19 開催準備
ヴィクトールがサンボルトーグに戻ってから二週間が経過している。この二週間、ヴィクトールは馬車馬の様に動き回った。そう、全てはプロシーの要望を叶え、起きるであろう被害を食い止める為に。
ヴィクトールは、プロシーの要望通り、町の全住民分のログアーツを用意し、町に届けている。ヴィクトールが言っていた通り、ログアーツの管理は厳重で、おいそれと持ち出せる物ではなかった。
しかし、事が事なら話は変わると言うものだ。ヴィクトールはログアーツを管理している者に。
「悪い事は言わないわ。大人しく、ログアーツを渡して頂戴。そうしないと、貴方に不幸な事が起こるわよ」
と忠告して、訝しげな表情の管理者の「どういう事ですか?」との質問に、笑顔で。
「貴方も例の閃光の事は知ってるでしょ。実はね、ここだけの話、あれは超常現象じゃなくて、ある方がやった事なの。そして、その方が、ログアーツを所望していてね、その方は、目的の為なら手段を選ばない節があるから、大人しく渡さないと大変な事になるわよ。私はサンボルトーグと、国民を守る者として、貴方が危険な目に会う事を避ける為に、あの方に待つようにお願いして、こうして伝えに来たの。けど、私では絶対にその方に勝てないし、止める事もできないから、期待はしないでね。最終的には貴方の意思に任せるわ。どうする?」
そう、管理者に告げたヴィクトール。そんな話を他の者が言えば信じないだろうが、ヴィクトールならば別だ。それほどまでに、ヴィクトールは国民から信頼されている。故に、自分に危険が迫っていると知った管理者は二つ返事で「好きなだけ、持って行って下さい!」と言った事は、言うまでもない事だ。
そんな訳で、プロシーの要望を叶えるべく動いていたヴィクトールだが、動き回っているのは、他にもいる。ヴィクトールは多くの人に連絡を取り、かなりの人数を巻き込んでいるのだ。
その中でも、特に働かされてるのが、サンボルトーグのシンボルと言える、巨大な白城の中の一室で、机の上に山の様に積まれている書類を、休む事なく処理している二人の男だ。二人ともかなり寝不足なのだろう。目元に大きな隈が出来ている。
その内の一人、茶髪でワイルドな顔の男が虚ろな目で。
「お〜い。アーク〜。終わったか〜」
「ジータさん〜。まだですよ〜」
同じく虚ろな目をした黒髪短髪イケメンの男が、書類を整理しながら、力なく返答した。彼らはサンボルトーグの防衛の要で、ジータは雷竜術師隊総隊長、アークは雷竜騎士隊総隊長なのである。
「なぁ〜アーク。何で、俺らがこんな事をしないといけないんだぁ。俺達の仕事を増やしやがったあの野郎は何処に行ったんだぁ?」
「はぁ〜、ジータさん。その質問何度するんですか。今頃ヴィクトールさんは、他国を回ってる頃ですよ。それに、ジータさんも吹き飛ばされたくはないでしょ」
「そうなんだがなぁ。なぁ〜アーク。ヴィクトールの話の竜をどう思う?」
「どうとは?」
「あれだよ。本当に樹海を吹き飛ばしたのが、その竜だと思うかって話だ」
「俺はそうだと思ってますよ。でないと、報告された事の説明がつきませんからね。だからこそ、その竜様の願いを叶えるべく、今こうして作業してるんじゃないですか」
「はぁ〜だよな。全く、はた迷惑な竜様がいたもんだなぁ」
「ははは。それはしょうがないですよ。ある意味ですが、俺達は歴史の清算に立ち会ってるじゃないですかね。ヴィクトールさんの話では、加護の有る無しは、もはや関係なくなるんですから。それを証明する為の、今回の催しなんですから、大変に決まってますよ。何より、その竜様を敵に回したらどうなるかを考えたら、こんなもの軽いものですよ。あの樹海がなくなったのも、竜様の逆鱗に触れたかららしいですしね」
「アーク、オメーがモテる理由がわかるぜ。しょうがね〜な。頑張るとするか」
