第八話 新しい住民は呪い屋アリス
「と、いうわけであたしもここに住むことにしたから」
「……ここに、呪い屋の重要はあるとは思えないんだけれど」
アリスの言葉に俺はそうつぶやいた。
「いや、呪いの研究はあるし依頼人がここまでくればいいじゃない。
どうせ、あたしのところに来るのは呪いの森まで来ていたのよ。
呪われた異世界の町に来るのも大した違いはないでしょ」
そういうと、俺の家の近くにある空き家を買い取った。もともとは、住んでいたのであるが呪いの影響もあって一人で暮らしにくくなり、同じく転移していた親戚の家で同居することになっていた家だ。
最近、この町ではそういうことが多い。呪いの影響で一人暮らしが難しい。あるいは、この呪いのせいで日常生活に問題が出ている。
そんな人たちの中に、お互いのデメリットを補い合えるような人との同居。あるいは、親戚と暮らすということなどが、増えているそうだ。
俺たちの場合は、それほど致命的な影響は出ていないが……。
まあ、突如としての異世界。慣れ始めて、力を合わせるようになったのかもしれない。そのために、空き家なども増えてきている。
その中の一つをアリスは即金で買い取ったのだ。
「アリスって金持ちなのか?」
「呪い屋としては、間違いなくトップクラスの実力です。
それでいて、呪いの帝国とはまったく関係していない。
そのために、重要があるので貴族にも顧客があるのです」
俺の質問にフルーが答える。
「つまり、あれか?
こいつが邪魔だ。と、いうことで相手を呪い殺す」
「それは、犯罪だ」
俺の言葉にローイがツッコミを入れる。
「たとえば、そうだな。宝の保管だな。
無断で持ち出したものが、不幸になるように呪う。
あとは、そうだな。生まれた子供に最初のうちに簡単な呪いをかけておく。それによって、子供が増長しないようにするという育て方もある。
親が子供をやたらと甘やかしてしまいそうな場合などに、祖父や祖母がそういう手段を使うということもある。また、逆もある。
呪いの匙加減と言うのも大変でな。
そういう調節が得意なのもあり、また呪いの中には面白い呪いもある。
そういうことから、呪い屋アリスはわりと繁盛している。
まあ、気分屋で気分が乗らいないときはよほどの大金をつんでも断るそうだが」
と、ローイが言う。
なるほど、そういえば聞くな。家柄がよくて何かしらにつけて、甘やかされているバカ息子。そのバカ息子がこれでもか! と、甘やかされた結果が調子に乗った子供というわけだ。そうなると、大変なことになる。
そうならないために、ほどほどの苦労をあえてさせる。と、いうやつらしい。
「獅子は千尋の谷に我が子を突き落とす。と、いうやつか」
と、兄さんが言う。
なるほど、わかりやすい。ついでに、甘やかされて育てられたバカを見るとなるほど、納得もできる。こうならないようにしているんだな。
「……お前、なんか失礼なことを考えてないか?」
俺の言葉にローイが真顔で訪ねてきたので、笑顔でごまかした。
とにかく、アリスは類まれな変人であるが金持ちらしい。腕がよいのも事実であり、結果としてはなんというか俺の新しい仮面も作ってくれた。
新しい仮面は、デザインとしては仮面舞踏会などで身に着けるような仮面。顔の半分を隠しており、色合いは落ち着いた白色。縁取りを派手ではない落ち着いたクリーム色で飾っており、変な飾りはしてないシンプルな品だ。
ダンスパーティーならもうちょっと派手な方がよいのかもしれないが、あいにくと俺はこれを日常的に身に着けるのだ。それを、考えるとシンプルな品がよい。
かけられている呪いは、異性に嫌われる。と、言う呪いだ。かなり強力にかけられており、おかげでローイの対応が元に戻った。
俺にかけられている呪いに対する詳しい知識もあったのだろう。いまだに、ときめきがあるが、多少の商機を取り戻している。もともと、呪いに対する耐性が強かったのも大きいのだろう。と、シャルフさんが言っていた。
こういうところがあるから、あながち呪いの解呪屋を目指すのも見当外れではないそうだ。あとは、冷静さというか人生経験を積み重ねればよいのだろう。
