26 時を選ばない襲撃
竜祭典の一日目が終わり、時刻はほとんどの者が休む深夜一時。雲一つない夜空には満天の星々。煌めく月光に照らされる中、コロシアム会場の屋根に座り語らう者達がいた。
「ねぇ、今日の試合、プロシーは誰が勝つと思う?」
綺麗な月を見上げながら、ユイは腕の中のプロシーに尋ねた。問われたプロシーも、月を見上げながら。
「……ユイ、その質問は難しいのだ。気の活性量ではユイが、戦闘の技量ではロンロが、武器の性能、扱い方ではクリスがそれぞれ上回ってるのだ。雷竜王の加護を持つヴィクトールは、雷で体を強化する事で、ユイ達の速さに近づけるのだ」
「そうよね。皆んな強いのよね。けど、絶対に負けない。今日は必ず私が優勝するわ」
「ユイ、やる気十分なのだ。ユイが優勝する為にも、もう寝た方が良いんじゃないか?」
「それはそうなんだけど、今はプロシーと一緒に居たいの。ねぇ、プロシー。プロシーは皆んなが寝ている時、鍛錬してるんだよね」
「そうなのだ。後は、周辺の見回りもしてるのだ」
「本当に、プロシーにはしてもらってばっかりよね。プロシー、いつもありがとうね」
ユイはプロシーの頬を撫で、銀の瞳を真っ直ぐ見て優しく微笑みながら告げた。
「ユイ、お礼は要らないのだ。家族だから当然なのだ。それに、我輩も皆に感謝してるのだ。我輩は、皆に合わなかったら、きっと今の様な楽しい生活はしてなかったのだ。皆と会って、それなりに経つが、我輩は毎日楽しいのだ。こんな生活が出来るのも、森の中でユイと出会えたからなのだ。だから、ユイ、我輩の方こそありがとうなのだ」
「プロシーにそう言ってもらえると、私も嬉しいわ。……ねぇ、プロシー。プロシーはさ……誰か好きな人いる?」
不安そうに尋ねるユイに、プロシーは。
「居るのだ!」
明るく即答した。まさかのプロシーの発言に、ユイは目を大きく開いて。
「え、好きな人居るの⁉︎」
「ユイ、そんなに驚く事なのか? 我輩はユイが好きだぞ」
「え……そ、それって」
プロシーの言葉を聞き、頬を真っ赤に染めるユイ。ユイが「こ、これって、相思相愛なの⁉︎ ど、どうしよう⁉︎ ど、どうすれば良いの⁉︎」と、脳内で盛大にパニックになっていると。
「我輩は、ユイ、ロンロ、クリス、ゼダ、リム、リザ、町の皆んなが好きなのだ」
「……そ、そうよね〜。そう言う意味の好きよね〜。は、ははは、はぁ〜〜〜〜」
一瞬で現実に戻されたユイは、大きくため息を吐くのだった。
(ま、普通に考えればそうよね。プロシーに恋愛感情はなさそうだし。それに、私達の裸を見ても、胸を当てても特に反応もしないし。……竜って、もしかしてそういう欲がないのかな? ……プロシーって、女の子の事をどう思ってるんだろう?)
