28 友との誓い
カントリー南方のビル街。サンボルトーグ雷竜騎士隊総隊長のアークと対峙する、幼じみのノールが出現させた数多の魔物と銀兵。その猛威はカントリー全土に牙を向いていた。
体長十メートルを優に超える大蜘蛛、巨狼、大蛇、巨大カマキリは、その巨体で次々と国のあらゆるモノを破壊し、銀兵は各所に散らばり魔物の駆除に当たっていた各国の者達に襲い掛かった。
対する各国の討伐に当たっている者達は少しずつだが、確実に追い詰められている。新たな巨大な魔物は強力で、数十人が束にならなければ対処が出来ず、銀剣で攻撃してくる銀兵の動くは早く、数人がかりでなければ、対処できない。
更に厄介なのがその数だ。カントリー全土に現れた魔物と銀兵の総数は二十万を優に超える大群。対する各国の討伐に当たる数は総数二万弱。数でも力でも押される各国勢力は、自然と後退させられ、一般人達が避難している中枢管理塔に近づいている。
そんな圧倒的に不利な状況でも何とか均衡を保ってられるのは、竜王の加護を持つ各国代表達が一騎当千の活躍をしているからだ。彼らは単純に一般兵士と比べると、十倍以上の力を持つ。その力を遺憾なく発揮し、獅子奮迅の活躍を見せる各国代表達。
しかし、彼らとて人だ。皆を助ける為に力を使い続ければ当然疲弊していく。今のところは、森人エルフ達が作る魔力回復薬ポーションのおかげで何とか魔力切れだけは避けている。
恐人でありリザードマンであるガオウは、持ち前の身体能力の高さを生かし、巨体の魔物を豪腕で吹き飛ばし、強力な豪炎で次々と焼き払う。実を言えば、身体能力、耐久力だけで言えば、恐人である彼らに並ぶ者は人には存在しない。その為か、彼らは剣などの武器を好まず、肉弾戦を好む節がある。
海人であるホエールンは大量の水を出し、周囲一帯を池の様な状態に変え、自身の身体能力を上昇させると、水の波に乗りトライデントの形をした矛で魔物を切り裂き、次々と強力な冷気で氷のオブジェを築き上げる。
空人であり、唯一魔法を使わず空を飛べる種族のウィンダは、持ち前の機動力を生かし、上空から異能『羽操師』を用意て、無限に生え変わる自身の羽を針の豪雨の如く放ち魔物を貫き、強力な風魔法で吹き飛ばす。
森人であり、魔法の才能がずば抜けているエルフのシェールは、地属性以外の数多の魔法も容易に使い、有効的な戦法を取ると、異能『木操師』で大樹を出現させ、一箇所に集めた魔物達を拘束し、魔法で止めを刺す。
ユイ達の元から離れ、ノールを探していたヴィクトールも、魔物と銀兵の駆除をしている。黒き全身鎧に雷を纏ったヴィクトールは、凄まじい速度で瞬時に距離を詰め、超高速の抜刀術で次々と魔物を切り刻む。
五人の目覚しい活躍。だが、一人また一人と確実に兵士達は力ついて行く。その兵士達を見捨てる事なく、助けて避難させるが故に、戦況はどんどん悪い方向へと進む。
そんな戦法を続ける事、約二十分。気づけば各勢力は互いが確認出来る位置まで後退させられ、一般民が避難している中枢管理塔の近くに居る。
これ以上後退する訳には行かない。しかし、単独で相手を上回るのは竜王の加護を持つ五人のみ。そんな彼らも一騎当千の活躍をしていた為、体力が限界に近い。
その状況に置いても、まだまだ襲い掛かって来る巨大な魔物と銀兵達。辺りを見渡せば、多くの巨大な建物が倒壊させられ、綺麗に整地されていた石英の道は穴だらけ。昨日までの近代的なカントリーが嘘に思える様な光景が広がっている。
避難している一般人達も、数多の轟音が響き、外で戦っている兵士達の鼓舞する叫びが聞こえ、危機がまじかに迫っている事を把握している。誰もが頭の片隅に、災厄の状況を思い描く局面。
そんな時、中枢管理塔最上階上空からカントリー全土に声が響き渡る。
「各国の兵士の方々退避を願います! カントリー全土の一般人の避難を確認したので、これより我らが殲滅戦を開始します! 各員配置次第、戦闘開始!」
「「「「了解!」」」」
