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27 カームの選択

 コロシアム近隣の芝生が一面に敷き詰められた広場。そこで、かつて人類最強と謳われたカームと、プロシーと出会い力をつけた、ユイ、ロンロ、クリスの三人が対峙している。


 黒い外套を纏ったカームは、『大雷装纏』で身体を強化すると、ユイ、ロンロ、クリスに向け突進する。対する”剛気纏”状態のユイ達は、”剛天駆”を使いカーム以上の速度で後退し距離を取ると、三人揃って爆裂波を放つ。


 青く輝く衝撃波の球体は、凄まじい速度でカームに飛来したが、やはり一定の距離に近づくと、空中で止まり、光となって霧散する。


 それを確認した三人は、カームをトライアングルの様に囲み、両手をカームに向けて魔法を放つ。ユイが雷、ロンロが火、クリスが風系統の魔法を放った。三人の魔法は広範囲で高速だ。瞬く間にカームに飛来するが、一定の距離に近づくと、やはりピタリと止まり消えてしまう。


(魔法、銃弾、気の攻撃も効かない様だね。となると、威力を上げてあの能力の限界値を確認した方が良いかな)


 しばし、三人でカームに魔法、武器に気を纏わせた斬撃、クリスの風銃チャージライフルでの狙撃攻撃を加えつつ、ロンロがそんな事を考えていると、先ほどから止まって動いていないカームが。


「小娘ども、いくらやっても無駄だ。選ばし俺と、選ばれなかったお前達では格が違う。大人しく死を受け入れることだな。なに、案ずるな。お前達の家族も、あの竜もすぐに同じところに行く事になる」

「君はカームだっけ? 面白い冗談だね。少なくとも君達に私達を殺す事は出来ないから、問題ないよ」

「攻撃が効かないと分かっても、まだそんな戯言を言うか。ならば、力の違いを見せてやろう」


 そう言ったカームは、黒い外套を脱げ捨てる。その下には、ヴィクトール達と同じ、全身黒い鎧を纏っていた。カームは両手を大きく広げ、掌を真上に向ける。それから少しすると、両手の上に全長五メートルはあるであろう巨大な岩が現れる。


 カームはそれを勢いよく、ユイとクリス目掛けて投げた。まるで野球ボールの様に軽々しく投げられた巨大な岩は、凄まじい速度で二人に飛来した。しかし、ユイとクリスは特に慌てる事なく、難なく巨大な岩を躱して、ロンロの位置に瞬時に移動する。


 二人が躱した岩は、地面に激突するとバァァァアーーーン! と、凄まじい爆裂音を鳴らし、地面に大きなクレーターを作り、爆煙を上げる。


 攻撃を躱されたカームは、再度巨大な岩を出して、ロンロ達に目掛けて投げる。それに対し、射撃体勢をとっていたクリスが、ビュン! ビュン! と、引き金を二回引き、暴風により放たれた超高速の金の弾丸が岩に打ち込まれ、空中で爆音と共に爆発させる。


 爆煙が空中に浮遊する中、煙の中から突如金属が擦れる様な音と共に、青白い雷を帯びたおびただしい量の鎖が三人を襲う。


 普通の相手であれば、間違いなくカームの奇襲攻撃は成功している。しかし、気を習得している三人には”気配感知”がある。全てのモノには気が存在している為、奇襲攻撃など三人には通用しない。ユイとロンロは、青い気を纏わせた、漆黒の剣と薙刀で向かってくる大量の鎖を、容易く全て切り刻む。


 それには、流石のカームも驚いた様で、攻撃する事なく少しの間呆然と止まっている。そんなカームに今度はロンロが。


「今のところ、私達の攻撃も効かない様だけど、そっちの攻撃も効かないね。戦況は五分だと私は思うけど?」

「……確かにな。まさか、お前達がここまで出来るとは。間違いなく俺が戦った人の中では、お前達は群を抜いた強者だ。使えない屑共から奪った力で倒せると思っていたが、どうやら間違いだった様だな。ならば、俺本来の力で倒すまでだ!」