そんな事を考え始めたユイは、思い切って。
「プロシーってさ、私の事をどう思ってる?」
「ん? 優しくて、料理上手だと思ってるのだ」
「え、えっとね、そういう事じゃなくて、その〜外見的な事なんだけど」
「外見? ん〜我輩、そういうのはよく分からないのだ」
「そ、そうなんだ」
ユイは残念そうに項垂れながら言った。
(はぁ〜、外見で判断してもらえないとなると、プロシーを惚れさせるのは、かなり難しいわね。う〜ん、竜王になったら、その辺の感情も、芽生えてくれると良いんだけど)
と、そんな事を考えるユイ。悩める乙女のユイに、プロシーが何気に告げる。
「ただ、我輩が一番好きな人はユイだと思うのだ。ユイは撫で方も、料理も、一番上手なのだ。それに、ユイと一緒にいると楽しいし、一番安らぐのだ」
「⁉︎ そ、そうなんだぁ〜。私が一番なんだぁ〜」
頬を盛大に赤く染め、服から出ている細長い尻尾を盛大に左右に振りながら、嬉しそうに言うユイ。「ロンロ姉さん! クリス姉さん! リザさん! 私がプロシーの一番よ! プロシーは私のモノよ!」と、盛大に叫びたかったユイだが、深夜という事で自重した。ロンロとクリスが側に居れば「そんな〜」と、さぞ悔しがる事になっただろう。
プロシーが何気に言った言葉は、ユイの十五年間の人生において、一番嬉しい出来事だった。一番大好きな存在に、一番好きと言われたユイは、ルンルン気分で、幸せオーラ全開である。
しかし、そんな幸せを邪魔するかの様に、突如ユイとプロシーの近くに、魔法陣が浮かび上がり、黒い外套を纏う者達が現れた。
ユイは即座に立ち上がり、距離を取って臨戦体勢を取るが、腕の中のプロシーが「ユイ、安心するのだ。我輩が付いているのだ」と、告げてユイを安心させると。
「お前達、我輩達に何か用か?」
「ああ。モフモフ、貴様にはここで死んでもらう」
七人の中心に居る者が返答した。
「ふむ。つまり、お前達は我輩の敵なのだな」
「おっと、動くなよモフモフ。動けば貴様の家族は死ぬぞ。下を見ろ」
「⁉︎ 魔法陣からあんなに大量の魔物が。あんた達ね! 最近、いろんな町を襲撃していた犯人は!」
「小娘、貴様は黙っていろ。私はモフモフと話をしている。騒げば、お前から殺すぞ」
言葉と共に、殺気を出そうとした外套を纏った男。しかし、その前に、プロシーから凄まじいプレッシャーが放たれる。そのプレッシャーは、プロシーの”圧力[+重圧]”だ。
”圧力[+重圧]”は、相手の重力荷重を上昇させる様な技能で、並みの相手では耐えきる事ができず、地面に這いつくばり、気絶する事になる。下にいる何万という魔物と、落下して行った二人の外套を纏った者の様に。
残った外套を纏った者達も、耐えてはいるが、平気ではない様で、プロシーから盛大に距離を取った。その時、カーン! カーン! カーン! と、大音量がカントリー中に響き渡る。外套を纏った者達が「何だ⁉︎」と驚いていると、いつの間にか、何かの装置を手に持っていたプロシーが。
「お前達、慌てる事はないのだ。これはただの合図なのだ。それと、我輩が何も気づいてないと思ったのか?」
「何?」
「お前達の仲間が国の中に居た事も、最初から知ってるのだ。何もしないのなら、放っておくつもりだったが、敵対するなら話は別なのだ。ユイ、ユイは下に行って、皆んなと合流したら、非常事態行動Ⅱとゼダに伝えて欲しいのだ。優先は、皆の安全なのだ」
「……了解。プロシー、気をつけてね」
「ユイ、そんなに心配そうな顔をしないで欲しいのだ。我輩は大丈夫なのだ」