まあ、とにかくこれで出歩くたびに惚れられる。と、言う状況は回避された。
さらに、一度でも身に着けると自分では外せない。と、言う呪いをかけてもらっている。自然に外れることもなく、外せるのは特定の人間だけだ。
この特定の人間は、フルーとアリスに薫とシャルフ。あと、ついでに兄貴だ。本当なら、俺も外せるようにしたいのだが、呪いで外れないようにするのは基本的に身に着けた人間は外れられなくするようにする呪いになるそうだ。
まあ、たしかにそういうもんだよな。
呪いの装備と言えば、基本的に自力では外せないものだ。
さらに、呪いの中には呪いの品を見極めることができるという呪いもかけてもらった。それが、いったい、どういう意味の呪いになるのかは謎だが……。
ほかにもいくつかの呪いがかけられているそうだ。呪いというよりは呪い(まじない)の意味合いが強いらしい。
「どう違うんだ?」
「まあ、時限式という意味では同じだな。
場合によっては大した違いはないが、呪いというのは言ってしまえば対象を不幸にするようにという意味合いが強い。対して、まじないは言ってしまえば守るためだな。
元々、まじないは呪いと加護や祝福の原型とされている。
それが、発展して他者を傷つけるものを呪い。
他者を守るのを加護や祝福と呼ぶようになった」
まあ、日本語でまじないを漢字で書くと呪いと書く。それは、のろいとも呼べる。呪文というのも呪いの文字と書いて呪文だ。
それを、考えれば魔法の原始的なものがまじないというのは納得だ。
それを基本とした、加護や祝福に比べると弱いが簡単な守りもあるそうだ。
「アリスは変だけれど、魔法の才能はある。
おかげで、私も学校の試験でどうにか助かったことがあります」
と、フルーが言う。
ちなみに、これはアリスが言っていたのだがフルーの魔法が高頻度で失敗するのはその呪いのせいだ。なんでも、呪いのせいで魔力の調節が下手だそうだ。
アリス曰く、
「家柄……と、言うか流れる血を考えれば魔法使いとしての素質は高いのよ。
呪いを得意とするかとかは、当人の性格とかもあるわ。
そりゃ、呪い屋をやれば天才でしょうね。
けれど、嫌だと思っている職業をしたって人生は楽しくないし成功だってしないわよ」
変人だし、快楽主義者だし、同性愛者だ。
けれど、いいことを言うんだな。と、俺は思ったものである。
とはいえ、問題が全くないわけではない。
「そうか。サオンのやつに会ったか」
「知っているんですね」
組合の応接室で、俺はラフェレアさんと話をしていた。
「魔法使いの犯罪者だからな。組合のトップならば知っている。
それも、そこらへんのごろつき犯罪者とは違う。
国家規模の大犯罪者だ。
今日日、知らないやつはまずいない。
呪いの魔女王の子供という呪いの王子。
フルーの実の兄でもあるが、サオンはもう救うことはできない」
救えない。その言葉に俺は黙る。
「サオンは呪いの魔女王によって育てられた。
母を愛し、母を尊敬している」
それだけ聞けば、普通のことだ。
俺だって、母さんは好きだし尊敬している。うっとうしいと思ったり、することもあるし腹が立つこともあるが、嫌いではない。
だが、おそらくサオンは、
「洗脳に近い教育を受けてきた。
母のためならば、サオンは己の命すら平気で捨てる」
「フルーはよくまともに育ちましたね。
……まともと、言ってよいのか少しだけ怪しいですけれど」
俺はそういいながら紅茶を飲む。うん。おいしい。
少なくとも道徳概念はまともである。
「フルーを育てたのは、フルーの祖父だ。
母方の祖父だが、まともな魔法使いだ。変人ではあったがな」
まともな変人って矛盾しているな。
なんでも、その祖父が呪いの魔女王を討ったそうだ。
実の娘を殺したともいえるが、もはやそれしか手段がなかった。己の娘が行ったことを恥じて、自ら娘を断罪したのだ。
そして、己が手にかけた娘にして自身の孫娘。
フールにかけられた呪いに最初に気づいた。
娘を邪悪な最悪の災厄として育ててしまった贖罪なのか。それとも、孫娘への愛情か? それとも、娘を手にかけた罪悪感を消すためなのか?
