15 来訪者
プロシーがエメラルドの閃光を放ち、樹海の全てを跡形も無く消しとばした時に起きた地震は、プロシー達の住む町だけでなく、ガイアスラ全体を大きく揺らしていた。その為、各地ではプチパニックが起こったりと、少々問題が発生していた。
地震の時、エメラルドの閃光を見たと証言する者達も多くおり、一番樹海に近い、雷竜王の国【サンボルトーグ】の者達が調査する事になった。
その調査隊を率いる事になったのが、雷竜王の加護を持つ、金髪美女のヴィクトールである。ヴィクトールは、上下黒の長袖長ズボン姿だ。ヴィクトール達は、午後に準備を終了させて、飛空艇で樹海に向かった。
「な⁉︎ ……ここで、何があったって言うの?」
樹海に近づいて、現状を確認したヴィクトールは呟く様に言った。地形がまるっきり変わってしまっている為、ヴィクトールが驚く事は無理はない。
(樹海や、近隣にあった鉱山も全てが無くなってる。これをやった存在は超常の者ね。……竜王様の誰かがやったのかしら。でも、基本、竜王様達は自身のいる場所からは移動しないはず。……まさか、竜王様達以外にも、こんな事が出来る存在が居るって言うの? ……皆んなは無事かしら?)
そう考えたヴィクトールは、調査隊達を返して、一人で今回の犯人、プロシーのいる町に転移の魔法陣で移動した。転移の魔法陣は、使用者の力量により、移動出来る範囲が決まり、一度行った場所になら転移が出来る魔法だ。
ヴィクトールの出来る転移の魔法陣の移動距離は、およそ三十キロ。ヴィクトールは三度程、魔法を繰り返して、町の近くに移動した。
町を見たヴィクトールは、大きく目を見開き驚愕しながら。
(な、何がどうなってるの⁉︎ 外壁がレンガから、銀になってる⁉︎ しかも、前来た時より、門の位置が凄く前に来てる⁉︎)
驚いてばかりのヴィクトールは、急いで町の銀門の所へ行くと、コンコンとノックして。
「私です。ヴィクトールです。ここを開けて貰えますか?」
「お〜ヴィクトール様ですか。すぐ開けます」
キィィと音を鳴らしながら、大きな量開きの銀門は開かれた。中の建物や、構造が以前とは違う事に、驚きを隠せないヴィクトールは、しばし呆然とすると、中に進もうとしたが。
「ヴィクトール様、そこでお止まり下さい。それ以上、来ますと結界に弾かれますので」
「え? そうなんですか。私はどうすれば良いんです?」
「ヴィクトール様、これに触れて下さい。この水晶に触れた者は、結界に阻まれない様になっているんです」
門番の熊男は、青い水晶をヴィクトールの前に持って行きながら告げた。
「そ、そうなんですか。凄い技術ですね」
ヴィクトールがそう言いながら、右手で水晶に少し触れると、水晶が一瞬、エメラルドに煌めいた。門番はそれを確認すると。
「ヴィクトール様、もう、入って大丈夫ですよ」
「え、ええ。ありがとうございます。……ところで、この町の変わり様は何があったですか?」
「……ヴィクトール様、その話は、町長に聞いて下さい。一応、そういう決まりになってますので。すいません」
「い、良いんですよ。決まりならしょうがないですものね」
ヴィクトールは、頭を下げて謝る門番にそう告げると、中に移動して行った。ヴィクトールが、興味深かそうに、前との違いを確認していると、ヴィクトールを発見した住民達が「ヴィクトール様、お久しぶりです!」「相変わらずお美しい!」「ヴィクトール様! お、俺と付き合って貰えませんか!」など、様々な事を言った。ヴィクトールはあっという間に、住民達に囲まれた。
「皆んな、ゴメンなさい。後で皆んなと話に行くから、今は通してほしいの。町長に聞きたい事があるの」
それを聞いた住民達は察して、道を直ぐに開けた。ヴィクトールは、少し不自然な住民達に「どうしたのかしら?」と、疑問を持ったが、考えるのは後回しにして、町長の家に向かった。
ヴィクトールは町長の家に入り、ゼダに促されて、反対側の椅子に座った。
「町長、お久しぶりです。お元気そうで何よりです」
「はい。ヴィクトール殿も、お元気そうで良かったです」
社交辞令を終わらせたヴィクトールは、真剣な表情になり。