「分かったわ。プロシー、後でね」
プロシーに大丈夫だと告げられたユイは、町の皆がいる場所に急いで移動して行った。それを見て、ユイに攻撃しようと動こうとした者がいたが、プロシーのプレッシャーが更に強まり、行動を阻害した。
「お前達、動くななのだ。しばらく、ジッとしておいてもらうのだ」
「くっ! 流石わ竜だな。凄まじい圧力だ。だが、良いのか? ここで戦えば、貴様の家族の者が死ぬ事になるぞ」
「問題ないのだ。その辺の事もしっかり考えてあるのだ。それに、お前達五人を抑えておけば、後は安心なのだ」
「まぁいい。貴様のその余裕が命取りになる事を教えてやる! 散開! 奴の家族を殺せ!」
「「「「ハッ!」」」」
中心の男の命で、四人が動こうとしたその瞬間、突如、プロシーと五人を囲む、大きな黄金の箱の様なモノが空中に現れた。
「な、何だこれは⁉︎ この気配は、結界か? モフモフ、こんな結界で我らを止められると思っているのか?」
「思ってるのだ。出れると思うなら、試して見ると良いのだ」
「……お前達、やれ!」
男の命を受けた四人は、反転して両手を後ろの黄金の壁に向け、同時に灰色の衝撃波を放った。四人の衝撃波の球体は一箇所に、高速に飛来して、金の壁にギーーン! と、轟音を響かせながら衝突した。灰色に輝く衝撃波の影響で、煙が少しの間出ていたが、霧散すると。
「な⁉︎ 我らの攻撃を受けて、傷一つ付かないだと⁉︎ くぅ! ならば、お前達、外に転移だ! 『ハッ!』⁉︎ 転移できないだと⁉︎ ……モフモフ、この結界は何だ?」
「何だと聞かれれば、ただの結界と答えるのだ。う〜む、名前は決めてなかったが、強いてつけるなら、『隔離戦闘空間』って感じなのだ」
「『隔離戦闘空間』……文字通り、外と隔離された空間という事か。確かに我らは出れない様だが、これはこれで問題ない。我らの目的は貴様と、ここに集う者達の抹殺だ。貴様さえ居なければ、あの者達でも問題なく事に当たれるだろう。モフモフ、貴様はあの者達を軽視しすぎだ」
「それはこっちのセリフなのだ。お前達は我輩の家族を軽く見てるのだ。ハッキリ言うが、相手を殲滅するつもりで戦うなら、我輩の家族に勝てる人はいないのだ。だから、問題ないのだ。それより、お前達は何なのだ? 少なくとも、この世界の人ではないのだ」
「……そうだな。貴様は命の奪い合いをする相手だ。戦士として名乗るとしよう。私の名はワーバル! 冥界の冥士にして、ワイダール様の部下筆頭、雷の冥士、ワーバルだ!」
ワーバルは名乗ると、黒い外套と黒い仮面を脱ぎ捨てた。その中は、ヴィクトール達と同じ、全身黒い鎧姿だった。続けて、他の者達も脱ぎ捨てながら。
「俺の名はワーザス! ワーバル様の部下にして、火の冥士だ!」
「私の名はワーゼス! ワーバル様の部下にして、氷の冥士よ!」
「俺の名はワージル! ワーバル様の部下にして、地の冥士だ!」
「私の名はワーギス! ワーバル様の部下にして、風の冥士だ!」
と、名乗りを上げた。彼らもワーバル同様、黒い鎧を装備している。対して、名乗られたプロシーは、”剛気金人纏”を使い、瞬時に黄金の鎧姿になると。
「我輩も一応名乗るのだ! 我輩の名はプロシー! エメラルドドラゴン『気翠玉竜』で、家族を守る竜なのだ!」
「そうか、プロシーか。では、プロシー! いざ、尋常に勝負だ!」
「ワーバル、ワーザス、ワーゼス、ワージル、ワーギス! 勝負なのだ!」
プロシーVS冥界の冥士達五人の戦いが始まるのだった。
