第六話 二つ呪われれば三つ呪われる……困ったものだ
ようやっと初のまともな戦闘シーン……ではない。
「おそらく、彼等の目的は呪いを打ち砕く品を破壊する事でしょう。とにかく、死んだ事に関して悲しむ事はあってもそれに責任を感じる事はありません。
最後の最後でその道を選んだのは、彼等なのです。つーか、そんな事をいちいち気にしていたってしょうがねえだろうが! あんな性格性悪どもどうせいつかは自業自得で死んでいたつーの」
後半から毒を吐くフルー。
とは言え、たしかにそうだろう。フルーの言葉を信じるならば、相手は今までだって沢山の人間を殺してきたのだ。
人を呪わば穴二つと言う言葉がある。……文字どおり、呪いで人を殺して不幸にしてきたのだ。だから、彼等は死んだのだ。
理屈はわかっても、人の死を見てすぐに受け入れられるほど、俺の精神は図太くない。とは言え、フルーが図太いと言う訳では無い。
おそらく生きてきた世界が違うのだ。
命が失われる。死が訪れる。それが身近ではなかった日本。
突然の死があっても、それはどこか遠い日常に感じていた。
嘆き、苦しむ時間はたっぷりとあった時間。
それを嘆き悲しむのが当たり前だったのが現代日本だ。
けれど、それは平和な環境だったからだ。
この世界では死を受け入れる事は当然の義務に近いのだろう。
「……平和な世界で生きて居たんですね」
「ああ。情けないと思うか?」
俺の表情にそうフルーが言えば、俺が尋ねる。
「いいえ。平和であること。死を悲しむこと。
それは人間として当然です。それを相手が敵である事で悲しまずにすぐに受け入れる。それはこの世界の歪みだと私は思っています。
むしろ、あなた方の世界が羨ましいと思います。
その心が失われない事を私は願います」
そう言ってフルーは優しく笑う。時たまに吐くその毒舌を無視すれば、優しい心を持っているのだろう。……どちらが本性なのかは、よくわからないが……。
「で、この部屋は?」
俺はそう言って部屋を見渡す。
「この部屋が封印されていた呪いの解呪する道具があるはずなんですが……。
どこにも見当たりませんね」
そう言ってフルーが周囲を見渡す。
「なにかありませんでしたか?」
「それらしい品は無かったぞ」
フルーの質問に俺は言う。
そんな仰々しい品はちっとも無かった。
「と、言うかどんな品なんだ? やっぱり魔法書とかで本とか杖とかか?」
脳裏に浮かぶのはゲームに出てくるようなぶ厚い本や巨大な杖。
「いえ、あのクソボケ爺の残した資料から考えると……。
紙を折り重ねて作ったような品です」
「紙を折り重ねた……」
その言葉に俺の脳裏に思い浮かんだのは先ほどみたあの品だ。
「……まさかとは思うが……、まさかこれか?」
俺はそう言って恐る恐るハリセンを見せると、
「それです」
俺の言葉にフルーがそう言って頷いたのだった。
「ハリセンだぞ!? これ!?」
「ハリセンとは、なにかはわかりませんが……間違いなくそれです」
「これが? その秘宝なのか?