 そう告げたカームは、三人の視界から消える。移動速度が速く見えない訳ではなく、プロシーの空間転移の様に、突如消えたと言った方が正しい。


 三人が集中して警戒していると、突如上空にカームが現れる。不味いと思った三人が、瞬時に離脱すると、ほんの少し前まで、三人がいた芝生の上が、何かに切り取られた様に消えており、地面には大きな穴が出来た。


 その光景を確認したロンロが、バラバラの位置に退避したクリスとユイに。


「クリス! ユイ! 天駆でバラバラに旋回するよ! 絶対止まったらダメだよ!」

「「了解!」」


 ロンロの指示の後、三人の姿も消える。正確に言えば、あまりの速度に見えないと言った方が正しい。三人が超高速の動きで空中を駆け旋回していると。


 ズババァァァアアン!


 と、雷鳴と共に、無数の雷の閃光が下方から上空に放たれる。暗い夜空に流星の如く放たれた青白い閃光。その範囲は広く、空中で旋回している三人を容易に飲み込む。


 手応えがあるカームだったが、念の為に細心の注意で上空を見回していると、上空からお返しとばかりに、無数の青白い雷の閃光が地面に降り注ぎ、カームを飲み込む。


 カームに雷撃を叩き込んだ三人は、天駆での移動を止めて、一箇所に集まり大量の砂埃が舞い上がる下の様子を伺う。少しすると、雷を纏ったカームが、『飛翔』の魔法を使い砂埃を切り裂いて上空に向かって来る。


 対して上空にいた三人はカーム目掛けて、凄まじい速度で宙を駆け降下する。


「小娘ども血迷ったか! そんなに死にたければ殺してやる!」


 上昇するのを止めたカームは、宙に止まりそう叫ぶと、三人が能力圏内に入るのを待つ。その間も全く速度を衰えさせない三人は、一直戦にカームに向かう。三人が能力圏内に入ったのを感じたカームは超越スキル『絶対領域』を発動した。


 『絶対領域』は言わば、一定の空間を支配する様な権能だ。その能力の高さ故に、空間圏内では、如何なる攻撃も防ぎ、どんな防御も突破する破壊力があるとカームは自負している。カームはこの力を持って生まれたが故に、人相手には敗北した事がない。そう、人相手には。


 能力の発動=勝利。それがカームの当たり前な常識だ。今までに戦った人の中に、その常識を壊す者は居なかった。だからこそカームは、誰もが認める人類最強として、恐れ羨まれてきた。


 しかし、能力圏内に入ったはずの三人は、止まる事なくつき迫り、三人同時に天駆の速度のまま右足で、カームの腹に強烈な蹴りを叩き込んだ。メキメキと、鎧に亀裂が入り「っ‼︎」っと、あまりの威力に悶絶したカームは、くの字となり猛スピードで、地面に落下して行く。


 凄まじい速度で地面に衝突したカームの鎧のほとんどは、粉々に砕け散り残すは頭部を守る

鎧のみ。地面には巨大なクレーターが出来、大量の砂埃が舞い上がる。かなりのダメージを負ったカームだが、大量の血反吐を吐きながらも、意識はあり、四つん這いになる体勢になると、ガツンガツン! と地面を悔しさを打つける様に殴りつける。未だ砂埃が上空に舞う中、カームは怒声をあげる。


「何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ‼︎ 何故、俺の力が通用しない‼︎ 小娘共は竜王ではない‼︎ あんな怪物とは違う‼︎ 俺は人類最強だ‼︎ 俺が人に負けるはずがない‼︎ 選ばれた俺が、選ばれなかった加護無しに負ける訳がない‼︎」


 自身の右手を全力で何度も何度も地面に叩きつけながらそう叫んだカーム。唯一の頭部の鎧から、首の下へと血が滴り、右手は皮が裂け大量の血が出る。それでも、叫び続けるカームに、砂埃が無くなりいつの間にか近くに移動して三人が。


「あなたが勝てないのは当たり前よ。だって、私達の力は全て、プロシーが、私達の大事な家族で一番大切な竜が、私達を守る為に与えた力だもの。最初からあなたに勝ち目はなかったのよ」