「町長、この町に何があったんですか? 前とは比べられない程、様々な物が新しくなっていましたが」
「……ヴィクトール殿。その質問は私共の恩人である、ヴィクトール殿、個人のモノですか? それとも、国の代表としての立場での質問ですか?」
「……私、個人の質問です。何があろうと、他言しないと約束します」
ゼダの尋ね方に、何かあると理解したヴィクトールは、そう返答した。
「そう言って頂けると助かります。この町に住む私達は、あるお方の恩恵を受けているのです。なので、そのお方が危険になるのは、避けたいのです。実は、この町には、プロシー様と言う名の、竜様がいるのです」
「竜⁉︎ 本物ですか?」
「ははは、ヴィクトール殿が信じられないのは、当然かと思います。それにプロシー様の見た目は、小さくて非常に可愛らしく、竜には見えませんでしたから、私も最初聞いた時は嘘だと思いました。ですが、プロシー様は間違いなく竜です。恐らくですが、プロシー様は、各竜王様には使えない力を持った、特別な竜です」
「……と、言いますと?」
「プロシー様には、竜なのが原因かは分かりませんが、加護を与える力はありませんでした。しかし、プロシー様には気という力を使う事が出来、また、それらを他者に教える事が出来るのです。気とはこんな力です」
ゼダは右手を前に出し、掌を天井に向けると、衝撃化した気で、青く輝く丸い球体を作り出した。それを見て、驚いているヴィクトールに。
「ヴィクトール殿。私共、この町の住民達は、皆この力を使えます。気を使う事で、自身の身体能力、反応速度、治癒力を上昇させる事が出来ます。更に気は、使えば使う程に、効果が上昇していくのです。……ヴィクトール殿ならば、もう、お解りですよね」
「……はい。確かに、その力が町長の言った通りなら、いずれは加護の力を追い抜くという事であり、そんな力があると分かれば、この町の竜様に危険があるかも知れないと、町長は考えているんですね」
「その通りです。プロシー様のお力は本物です。私共とは、桁が違う超常の力です。ですが、私はそれでも心配なのです。プロシー様は私達を家族だと言い、大切に思い、守ろうとして下さいます。私達、この町の住民にとって、プロシー様は守護竜というよりは、大事な家族なのです。ですから、信用に足る人物以外に、プロシー様の存在を教える事はしたくないのです」
ゼダは本音を告げた。ゼダ達にとってプロシーとは、どうしようもない状況を変えたくれた、恩人であり、家族であり、守りたい存在なのである。それ故に、どうしても、色々な事が心配になるのだ。
ゼダの一通りの話を聞いたヴィクトールは。
(竜が家族か。……そのプロシーと言う名の竜は、私達の竜王様とは、違う存在なのね。それに、いつの間にか、この町には私が必要なくなったのね。皆んなが安全になったのは、嬉しい事だけど、ちょっとだけ、寂しいわ。……⁉︎ 桁が違う超常の力? もしかして)
「……そうですか。話は分かりました。……町長、もう一つ、聞きたいのですが、樹海を跡形も無く吹き飛ばした、エメラルドの閃光は、その竜様ですか?」
「……さ、さあ、何の事ですかな」
ゼダはヴィクトールから、視線を逸らして、ごまかす様に答えた。それを見たヴィクトールは確信して告げる。
「町長、その竜様がやったんですね」
「……はい。で、ですが、プロシー様は仕方なくやったのです。黒の大鷲がリムを攫い、プロシー様は単独でリムを救助して下さいました。それにですよ、あの凄まじい一撃も、一応自然の事を考えて、プロシー様は全力を出さなかったのです。プロシー様が本気になれば、あんなモノではないんですよ」
「え⁉︎ あれで、全力じゃなかったんですか⁉︎ それに、黒の大鷲がリムちゃんを攫った⁉︎ ……黒の大鷲はどうなったんですか?」
「跡形も無く消し飛ばしたのだ」
「⁉︎ あ、あなたが、プロシー様ですか?」
突如、真後ろに現れたプロシーに、一瞬驚きながらも、ヴィクトールは冷静になり、プロシーの方を見て尋ねた。
「そうなのだ! 我輩がプロシーなのだ! おぬしは誰なのだ?」
「も、申し遅れました。私は雷竜王の加護を持つ、ヴィクトールと申します」