こんなもん、新聞紙か丈夫な紙とテープが出来れば作れるぞ」
「それは見た目の話です」
俺の言葉にフルーがそう言って訂正する。
一見すると、お笑い芸人が持って居る品に見えるこれは、呪いの核を弾き飛ばす事ができるらしい。
「あのさ。なんで、それでこんなデザインなんだ?」
「作製者の趣味が悪いからです」
俺の質問に断言するフルー。
……そう宣言されてしまえば、俺としては何も言えない。
「……じゃあ、これはお前に渡すよ」
俺はそう言ってハリセンを手渡そうとしたのだが、
「いいえ。それはできません」
と、首を振るフルー。
「へ? これがお前は必要なんだろ?」
「それには一つの呪いがかかっています」
「呪いを解く道具じゃなかったのか?」
フルーの言葉に俺は叫ぶ。これ以上、呪われる趣味はないのだ。
「正確に言えば、所有者の呪いです。
この品が必要がなくなった……。つまり、呪いを統べる魔女王が残した全ての呪いが失われたとき、この呪いの品は無くなる。けれど、それまでは最初に手にしたもの以外が触れる事ができません。つまり、所有者として永遠として持ち続けると言う呪いです」
「……ようするに、『呪われている。装備を外せない』と、いうやつか……」
フルーの言葉に俺はゲームの言葉を思い出す。
呪われた防具はデメリットが高い。メリットがあっても、あまり好きこのんで身に着けたいと思わないが、間違って身に着けたら最後、特定の条件を満たさないと外す事も出来ないのだ。
「なんで、呪いを解くための品に呪いをかけるんだよ?」
「呪いもやりかたしだいでは祝福になります。たとえば、盗難防止。特定の品を盗まれないための防衛としても使われています。あるいは、好きな異性に異性からやや冷たくされる程度の呪いをかけます。呪いをかけた人間には効果がないので、恋愛が成就しやすくなる。呪いも程度を考えれば、正しい使い方になるんです」
「毒も薬も紙一重というやつか……」
フルーの言葉に俺は呟く。
風邪薬や治療薬も容量や飲み方を間違えれば、毒になる。
逆に毒を薄めれば薬になることもある。
「呪いを統べる魔女王は呪いを悪用しましたが……。
本来ならば呪い屋と言って呪いをかける事を専門としている職業もあります。
正しい呪いの使い方をしている者ならば、恥じる事はありません。
ですが……呪いを統べる魔女を崇拝するものは他者を傷つける呪いを使います」
そう言って顔をしかめるフルー。
「で、これはただしい呪いの使い方をしているのは解ったけれど……。
俺が持ってしまってどうするんだよ?」
「言わせてもらいますが、勝手に持ったのはあなたです」
「これがそう言う品だと知って居たら、持たなかったよ」
フルーと俺はそう言い合いながら、見つめ合う。端から見たら美少女同士の会話だが、実際の所はハリセンについての談義である。……しかも、片方の精神は男だ。
「……ま、良いわ」
そう言ってあっさりとフルーは受け入れた。
「良いのか?」
「まあ、その方法はあとで考えてここから出ましょう」
そう言ってフルーが歩き出す。
「出口は解るのか?」
「……あのクソ爺の事だから……」
フルーが言った瞬間だった。
がごん!
と、何か嫌な音がした。
「宝が無くなった瞬間に、ダンジョンが破壊されて行く」
「先に言え!」
その瞬間に部屋が音を立てて壊れて行く。俺達は慌てて部屋から出て行く。
「と、言うか壊れるに時間がかかりすぎだろ」
「あのクソボケ爺の考える事よ!
