10 町長
プロシー達四人は、町長が住む、町の中心のレンガの建物に移動した。町長の家も一階建てである。
代表してロンロがコンコンと、ドアをノックすると。
「入って良いぞ」
と、低い男の声が聞こえて来た。プロシー達は中に入り、ユイ達が靴を脱いで上がると、リビングに移動した。
リビングに居たのは、大きめのサイズの椅子に座っている熊の獣人だった。町長は門番達同様、ほぼ、熊の見た目で体つきのみ人間だ。
町長は入って来たユイ、ロンロ、クリスを見ると微笑んだが、近くで飛んでいるプロシーを見ると、指差して。
「おい、お前達。その飛んでいるモフモフは何だ? ユイが拾って来たのか?」
「町長、この子はプロシーよ。今日からこの町で私達の家で住む事になったの。私達は一応報告に来たの。それとね、プロシーは竜だからね」
「はぁ〜。ユイ、嘘をつくなら、もっとマシな嘘を言え。そんな戯言誰も信じないぞ」
村長は顔を横に振りならがやれやれといった感じで告げた。それを聞いたプロシーは、みたびフワフワの耳を垂らしながら呟く。
「我輩、これでも竜なのだ」
「⁉︎ モフモフが喋った⁉︎」
町長は思わず椅子から立ち上がり、驚いた。
「ちょっと、町長! プロシーが元気なくしちゃったでしょ! どうしてくれるの!」
「そうだよ、町長! 私達のプロシーを悲しませないでくれよ!」
「そうです! 町長反省してください!」
「な、俺が悪いのか⁉︎」
「「「悪い!」」」
ユイ、ロンロ、クリスに悪いと強く告げられた町長は、渋々といった感じで。
「その、何だ。悪かったな」
「「「心がこもって無い。真剣に謝って」」」
町長は、三人にジト目の視線を受け、うっ! と精神的ダメージを受けると「俺悪くないよな」と思いつつも、プロシーに頭を深々と下げて。
「申し訳ございませんでした。許してください」
と謝った。それを見たプロシーはフワフワの耳をピンと立たせ。
「もう良いのだ。我輩、気にしてないのだ」
と、告げた。ユイ達は笑顔で「プロシーは優しいわね」「本当だよ。プロシーは最高の竜だよ」「ですね。プロシーちゃんは最高です」とプロシーに優しく触れながら言った。それを聞いていた町長は「お前達、俺の時と態度が違い過ぎだぞ! 見た目か! 見た目が問題なのか!」と、内心で盛大に叫んでいた。
少しして、ユイ達を椅子に座らせた町長は、机の上に立っているプロシーを見て。
「それで、プロシー殿ですか。プロシー殿が竜と言うのは本当ですか?」
「本当なのだ。……そうなのだ。町長にも、何か作るのだ。町長、何か欲しい物あるか?」
「え? どういう事ですか? ⁉︎ 私の服が現れた⁉︎ ⁉︎ 次々と物が出来ていく⁉︎」
説明が面倒になったプロシーは、次々と家の中にある物を量産し始めた。しばし、唖然となっていた町長がハッ! と我に返ると、家の中は物に溢れ返っていた。尚作り続けるプロシーに。
「ま、待ってください! プロシー殿が凄い事は分かりましたから! もう十分です!」
と、狼狽しながら告げた町長。プロシーは「そうなのか?」と思い、作るのを止めた。それから、辺りを整理した町長は、今度は真面目な顔でプロシーを見て。
「プロシー様。私はこの町の長をしております、ゼダと申します。以後、お見知り置き下さい」
と礼儀正しく対応した。その態度の変わり様に、ユイ、ロンロ、クリスはジト目でゼダを見つめた。ゼダはその視線に気づいており、三人に目を合わさ無い様に努力した。これが社会の辛いところである。
ゼダは体長二メートル程の巨漢で、全身を黒い体毛が覆っており、牙と爪は非常に鋭利で、顔には複数の傷が付いていて、歴戦の戦士の様な印象を受ける。ゼダは紺の和服の様な格好である。
「ゼダ、よろしくなのだ! 我輩、しばらくはこの町に住むのだ! 何かあったら頼ってくれて良いのだ!」
「そうですか。ありがとうございます。……その、プロシー様。プロシー様には、加護を与えるお力はあられますか? あるならば、是非、私どもに加護を授けていただきたいのですが」
「ゼダ、我輩には、加護を与える力はないのだ。期待させて、ごめんなのだ」
プロシーはフワフワの耳を垂らせて、申し訳なさそうに言った。対するゼダも。
「い、いいえ、こちらこそすいませんでした」
と、頭を下げて謝った。ゼダ達、加護の無い者達にとって、加護とは憧れのあるものなのだ。加護の有る無しでは、力の差が歴然だ。この世界では、加護が無いと言うだけで、弱者であると言っている様なものなのである。
プロシーはフワフワの耳を立たせると。
「我輩、加護は与えられ無いが、気は教える事が出来るのだ。……そうだな、ゼダ、ユイと力勝負するのだ。ユイには気を教えてあるから、説明するよりも、解りやすいと思うのだ」