二人がそんな話をしながら、書類作業を進めている頃、ヴィクトールはコロシアムがある五カ国の中王国【カントリー】に来ていた。
カントリーはガイアスラの中で一番発展した国であり、百キロ以上の広大な敷地に大きなビルが建ち並び、正に近代都市といった感じの国である。その中でも、特に大きいのがコロシアム会場だ。
カントリーでは、毎日の様にコロシアムで竜闘士達の試合が、朝から晩まで行われている。竜闘士とは、コロシアムで試合をして、お金を稼ぐ職業である。コロシアムはとても人気があり、カントリー中で最大のお金が動く場所だ。その為、一攫千金を狙う腕自慢の多くが竜闘士になり、日々夢を叶えるべく戦っている。
ヴィクトールは、コロシアム会場内部にある、連盟闘士機関マーシャルの建物の中で、責任者の褐色で筋骨隆々の男と対面した位置の椅子に座っている。
「だ・か・ら! 加護の無い皆んなの参加を認めて下さいってば!」
「だ・か・ら! 何度言われても、ダメですってば! コロシアムは伝統ある場所なんですよ! 強者のみの祭典なんです! 俺はここの責任者として、絶対に参加を認めません!」
ヴィクトールと責任者の男は、互いに睨み合いながら叫んだ。幾重のやり取りで、イライラが最大限に募ったヴィクトールは、プルプル震えると立ち上がり。
「局長! そんなふざけたこと言ってると、プロシー様をここに呼びますよ! 良いんですか! プロシー様にかかれば、コロシアム何て直ぐに吹き飛びますよ! 局長の所為でここが壊れるんですよ!」
「う⁉︎ よ、呼べるモノならどうぞ、その竜を呼んでください! 俺はまだそんな存在がいる事を、信じてませんから!」
「あー、言いましたね‼︎ もう、本当に呼びますからね‼︎ 『ピピ……ヴィクトール? どうしたのだ?』あっ、プロシー様ですか。実はですね、是非ともプロシー様の力を見たいと言う人がいまして『そうなのか? じゃ、今から行くのだ!』」
「ま、待ってください!」
ヴィクトールとプロシーの話を聞いていた局長が、焦りながら叫んだ。しかし。
「もう遅いのだ。我輩、来ちゃったのだ。で、ヴィクトール、我輩の力を見たいと言うのは、誰なのだ?」
「プロシー様、そこの男の人ですよ。それと、久しぶりに触って良いですか?」
「もちろん良いのだ。我輩、ヴィクトールには感謝しているのだ」
そう言ったプロシーは、ヴィクトールの膝の上に移動すると、強張った表情の局長を銀の瞳で見て。
「で、我輩は何をすれば良いのだ? 外の施設でも破壊すれば良いのか?」
「⁉︎ い、いえ、ここに来て頂いただけで、十分であります。そ、それからですね、皆さんのコロシアムへの参加を、心待ちにしておりますので」
プロシーの物騒な発言を聞いた局長は、ヴィクトールの説明を信じ、態度を百八十度変え、かなりの低姿勢で言った。
「そうなのか! それは良かったのだ! その時はよろしくなのだ!」
「は、はい」
「局長、随分物分りが良いですね。確か、信じてないとか言ってませんでした?」
プロシーを嬉しそうに触っていたヴィクトールは、ジト目で局長を見ながら尋ねた。局長は盛大に冷や汗を流しながら。
「は、ははは、そ、そんな事、言いましたかね〜。あ、そうでした。用事を思い出したので、俺はこれで。では、ごゆっくり」
局長はそう告げると、逃げるように部屋から出て行った。それを見たプロシーは、ヴィクトールを見上げて。
「ヴィクトール、準備の方はどうなってるのだ? 我輩、他に協力する事はあるか?」
「プロシー様、大丈夫ですよ。これで準備は大方終わりました。後は開催日時の決定等の細かな作業だけですから。これも、プロシー様に協力して頂けた故の結果です。それから、何時も呼び出してしまってすいません」
ヴィクトールは微笑みながら言った。そう、この二週間、ヴィクトールは交渉が上手く進まないと、プロシーをその場に呼んでいたのだ。最初はヴィクトールの話を信じなかった者達も、プロシーが突如現れるので、さっきの局長の様に意見が百八十度変わった。
