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17 触れ合い

 

 プロシーが樹海を吹き飛ばし、世界の人々に不安と恐怖を刻んでから一月が経過し、現在夏季六月五日。日が完全に登った昼の少し前、雲一つない晴天の中、一人の金髪美女が、転移の魔法陣を駆使して加護無しの町へ向かっていた。


 その女性、ヴィクトールは、綺麗な長い髪を一本に纏めたポニーテールで、上下黒を主にしたラフな格好である。ヴィクトールが、丁度八回目の転移を終えた時、前方に多くの人が集っていた。森の中にいた集団とは、人間と森人のエルフだった。


 不思議に思ったヴィクトールは、その団体に歩いて近づいて行くと。


「あの〜、こんな所で、何してるんですか?」

「あ? 誰だ⁉︎ ゔぃ、ヴィクトール様⁉︎ え、え〜とですね。その〜」


 冷や汗を流し、言い淀む軽装な鎧を着た男。他の人間やエルフも、ヴィクトールと目を合わせようとはしない。全員が気まずそうに違う所を見ている。不審に思ったヴィクトールは少し考えると、怖い顔つきで集団に問う。


「まさか、私が担当する町に、何かするつもりですか?」

「ま、まさかですよ〜。な」

「そ、そうですよ〜。そんなはずないですよ〜」

「「「そ、そうです」」」


 問われた人間とエルフ達は、目を盛大に動かしながら、ぎこちなく答えた。嘘だと丸分かりである。それを見たヴィクトールは、微笑むと右手を真上に向けて、特大の雷の閃光を放ち、全員の度肝を抜いた。ヴィクトールは尚微笑みながら、腰を抜かし、尻をついた者達に。


「そうですか。皆さん、疑ってすいませんでした。もし、嘘でしたらさっきの魔法を皆さんに向けて放つところでした。あ、でも、今の内なら撤回しても大丈夫ですよ。私が処罰するのは、町に手を出す不届き者であって、正直者と未遂なら注意で終わりますから。それで、どうなんですか?」

「「「「す、すいませんでした! お、お許し下さい!」」」」


 集団全員が、ヴィクトールに土下座しながら大声で謝った。ヴィクトールは「はぁ〜」と、大きく息を吐くと、優しく微笑み告げる。


「皆さん、もう良いですよ。それで、なぜここに居たんですか? 町はまだまだ先ですよ」

「ヴィクトール様。それが結界に阻まれて、この先に行けないんです。実を言えば、三週間程前から、町へ行こうとしているんですが、ずっと結界に阻まれているんです。町へ行こうとしたのは、俺達だけでなく、空人、海人、恐人も来て、皆で結界を壊そうと協力もしたんですが、全く壊せないんです。なので、ほとんどの者達は諦めて帰り、こうして冒険者の仕事の俺達と、エルフの女王の命を受けた、調査隊の皆さんが残ってるだけなんです」

「……そ、そうですか。で、では、私はこれで」


 焦った様にそう告げたヴィクトールは、急いでその場から転移して離れた。転移した森の中で、誰も居ない事を確認したヴィクトールは、結界の前に立ち内心で盛大に叫んだ。


(絶対、プロシー様の仕業だわ! 他にこんなデタラメな事が出来る存在は居ないわ! ……結界があるんじゃ、私も入れないのね……え? 入れた。……相変わらず、プロシー様は常識外な魔法を使うのね。……でも、これって、私は特別って事なのよね。さっきの人達には悪いけど、私だけ行かせてもらおっと)