***
プロシーの指示で、カントリー中に警報が響き渡り、魔物の大群が地に這いつくばる中、皆んなの元に向かったユイは。
「町長! ロンロ姉さん! クリス姉さん! 皆んな!」
建物の外に集まっていたゼダ達に叫んだ。
「ユイ! この状況は何だ? プロシー様はどうした?」
「町長、プロシーは主犯の五人を抑えているわ。それから、プロシーから非常事態行動Ⅱの指示を受けたわ。皆んなの安全が最優先だって」
「分かった。お前達、急ぎ移動の準備を開始しろ! 警備部隊は、そこで倒れている魔物の対処をしつつ、皆の警護だ!」
「「「「はい!」」」」
町の者達は、ゼダの話を聞くと、即座に動きだした。そんな中、ロンロとクリスが心配そうな表情で。
「ユイ、プロシーの相手はどうだった? 強そうだった?」
「ユイちゃん、どうなんですか?」
「姉さん達、安心して。プロシーなら大丈夫よ。私達は自分に出来る事をしましょう」
二人を安心させるように、微笑みながら告げたユイ。プロシーが言った非常事態行動Ⅱとは、いざと言う時に、直ぐに動ける様に町で決めていたルールの一つだ。その内容は、即座に戦線離脱、戦闘能力が高い者は、可能であれば対象の対処、無理な場合は皆を守りつつ、共に退避である。
ユイ、ロンロ、クリスの三名は、町で群を抜いたの力を有している為、この場合は魔物の駆除が担当だ。三人は魔法袋から武器と黒のオーバーコートを取り出し装備すると、”剛気纏”となり、周辺の魔物駆除を開始した。
開始わずか二十秒、周辺で倒れている巨大カマキリ、大蜘蛛、大蛇、巨狼の群れを、ユイが漆黒の剣、ロンロが漆黒の薙刀の刀身に炎を纏わせ、高速の斬撃で切り裂き瞬時に燃え散らせ、クリスが漆黒の”風銃チャージライフル”で、次々に打ち抜き木っ端微塵に吹き飛ばした。周辺の危機を取り除いた三人が、一安心していると、雷鳴を響かせながら、凄まじい速度でヴィクトールが飛んで来て。
「ユイ、ロンロ、クリス! 皆んな無事! 緊急事態の警報があったけど、何があったの!」
「ヴィクトールさん、落ち着いて。黒い外套の奴らがいきなり現れて、そいつらが魔物の大群を魔法陣から出したの。多分、彼奴らが最近の町襲撃の犯人よ。今、そいつらの主犯格は、プロシーが相手をしているから、私達は皆んなを守りつつ、魔物を討伐してるの」
「そう。とりあえず皆んな無事で良かったわ。私達が泊まっていたホテル辺りにも、魔物が出現してたけど、そこは、各代表の方々と術師隊と騎士隊に任せてきたの。けど、私が来なくても大丈夫だったみたいね」
周辺を見回してヴィクトールがそう言った瞬間。
ズババァァァアアン!
と、暗闇を照らす一閃の青白い閃光が、雷鳴と共にユイ達に飛来した。不意の攻撃だったが、四人は瞬時に反応し、危なげなく躱した。
「あれを躱すか。流石わ竜王に選ばれしヴィクトールと、新たな竜に力を与えられた者達ということろか。楽しめそうだ」
黒い外套を纏った者は、月明かりに照らされ、ゆっくり芝生の上を歩きながら言った。
「⁉︎ その声は、貴方はカームさん⁉︎」
「ほぅ、ヴィクトール、未だに俺の事を覚えていたか」
「ヴィクトール、カームって誰だい?」
二人の話を聞いたロンロが、隣にいるヴィクトールに尋ねた。
「ロンロ、カームさんは、先代の雷竜王の加護所有者よ。そして、人類で唯一超越スキルを授かった人。三人共、カームさんに近づいてはダメよ! 近づくとあの能力が発動するわ!」
「なら、私の出番ですね!」
ビュン! ビュン! ビュン!
