EP02 異世界の初仕事。その10
女性型魔族の一種であるサキュバスは夢魔、或いは淫魔なんて呼ばれる場合がある。
そんなワケだから外見年齢、衣服、スリーサイズなどなど標的の好みに合わせて変化させ惑わせるなんて朝飯前なんだろう。
とまあ、それをマリウスが見本とばかりにやってみせるのだった。
だ、だが……。
「ちょ、無理するなって言いたくなる服だな」
「う、うん、マリウスの外見年齢を考えると絶対、無理してる感が強いよね……」
「水色のワンピースと白いエプロン、それに大きな黒いリボン……」
「なんだァ、俺がこういう可愛い服を着ちゃ駄目だって言うのかァ!」
「い、いや、そういうワケでは……」
「フン、まあいいさ。つーか、メディエリカ、お前も同じ趣味があったとはねぇ☆」
「え、同じ趣味!? わお、マリウスと同じく服をいつの間にか着ている……あ、ああ、己の魔力でつくったってヤツか? でも、こんな服を想像しちゃいないんだけどなぁ……」
「うーん、メディエリカもだが、お前らやマリウスは美人だ。しかし、如何にも無理をしているって感じが強いぞ」
「あ、兄貴、無理しているって? ううーむ……」
む、無意識だ……無意識だってっつうの!
そうじゃなかったら、水色のワンピースの上からフリルがいっぱいついた白いエプロンといった某童話の女のコが着ていたような可愛らしい服なんざァ誰が着るかっつうの!
ああ、俺自身は硬派なつもりだっただけに、今の格好はある意味で全裸より恥ずかしいかも……。
「ん、盗賊団の頭目がぶっ倒れているぞ!?」
「ちょ、頭目の周りにいる子分達も倒れている!」
「あ、あのリリムさんっていう竜娘が盗賊団を全員、倒しちゃったみたいッス」
「えええ、いつの間にィ!?」
「まったく、あの竜娘に盗賊団を先に討伐されちゃったじゃん! 真面目に仕事をしてよねェェェ~~~!」
俺が服装の事でどうのこうのとやっている間に、あのリリムがアインゼルン神殿遺跡に巣食う盗賊共を全員、再起不能に追い込んでいたようだ。
ちょ、もしかして奴らの討伐という仕事を横取りされたカタチとなったのか!?
なるほど、だから俺達の依頼主である考古学者のエリザベートが怒っているワケだ。
「お、おい、何が起きたんだ! 見ていた事を話せよ、ヤス!」
「ふえええ、襟首を掴まないでくれッス! と、とりあえず語るッス。ええと、リリムさんが大きく息を吸って、そして盗賊共に向けてプハーッと吐き出したッス! そ、それから間もなくなんスよ、アイツらが突然、苦しみ出してぶっ倒れたのは――」
「突然、倒れた…だと…!?」
「そうなんスよ。だから、何が起きたのか、私にはさっぱりなんスよォ!」
さて、盗賊団の一部――頭目とその周辺のいた子分が、突然、倒れたってヤスが語る。
ヤスは一部始終、見ていたようだけど、何が起きたのか、彼女にもわからない様子である。
リリムが大きく息を吸って、盗賊団の頭目らに向けて吐き出したって言っていたな――で、その直後に奴らが苦しみながら倒れた、と。
「多分、火竜だな、アイツ……」
「火竜? 火を吐くドラゴンってか?」
「ああ、その通りだ。んで、火山に火口に住んでいる類でね」
「むう、じゃあ、そこから考えると、アイツが吐き出したのは火山ガスと成分が同じ竜吐息かも……」
「ん、竜吐息はわかるんスけど、火山ガスってなんスかね?」
「そうだなァ、ありていに言うと火山から湧き出す瘴気みたいなモンだよ。成分等の詳しい事はわからんけど、そんな火山ガスを吸った動物や人間が、その場で中毒死する場合もあるらしい」
「へえ、そうなんスか! じゃあ、この変な臭いって……」
「あ、ああ、多分、間違いねぇ! 離れろ……近寄ったら俺達まで被害を受けるかもしれん!」
リリムは有毒な火山ガスと同じ成分の吐息を吐いたのか!?
一酸化炭素に硫化水素、オマケにアンモニアとかメタンガスとか――成分に関してはチンプンカンプンだけど、アレを吸ったら、その場で中毒死する場合があるって話を聞いた事があるぞ!
まったく、リリムはトンでもない事を――く、彼女の周囲から離れよう!
大分、薄れてはいるけど、リリムが吐き出した竜吐息――火山ガスの刺激臭が残っているしね!
「うう、ガスマスクが欲しいところだぜ」
「ん、なんだ、そりゃ? 食べ物の事か?」
「食べ物なワケがない。むしろ防具だ。今のような場面に直面したら必要不可欠になるモノだよ」
「そ、そうなのか? そりゃ残念……」
「まったくゥ、兄貴は自分の知らない物事をなんでも食べ物に結びつける食いしん坊ッス」
「そ、それはともかく、リリムが勇者の剣の柄を握っている!」
「勇者の剣を引っこ抜く気だ!」
「ニャハハハ~☆ 勇者の剣はいただきよ!」
気づけば、盗賊共の姿は消え失せている。
生死不明の状態である頭目+αの姿を見て湧きあがった恐怖心から逃げ出したのだろう。
さて、火山ガスとまったく同じ成分の有毒ガスを撒き散らせたリリムが狙う次なる標的は、超巨大柱の根元に突き刺さった勇者の剣である。
「お、何も起きないわね! ンじゃ、遠慮なく……ウ、ウギャーッ!」
「え、えええ、何が起きたんだァ!? リリムの身体がドラゴンに戻って……ん、んん、小さくなったぞ!」
うお、何が起きたんだァ!? 勇者の剣の柄を握った途端、リリムの身体が白いワンピース姿のピンク色の長い髪の十五、六歳くらいの少女といった人間の姿から元のドラゴンの姿に戻る――が、随分と小さいな……猫くらいの大きさの小さなドラゴンだったか、アイツ?
「馬鹿めーッ! 資格なきモノにソイツを引き抜けるか! グハハハ、力を奪われるのが関の山だ……!」
「頭目が復活したッス!」
「ち、力が奪われる…ですって…!? ちょ、どういう事ーッ!」
むう、中毒死した筈の頭目が立ちあがり、そう叫ぶと再び仰向けにぶっ倒れるのだった。
なるほどォ、本当か嘘かは知らないが、リリムには勇者の資格がない――故に、元のドラゴンの姿に戻ってしまった上に、力を奪われ猫ほどの大きさの小さなドラゴンの姿になってしまったようだ。