

 唯一分かることがあるとすれば、これは自分が誰かを助けたために引き起こされた悲劇だということ。

 自己満足のために誰もかれもを助け、一時の笑顔を見ただけで全てを救った気になっていたこと。

 本当は何も救えてなどおらず、数多くの屍を自分のせいで築き上げてきた。

 拭っても拭いきれないほど自分は汚れている。死の一つでは許されないほど汚く染まっている。それがユートの自身に対する見解だった。

 そんなユートは目の前の、親子が兵士に槍で貫かれようとする光景になにを思ったのか。

 親子を助ける? あれほどの絶望を、自身の助けによって生み出してきたのに?

 見捨てるのか? 自分を勇者と言ってくれた少女を見殺しにして?

 ユートにはもう、なにが正しいのかわからず、何が間違っているのかもわからない。

 だからこれは、ユートの本能による行動。


「グアアアアアアアアア!」


 ユートは無意識のうちに、親子に槍を向ける兵士の体に、剣を突き立てていた。

 急所は外している。だが痛みで身動きが取れないほどの重傷を兵士に負わせた。


「おにい……ちゃん……?」


 ユートを見上げる少女は何を思うのか?

 助けられた感謝か? わけも分からず呆けているのか?

 それとも……


「あ、ああ……」


 少女は地面に降り注いだ血を見て、体を震わせる。剣の突き刺さった兵士を見て、怯える。

 自身に降りかかった血を見て、恐怖に包まれる。

 その顔を見てユートは、つぶやく。


「やっぱりこれは……間違いなんだね」


 ユートの人生は決定した。

 かつてあれほど憧れていた勇者という存在、それをもう求めることなどしない。

 勇者など、間違いなのだ。誰かを助けることに真の救いはない。誰かを助ければ希望を生み、絶望を育てる。助けることを生業とする勇者など、悪だ。


「僕は…………俺は、勇者をやめる」


 誰も救わない。そして誰からも求められないよう、ユートは己を変える。

 今までの他者を助けていたユートは死んだ。これからは、誰も救わず、誰にも助けを乞われない人間になる。

 それがユートの決めたこれからの人生だ。


「……どけ」


 静かに、だが力強い言葉で群衆に命じる。

 ユートの目に宿る修羅に気圧された群衆、そして兵士たちは怯えながらあとずさり、ユートの歩く道を作り出す。

 作られた道をユートはゆっくりと歩き、この場から、この国から姿を消そうとする。

 それを阻もうとするのが国王だ。


「何をやっている! その不埒者をさっさと始末しろ!」


 自身を象った彫像を壊されたことがそれほどまでに許せないことなのか、国王は兵士全てにユートの抹殺を指示する。指示された兵士たちは武器を手に取り、去りゆくユートの背中に突き刺そうと動き出す。

 兵士の槍がユートの背を捉え、貫こうとした瞬間、


「邪魔するな」


 即座に振り向いたユートの剣が、兵士複数人の体を切り刻む。

 肩を裂き、足を切る。死には至らないように配慮した攻撃、だが傷つけることに一切の容赦をしないユートの攻撃は、兵士の攻撃よりも早く、確実に傷をつける。


「国王、俺の邪魔をするな。それなら、俺も何もしない」


 脅迫、一国の王に対してこれ以上自分に何かすればその命を狩り取ると脅した。

 その行為にも国王は激昂する。荒々しい口調で兵士たちに命令を飛ばし、ユート抹殺を諦めない。

 だがその指示をまともに聞こうとする兵士はここにはいない。

 たった今ユートの見せた迷いのない剣戟を目の当たりにし、そして誰も倒せなかった魔人を倒せたという事実が後押しし、ユートに飛び掛かる勇気を兵士から根こそぎ奪い去っている。

 誰もこの国から出ようとするユートの歩みを止めることは出来ず、兵士は視線の先にユートを、背に国王の激昂した大声を浴びながら、その場に立ち尽くすのみであった。

 ユートは五体満足で、この国からいなくなったのだ。


 それからのユートは、波乱万丈な毎日の連続であった。

 まず第一に、ユートはガナ王国に従属する国すべてに指名手配された。デッド オア アライブ、生死問わずの文言を添えられ、捕らえた者には報酬として百万ガナが与えられると。

 何度かユートを襲いに来る盗賊、冒険者などがいたが、ユートはそのすべてを退けた。

 ……退けたというのには、語弊がある。

 ユートは魔獣に襲われている地域を拠点として、そこで魔獣を狩って日々の食料を手に入れるという生活をしていたのだ。

 そのような場所に攻め込むのは割に合わないと兵士たちは考え、冒険者も魔人を倒したユートと魔獣両方を相手取ることはリスクが高いとあきらめる。

 盗賊は思慮の足りないゆえにユートを的にかけるも、所詮は真っ当な道を歩むことのできなかった者たち、ユートの敵ではない。

 向かってくる敵はユートにとって脅威にはなりえない者たち。脅威になりうる敵はそこまでユートを倒そうとは考えていないゆえに、今日まで生きながらえたのだ。


 時間はさらに経過し、一年ほど経過した時だろうか。ユートは誰にも勝てない存在へとその力を昇華していた。

 来る日も来る日も魔獣との命がけの戦闘。そんな生活がユートに無敵の力を与えたのだ。もはや人間の中にユートに勝てるものは存在しなく、魔獣もユートに勝てる知能や技を持った存在はいない。

 死の瀬戸際に身を置き続けたユートは、誰も登りうることのできなかった高みへと到達していたのだ。

 そんな高みに到達していたとしても人間は人間、魔獣の肉を喰らい、たまに盗賊から食料を奪うだけでは栄養が足りない。体力は徐々に落ちて行くばかりだ。

 ユートは金になりそうなものを盗賊たちから奪ったり、魔獣から剥ぎ取ったりなどをして街へと降りた。久しぶりの街、薄汚れたユートを歓迎するものは誰一人として……


「あなた、もしかしてユートさんですか?」


 いた。

 その男の名はソルド、裏社会を生きる闇の人間だ。

 金さえ積めばどのような悪時にも手を染める、そんな感性を持つソルドは、罪人として煙たがれるユートに打算的に近づき、格安で家を提供し、ギルドでの活動も出来るようにした。

 これでユートの生活はある程度安定した。

 実力ゆえに誰も討伐に来ない、ソルドの手引きのおかげで金を稼ぐ手段を手に入れた。

 普通の人間から見れば毎日が今際の際のユートの生活も、ユート自身は安定した生活が出来ると受け入れていた。

 ここで、この街で、ユートは一人ひっそりと生きていくことを決めたのだ。

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