クリスが即座に射撃体勢になり、”風銃チャージライフル”の引き金を引き、超高速の金の弾丸をカームに向けて連射した。金の閃光は、瞬く間にカームの両肩、両足、手首など、動きを阻害する場所に飛来した。
しかし、後ほんの数センチで当たるというところで、まるで見えない壁に当たったかの様に、金の弾丸は空中で突如止まった。それを確認したユイとロンロが、即座に漆黒の剣と薙刀に、青い気を纏わせ、青く輝く飛ぶ斬撃を放った。
二人が真上から振り下ろす様に放った斬撃は、カームの両肩目掛けて超高速で飛来していったが、クリスの弾丸同様、もう少しというところで止まり、光となって霧散した。
「無駄だ。俺にお前達の攻撃などきかん。そうだろ、ヴィクトール」
「……カームさん。何故ですか? 何故、貴方が」
「何故、か。お前なら分かるんじゃないか、ヴィクトール。雷竜王の加護を授かったお前ならな。ヴィクトール、俺は皆に選ばれた存在、超越者と言われ、長い時を過ごした。しかし、俺はその長い時の中で、一度も幸福だと思った事はない。何故なら、俺は所詮、人類の最強でしかないからだ。この世界では、どんなに人の中で凄まじい力を持っていようとも、竜王には敵わない。竜の圧倒的な力の前では、人は俺は無力だ。それは、新たな竜が現れた事で、誰もが知る事実だろう? あの竜の樹海を吹き飛ばした一撃。あんなモノが放てる存在がいるのを、お前達は許すのか? ただ、格差が広がるだけの加護を渡す、竜王を肯定するのか? 俺達、人こそがこの世界を支配しようとは思わないのか? 俺は断じて竜が存在する事を認めない。世界は俺達人の物だ」
カームの話を、黙って聞いていたユイが。
「つまり、あなたの言いたい事は、竜が強すぎて自分が最強になれないから、それは気にいらないって事でしょ。本当、子供みたいなバカな事を言うのね」
「全くだね。バカを通り越して大バカだよ」
「全然理解できません。ただの駄々っ子ちゃんです」
三人は、呆れた様な表情でカームを見て言った。
「ふ、所詮、選ばれなかった加護無しには分からない悩みだ。これは、俺の様な選ばれた存在だからこその、推敲な悩みだからな」
「じゃ、さっさと身の程を分からせるとしますか。ね、ロンロ姉さん、クリス姉さん」
「だね。現在の加護無しの力を、見せてあげないとね」
「私達がその思い上がった根性を壊してあげます」
ユイ、ロンロ、クリスがカームに歩いて近づきながら告げた。それを見たヴィクトールが。
「ちょ⁉︎ 三人共、待ちなさい! 私の話を聞いてなかったの! あの人に近づいたらダメなのよ!」
「ヴィクトールさん、安心してよ。私達なら問題ないから。それより、ヴィクトールさんは、他の人に連絡とった方が良いわよ。私とプロシーの前に現れたのは七人。プロシーが五人を相手にして、ここに一人しか居ないって事は、もう一人どこかに居るはずだから」
「⁉︎ ……はぁ〜分かったわ。ここは任せるわ。けど、気をつけてね。あの人の能力は『絶対領域』。ある一定の距離の空間を自在に操れるの。無闇に飛び込むと、取り返しつかない事になるからね」
「「「了解」」」
三人の返答を聞いたヴィクトールは、最後に「絶対に死んじゃダメよ」と告げると、急いでもう一人の人物を探しに行った。ユイ達の話を聞いていたカームが。
「まさか、俺に勝つ確率が一番高い、ヴィクトールをこの場から去らせるとは。全く持って、加護無しの考えは理解できんな。もっとも、ヴィクトールがいたとて、結果は変わらないが」
「そうね。ヴィクトールさんが居ても、居なくても、私達が勝つのは決まってるしね。最初に聞いておくけど、これは命の奪い合い? それとも、力試し?」
「……そんな事を聞いて、どうするつもりだ?」
ユイの話を聞いて、訝しげに尋ねるカーム。そんなカームにロンロが。
「そんなの決まってるだろ。殺す気で行くか、加減するかの違いだよ。私のオススメは、やり直しが利く力試しだよ。君だって、死にたくはないだろ?」