上空の男からの勇ましい指示に、力強い返答が聞こえると、各勢力の最前線に黒いオーバコートを纏った者達が現れる。その後ろ姿を見た者達は思い出す。この国には今、新たな竜に選ばれた強者達が居た事を。そう、プロシーの家族だ。
そして、彼らを見る者達は直ぐに驚愕する事になった。プロシーの家族達は、先ほどまで各勢力が苦戦していた魔物と銀兵を、圧倒的な殲滅力で簡単に屠る。
殲滅戦、それが意味するのは、加減をしない全力攻撃。プロシーと過ごした三ヶ月あまりの日々により、毎日成長し続ける気の活性量。プロシーが皆を守る為に作った数多の強力なオリジナル魔法。エメラルドトマトの摂取による気と魔力の最大値の上昇。各個人専用の武器と、傷を付けるのが困難な防御服。
それらを兼ね備えたプロシーの家族の全力攻撃は、竜王の加護を持つ者達より、遥かに強力で凄まじい。魔法と一括りにすれば同じはずだが、その威力と規模は桁違い、一撃で何百という数を容易く屠る。
更に最大限に気を収縮した青く輝く衝撃波の球体”剛気爆裂波”は、周辺の地形ごと全てを吹き飛ばす正に破壊の権化の様な威力。そして、全員が常人では、絶対に視認出来ない圧倒的身体能力を誇り、全力の拳打を放とうものなら、それだけで簡単に複数の魔物は木っ端微塵と化す。
殲滅戦に出撃したのは、町の精鋭十人。各勢力の前に二人が陣取り、信じられない速度で次々と魔物を屠る。開始わずか三十秒あまり。約十二万近くいた魔物と銀兵の群れは、周囲の建物と共に跡形も無く消えてなくなり、殲滅戦は終了した。
その光景に各勢力と、中枢管理塔の窓ガラスから見ていた者達は、皆がポカーンと口を大きく開け放心状態だ。各代表達も例外ではない。見ていた誰もが思う。何だその異常な力はと。ここまで自分達と力の差があるのかと。新しき竜が異常な事も、その恩恵が凄いとも思っていたが、まさか、これほどとは誰もが思っていなかった。
皆が皆、真に理解する。新たに現れた小さなモフモフ竜、プロシーの凄まじさを。経った三ヶ月で、この世界の力関係は完全に入れ替わった。もはや、加護無しは最弱ではない。人の中ではこの世界最強の存在だと。そう全員の心に刻んだ出来事であった。
それから少し経ち、先ほど指示を出した町の町長ゼダの指示で、プロシーの家族達により、怪我人と疲弊した者達にエメラルドトマトが支給された。誰もが驚いたのは、エメラルドトマトの凄まじさだ。一口食べるだけで、先ほどまで死にそうな程だった疲労感が吹き飛び、誰もが元気になり、魔力も体力も全回復してしまったのだから。
誰もがその美味しさと、凄まじさから絶対にトマトではないと思うが、誰もそれを指摘したりはしない。どれだけ疑問に思おうとも、絶大な力を持ったプロシーがトマトと言えば、それは絶対にトマトなのである。プロシーが愛してやまないエメラルドトマトを、トマトでないと指摘する様な命知らずは、今のところ以前怖い目にあったヴィクトールだけだ。
皆が回復し、ほとんどの者が各々休憩する中、ヴィクトールを除く各代表と、ゼダは中枢管理塔の会議室に集まり話をしていた。
「ゼダ殿、ご助力感謝する。貴殿達が居なければ、恐らく我らは殺られていた」
「俺からも礼を言う。本当に助かった」
「ゼダ殿達はミー達の命の恩人なんだルン。絶対にこの恩は忘れないんルン」
「わたくしからもお礼を申し上げます。本当にありがとうございました」
「皆さん頭を上げて下さい。これもプロシー様の指示ですから」
頭を深々と下げるウィンダ、ガオウ、ホエールン、シェールにそう告げたゼダ。頭を上げたシェールは、訝しげな表情でゼダに問う。
「プロシー様の指示はどの様なモノだったのですか?」
「それはですね、皆の安全を最優先に行動しろとの指示です。何時もの私達の町でしたら、住民達の安全の確保と敵対者の殲滅ですが、今回はカントリー中の人々の安全を考慮した結果、私達は散らばってカントリーを捜索していたので、参戦が少し遅れてしまいました。その点は謝罪します」