「言うならばカームは、プロシーに負けたって事だね。プロシーが私達を守る為に作ったこの万能結界にね。カームの力は凄いんだろうけど、プロシーはもっと凄い。それだけの事だよ」

「それと、私達はこの世界で一番恵まれた存在ですよ。プロシーちゃんに出会えて、一緒に暮らせて、毎日幸せですからね。それに、プロシーちゃん程、頼りになる竜なんて存在しません。プロシーちゃんは、日々新しい物を考案していきますから、この世界の常識なんて全く通用しませんからね」


 ユイ、ロンロ、クリスが思い思いカームに言葉を告げた。その言葉を聞いていたカームは、地面を殴るのを止めて、三人を見上げながら問う。


「だったら、お前達は何故、最初からその力を使わなかった。その万能結界の前では、『絶対領域』が無効にされるなら、逃げる必要はなかったはずだ」

「あ〜それは、ね。プロシーの、師匠の教えだからしょうがないのよ」


 カームの悔しがる問いに、ユイが苦笑いしながら返答すると、「は?」と、理解できない声をあげたカームに、苦笑いしたロンロが。


「うちの師匠は、ちょっと特殊的な考えでね。相手の全力を確認してから倒す主義なんだよ。いや、正確に言えば、戦いとは自身を成長させる場らしいからね。圧倒的不利の状況や、危険な状況でもない限りは、相手の戦い方を見るのが方針なんだよ」

「もっとも、この教えは、もっと高みを目指している私達三人だけの秘密なんですけどね。他の皆んなは即対象の排除に動きますから」

「……高み。お前達は何所を目指している?」


 カームは純粋に尋ねた。自身を凌駕する力を得た三人に。かつてこの世界の最弱だったはずの三人に。何か自分には無いものがある様な気がして。


「プロシーを守れる力を得るまでよ」

「な⁉︎ お前達は、竜を超える力を求めるのか⁉︎」

「超えるというよりは、いざと言う時、背中を守るか、一緒に戦える力かな。まぁ、力の差がありすぎて不可能に近いんだけどね」

「……なら、諦めればいいだろ。竜の力に迫るなど、俺達人類には不可能な事だ。俺の超越スキルでさえ、竜には手も足も出ないんだからな」


 ユイとロンロの話を聞き、過去の苦い記憶を思い出し、苛立ちと諦めが混じった複雑な心情で、地面に顔を向け吐き捨てる様に告げたカーム。


 能力を過信したカームは以前に一度だけ、雷竜王スパールに挑んだ事がある。自分の力は絶大で、竜王にも通用すると信じて。だが、結果はカームの予想通りには行かなかった。竜王に挑んだカームは惨敗した訳でも、怪我もしていない。


 ただ、全く相手にされなかったのだ。最強と信じて疑わなかった力を使っても、竜王には気にも止められなかった。攻撃されたと認識すらされなかった。つまり、竜王とカームの間には、とてつもない大きな隔たりが存在したのだ。


 その事実が、圧倒的な力の差を理解したからこそ、自惚れて力を過信してきたプライドの塊のカームには耐えられない出来事だった。それが起きたのが、三年前。それからカームは、サンボルトーグを離れて、身を隠したのである。


 そんなカームの話を聞いたクリスは、平然と告げる。


「え? 諦める訳ないじゃないですか。プロシーちゃんを守るのは、一番愛している私ですから。私はもっともっと強くならないとダメなんですよ」

「ちょっと待った。クリス、その発言は聞き捨てならないよ。プロシーを一番愛しているのは、私に決まってるだろ」


 笑顔だが目が全く笑っていないロンロが、クリスを真っ直ぐ見て苦言を言うが、当然いつもの様に、互いに納得する訳がなく「私が一番です!」「私が一番だよ!」と言い争いを始めた。そんな二人の姉に、いつもだったら負けじと張り合うユイが冷静に告げる。


「ロンロ姉さん、クリス姉さん落ち着いて。そんな事は些細な事でしょ。一番大事なのは、プロシーの一番が誰かって事なんだから」


 ユイの発言に、言い争いを止めて、目を丸くするロンロとクリス。「ユイ、熱でもあるのかい⁉︎」「大変です! ユイちゃんが病気です!」と、狼狽する姉二人。ユイに近づいた二人は、ユイの小さなおでこに手を当てたり、自身のおでこで熱がないか確認する。