「ふっふふふふ! はぁははははははっはは! 面白い! 絶対強者たるこの俺に、そんな口を聞いたのはお前達が初めてだ! 実に良いな! もちろん、命の奪い合い、殺し合いだ! 全力で掛かって来い!」
「そうですか。分かりました。私達も殺す気で行きます」
「そうだ! それで良い! 戦いとは生きるか、死ぬかの争いだ! 行くぞ、小娘共! デカイ口を叩いたのだから、簡単には死ぬなよ!」
「ユイ、クリス! 観察しつつ、何時もの陣形で行くよ!」
「「了解!」」
人類最強を名乗るカームVSユイ、ロンロ、クリスの戦いが今始まるのだった。
***
時は少し遡り、ユイ達の前にカームが現れた頃。各国の戦力は、それぞれ散らばり、多くの街灯と月光が照らすビル街で、出没した魔物を駆除していた。彼らの前に現れた魔物も、ユイ達の前に現れた魔物と同じで、巨大カマキリ、大蜘蛛、大蛇、巨狼の群れだ。
魔物は、ガイアスラで確認されているサイズより大きく、力は今までの比ではない程、強力だった。しかし、現在カントリーにいる戦力も強力だ。普段のカントリーの守備隊だけでは、多くの被害が出ただろうが、各国の主力と竜王の加護を持つ代表が討伐に当たっている為、兵士が多少怪我をしたくらいで、甚大な被害はない。
カントリーの中心から南方面が、ヴィクトール達、サンボルトーグの担当。サンボルトーグ、最高戦力のヴィクトールが抜けても、アーク率いる騎士隊、ジータ率いる術師隊で、問題なく魔物は討伐出来ている。
雷を全身の黒鎧に纏い、漆黒の大きなランスを持つ、騎士隊総隊長のアークは、凄まじい速度で動き、魔物と距離を詰めると、移動速度そのままに、右手で持ったランスで凄まじい突きをする。青白く帯電したランスは、容易に魔物を貫き、高温の電熱が貫いた箇所の肉を焼き、絶命した魔物に追い討ちをかける。
他の騎士隊も、アークに負けない様にと奮闘し、次々と魔物を駆逐していく。辺りのだいたいの魔物を討伐すると、全身黒鎧を纏ったジータが、空からアークの隣に着地して。
「大分片付いたな」
「はい。ジータさん、今回の出来事どう思いますか?」
アークに問われたジータは、顎に手を置き少し考えると。
「……ま、普通に考えれば、最近の町襲撃の犯人が攻めて来たって事だろ。あの警報は、プロシー様が念の為に用意してた装置だからな。十中八九、犯人はプロシー様と交戦してるんだろうな」
「ですよね。そうなると、むしろ、プロシー様の攻撃の巻き添いになる可能性が」
「アーク、それ以上言うな。俺だってそれが一番怖いんだからよ」
「その心配は要りませんよ〜」
「⁉︎ 誰だ、お前は」
声の聞こえてきた上空を確認したジータは、黒い外套を纏った者に尋ねた。
「うえ〜ん、悲しいな〜。ジータさんと話した事あるのにな〜」
「その声⁉︎ ……まさか、ノールなのか?」
「あらら、まさか天才アーク君にバレるとはね〜。驚き驚き〜。そ、僕はアーク君の幼馴染だったノールだよ」
外套のフードと黒い仮面を外して、地面に着地した黒髪の青年ノールは楽しげに告げた。自分の幼馴染だと分かったアークは必死に叫ぶ。
「ノール! 君が町を襲っていたのか! 何故こんな事をするんだ!」
「はぁ〜、予想通りの反応過ぎてつまらないなぁ〜。やっぱり話すなら、日頃はふざけているけど、実はキレ者のジータさんがいいや! ジータさん、何故だと思います〜?」
「う〜ん、そうだなぁ〜。きっと、あれだな。失恋した腹いせだろ?」
「ピンポンピンポン大正解! って言いたいところですけど、僕は失恋してませんよ〜。真面目に答えてくださいよ〜」
とぼけた様に言ったジータに、無邪気に笑いながら楽しげに返答するノール。それを見ていたアークが熱く叫ぶ。
「ノール! バカな事は止めて、自首するんだ! 罪を償って、やり直すんだ! 今ならまだ間に合う!」