まぁ、中にはそれでも信じず、愚かにもプロシーに挑み、痛い目を見た者達もいたが。そんな訳でプロシーは、大抵の各国の重要役職の面々と会った事がある。プロシーを見た皆が皆、その姿が竜から遠い事に驚いたのは、言うまでもない事だ。
ヴィクトールの話を聞いたプロシーは。
「ヴィクトール、何言ってるのだ? 我輩が言い出した事だから、協力するのは当然なのだ。それよりも、本当に気を覚えなくて良いのか? 町の皆は毎日強くなってるぞ」
「プロシー様、ありがたいお話ですけど、今は遠慮しておきます。これから始まるイベントの主役は、あの町の皆んなですから。今回の催しが終わったら、私にも教えて下さい。それに、私も出場する予定ですし、今のままでも簡単に負ける気はないですよ。そう、皆んなに伝えて下さい」
「分かったのだ! じゃあ、我輩とヴィクトールが戦う事もあるかも知れないのだな!」
「え? ……そ、そうですね〜。そ、その時はお手柔らかにお願いします」
ヴィクトールは、キラキラした瞳で見上げてくるプロシーから、気まずそうに目をそらしながら言った。それを見たプロシーは、キラキラの目からジト目に変わり、飛んでヴィクトールの顔をガシッ! っと小さい手で押さえると。
「ヴィクトール、何で目を逸らすのだ。まさかとは思うが、我輩、コロシアムに参加できないのか?」
「え、え〜と、そ、そんな事はないですよ〜。は、ははは」
ヴィクトールは目を不自然なほど動かしながら返答した。実は、今回の催しでヴィクトール達、各国の重役を悩ませているのが、プロシーがコロシアムに参戦する気満々な事である。各国の上層部ではすでに、プロシーの強さを疑う者はいないので、当初のプロシーの目的は終わっている様なものなのだ。
それに、樹海を吹き飛ばす様なプロシーに勝てるはずがない事は、皆が理解する事な為、誰もプロシーと戦いたくないのである。故に、どうにかして、プロシーを参加させない様にしたいのだが、この話をすると。
「我輩、楽しみにしてたのに、残念なのだ」
と、プロシーが俯き、フワフワの耳を垂れ下げ、悲しげに言う為。
「プロシー様、大丈夫ですよ! プロシー様も参加できますから!」
と、ヴィクトール達、女性が言ってしまう為。
「そうか! 我輩、楽しみにしてるのだ!」
こんな感じで、プロシーの参戦が取り消せないのである。プロシーに出会った女性の皆が、プロシーの可愛さにやられている為、プロシーの悲しげな感じに耐えられないのだ。
ならばと、男達がプロシーに言った事もあるのだが、結局、女性達が割り込んで、プロシーの参戦が決まるのだ。プロシーの参戦はある意味、どうしようもない事の為、決定事項の様なものなのである。
そんな訳で、苦労の耐えないヴィクトールなのだが、何も知らず、嬉しそうに尻尾を左右に振っているプロシーを見ると、「あ〜プロシー様は本当に可愛いわぁ。どうにかしないとね」と思い、何とかプロシーを参戦させる方法を考えるヴィクトールであった。
暫く、プロシーを堪能し、癒されたヴィクトールは、プロシーと別れ、サンボルトーグに転移の魔法陣で帰った。
サンボルトーグに帰ったヴィクトールは、作業を進める為に、白城の中の綺麗な大理石の廊下を移動していると、前方に複数の装飾の凝った服を着た者達がいた。その中の、如何にも偉そうな態度の四十代ぐらいの太った男が、ヴィクトールを見ると。
「これはこれは、ヴィクトール様。各国への根回しは終わったのですかな?」
「はい、ベルズ公爵。滞りなく終わりましたよ」
ヴィクトールは立ち止まると、微笑み返答した。
「それは何よりです。それにしても、流石わヴィクトール様ですなぁ。まさか、我らがスパール様以外の竜様にも認められるとは。いやはや、驚きですよ」