 そんな心配する姉二人に、今日の出来事を思い出して、幸せ全開の魅力的な笑顔になったユイは、朱色になった頬に両手を当てもじもじしながら告げる。


「じ、実はね、今日プロシーに言われたの。一番好きなのは私だって。私と居ると一番安らぐんだって。エヘヘ」

「「え……嘘」」

「姉さん達、信じられないのは分かるけど事実なの。疑うなら後でプロシーに聞いてみたら。そうすれば納得するわ。やっぱりプロシーの運命の相手は私だったのよ」


 乙女モード全開のユイは、背景に満開の桜が咲き誇る様な錯覚をロンロとクリスに見せながら、プロシーとの幸せな未来を思い描いていた。ユイの様子を見て、真実だと理解したロンロとクリスは、一瞬この世の終わりの様な絶望した顔になったが、ある事を思い出して立ち直ると、ロンロが幸せそうなユイの肩に手を置いて。


「ユイ、良かったね。お姉ちゃんは羨ましいよ。けどね、ユイ。一つ大事な事を忘れているよ」

「大事な事?」


 可愛らしい顔を傾げて尋ねるユイ。非常に愛らしい今のユイを町の男達が見たら、ズキュン! と一瞬で心撃ち抜かれ今以上に虜になる事だろう。


「そうですよ、ユイちゃん。大事な事です。それは、プロシーちゃんには恋愛感情がない事です。つまり、一番好きでも、一番愛している訳ではないんですよ」

「……あ。……で、でも、あれよね。それに一番近いのが私なのは間違いないはず……よね」


 聞きたくなかった事を指摘されたユイは、一瞬で幸せ空間を破壊され自身なさげに言った。


「かもね。けど、決まってはいない。つまり、まだ勝負はついてないからねユイ」

「ユイちゃん、絶対に私は負けませんからね」

「いいもん! 私だって誰にも負けないもん! 必ず勝つもん!」

「もんって、懐かしいな。そう言えば小さい時のユイの語尾は必ずもんだったね」

「ですね〜。あの頃のユイちゃんは凄く可愛かったです〜。それに今のユイちゃんも可愛いですから、私はアリだと思いますよ〜」

「もう! 姉さん達からかわないでよ! さっきのは動揺したから、たまたまだったの!」


 笑顔のロンロとクリスの話で、過去の恥ずかしい思い出が湧き上がり、赤面しながらプンプン怒るユイ。三姉妹のほんわかする様子に、先ほどから完全に蚊帳の外のカームは、フラフラしながらも立ち上がり。


「おい、小娘ども。俺を無視するのは止めろ。俺は敵だぞ。勝ったのならさっさと止めを刺せ」

「「「は? ……あ、まだいたんだ」」」

「……お前達アレだな。俺をどこまでコケにすれば……まぁいい。気づいたならさっさと殺せ。敗者は直ぐに死ぬのが戦いだ」

「カームは何か⁉︎ この魔法陣は⁉︎ クリス、ユイ! やるよ!」

「「了解!」」


 突如現れた巨大な魔法陣を確認したロンロは、即座に戦闘準備の合図を出す。そこから現れたのは、体長十メートルを優に超える大蛇の群れと、全身銀の鎧を纏った者達。三人が排除の為に動こうとした瞬間。


「待て! お前達はさっさと他の所へ行け! こいつらはカントリー全土に現れているはずだ」

「……カーム、何故それを私達に教えてくれるんだい?」

「ただの気まぐれと、頼みを聞いて貰う為だ」

「頼みとは何ですか?」

「これから俺が言う事をヴィクトールに頼んで欲しい。それだけだ」

「その内容は?」

「雷竜王に、スパール様へ言付けを頼みたい。身勝手な俺に加護を与え続けて下さりありがとうございましたとな。それと、お前達に伝えておく。お前達に負けた俺は時期に死ぬ。お前達の攻撃の影響でなく、契約の影響でな。俺はあの方に力を得る代わりに、魂の契約を交わした。俺は加護を超える力の代償に、魂を差し出した。もう時期俺の魂はあの方のモノになる。つまり、俺の超越スキルも、他者から奪った力も全てあの方のモノとなる。せいぜい気をつける事だな」