「……はぁ。本当にアーク君は昔から正義マンだね。僕は君のそういうところが、昔から気にいらなかったよ。それに、もう手遅れだと思うよ。だって僕ね、力を得る為に沢山人を殺したからね。それでも、無罪にして許してくれるなら、自首しても良いよ!」
うんざりした様に語っていたノールは、最後に不可能な事を面白そうに告げた。それでも、ノールを止めようと、言葉を出そうとしたアークに、ジータが「止めろアーク。無駄だ」と、制止した。
「ノール、真面目な話だがよ、お前の異能とかが関係してんじゃねぇーのか? 後、考がえられるのは、今まで積もり積もった物が爆発したとかだな」
「やっぱり、ジータさんは話が早くて良いや。ジータさんの言う通り、その二つが原因ですよ。ま、それと、アーク君への逆恨みも入ってますけどね」
「……ノール、どう言う事なんだ? 俺が何か気に触る事をしたか?」
かつての幼馴染の告白に、昔を思い出して、特に思い当たる事がないアークは、ノールに尋ねた。ノールはふざけた態度から、真剣な顔になり告げる。
「だから、坂恨みだって言ったろ。アーク事態は何もしてねぇーよ。俺はな、何でも熟して、イケメンで、みんなの人気者のお前が居ない時な、いつも虐められてた。魔法の才能もからきしで、子供が使える初級魔法がやっと使えるレベルで、唯一の異能『人形師』も、何の役に立つんだと笑われ、バカにされてきた。俺はそれにずっと笑いながら耐えて来た。いつか、俺をバカにした奴らを見返そうってな。だから俺は、必死で金を貯めて貴族になった。これで俺は人生の勝ち組、誰もが羨む誇れるモノが手に入ったと思った。だが、俺の評価は未だに変わっちゃいねぇ。それはアーク、お前が同時期に騎士隊の総隊長になったからだ。同期の奴の皆んなが言うぜ、流石わアーク、俺達の誇りで憧れだってな。俺はその時思ったね。この世界は俺を不幸にしかしねぇーてな。そんな時だ。俺はあの方に出会った。あの方は俺の『人形師』を素晴らしいと言ってくれた。俺を初めて認めてくれた。一緒に世界を変えようって言ってくれた。俺は嬉しかったぜ。最高の気分だった。でだ、今こうしていられるのは、お前のお陰でもある訳だから、一応殺す前にお礼を言いに来た訳だ。アーク、ありがとう。そして、死んでくれ」
幼馴染の衝撃の告白。普段のアークであれば、あまりの事に呆然と立ち尽くしただろう。しかし、今は非常事態。騎士隊総隊長のアークにはそんな暇はない。その立場がアークを支え、ノールに返答させる。
「ノール、話は分かった。だが、やはりお前は間違っている。俺はお前の幼じみとして、友として、お前をここで止める」
「ま、そうだろうな。死んでくれと言われて、死ぬバカはいないわな。それでは、この俺ノールから、本当の戦いの幕開けのお知らせだ! 皆んなありがたく堪能して死んでくれ!」
ノールは両腕を大きく広げ楽しそうに言うと、指をパチンと鳴らした。すると、カントリーの数多の場所に、十メートル以上の大きな魔法陣が浮かび上がる。そこから、現れたのは、最初の大きさの比ではない数多の魔物と、銀の全身鎧を装備した人の大群だ。
魔法陣はアーク達の近くにも現れ、騎士隊、術師隊はその大群に囲まれる形になった。それを見たアークは。
「ジータさん! 皆んなの元へ行って下さい! ノールは俺一人で対処します!」
「……ちっ。この状況じゃそれしかねーか! アーク、分かってるだろうが、ノールはもうお前の知ってるノールじゃねーぞ! あんな規模の魔法陣を出して、ピンピンしてやがるからな! 気をつけろよ!」
「はい!」
アークに注意を促したジータは、現れた巨大な魔物に向かって行く。それを確認したノールが面白そうに告げる。
「お〜流石勇ましいアーク君だね〜。俺相手に一人とは感心だな〜。じゃ、殺す気で掛かって来いよ」
「……俺はお前を殺さない。戦闘不能にして、罪を償わせる」
「はぁ〜やっぱり俺はお前が嫌いだ。だから、お前だけは俺の手で殺す! 行くぞ!」
「来い、ノール!」
かつての幼馴染、アークVSノールの戦いが始まった。