「ゼダ殿、頭を上げて下さい。本来であれば、それこそわたくし達がしなければならない事を、代わりにしていただいたのですから、こちらがお礼を言うのが筋です。重ね重ねありがとうございます」
「ゼダ殿、シェール殿の言う通りだ。こちらが感謝する事があっても、謝罪する必要はない」
「だな。結果としても、ゼダ殿達の行動で、死者が出なかった。これは誇って良い事だぜ」
「そうだルン。ゼダ殿達は間違ってないルン」
ゼダ達が被害報告など確認して、そんな話をしている頃、ヴィクトールはとある場所に向かって、全力で空中を飛行していた。その場所とはカントリー南方のビル街。未だに帰って来ない、アークの確認に向かっているのだ。
ヴィクトールが駆けつけた時には、ジータとアークが別れた後で、状況を確認したヴィクトールは、一般人の安全を優先し、ジータ達と共に魔物と銀兵の討伐に加わった。雷竜王の加護を持ち、重大な責任を持つヴィクトールとしては、当然の行動だ。
しかし、ヴィクトール個人としては、苦渋の決断だった。出来ればアークを助けてから、皆と合流したかったのだ。だが、そんな個人の感情を優先できない事はヴィクトールも理解している。だからこそ、脅威が去った今、急いでアークの元へ向かっている。
夜空を青白い雷を纏って移動すること約一分。到着したヴィクトールが上空から見たのは、ボロボロの姿のアークと、同じ様な姿のノールが、隣で横たわっている光景だった。
***
時はアークとノールが対峙した時に遡る。アークは『大雷装纏』で身体を強化して、ノールに一直戦に迫る。ノールを気絶させる考えのアークは、速度で翻弄して強力な一撃で意識を刈り取る算段だ。
ノール自身が言っていた通り、ノールには魔法の才能がほとんど無い。それ即ち、加護の適性もほとんど無いと同じで、雷耐性がほとんど無いと言う事だ。雷竜王から授けられし、雷の加護の最大のメリットは、リスク無く自身の体を強化出来ること。
それが出来るからこそ、人間は全種族最速の存在と認識されている。よって、雷耐性がほぼ無いノールは、雷で身体強化ができない訳で、速度においては自分が圧倒的に有利だと、アークは考えていた。
しかし、そんなアークの考えは直ぐに間違えだと理解させられた。アークはノールの背後に回り込み、首筋に手刀を叩き込む予定だったのだが、ノールはそれを容易く躱したのだ。自身の全速力の攻撃を躱された。それには、驚きを隠せないアーク。そんなアークに、一定の距離を取り止まったノールは、ニヤニヤした笑みを浮かべ。
「おやおや〜どうしたのかな〜アーク君〜。動きが止まってると危ないよ〜」
ノールが楽しそうな声でそう告げた瞬間。
「ぐっ⁉︎」
と、痛みに耐える声を上げるアーク。アークはその場から後退しながら、痛みがする左腕を確認する。堅牢に見える黒い鎧に鋭利な刃物で切った様な傷痕があり、そこから真っ赤な血が、タラタラと下に垂れている。
その事にアークは驚きを隠せない。攻撃が見えなかった事と、堅牢なオリハルコンの鎧が傷ついたからだ。
オリハルコンとは、この世界で確認されている鉱石の中で最も硬く、装備すると不思議と身体能力、魔力が上昇する鉱石だ。オリハルコンは希少で、各国の位の高い者など、一部しか出回っておらず、オリハルコンを使った装備を宝石装備とも言う。
ユイ達が使っている漆黒の武器も、同じオリハルコン製である。最も、同じと言ってもその効果が同じという訳ではないが。
そんなオリハルコンを容易く切り裂く見えない攻撃。アークは警戒心を最大にして、ノールから距離を取りつつ、旋回して様子を伺う。アークの取った行動は、サンボルトーグで必ず学ぶ、戦闘術の初歩中の初歩の戦法。
未知には原点で対処。ある意味、真面目なアークらしい対応。そんな警戒するアークに、面白そうに笑うノールは。
「あらら〜アーク君は予想通りでつまらないなぁ〜。じゃ、こう言うのはどうかなぁ〜」
呑気なそんな声が終わると、高速で旋回するアークを囲む様に、地面から黒い薄いモノが壁の様にそびえ立つ。動きを止められたアークは、円柱の黒い壁に向かい、雷上級魔法『雷砲』を放つ。