「いえいえ、そんな事はありませんよ。それに、プロシー様はお優しい竜ですから、私以外にも親しくなった方達は多いですよ。私はただ、立場的にお役に立てる事が多いだけですから」
「ほぉ〜そうなのですかぁ。私もその竜様と会うのが楽しみですよ。では、私達はこれで。ヴィクトール様、引き続き頑張って下さいませ」
ニヤニヤ笑いながら、そう告げると、男達は去って行った。ヴィクトールは、再び移動を再開し、ある部屋に入ると。
「あ〜! 何なのあの腐れ貴族どもは! 人を見る度に嫌味言うんだから! 本当に頭にくる〜〜!」
と、顔を真っ赤にしながら怒声をあげた。その怒号を聞いた、室内の中にいた茶髪の男が。
「ヴィクトール、うるせぇ〜よ。こちとら、お前の所為で寝不足なんだから、騒ぐんじゃねぇーよ」
「ジータさん何よ! 文句あるの! だったら、ジータさんが代わってくれるの!」
「あ? 代わる訳ねぇーだろ。面倒くせぇ。まっ、お前が獣人の可愛い子を紹介してくれるっていうなら、やらなくもないがな」
「は? ジータさんに紹介する訳ないじゃない。それに、独り身の若い子達は、皆んなプロシー様に夢中だから、ジータさんなんて相手にされないわよ。ご愁傷様ね」
ジータの意見を聞いたヴィクトールは、やれやれと呆れた様な感じで言った。それを聞いたジータは椅子から立ち上がると。
「は⁉︎ 何で竜がそんなに人気あんだよ⁉︎ 人間の俺の方が良いに決まってんだろ!」
「はぁ〜分かってないわね〜。オジさんのジータさんより、プロシー様の方が良いに決まってるじゃない。あ、ジータさんと比べるなんて、プロシー様に失礼だったわ」
「おい、ヴィクトール。お前、俺に喧嘩売ってんのか?」
「え? 私は事実を言っただけよ。アーク、貴方もそう思うでしょ?」
ヴィクトールは、我関せずといった感じで、書類作業をしている黒髪短髪イケメンを見て尋ねた。問われたアークは、気まずそうな顔で。
「ヴィクトールさん、そういう話題を俺に振るのは止めて下さい。それに、ジータさんだってモテるんですよ」
「そうね。そして、付き合った女の子を皆んな泣かせる、女の敵でもあるのよね〜。そんな女の敵が、あの可愛らしいプロシー様に勝てると思ってる何て、本当に笑わせてくれるわ」
「ふっふっふ、よ〜く分かったぜ。ヴィクトール、お前は俺に喧嘩を売ってんだな。そうなんだよなぁ!」
ジータは額に青筋を作りながら叫ぶと、ゆっくりヴィクトールに向けて歩き出した。
「ジータさん、落ち着いて下さい! この流れは何時もの流れですよ! また、黒焦げになりたいんですか!」
「止めるなアーク! 男には負けると分かっていても、戦わねぇーとなんねぇー時があんだよ! それにな、今日の俺は一味違うぜ! 何たって、今日の俺はラッキーデーだからな! 貴族に好き放題言われ、竜の使いぱっしりで、モテるくせに誰とも付き合う覚悟がねぇー、そこの女とは違うんだよ!」
ジータはヴィクトールを指差して挑発する様な事を言った。それを聞いたヴィクトールは、一瞬ニッコリ笑うと。
「余計なお世話よ‼︎ 今日は徹底的にやってあげるわ! ジータさん、覚悟‼︎」
「はん! ヴィクトール、かかって来いやー!」
そう叫んだすぐ後、青白い光が室内を覆い、雷鳴が響き渡った。ジータはヴィクトールの雷撃を受け黒焦げになり、地面に倒れてピクピク痙攣する様に動いていた。ヴィクトールは、気分爽快と言った感じで、微笑みながら。
「ふぅ〜スッキリした! じゃあ、アーク、後はよろしくね!」
「はぁ〜、分かりましたよ」
アークは何時もの様に、ジータの手当てをし、ヴィクトールは部屋から出て行った。これが、ヴィクトールのストレス解消の方法の一つで、ジータは何度も黒焦げにされている。まぁ、こんな事が出来るのも、お互いの信頼関係があるからであり、長年の付き合いがあるからこそなのだが。
そんな訳で、気分転換したヴィクトールは、意気揚々と準備を開始するのだった。
次回、土曜日の8時頃に投稿予定です。