 自分が特別扱いされてると思ったヴィクトールは、ルンルン気分で町へ転移して行った。町の銀門に移動したヴィクトールは、コンコンとノックして。


「ヴィクトールです。開けてくれますか?」


 そう告げ、町の中に入ったヴィクトールは、ユイ達の家へ向かった。その道中で住民達と話ながら進んでいると。


「ヴィクトール、久しぶりなのだ!」

「⁉︎ ぷ、プロシー様⁉︎ いつの間に⁉︎」


 最初に出会った時と同様に、背後に突如現れたプロシーを見て驚くヴィクトール。それを見て面白いと思ったプロシーは。


「我輩はこっちなのだ!」

「⁉︎ ぷ、プロシー様、驚かさないで下さい。結構、心臓に悪いんですよ」

「そうなのか? ヴィクトール、ゴメンなのだ」


 フワフワの耳を垂らして、申し訳なさそうに謝るプロシー。ヴィクトールが慌てて励まそうとした瞬間。


「あー! ヴィクトールおねえちゃんが、プロちゃんをいじめた!」

「え⁉︎ ちょ、リムちゃん⁉︎」

「何ですって⁉︎ ヴィクトールさん! どういうつもりですか!」

「ユイ⁉ ち、違うのよ⁉︎」

「ヴィクトール、何が違うって言うんだい。プロシーがシュンとしてるじゃないか」

「ロンロ、これはね」

「ヴィクトールさん。言い訳はダメですよ」

「クリスまで〜」


 リムの叫びと同時に、瞬時に現れたユイ、ロンロ、クリスに包囲され責められるヴィクトール。ヴィクトールが精神に大ダメージを負っていると、プロシーがヴィクトールの前に転移して。


「ユイ、ロンロ、クリス、リム、違うのだ。ヴィクトールは悪くないのだ。我輩が悪い事をしたのだ。だから、ヴィクトールを責めちゃダメなのだ」


 そう言い、プロシーは四人の誤解を解いた。その後、四人は謝り、プロシー達はヴィクトールと共に、自分達の家へ移動した。


 家に入り、各々が椅子に座った後、クリスに抱っこされ、巨大で柔らかいモノに挟まれながら、モフモフされてるプロシーが、ヴィクトールを見て尋ねる。


「それでヴィクトール、今日はどうしたのだ?」

「じ、実はですね、この間来た時に服を頂いたので、そのお礼にお土産を持って来たんです」

「……ヴィクトール。その様子だと、それだけじゃなさそうだけど」

「そうよね。何か不自然な様子よね」

「ですね。他に何かありそうな感じです」


 ヴィクトールの様子を見て、ジト目をしながら指摘する三人。その視線を浴びて「うっ! やっぱり三人は鋭いわね」と思ったヴィクトールは観念して、正直に告げる。


「そ、その〜。じ、実はですね。プロシー様に触れたいなぁ〜と思いまして。ダメでしょうか?」

「我輩は別に構わないのだ」

「そ、そうですか! では、早速!」

「「「ちょっと、待った!」」」


 嬉しそうな表情で、立ち上がったヴィクトールを、ユイ達が止めた。ヴィクトールは早くプロシーに触りたいと、そわそわした様子で。


「何?」

「ヴィクトールさん、プロシーに触れるのは、注意事項を聞いて了承してからよ」

「ユイ、そうなの? 分かったわ。それで、その注意事項は何?」

「一つ、プロシーに触れる時には、優しく触れること。

 二つ、絶対に無闇に撫で回さないこと。

 三つ、プロシーの喜ぶ抱き方を覚えるまでは、絶対に抱っこしないこと。

 四つ、プロシーが嫌がったら、直ぐに触るのを止めること。

 そして、最後に一つ誓って貰います。ヴィクトールさん。プロシーを絶対に愛さないと誓って下さい。良いですね」


 真剣な顔でそう告げたユイ。それを聞いたヴィクトールは、訝しげな表情で。


「注意事項の四つは了解したわ。だけど、最後の誓いって必要なの?」

「ヴィクトール、必要な事なんだよ。ある意味、一番重要な事と言っても過言じゃないよ」

「そうですよ、ヴィクトールさん。私達にとっては重要なんです。さ、急いで誓って下さい」

「……ロンロ、クリス、分かったわよ。私、ヴィクトールは、プロシー様を愛さない事をここに誓います。これで良いの?」

「okです。ヴィクトールさん、その誓いは絶対に破っちゃダメよ。約束だからね」

「え、ええ」


 ユイに念押しをされ、不思議に思いながらも了承したヴィクトールは、クリスに抱かれているプロシーに近づくと、腰を落として、フワフワの体毛に触れ始めた。


「あ〜良い。信じられないくらい、フワフワで気持ちいわ〜。あ〜癒される〜」


 幸せそうな表情でそう言ったヴィクトール。それからしばらくの間、ヴィクトールは飽きる事なく、ず〜〜〜〜〜〜とプロシーに触り続けた。存分にプロシーを堪能したヴィクトールは、立ち上がると笑顔で。