激しい雷鳴を轟かす青白い雷の閃光は、一直線に黒い壁に当たると、吸い込まれる様に消えて無くなり、突如、アークの後ろから雷鳴が響き渡る。
アークは咄嗟に『飛翔』の魔法を使い、上空に逃げる。アークが回避した閃光は、さっきと同じく、吸い込まれる様に消えて無くなると、黒い円柱の中のアークを狙い澄ました様に放たれる。アークは幾度となく繰り返される攻撃を紙一重で躱しながら、黒い円柱の更に上空へ退避する。
アークが周囲を確認する為、上空で止まった瞬間、待ってましたと言わんばかりに、ノールが空中に現れ、アークの腹に強烈な右回し蹴りを叩き込む。
「ぐっはぁ!」
苦痛の声を鳴らしたアークは、くの字になりながらガラス張りのビルの二階に突っ込む。強化ガラスを容易く割り、会議室の様な部屋の壁にドォン! と、激しい衝突音を鳴らして、前掛かりに倒れ込むアーク。オリハルコンの黒い腹部の鎧は、大きな亀裂が入り、もう一度攻撃を受ければ、砕ける程耐久度は下がっている。
あまりの衝撃で苦しそうにうつ伏せになるアーク。何とか意識を保っている状態のアークに、いつの間にか、近くに移動していたノールが、更に追い討ちを掛けるべく、アークを左手一本で軽々と持ち上げ、ヒビが入っている壁に寄りかけさせる。
ニヤァと楽しげに下卑た笑みを浮かべるノールは、両腕でボクシングのラッシュの様な拳打の嵐をアークに浴びせる。ノールの一撃は大岩を容易く破壊するほど重い。そんな強烈な連打を浴びたアークは「ぐぅ⁉︎」と、悲痛の声を上げながら、なす術なく受け続ける。
意識が朦朧となり、オリハルコンの鎧が粉々に砕かれ、大量の血反吐を吐くアーク。それでもアークは、ギリギリ意識を保っている。いや、正確に言えば、意識を保てる様に加減された攻撃を受け続けているのだ。
激しい拳打を約二百発撃ち込んだ時、ノールは殴るの止めた。加減されたと言っても、アークの体は骨が折れたり、ヒビが入ったりと満身創痍。サンボルトーグ、ナンバーワンのイケメンの顔は、無数の青アザが出来、腫れ上がっている。
立っている事さえままならないアークは、前かがみに倒れ込むが、それを阻害する様に、薄い黒いモノがアークの体に纏わり付き、十字架の様に拘束して立たせ、休む事を許さない。
「ふふふ、はぁはっはっはは‼︎ 言い様だなアーク‼︎ 俺は今、最高に愉快な気分だぞ‼︎ おっと、まだ楽には死なせないぞ‼︎ お前には同期を代表して、たっぷり苦痛を味わってもらわないとな‼︎ さてさて、次はどうしてやろうか。お前の気に入らないイメケン顏を切り刻むのも良いな」
激しく歪ませた表情で、楽しげに叫んだノールが、次はどうやって苦しませるか思案をしていると、虫の息のアークが、真っ直ぐノールを見て消え入りそうな小さな声で言う。
「の、ノール。……こ、こんな……事はよせ。……意味はない」
身体中ボロボロにされ、今にも殺されろうになりながらも、アークはノールに説得を試みる。自身が助かる為ではなく、道を踏み外した幼なじみを止める為に。
ノールの力は未だに不明で、純粋な力でも自身を上回ると認めたアーク。それでもだ。それでも、アークは絶対にノールが勝てない存在を知っている。勝とうとするその意思が、無意味の様な、格が違う存在を。かつて、家族に手を出され、その逆鱗に触れたが故に、凄まじい破壊と恐怖を世界にもたらした一匹の竜を。
その話をヴィクトールから聞き、コロシアム会場で目の当たりにしたプロシーの力。かなりの加減をされたその一撃は、人類を吹き飛ばすには十分な威力だった。そんな存在にノールが勝てるはずがない。そう思うからこそ、アークはノールを止めようとしている。
かつての幼なじみを救おうとするアークの言葉。しかし、そんなアークの言葉はノールには届かない。善意しかないその言葉は、むしろ、怒りをかい、ノールの表情は鬼の様な形相と化す。ノールは憎々しげにアークを睨みながら、怒りを感じされる低い声で告げる。