「そうね。町長勝負よ。私、今だったら、この町最強の獣人だと思うわ」
「……信じがたいが、やってみよう」
ユイとゼダは腕相撲をする事になった。両者が対面の椅子に座り、右手を掴みあう。可愛らしい華奢な女の子と、巨漢の熊男では、誰もが熊男が勝つだろうと思うだろう。そんな中、プロシーの話を聞いて半信半疑でユイと対するゼダと、興味深々のロンロとクリスが見守る中。
「レディGoなのだ!」
と楽しそうにプロシーが告げた瞬間に、バァーン! と轟音が響き、”気纏”をしたユイの力に全く対抗できなかったゼダが、床に崩れ落ちた。倒れているゼダは信じられないと言う顔で、しばらくの間呆然と天井を見上げていた。
それも無理は無い。ユイは本の数時間前まで、町の中でも極めて弱い、戦闘能力など皆無に近い存在だったのだから。そのユイが、気を覚えただけで、信じられない力を得た。つまり、加護が無くとも、強くなれる事を証明されたのだ。
その事実がどれだけ、ゼダにとって嬉しい事か表す事は難しいだろう。ゼダの四十年以上考え続けた苦悩は、プロシーと言う、竜には全く見え無い存在が現れた事により、解決された。もう、加護を持つ者達を恐れる心配がなくなるかもしれないのだ。
そう思ったゼダは急いで立ち上がると、プロシーに頭を下げて叫ぶ。
「プロシー様! 私共に気を教えて下さい! お願い致します!」
「ゼダ、頭を上げるのだ。我輩は最初からそのつもりなのだ。どうする? 今日から教えるか?」
「プロシー様、ありがとうございます! そうですね、明日からで大丈夫です。今日は、プロシー様の事を町の皆に教え、気を覚えたい者を集おうかと思いますので。早速、皆に紹介したいと思うのですが、宜しいですか?」
「我輩は構わないのだ」
「そうですか! では、ちょっと行って参りますので、プロシー様はここで、休んで居て下さい。準備が出来ましたら、呼びに来ますから!」
ゼダはそう告げると、急いで外に走って行った。その姿を見たロンロは。
「町長、嬉しそうだったね。あんな町長を見たのは、久しぶりだよ」
「ですね。私達の両親が生きてた六年ぶりくらいです」
「これも、プロシーのおかげね。プロシー、本当にありがとうね」
「気にしないのだ。我輩は家族として、当たり前の事をしただけなのだ」
それから、ゼダの家でのんびりとしていたプロシー達だったが、突如。
カーン! カーン! カーン!
鐘の音が響いて来た。それを聞いたユイ達の表情が一変して、険しいモノになり。
「大変だ! 急いで行かないと!」
「ユイちゃんはここに居て下さい!」
「そ、そうね」
と、慌てて動き出した。そんな三人を不思議そうに見ているプロシーは。
「何で慌てているのだ?」
と、首を傾げて尋ねた。その問いにロンロが。
「敵襲だからだよ! ここも危ないかも……そうでもないね」
「でしたね。そう言えば、今日からはプロシーちゃんが居るんですもんね」
「そうだったわ。今の私なら、戦えるんだった」
プロシーの存在を思い出して、安心して冷静になった三人だった。ロンロから、敵襲と言う言葉を聞いたプロシーは力強く告げる。
「ユイ、ロンロ、クリス、安心するのだ! 我輩が皆を守るのだ!」
そう告げたプロシーは、”剛気纏”になり、眩いエメラルドの光を放つと、ゼダの家のレンガの壁を破壊して瞬時に外に出た。ユイ達はそのあまりの速度に反応できず、ただ、レンガの壊れる音だけが分かったが、プロシーは既にそこにはいなかった。
プロシーは『気竜眼』で発見した敵対者の元に、”剛気銀竜纏”となり、三メートルの銀竜の姿になって向かった。プロシーは町の上空を音速を優に超える速度で飛び、瞬時に敵対者の元に移動した。
プロシーの敵達者とは、七メートルを優に超える黒き大蛇の群だった。その数、優に四十を越えており、地面を黒で塗りつぶしている。大蛇達は、町のレンガの外壁を破壊しようと、突撃を繰り返していた。
町の結界は、魔物に反応にして、その侵入を妨害する物だ。今のところは、結界があり、被害はなかったようだが、レンガに大きな亀裂が入っている為、長くは持たないのだろう。そのレンガの周辺には、ゼダを先頭に、町の警備隊の者達が武器を構えて臨戦態勢で構えていた。
プロシーは二十メートル程の上空から、下にいるゼダに叫ぶ。
「ゼダ! 危ないから下がっているのだ! ここは我輩に任せるのだ!」
「⁉︎ そ、その声は、プロシー様なのですか?」
「ん? あ〜そうなのだ。この姿は見せてなかったのだ。これで分かっただろう?」
「お〜流石プロシー様です。まさか、銀の竜になれるとは。お前達! 我々が居てはプロシー様の邪魔だ! 町の中央に退避だ!」