「プロシー様。ありがとうございました」

「別に構わないのだ」


 プロシーの返答を聞いたヴィクトールは、席に戻り椅子に座ると、プロシーを見て問う。


「ところで、話は変わるんですが、町の外にある結界は、プロシー様が貼ったモノですよね?」

「そうだが、それがどうかしたのか?」

「いえ、実はここに来る前に、この町に来ようとする団体を見かけたものですから。プロシー様、あの結界はどういったモノ何ですか?」

「あの結界は、我輩が作った四本の柱を設置する事で作動する、認識結界なのだ。リムが攫われた日の夜、我輩考えたのだ。皆を狙う者が居るなら、入って来れないようにすれば良いだけだと。だから、我輩、皆の行動範囲を加味した敷地一帯を覆う様に結界を貼ったのだ。今のところ通れるのは、町の皆とヴィクトール、森の動物達だけなのだ。それ以外はあの結界を破壊しない限り、入って来れないのだ」

「そうですか。……以前、この町に来た時に、町長からプロシー様は家族だと伺っていましたが、本当にそうですね。プロシー様は特別な竜なのですね。私はこの町が羨ましいです」


 ヴィクトールは、優しく微笑みながら言った。自分達を守護する竜王達と比較して。それを聞いたプロシーは、首を傾げて不思議そうに問う。


「ん? 家族を大事にするのは当然なのだ。ヴィクトール、他の竜王達は違うのか?」

「……そうですね。違います。私達を守護して下さる竜王様達は、力を与えて下さいますが、共に何かをする事はほぼありません。唯一、風竜王スライ様が、空人の方逹と研究するくらいですかね。基本として、国の運営などは、私達加護を授かった者達でしてますから。もっとも、竜王様達には、大事な仕事がある様で、それが何かは私も分かりませんが、基本、滞在場所からは移動しませんから」

「そうなのか。竜王は何か大変そうなのだ。我輩は皆と一緒に居るだけだから、特に仕事はないのだ。我輩も何かした方が良いのか?」


 プロシーはユイ、ロンロ、クリスを見上げてそんな事を尋ねた。ユイ達は微笑むと。


「プロシー、何言ってるのよ。プロシーはいつだって仕事してるでしょ。皆んなに気を教えたり、一緒に遊んだり、相談に乗ってくれたり、私達を守ってくれたり、皆んなの事を考えて、環境を整え様としてくれてるじゃない。プロシーがしてること全部が、大切な仕事なのよ」

「そうだよ、プロシー。プロシーはこの町の誰よりも働いてるよ。だから、特に変える必要はないんだよ」

「そうですよ、プロシーちゃん。どちらかと言えば、プロシーちゃんは、もっと休まないとダメなんですよ。プロシーちゃんに倒れられたら、大変ですよ。私達なんて、きっと心配で何もできなくなりますよ。その事を分かってますか?」


 プロシーの頬に優しく触れながら尋ねたクリス。


「そうか。我輩の行動が皆の役にたってるなら安心なのだ。クリス、分かってるのだ。我輩の命は家族の命なのだ。無理はしないから、安心するのだ」

「なら、私達も安心です。ですけど、プロシーちゃん。プロシーちゃんは、いざとなると、何をするか分からないので、肝に銘じておいて下さいね。私達は、プロシーちゃんを失ってまで、生きる気はないですからね」

「わ、分かっているのだ」


 プロシーはクリスから目を逸らして答えた。実はプロシーを一番悩ませているのが、この約束なのである。仮にだが、どうしようもない状態に陥ったら、プロシーは皆の盾になるつもりでいる。その為、死ぬ確率が高いのだが、三人には死んでほしくない。


 故にプロシーは密かに、三人が自害できなくする方法を探求していたりするのだが、プロシーを持ってしても、その無理難題の対処策が浮かばないのである。なので、その方法が分かるまでは、プロシーも無理をする訳にはいかないのだ。


 目を逸らしたプロシーを見た三人はジト目で。


「プロシー、まさかと思うけど、約束破る気じゃないでしょうね」

「⁉︎ そ、そんな事は、な、ないのだ」

「その慌てよう、私達を死なせない様に、何かを考えてる様に見えるよ」

「⁉︎ な、何言ってるのだ。ろ、ロンロ、我輩はそんな事しないのだ」

「そうですかね〜。プロシーちゃんなら、やりかねないと思いますけど」

「⁉︎ く、クリス、そんな事はないのだぞ。……そ、そうなのだ! ヴィクトールは何を持って来たのだ? 確か、お土産って言ってたのだ!」


 三人に考えを読まれ、慌てたプロシーは、話題を変えるべく、ヴィクトールを見て尋ねた。一連のやり取りを見たヴィクトールは「プロシー様も大変なのね」と思い、魔法袋の中から持って来た物を取り出し、机の上に出した。