「お前も俺を認めないんだな。これだけ一方的にボロボロにされても、俺の力を否定するんだな。お前は違うと思っていたが、もう良い。死ねアーク」
「ぐぅぁぁぁぁぁああああー‼︎」
ノールが告げ終わった瞬間、アークはあまりの痛みから絶叫する。アークを苦しませる、体に巻きつく薄い黒いモノは凄まじい力で締め付ける。血反吐を吐きながら、絶叫するアーク。その光景を満足気な笑みを浮かべ見守るノールは、高々に叫ぶ。
「良いぞ‼︎ もっとだ‼︎ もっと叫べ‼︎ もっと苦しめ‼︎ もっと苦しんで俺と同じ痛みを感じろ‼︎ そして、死ね‼︎ お前達に生きる価値などないんだよ‼︎ はぁははははは‼︎」
ノールは狂った様に笑う。いや、既に彼は狂っている。自身の境遇に絶望したノールは、力を得てから考えていた事はただ一つ。それは復讐だ。自身を苦しめた者は当然として、裕福な者、恵まれた者、彼はこの世の全てを恨んでいる。
自分が苦しんだのだから、他の者にも苦しみを味あわせる。それがノールがしたい事。今まで感じてきた劣等感が爆発したノールに、もはや言葉は通用しない。言葉とは、話を聞く気がある者にしか伝わらないのだから。
苦しみ叫び続けるアーク。もはや、アークの命は風前の灯火。後少しで、アークは窒息して死ぬ。その事が分かるこそ、ノールは楽し気に笑いながら「死ね! 死ね!」と愉快に叫ぶ。そんなノールだが、突如、右脇腹に強烈な痛みを感じ「っ⁉︎」と、悶絶しながら凄まじい速度で吹き飛び、建物の中の壁を破壊しながら外に弾き出される。
ノールが居なくなった事により、アークに纏わり付いていた黒いモノが消える。アークは力なく後ろに倒れ込み、壁に背を付け座る状態になる。
いつ途切れてもおかしくない、ギリギリの意識の中、アークは前を見て、美しい右足を上げている銀髪美女に、お礼を呟こうとしたが、その前に無理やり口の中に、ある飲み物を流し込まれる。抵抗する力など皆無のアークは、なされるがままだが、一口その飲み物を飲んだ瞬間、途絶えそうだった意識がハッキリして、身体中の傷が見る見る内に治り、痛みが次第に和らいでいく。
その事に一瞬驚いたアークだったが、助けてくれた目の前の恩人に言う。
「ロンロさん、クリスさん、ユイさんでしたね。助かりました。ありがとうございます」
「いや、気にしなくて良いよ。それより大丈夫かい? かなり危ない状態だったと思うけど」
「ロンロさん、俺なら大丈夫ですよ。流石に全開ではありませんが、十分動けそうです」
「それは、良かったです。確か、アークさんでしたよね。アークさんはここで休んでいて下さい。後は私達がやりますから」
「……すいません、クリスさん。助けて貰っておいて、失礼ですが、ここは俺が任されたんです。それに、あいつは俺の幼馴染みですから、俺が止めます」
「アークさん、残念だけど、恐らくあの人は死ぬわよ。あなたが止めたとしてもね」
「な⁉︎ ……どういう事ですか?」
ユイに告げられた事に、一瞬目を大きく開き驚いたアークだったが、直ぐに冷静になり説明を求めた。慌てふためかない辺り、流石は騎士隊総隊長を任せられるだけはある様だ。ユイ達はカームから聞いた事を、アークに伝えた。
ユイ達から全てを聞いたアークは、ショックを受けた様な表情で「そうですか」と、呟く様な小さな声で言った。アークがそうなるのも無理もない事だ。友をどうやっても救えない事、尊敬していたカームが、あろう事か敵になっていたのだから。
俯き座りながら落ち込むアークだったが、突如、ユイ達の周辺にユラユラ動く黒い人形が二十体現れる。ユイ、ロンロ、クリスは、武器を既に構えており、臨戦態勢だ。そんなユイ達に、カツン、カツンと靴音を鳴らしながら歩いて近づいて来たノールは、怒りに満ちた表情で問う。
「お前ら何のつもりだ。何故、俺の邪魔をする? 力を付けたのなら、この世界を滅ぼせば良い。それだけの苦しみをお前達も受けて、感じてきたはずだ。どうして、俺の様に行動しない?」