 カームは『絶対領域』と雷魔法で、現れた魔物と銀の兵士達を駆除しながら告げる。話を聞いた三人は互いの顔を見合い、嘘ではないと判断した。ただ、疑問がない訳ではない為、ロンロが雷魔法を繰り出しているカームの背に問う。


「話は分かったよ。ヴィクトールに必ず伝える。けど、何でだい? カームはこの世界を壊したかったんだろう?」

「……お前達の所為だ」

「どういう事だい?」

「お前達が俺のプライドを打ち砕き、昔の俺の思いを思い出させた。分不相応にも、抱いてしまった感情をな。分かったらさっさと行け! これ以上話す事はない!」


 理由を告げたカームは、最後に怒鳴るように声を上げる。何かの感情を隠すかのように。カームの話にピンときた三人は、微笑みながら「雷竜王が好きなら好きって言えば良いのに」「あ、これもついでに伝えちゃいましょう」「お、それは良い案だよ」と態と大きな声で言うと、「おい! それだけは止めろ! 絶対に言うな! いや、お願いですから言わないで下さい!」と、慌てふためきながらカームは懇願した。


「え〜〜ま、しょうがないからそうするよ。カーム、いや、カームさん。あなたとは敵として会ったけど、こうして楽しく話せる出会いの方が私は良かったよ。じゃ、私達は行くよ。教えてくれてありがとう」


 ロンロの言葉の後、ユイとクリスも「さよなら」と一言告げ、三人は天駆で月明かりが照らす夜空を駆けて行った。三人が居なくなり、一人で魔物と銀兵を討伐しているカームは。


(ふっ。敵である俺に、最後に優しい言葉を残すとは。あの小娘共はおかしな奴らだ。……いや、強い者達か。俺に少しでもあの者達の様な強さがあれば……今更考えても遅いな。まさか、死ぬと理解してから本当の気持ちに気づくとは、我ながら情けない限りだ。スパール様。一度は裏切ってしまった愚かな私ですが、最後だけは、貴方の騎士として戦います。私の思いが届く事はないでしょうが、今まで本当にありがとうございました)


 心の中でスパールへ感謝の思いを述べたカームは、決死の表情で命尽きる最後まで全力で戦う。様々な者達から奪った異能を自在に操り、強力な雷魔法で薙ぎ払い、最強と謳われた人類唯一の超越スキル『絶対領域』で、次々と大蛇と銀の兵士達を屠る。

 

 様々な思いや、選ばれてしまい、凄まじい力を持ったからこその驕り、そんな数多のモノが絡まり一度は道を踏み外したカーム。


 しかし、雷竜王スパールの為に奮闘し、無双する今のカームの姿は間違いなく、過去最強と謳われ尊敬された雷竜王の加護を持っていた頃のカームだ。


 全身全霊、カームにとって己の全てを懸けた最後の戦い。全力のカームはコロシアム付近にいた、約一万もの魔物と銀の兵士を一人残さず駆逐した。カームの全力攻撃により、広場の辺り一帯には大量のクレーターが出来た。


 辺りに誰もいない事を確認したカームは、クレータの中で大の字に仰向けになり、暗い夜空を照らす綺麗な月を見上げる。カームは全力を出した。魔力も体力ももう残ってはいない。体を動かすのもままならない。後は来たるべく死を待つだけ。


 そんなカームは唯々美しい月を見上げながら思う。


(美しい。目に見えても、絶対に手に入らないモノ。俺がどれだけ求めようとも、手に入らない。近くに寄ろうとしても、距離が埋まらない。正にあの美しい月は、スパール様だ。一部の者しか知らないスパール様の美しい姿。願わくば、あの姿をもう一度見て見たかった)


 そう思うのと同時に、最後に残っていた頭部の鎧が割れ、カームは静かに息を引き取った。昔見た、スパールの美しい姿を思い浮かべたカームの表情は、とても健やかなモノだった。

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