それは、だれにもわからない。
とにかく、フルーの祖父はフルーを人がめったに来ない辺境で育てた。
辺境で育てたのには、理由がある。
フルーを殺すべきという発案を出す強硬派。あるいは、監禁して封印をするべきという考えを持つ者。そして、フルーを殺すことで呪いの魔女王を復活させようとするフルーの実兄。そういった者たちから守るために、人里離れた場所で育てた。
呪いの魔女王を殺した。と、言うだけなら英雄になれそうであるが、その呪いの魔女王の実の父ということもあり、フルーの祖父は立場が微妙であったことも大きな理由だ。
とにかく、そんな理由もあってフルーはひどく世間知らずとなった。
「だが、フルーにはちゃんと道徳概念を持っている。己の母がどれだけ恐ろしい存在なのかを理解している。そして、その血と宿命に戦う意思を持った強い子だ」
「たしかに」
普通ならば、フルーの立場ならば人生に悲観をしてもおかしくない。
だが、そうならずに前を向いて生きていくことを決意している。
「だが、サオンは母のために生きていることしかできないように育てられてしまった」
依存というやつだろう。洗脳と言ってもよいかもしれない。それを、考えると哀れだ。
「救うことはもうできない。
少なくともたとえ、捕まえたとしても無罪にすることはできない。
あいつは、あまりにもたくさんの命を奪い、人生を狂わせた」
「…………」
たしかに、シャルフの人生も大きく狂っているといえる。
いや、シャルフだけじゃない。シャルフの家族や同じ村に住んでいた者たち。たくさんの人たちがあったであろう人生。
それが、失われたのだ。
そして、シャルフの悲劇はおそらく氷山の一角に過ぎないはずだ。
それを、考えると無罪放免にするわけにはいかない。残された遺族などが、何をしでかすかわからない。
下手をすれば、無罪を言い渡した相手まで殺そうとするほどの暴動が起きかねない。
哀れに思うところはあるが、許すわけにはいかないという理屈はわかる。
「同情したとしても、おそらくまた現れる。
お前たちの敵としてだ」
「わかっています」
ラフェレアさんの言葉に俺はうなずく。
相手が敵である。それは、否応なき事実であり否定することも変わることもない現実なのだ。それに、俺はあいつを同情して救おうなんて思っているわけじゃない。
「薄情かもしれませんが、俺はあいつを救おうなんて思っていません」
俺はおなかを減らしている子供に、自分の顔を分け与えるアンパンでもない。
「俺はすべての人間を救えるなんて大それたことは思っていませんし、救いたい。そう思うこともできないんです」
聖人君主ならば、たとえ左頬を殴られても右の頬を差し出す。たとえ、血だらけで傷つこうがちゃんと相手を救おうとする。
そういう人間だが、あいにくと俺はそこまで一歩間違えたら狂人レベルの自愛の人ではない。俺は俺が守りたいと思った人間を守るだけで精いっぱいだ。
そのことを言えば、
「気にすることはない。そうそう、聖人と呼ばれるような人間が現れてたまるか。
めったに現れないからこそ、聖人は歴史に名を刻むのだ」
なるほど。正論だ。
歴史に名を刻む人間というのは、そうそう現れない。
いつか、昔に見た番組の言葉であるが英雄とは英雄になろうとした時点でなれなくなる。聖人も似たようなものだろう。聖人になろうとして、聖人になるやつはいない。
「とにかく、フルーのことを知られた。
おそらく、この街のことも知っているだろう」
「でしょうねえ」
と、俺はうめく。
そもそも、呪いの魔女王に否応なく関係しているのが、この街だ。
おそらく、最大の被害者集合地帯であろう。
あいにくと住んでいる住民の大半が、呪いの魔女王ってなに? へー、そんなやつがいたんだ。と、いうこの世界の人間の一般常識レベルの知識もないが……。
「そのために、街の方も防衛をする。
多少、不満が入るかもしれない。
事情を知っているうえで、最初にフルーを受け入れた。そして、フルーの仲間になってくれているお前だからこそ、頼む。フルーに普通の幸せを教えてあげてほしい」
「頼まないでください。頼まれたからやるなんていやなんで……。ただ、俺は普通に友達として付き合うだけですよ」
ラフェレアさんの言葉に俺はそう答えたのだった。