ヴィクトールは、椅子から立ち上がり、一礼しながら名乗った。
「お〜、おぬしがヴィクトールなのか! 話はユイ達から聞いてたのだ! ヴィクトール、よろしくなのだ!」
プロシーは、ヴィクトールを『気竜眼』で見て観察しながら、明るく告げた。
「よ、よろしくお願いします。……あの〜プロシー様?」
「何なのだ?」
「その〜、触っても良いですか?」
「「「ダメ」」」
「⁉︎ ユイ、ロンロ、クリス! 久しぶりね! 元気だった?」
玄関の方から入って来た三人を見た、ヴィクトールは、パァアと明るい表情になり、三人に近づいて尋ねた。ユイ達は微笑みながら。
「ヴィクトールさん、久しぶりです。私は元気でしたよ」
「ヴィクトール、久しぶりだね。私も変わりないよ」
「ヴィクトールさん、お久しぶりです。私も元気ですよ」
「そう、良かった。……それで、何で、プロシー様に触れてはダメなの?」
ヴィクトールは首を傾げながら、不思議そうに言った。聞かれた三人は平然と「ライバルが増えたら面倒だから」「プロシーは私達の家族だから」「プロシーちゃんに触れるには、コツがあるからです」と、告げた。
ヴィクトールとユイ達がそんな話を暫ししていると、プロシーがゼダに飛んで近づき。
「ゼダ、我輩これから、リザとリムと一緒に川に行って遊んで来るのだ。後の事は任せたのだ」
「はい、分かりました。プロシー様が一緒なら、今度は安心ですね」
「じゃ、行って来るのだ。ユイ、ロンロ、クリスはどうするのだ?」
プロシーに問われたユイ達は即座に「行く!」と答えた。プロシーはユイ達に近づくと、ヴィクトールを見て「ヴィクトール、さらばなのだ」と明るく告げると、”空間転移”で三人を連れて瞬間移動した。
それを見たヴィクトールは、またまた目を見開き驚いた。魔法陣を使わない移動方法を見た事がないヴィクトールが、”空間転移”を見て驚くのは無理がない事なのだ。ヴィクトールは少しすると、疲れた様に椅子に座り。
「町長、プロシー様が凄い存在なのは理解しました。……実は私は、エメラルドの閃光の調査の一環として来たんですけど、こうなると、報告が難しいですね。……とりあえず、プロシー様の事は報告しません。苦しい言い分ですが、超常現象と報告しておきます」
「ヴィクトール殿、苦労をかけます。本当にいつもありがとうございます。ヴィクトール殿、私共では、あまりお力にはなれないかもしれませんが、何かあったら相談して下さい。私達は、ヴィクトール殿へのご恩は、一生忘れませんから。それと、町の服製造場所に行って下さい。ささやかなお礼ですが、プロシー様の力が宿った、糸で作った服を持って行って下さい。見た目は普通の服ですが、その強度は鎧を優に超えてますので、ヴィクトール殿の助けになるかと思います」
「そんなものが……分かりました。町長、御心遣いありがとうございます。ありがたく貰って行きます。では、私はこれで」
ヴィクトールはゼダの家を出ると、服製造場所で、服を数着貰い、住民達と話をした後、銀の門から外に出て、魔法陣でサンボルトーグに帰った。
一方、プロシー、ユイ、ロンロ、クリス、リム、リザは、町の南にある綺麗な川のある場所で遊んでいた。川の周囲には大小様々な岩盤があり、時折、気持ちのいい風が吹き、虫の鳴く声も聞こえる。川の水深は約三十センチ程の浅瀬で、流れも緩やかである。
日差しが煌々と照らす中、ユイ達はそれぞれ、半袖半ズボンの姿で、全員が川の中に入り、水の掛け合いや、追いかけっこなどをした。プロシーはオリジナル水魔法で、水のトンネルや、噴水、渦潮など幻想的な光景を出して、リム達を大いに喜ばせた。
暫く遊んで、服がずぶ濡れになり、体のラインと下着が丸見えの妖艶の魅力を出すユイ達は、風に吹かれ濡れた髪をなびかせながら、川沿いの岩に座り休憩をしている。川に体を浸け、頭だけ出しているプロシーは、リザの膝の上にいるリムを見て。
「リム、楽しいか?」
「うん! プロちゃん! リム、すっごくたのしいよ!」
「そうか。それは良かったのだ」