「今回はですね、色々なお菓子とログアーツを持って来ました。ユイ、ロンロ、クリス、前話してたケーキを持って来たわよ」

「「「⁉︎ ケーキ‼︎」」」


 プロシーをジト目で見ていた三人は、ケーキと聞いた瞬間、キラキラした眼差しでヴィクトールを見た。三人の反応を見たヴィクトールは「あらあら、よっぽど楽しみだったのね」と思い、微笑んでケーキの入った箱を開けつつ。


「はい。これがケーキよ。皆んなの分はないから、内緒よ。……って、聞いてないわね」


 ユイ、ロンロ、クリスは一心不乱にケーキを食べ、大量のケーキを次々と消費していた。三人んは笑顔で「このショートケーキ、甘くて美味しいわ!」「このチーズケーキも濃厚で美味しいよ!」「こっちのチョコケーキも絶品ですよ!」と感想を言っていた。


 その様子を優しく微笑み見ていたヴィクトールは、ケーキを持ち、飛んでいるプロシーに近づくと。


「プロシー様も一つどうですか?」

「いや、遠慮しておくのだ。我輩はこれがあれば問題ないのだ」


 プロシーは冷蔵庫からガラスの瓶を二つ取り出し、ヴィクトールに見せながら告げた。


「プロシー様、その綺麗な物は何ですか?」

「これはエメラルドトマトのジュースなのだ。とっても美味しいから、ヴィクトールも飲んでみるのだ」

「あ、ありがとうござます。で、では……⁉︎ 『ゴクゴクゴクゴクゴクゴク……』」


 エメラルドの液体に「ほ、本当に美味しいのかしら?」と、不安がり、恐る恐る口に運んだヴィクトールは、一口飲みと一心不乱にジュースを飲んだ。飲み終わったヴィクトールは、感無量っという感じで、とても幸せそうな表情だ。


 ジュースを飲み終わったプロシーは。


「ヴィクトール、どうだった? エメラルドトマトのジュースは美味しかったか?」

「はい! とっても美味しかったです! プロシー様、これはどこで手に入れたんですか!」

「お、落ち着くのだ、ヴィクトール。これは、我輩が具現化させたエメラルドトマトを、ユイにジュースにしてもらった物なのだ。この通りなのだ」

「⁉︎ これが、エメラルドトマトですか。煌々とエメラルドの光を出して、綺麗なトマトですね。と、言いますか、これはトマト何ですか? 見た目もですが、味が既にトマトを超えた物でしたけど」


 ヴィクトールは誰もが思っても、未だ誰も触れなかった事をプロシーに尋ねた。町の皆は、プロシーがトマトと言えば、それがトマトからかけ離れた物でも、トマトで納得してきたのである。ある意味、禁断の領域に踏み込んだヴィクトールであった。


 ユイ達はケーキを食べるのを止めて、緊張した様子でプロシーを見ている。プロシーはしばし、目をつむり考え、ゆっくり目を開けると。


「ベースがトマトだから、エメラルドトマトはトマトなのだ。ヴィクトール、トマトとは奥が深い食べ物なのだ。言わばエメラルドトマトは、トマトの進化した姿なのだ」


 と、断固としてエメラルドトマトはトマトだと語るプロシー。プロシーにとって、トマトとは自分の根幹の様な物なので、エメラルドトマトは絶対にトマトだと言い張るのである。


 力強い銀の瞳で、直視されたヴィクトールは、あまりの迫力で後ずさりながら。


「そ、そうですね。エメラルドトマトはトマトですね」


 と、若干怯えながら答え、それを聞いたプロシーは「その通りなのだ!」と明るく言った。二人のやり取りを見ていたユイ達は「やっぱり、触れなくて正解だった」と、三人同時に思い、再びケーキを食べ始めた。


 プロシーの迫力を身を以て感じたヴィクトールは「もう二度と、この質問はしないわ。これはプロシー様の前では禁句ね」と、新たな教訓を胸に刻んだ。


 気を取り直したヴィクトールは、机の上にある銀の腕輪を手に持つと。


「プロシー様、ユイ、ロンロ、クリス、これはログアーツという物です。各自の手首の位置にはめてみて下さい」


 プロシー達は、ヴィクトールに言われた通り、各自の手首にログアーツを移動するのだった。

 

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