どうせ、安心させて迷宮で道を迷わせるつもりだったのよ」
「嫌な性格をしているな!」
ひょっとしてこれがハリセンの形をしているのも、知って居る人間……つまり、フルー以外の手に渡らないようにするためではなく、ただの困惑させる。と、言う趣味の悪い企みだったのではないのだろうか? と、考えてしまう。
「なあ! 作った人に後で会わせてくれ」
「会ってどうするのよ?」
「ぶん殴る!」
高齢の老人だろうが、とりあえず一発、ぶん殴りたい。
「是非とも殴ってほしいけれど、一昨年に天寿をまっとうしました。
地獄から行って帰ってくる魔法と言うのはないので、死んでからにしてください」
「あいにくと、あった事もない爺を殴るためだけに地獄に行くつもりはないな」
死後に地獄があるかないのかは知らないが、……地獄に行くつもりはない。
まあ、天国に行けるほどの善行をしている覚えもないが……。だからといって、死んだら地獄に行くと自分で認めるほど悪事をしているつもりもない。
そんな中で、どんどんと壁や天井が崩れていく。
「あのクソ爺。いつか、降霊術でも覚えて殴ってやろうか」
「殴れるチャンスがあったら教えてくれ。俺も殴る」
ついに毒を堂々と吐くようになったフルーに俺は本気で頷く。
とは言え、そんな言葉の掛け合いをしている中でも足を止めない。
しかし……この体……足が短い。いや、短いというわけではないのだろう。女性としてはすらりとした四肢をしているのだろうが、男だったときの体に比べていろいろと身体的バランスが違う。やがて、
「し、死ぬかと思った……」
「ど、同感ね」
と、なんとか出口にたどり着く。
「けれど、安全はまだみたいよ」
フルーがそう言った瞬間だった。
「あ?」
ぶわりと現れた気配に俺は顔をしかめる。
するとそこには、迷宮で出会った魔法使いと剣士と同じ黒ローブ姿の者達。
ざっとその数は十数人近い。その姿は、
「味方……じゃなさそうだな」
と、俺は呟いたのだった。
その瞬間に何かをわめきながら黒ローブの集団が襲い掛かってくる。見たところ、禍々しいと形容するに相応しい武器を手にして襲ってくる連中。
そしていかにも危険そうな魔法を使う連中。
うん。やっぱり友好的にはなれない。
「なあ! こいつら、なんて言っているんだ?」
「この世界の言語です」
「なんで、お前は俺たちの世界の言語がわかるんだ?」
襲ってくる相手から距離を取りながら避けていく俺はそう尋ねれば、フルーは答える。
「私は、あなた達と接触すると思って翻訳の魔法道具であるチョーカーをつけてます」
と、答えるフルー。
そして、
「解呪魔法! 呪除聖域」
と、宣言した瞬間、フルーの杖から光が溢れてくる。
そして、ばっと慌てたように距離を取る黒ローブの集団達。
そして、
「何も起きないじゃないか!?」
「失敗しました」
何も変わらない。
その様子に転けたようにテンポを崩された黒ローブ達だが、畏れぬように続いてまたも攻撃してくる。
「この状況で失敗するな!」
俺は思わず怒鳴る。
そんな中で襲い掛かってくる黒ローブ。
そのうちの一人が大きな……と、言うか馬鹿でかい斧を振り下ろす。
身の丈はどうみても、俺ほどあると言う常人ならば持ち上げる事も不可能な鎧。だが、その鎧を持って居る人間はどちらかと言うと骨と皮だけの貧弱と言う言葉が相応しい。
だが、そんな事を考えて居る暇はない。
俺はとっさに手を振りあげる。その手にあるのは……ハリセン。
ハリセンと斧……たとえ、その斧が一般的に売っている片手で持ち上げるようなものでも、間違いなく負けるのはハリセンだ。
ハリセンに負ける斧なんてプラスチックで作られた中身が空のオモチャだけだ。
いや、オモチャだって少しぐらい頑丈なら勝てる。
まけるとしたら、それはせいぜい紙で作った斧ぐらいだ。
瞬時に俺の脳裏に浮かんだのは、ハリセンと一緒に真っ二つになる俺の姿だ。
……死んだらせめて正しい性別の姿に戻って欲しいな。
と、俺は思う中でハリセンが斧に触れた。
その瞬間だった。
パーン!
と、高い音が響くと同時に斧から何か漆黒の塊が吹っ飛んだ瞬間、振りかぶっていた男の腕から力が失われ、一気に倒れ込む。
幸運にも俺がいた場所ではない方向に転けていた。
そこに、
「呪除聖域」
と、言うフルーの言葉が響く。
またも、フルーの周囲から淡い光りが放たれると、
「やった! 二回目で成功! 自己最高記録です!」
と、歓喜の声と共に相手が持って居た武器が音を立てて壊れ始め、
「これで、最後です。土沈牢獄」
フルーがそう言った瞬間に、俺とフルー以外が地面に沈んでいったのだった。
主人公は異性に嫌われる呪い、男を魅了する女になる呪い、そして呪いの道具が離れない呪い。……呪いのバーゲンセールのような状況だな。