リムの楽しそうな顔を見たプロシーは、安心して優しい声色で言った。今回ここに来たのは、怖い思いをしたリムの為だ。リムを元気付ける予定で来たのだが、どうやら心配はいらなかったようで、リムは非常に楽しそうである。リムは中々肝が据わった五才の幼女の様だ。
それからプロシー達は、川辺で焚き火をして、プロシーが容易に取った大量の魚を焼いて食べながら、ユイ達は服を乾かした。そんな感じで楽しんでいると、辺りは夕暮れになり、プロシー達は転移の魔法陣で町に帰った。
町に戻るとリムが、飛んでいるプロシーを見て。
「プロちゃん! あそんでくれて、ありがとう! また、あしたね!」
「リム、また明日なのだ!」
プロシーの返答を聞いたリムは微笑むと、一人で家に走って行った。それを見たリザはプロシーに近づくと。
「プロシー様。今日は本当にありがとうございました。お陰様で、リムは楽しそうです」
「リザ、良いのだ。我輩こそ、注意が足りてなかったのだ。ごめんなのだ。今後は皆に危険が無いよう、我輩も色々と考えてみるのだ。とりあえず、二人が無事で本当に良かったのだ」
「はい。それもこれも、プロシー様のお陰です。では、私もこれで」
「リザ、また明日なのだ」
リザは微笑んで告げると、家に向かって歩いて行った。プロシー達も家に帰り、皆んなでお風呂に入った。何時もの様に、プロシーを抱きしめて、モフモフしながら、お湯に入っているユイが、プロシーの銀の瞳を見て。
「ねぇ、プロシー。プロシーの事だから、今日の事を気にしてるんでしょ」
「……そうなのだ。二人が無事だったから良かったが、もしもの事を考えると、何か対策を作らないとダメなのだ。……危険な時に、自動発動する結界魔法みないなモノを、考えないと安心できないのだ」
そう返答したプロシーは、目を閉じて色々な事を『探求者』で探求する。そんなプロシーを見たユイは、プロシーをぎゅっと抱き締めると、耳元で優しく。
「プロシー、心配なのは分かるわ。けど、今は休みましょう。プロシーはずっと休んでないんだから、休憩する時間が必要よ」
「ユイ、我輩は元気だから大丈夫なのだ」
「いいえ、体は元気でも、心が疲れてるわ。プロシー、せめてお風呂に入ってる時ぐらいは、考えるのを止めて、ゆっくりして。プロシーは、皆んなの事ばっかりで、自分の事は気にしないんだから。私はプロシーの事が何時も心配なのよ。気は傷が治せても、心までは癒せないんだらね。……そうね。プロシー、お風呂から上がったら、エメラルドトマト料理一杯作ってあげるから、それを食べて今日はゆっくりして。それから、今日は一緒に寝ましょ。今日のプロシーのお仕事は、私に癒されること。分かった?」
「……ユイ、気持ちは嬉しいが」
「ユイ、そこは、私にじゃなくて、私達にだよ。私だってプロシーを癒すよ」
「そうですよ、ユイちゃん。私だって、プロシーちゃんを癒します」
「そうね。三人でプロシーを癒しましょう。プロシー、これは家族の決定事項だから、従わないとダメなのよ」
「……分かったのだ。ユイ、ロンロ、クリス、ありがとうなのだ」
プロシーは三人を見上げて嬉しそうに言った。三人の言う通り、プロシーは考えるのを止めた。この世界に来て初めて、いや、生まれて初めてただ過ごしている。プロシーは本当の意味で休息をした。休息の必要の無いプロシーにとって、初めての何とも言えない時間であった。
三人に優しくモフモフされているプロシーは、心が安らぎ温まる様な感覚を覚えた。そう、ユイ、ロンロ、クリスの優しい気遣いに安心しているのだ。
それからお風呂から上がったプロシーは、ユイの絶品料理を嬉しそうに沢山食べ、三人にずっとモフモフされ、ユイが眠るまで添い寝をした。プロシーも大いに癒されたが、ユイ達も癒された様で、とても良い笑顔の三人であった。
三人がパジャマ姿で、気持ち良さそうに寝ているのを見たプロシーは。
(ユイ、ロンロ、クリス、ありがとうなのだ。お陰で、スッキリしたのだ。やっぱり、家族は良いのだ。何よりも大事なのだ。我輩、もっと頑張って、皆んなが無事で暮らせる様にするのだ)
内心でお礼を言い、新しい目標を決めたプロシーは、早速探求と行動を開始したのだった。
次回、金曜日の十八時頃、投稿予定です。