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冷たい目の男と虚ろな目の女

 凍える風が吹く寒い日だった。

 いつも通りの作業を終え、街の端にある自宅へと向かう一人の青年、名はユート。

 何も変わらない毎日、平穏そのものである自身の日常に何の不満も持ち合わせておらず、喜びを抱くこともなかった。

 特に楽しくもなく、苦しくもない、無意味に過ぎてゆく時間を惜しむこともなく、淡々と過ごしている毎日だった。

 だが今日、この凍える夜の日に、彼の日常は変わる。

 ある一人の少女によって。


「……そんなところで、何してるんだ?」


 家の近くのゴミ捨て場にその少女はいた。

 顔も体も傷だらけ、髪もボサボサ服もボロボロ、とても普通の女の子の格好ではなかった。

 普通の男ならば、何も考えることなくその少女の身を案じ、抱きかかえていたことだろう。

 だがユートは、声をかけただけで何の行動を起こそうともしない。

 ただ呼びかけるだけで、身を抱えることなどはしない。

 そして少女もまた、その呼びかけに救いを求めようとしなかった。

 意識はある。その瞳はユートを捉え、確実に認識している。

 自分は傷ついている。指一つ動かすことにすら激痛を伴うほどに、危機的状況にある。

 それでも、少女は彼に助けを求めることなどしなかった。

 虚ろな瞳で彼を見つめるだけ、声一つあげることもしなかった。

 彼に助けるつもりはなかったし、彼女もまた助けてもらう気などなかった。

 ユートはこの場を後にし、少女はこの場で息絶える。

 そう、なるはずだった。


「……なに……を……?」


 少女の体をユートは抱きかかえた。

 無表情で、心配する素振りなど全く見せずに、少女を自分の家まで運んだ。


     *


 ユートは自分で自分が分からなかった。

 助けるつもりなど毛頭なく、見捨てても問題ないとさえ判断していた。

 この少女が息絶えようと自身に非は全くなく、誰に非難されることなどないことは、重々承知していた。それなのにユートは少女を助けた。

 そして少女もまた、自分がなぜ助けられたのか分からなかった。

 少女は自分が助けられることがない理由を知っていた。その理由をユートが気付いていることを知っていた。

 自らを見るユートの目の冷たさが、自分の正体について知っているということを少女に確信させていた。

 なのにユートは助けた。柔らかなベッドの上に寝かせてまでくれた。

 その理由を少女は、問いただせずにはいられなかった。


「あ……な……」


 声を出そうにも、喉がかすれてうまく言葉にできない。

 疲労と喉の渇きが、少女から言葉を奪っている。

 それでも湧きあがる疑念を晴らそうと、懸命に声を絞りだそうと試みる。


「な……んで……ゴホッ!」


 無理に声を出そうとして、少女はせき込みだした。

 それを見たユートは、無言で一杯の水を差し出す。

 何の変哲もない、川から汲んで煮沸殺菌した、綺麗な水だ。


「…………」


 少女は水を見つめる。見た目は何の変哲もないただの水だ。なのに、水にすら疑惑がある。

 殺すつもりなら部屋にあげたりなどしない、そんな当然の理屈は頭では理解している。それでも、目の前の青年には何か魂胆があるのではないかと、疑わずにはいられない。

 数十秒、水を見つめる少女をユートもまた見つめる。

 無言で、しかし「その水を飲まないのか?」そう語り掛けているような目を少女に向ける。

 やがて根負けしたのか、少女は意を決して渡された水を飲む。

 初めは一口、口に含む程度だった。だが渇ききった喉に中途半端な潤いを与えたことにより、少女はもう止まれない。

 ただの一口は引き金となり、コップの中になみなみと入っている水を、一気に飲み干させる。


「プハッ……」


 気持ちよさそうな声をあげ、飲み干したコップをユートに手渡す少女。

 渇いた喉が潤い、全身に苦痛を感じつつも、少女はユートに問いただす。


「どうして……私を助けたの?」


 少女には信じられることではなかった。

 自分という存在の本質を知ったユートが助けた理由が、まるで見当がつかない。

 どんな理由があって助けられたのかが、まるで分からない。

 知りたい。

 それがどれだけ打算的な物であったとしても、助ける理由たり得るのなら、少女は安心できる。ユートの救いに納得が出来る。

 そんな理由など、ユートにすら知りえないのに。


「お前を助けた理由は…………俺にもわからない」


「な……にを! そんなことあるわけない!」


 ユートの予想外かつ無責任な発言に、少女は体に走る激痛を無視して怒鳴りつける。


 何の理由もない? ならば善意で助けた? そんなはずはない!


 ただの善意だけの助けなどありえないと、少女は確信して言えた。

 それだけは決してありえるはずがないと、絶対の自信がある。

 なぜならば……


「私は……魔族よ! それも人が闇に落ちて魔人になった存在とは違う、生粋の魔族! 気付いてるんでしょ!」


「……ああ」


 少女はユートとは違う。それは性差などという小さなことではない。

 種族が違う。自分とは根本的に別の存在なのだ。そのことをユートは気付いていた。

 ならば、ユートが魔族の少女を助けることなどありえない。

 善意でも同情でも哀れみでも、何を感じたのだとしても、それだけは絶対にありえない。

 どれだけちっぽけな内容だとしても、打算があるはずなのだ。無くてはならないのだ。

 それほど、魔族を助ける人間など非常識だった。


「あなたはどうして……! ゴホッ、ゴホッ!」


 声を荒げた少女はまだ喉が本調子でないのか、咳を繰り返す。

 何度も何度も繰り返し、ユートの目にはほんの薄っすらとだが血も見えた。


「今日はもう休め。話なら明日してやる」


「また……!」


 ユートのやさしさゆえの行動に、少女は怒りを隠せない。

 自身に対してはありえるはずもないやさしさを、何の臆面もなく振りまくその偽善者の顔が、少女をイラつかせる。疑わせる。不愉快にさせる。

 そして……悲しませる。

 少女はユートに呼びかけ、幾度となく説明を求めた。

 口から血を出そうと、身体に痛みが走ろうと、そのすべてを無視し続け、ユートの真意を知ろうした。

 だがユートは、


「今日はもう寝ろ」


 それだけを言い、少女の呼びかけを無視した。

 あまりにも身勝手な振舞いは少女の怒りを臨界にまで達せさせる。

 今すぐ起き上がって、あの偽善者の顔をはたいてやろうと、軋む体に鞭を打って力を入れようとした。

 だが体は動かず、立つことはおろか、こぶしを握ることすらおぼつかない。

 やがて少女は全身を駆け巡る激痛からか、それとも疲労からか、意識を失いつつあった。

 それでも、意識が完全になくなるまで、ユートに対して言葉を放とうとし続けた。


「ど……して、そんな、冷たい……目で、助け……るの……」


 少女の声はユートに届くことなく、意識が遠のき、視界が暗転する。

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