「そんなの簡単よ。私は別にこの世界を恨んで無いからね。確かに、昔は酷い事や、悲しい事があったわ。けど、それだけじゃないもの。悲しみもあったけど、喜びもあったわ。それに、昔があったからこそ、今があるのよ。大切なプロシーに出会えた今がね」
「私もユイと同じだよ。生きてると、悲しい事も沢山あるけど、それだけじゃかったしね。愛する存在が出来た今は最高に楽しいよ」
「私もロンロ姉さんや、ユイちゃんと一緒で今が楽しいです。プロシーちゃんと過ごす毎日はワクワクで、最高なんですよ。そんな世界を私達が壊すわけないです」
ノールの問いに、ユイ、ロンロ、クリスは三者三様に答えた。その答えに、話す価値がないと決めたノールは、吐き捨てる様に叫ぶ。
「だったら死ね‼︎ お前達に生きる価値はない‼︎」
その言葉が開戦の合図となり、二十体の黒い人形がユイ達に襲いかかる。黒い人形は、人の形をしているが、両腕は刃物の様に鋭い形状だ。黒い人形達は細い体の割に、中々素早い速度。しかし、対するは、人の中で最速と言っても過言ではない三人だ。
三人は迫り来る黒い影に、ユイとロンロが剣と薙刀で切り裂き、クリスが風銃チャージライフルで金の弾丸を放ち、次々に打ち抜き瞬殺する。
あっという間に、二十体の人形が居なくなり、後はノールだけに思えたが、直ぐに人形達が何事もなかった様に、その場に復活した。
「バカめ! そいつらにいくら攻撃しても無駄だ! そいつらは俺が作った影の人形だからな! 無駄な抵抗をせず、さっさと死ね!」
嘲笑うかの様な表情で、そう叫んだノール。相手を殺す事しか考えていない、今のノールには、普通の判断力がない。先ほどの三人が見せた動きが、自身より遥かに凄まじかった事を気にしていないのだ。
速度に圧倒的な差があればどうなるか。そんなものは決まっている。一方的に攻撃にされるだけだ。抵抗などできずに、されるがままなのだ。
それを証明する様に、三人の中で、いや、人の中で最速のユイが瞬時にノールに近づき、黒い刻印手袋を装備している右手で、強烈な拳打をノールの顔面に叩き込む。
ユイの凄まじい威力の拳打を顔面に受けたノールは、鼻の骨が完全に砕け大量の鼻血を出し「ぐぅはぁ!」と、苦痛の声をあげながら、猛スピードで吹き飛ぶ。ノールは頭からガラスに突っ込み、破壊すると向かいにあるビルに突っ込んで更に破壊して突き進んで行く。
ユイは一瞬で殺さない様に、加減したのだが、それでも、その威力は凄まじかった様で、ノールは七つ目のビルでようやく止まり、力なく倒れ気絶した。黒い人形達は、ノールを吹き飛ばした瞬間に、既に消えて消滅していた。
結果としてノールを瞬殺したユイなのだが、自身の予想以上にやりすぎたので、少し反省しつつも、ロンロ達の方を見て、舌を少し出しながら。
「やっちゃった」
と、可愛く微笑んだ。その微笑みにアークはズキュン! と、ハートを撃ち抜かれ、はぁはぁと疲れた様な荒い息を整えている。そうとは知らないロンロとクリスは「大丈夫?」と、心配した表情でアークに尋ね、更にハートを打ち抜き、追い討ちをかけた。
助けられた恩人の絶世の美女と美少女にどぎまぎするアーク。「落ち着け、落ち着くんだ俺! 冷静になれ! 彼女達は恩人だ! 劣情を抱くな!」と、女性には慣れているはずのアークは、必死に自分に言い聞かせる。所謂吊り橋効果もあるのだろうが、三人はヴィクトールに負けない程の魅力がある美女と美少女の為、アークが困惑するのも無理はない。
それからしばらくして、回復仕切っていないアークと、ユイに殴られ気絶したノールは、ビルの外の石英の道路に並んで横たわり、月灯りに照らされている。この場には既にユイ達は居ない。ノールと二人になりたいという、アークの希望もあり、周囲に危険がないか確認した三人は、その場を離れてある場所に向かった。
未だに若干の痛みが全身に残るアークは、月を見上げながら一人呟く。