ゼダに言われた警備の者達は、プロシーに驚きながらも、町の中に退避して行った。それを確認したプロシーは、結界の外に出て、殲滅を開始する。
プロシーは超高速でレンガの壁に突撃する黒蛇に瞬時に近づくと、そのまま左右の腕を動かし、銀の爪を一閃する。まるで死神の鎌の様な斬撃は、その風圧だけで、近くにいた巨大な黒蛇十匹を後かともなく消し飛ばした。そのあまりの威力から、町のレンガの壁と結界は吹き飛び、地面には大きなクレターが出来た。
銀竜となったプロシーは、黒蛇達に反撃や反応など許さない。プロシーは即座に、左右の爪から真横に”剛気銀爪”を放った。その超高速の巨大な銀の刃は、辺りの大量の木々もろとも、三十匹程いる黒蛇達を果物を切るかの様に容易く一刀両断した。
プロシーの銀爪の威力は凄まじく、あっという間に、プロシーの視界一キロを優に越えて行き、風圧で前方の地面を大きく抉って行き、辺り一帯を吹っ飛ばし破壊した。
殲滅開始、わずか三秒もかからない秒殺で終わった。しかし、プロシーは臨戦態勢を解かない。銀竜のまま、町から西の遠くの森を見ていた。
そんなプロシーの前に、魔法陣の白い輝き共に、一人の人物が現れた。その人物は、黒い仮面を被り、黒い外套を身に纏っている。黒仮面がプロシーを指差して問う。
「貴様は何者だ? なぜ、気を使う」
「お前こそ、何なのだ! なぜ、この町を襲うのだ!」
「……ふっ、まぁ良い。互いに答える気はない様だな。この事態は予定外だが、面白い。貴様、私と戦ってみるか」
「向かって来るなら、戦うだけなのだ!」
「……向かって来るなら、か。興醒めだ。今日は引くとしよう。私は恐らく、またこの町に来るだろう。貴様に会いにな。ではな」
黒仮面男は、そう言うと、転移の魔法陣で消えて行った。少しの間、辺りを警戒していたプロシーは、”剛気銀竜纏”を解除すると、ゼダ達のいる場所へ飛んで移動した。
ゼダ達はユイ達と一緒にいた。ユイ達に近づいたプロシーは。
「もう、大丈夫なのだ! 敵は居なくなったのだ!」
と、元気良く告げた。それを聞いたユイは微笑みながら。
「プロシー、町を救ってくれてありがとうね! おかげで助かったわ!」
と、言いながらプロシーを優しく、愛おしい様に抱きしめた。
「本当、プロシーのおかげだね。ありがとう、プロシー」
「プロシーちゃん、本当にありがとうございます」
ユイに続き、ロンロとクリスも微笑みながらお礼を告げた。
「プロシー様! 本当にありがとうございます! おかげさまで、住民に被害はありませんでした!」
ゼダは頭を深々と下げながら、お礼を言った。ゼダに続き住民達も「プロシー様ありがとうございます!」「私達の竜様ありがとう!」「可愛らしくて、強いなんて凄いわ!」などなど、様々な事を言っていた。どうやら、皆、プロシーが竜だと認識しているようだ。
「気にしなくて良いのだ。我輩、この町に住む者として、この町と皆を守るのだ! さっきの敵は、また来るみたいな事を言っていたが、その時も、我輩が戦うから、皆は安心するのだ!」
プロシーの言葉に「プロシー様、万歳!」「プロシー様、最高!」などなど、住民達は盛り上がっていた。そんな中、ユイは腕の中のプロシーの銀の瞳を真っ直ぐ見て。
「プロシー、私はプロシーと一緒に戦うからね。プロシーだけを危険になんてさせないから」
「ユイ……気持ちは嬉しいが危ないと思うだ」
「大丈夫よ。私、鍛錬頑張って強くなるから。それに、家族は助け合うから家族なのよ」
「そうだよ、プロシー。次は私も戦うよ。私達は嬉しい時も、危ない時も一緒だよ」
「そうですよ、プロシーちゃん。私も戦います。プロシーちゃんだけに、負担はかけませんよ」
「プロシー様、三人の言う通りです。不肖、この私も戦います。いえ、私達、町に住む者は一丸となって戦います! お前達、そうだな!」
「「「「はい! もちろんです!」」」」
皆がプロシーと一緒に戦うと言った。プロシーは心配な気持ちもあったが、皆の気持ちに嬉しくなった。そして、思った。これが家族なんだと。絶対に皆を守ると。プロシーにとって、この町の皆が大切になった瞬間である。
そして、多くの守る者が出来たプロシーのこの決断が、最強を目指すことへのきっかけになる出来事であり、際限なく力を追い求めるプロシーの探求の始まりである。
プロシーはユイの腕から抜け出て、上空で皆を見ながら力強く叫ぶ。
「皆の気持ちは分かったのだ! 我輩、皆に戦う力を与えるのだ! 皆でこの町を守って行こうなのだ!」
「「「「おおお!」」」」
全員が腕を高々と上げて、プロシーに答えた。それからプロシーは、町の外壁を直し、住民達全員が開いた、プロシー歓迎会に向かったのだった。
次回、月曜十八時頃、投稿予定です。