「なぁノール。お前を助けてやれなくてごめんな。昔、俺が気付いてやれれば、こんな事にはならなかったのにな。本当にごめんな」
辛そうな表情でそう言ったアーク。今のアークは今更どうしようもない事とは理解しつつも、過去の自分を責める。すると、先程まで気絶していたはずのノールが、丁度話を聞いていた様で、重々しく口を開く。
「ふん。お前の所為じゃねーよ。これも全てを恨んできた俺の結果だ。これから死ぬのも、俺が選んだ結果だ。後悔はしてねぇーよ。たくよ、なんなんだよ、あの異常な女共は。彼奴らさえいなければ、今頃は俺の天下だったのによ。本当、俺の人生は最後までついてねぇーよ」
機嫌の悪そうな表情でそう言ったノール。けれど、ノールの表情には、戦って居た時の様な下卑たモノは存在しない。死をまじかに感じたノールは、憑き物が落ちた様に、今まで常に感じていた復讐心が消えていた。
返答があった事に一瞬驚いたアークだったが、ノールの方に顔を向けて問う。
「ノール、俺に出来る事はあるか? 何かやり残した事はあるか?」
「……アーク、お前は本当に甘いな。お前を殺そうとした奴にそのセリフとは、反吐が出そうだ。お前に頼みたい事はねぇーよ。何もな」
「……そうか」
「……ただ、俺みたいな奴は、少なからずいるだろうから、お前が気にかけてやれよ。それに、サンボルトーグの腐った大貴族共を、さっさと殺すなり処分するなりした方が良いぞ。彼奴らは悪さしかしねぇーからな。彼奴らがやろうとした事を、あの怪物竜が知れば、また逆鱗に触れる事、間違いなしだ」
「……ああ。分かった。それくらい俺が動く。ノール、ありがとな」
「へっ、お前の為じゃねーよ。……どうせ死ぬから言うが、本当はもっと違う事をしたかった。人気者のお前みたいに、皆んなとワイワイ楽しく過ごしてみたかった。……なぁ、アーク。俺は何を間違ったんだろうな? どうすれば正解だったんだ?」
自身の時間が後少しと理解するノールの吐露。悲しげな表情での、人生最後の問い。その問いに、アークは直ぐには言葉を返せなかった。正解など分からないし、気付いても助けてもやれなかった後悔と罪悪感。そんな感情が渦巻くアークだが、何かを伝えなければと必死に考える。少ししても、考えが纏まらなかったが、時間がないアークは素直に言う。
「ノール、悪い。俺はお前の問いに答えてやれない。俺はお前が言う様な凄い奴じゃない。皆んなより色々出来る事が多かっただけなんだ。俺はな、逃げてただけの小心者だ。皆んなが良い人ばかりと自分に言い聞かせ、貴族とか色々な問題を直視してこなかった臆病者だ。本当はそんな事ばかりじゃないと知ってたんだけどな。……けどな、ノール。俺はお前に誓う。俺はもう逃げない。全部の問題に向き合う。今後、ノールの様に苦しむ人がいなくなる様に頑張るぞ」
「……そうか。ま、頑張れよ」
アークの言葉を聞き、薄れゆく意識の中、消え入りそうな声で返答したノール。返答したノールは、美しい月を眺めていた目をゆっくりと閉じた。同時に彼の人生も終わりを迎える。本来は優しい性格だったノール。他者からの蔑み、魔法の才能、数多の要因で歪んでしまった彼。だが、最後にアークと本音で会話したノールの表情は、とても健やかな表情をしていた。
幼なじみであり、友ノールの死。それを理解したアークの目から、大粒の涙が数滴溢れる。アークはノールに告げた事を、再度自身の中に深く刻む。今後、この様な出来事が起きない様にと。
そんなアークの元に雷鳴を響かせたヴィクトールがやって来る。頭部の鎧を外し、美しい金髪をバサァと出したヴィクトールに、心配そうな表情で「大丈夫?」と問われたアークは「大丈夫ですよ」と笑顔で伝えた。
それからアークはヴィクトールに話す。自身のこれからの目標を。友と誓った約束を。優しい微笑みで聞いているヴィクトールに全て伝えた。
アークの話が丁度終わった時、異変が起こる。カントリー上空を、いや、ガイアスラ全土の上空を覆う様な、超巨大な灰色の魔法陣が現れたのだった。




