第五話 ピンチと激闘を繰り返して、手に入れた品は間抜けすぎる
お久しぶりです。
家族旅行に出かけており、更新がかなり止まっておりました。
今までぐにょぐにょとただ無作為に行動していたスライム達が突如として、剣士と魔法使いに襲い掛かる。今まで何を考えているのか解らない印象だった。
だが、今は違う。
明確な敵意と言うか戦う意志を持って二人に襲い掛かってきている。
対して、俺はというと未だにぽよんぽよんと体当たりをするが……。
どちらかと、あの二人に向かう途中でぶつかってしまっていると言う印象だ。
だが、ぶつかる度に体が動かなくなる感覚がなくなっていく。
やがて体が自由になるのと同時に、彼等の体は黒いスライムに飲み込まれていく。
俺はしばらく考える。
無視して逃げるか……それとも、
「まったく。俺ってなんて損な性分なんだよ?」
八つ当たり気味に俺は言うと黒いスライムへと向かう。
相手が俺を見据えて用としていたのは解っている。だが、ここで無視すると俺としては寝覚めが悪い。そんな男は男として失格だ。
……今の俺が男らしいかどうかはさておき……。ここで見捨てたら外見だけではなく内面までも男らしく無くなってしまう。
俺は辛うじて除いている手を掴もうとする。だが、間に合わずに飲み込まれていく剣士と魔法使い。やがてスライム達は興味を失ったかのようにばらけており、俺を見ている。
「……骨すら残ってないのかよ」
俺はそう呻くように呟く。
食べられたのか……溶かされたのかはわからないが……。
「ちくしょう!」
俺は思わず床を叩く。
たとえ、俺をどうじか使用としていたとしていても……。
目の前で誰かが死んだのを無視して気分が良いわけではない。
助けられたかも知れない命が消えて、何も感じないほど非道な人間では無い。
俺がそう思って床を殴りつけた瞬間だった。
がごん!
「あ!」
どうやら何かの罠を作動させたらしい。
「嘘だろぉぉぉ」
フルーをどじっ子と馬鹿に出来ない。
そう思いながら俺は落下する。なんとか止まろうと壁に手をつけようとするが、しみひとつない白い肌は柔らかく、石で出来た取ってもない壁で止まる事が出来ない。
じわりと手から血が滲んで落ちていく。
「くそ。柔すぎるぞ。この体!?」
俺は思わず文句を言う。
おそらく落ちるのを止める事はできない。ならば、受け身を取る。そう瞬時に判断を変えた瞬間にどこかに落下する。
とっさに受け身を取ったのだが、その必要は無かったようだ。
ぼふん!
と、言う音と共に何かが俺の体を優しく受け止める。
「これは?」
俺は疑問を抱きながら立ち上がる。そこには、ふかふかのクッションが敷いてあった。ふかふかだがかなり使われてないのだろう。色は薄汚れており、新品とは言えない。
とは言え、落下した人間を怪我無く受け止める事は可能だろう。
俺はそう重いながら立ち上がり、周囲を見渡したのだった。
「……明るいな」
俺は目を細めて言う。
一瞬、外にでも放り出されたのかと思ったのだがどうやら違うらしい。締め切られた室内と言う締め切られた空間のものだ。
長く人が入っていなかったのだろう。カビた空気が周囲を支配している。
そんな中で俺が見つけたのは、
「…………ハリセン?」
ハリセンだった。
じっと俺は中央に置かれている品を見る。
それは、どこからどう見てもハリセンだった。
大きな紙を重ねて先端の片方をテープでグルグルにまとめて作ったあのハリセンだ。お笑いなどで使われるハリセンだ。
「……なんで、こんな所にハリセンが?」
俺は怪訝な顔をして呟く。
異世界に転移してダンジョンに潜った。
そして、いろいろあって見つけた異世界での初めて見つけた道具が……ハリセン。
「なんで、ハリセン?」
俺はそう呟きながらハリセンを手に取る。
実はハリセンに見えた別のもの……と言う可能性もあったはずだ。
だが、触って見てもやはりハリセンだった。
鋼鉄製というわけでもなく、振ると火の玉が出たり魔法が発動するわけではない。どこから見ても、どう考えてもハリセンだ。
……どうせ、異世界で見つけるならもうちょっとこう……すごいものが良かった。別に伝説の武器とかものすごく強力な道具とは言わない。
だが、こうも間が抜けた道具だと虚しくなる。
これならそこら辺に転がっている薬草とか、安売りしている魔法薬とかでも良かった。いっそのこと、ただの石とかただのナイフでも良かった。
そっちの方がまだ諦めがついたぐらいだ。
それが、ハリセンだ。
「まあ、伝説の剣なんて持たされても使いこなせる自身はないけれどよ」
吉成は剣道をしているので、剣を使えただろう。
だが、あいにくと俺がやっているのは空手だ。剣を使いこなす事は出来ないだろう。使い慣れない武器は相手が持って居る武器がある以上より、恐ろしい。
とは言え、ハリセンで死ぬ事は無いだろう。
ハリセンで死んだら……悲しいな。
と、俺は思いながら部屋を見渡す。どういうわけだが、天上が光っている。そのせいで暗くないのだろう。そう思っていると、ドアが開く。
そして、
「あのクソ爺。ど頭かち割って脳みそと解けかけた氷と混ぜてやろうか?
ヨシキさんははたして無事なんでしょうか?」
と、呟きながらフルーが現れた。
「フルー!」
「ヨシキさん」
俺が名を呼べば、フルーがぱっと笑みを浮かべる。……これで、最初に聞いた毒舌さえなければ文句のない状況だったのだろうが……。
「お前、無事だったのか?」
「当たり前です。少しドジですが……そう簡単に死んだりはしません」
「……少し?」
あのドジを少しと評するあたり、わりと良い根性をしている様子だと呆れていた。
「それに、無事だったのか? は、こちらの言葉ですわ。
言ってはなんですが、あなたがこの場所で一人でいて無事で居られる保証はありませんでした。骸骨戦士に石像門番、動く鎧。これらはけして強いとは言えません。
ですが、魔法も剣も使えない人物が無傷とは思えません」
「あー。それはだな」
フルーの言葉に俺は説明する。
フルーの言葉には正論しかない。おそらく、俺個人では最初に出会った動く鎧によって、俺は殺されていたはずだ。
「まあ、あの悪趣味のスケベ爺。趣味が悪くてスケベで女好きだけれど、少なくとも人を殺すような事はよっぽどの事がない限り、しないはずです。
だから、死にはしないと思っていましたが……」
そう言ってフルーは言う。
「おそらく、その最後にみた黒いスライム。
それの正体は、呪い食い粘液生物でしょう」
「なんだ? そのかーすらいむて?
リビング・メイルやスケルトン・ファイター。それと、ガーゴイルと言うのは大体は予想できるけれど」
と、フルーの言葉に疑問を口にする。
「粘液性物と言う種族は食べる事を好む生物です。とは言え、打撃や斬撃に対しての耐性は高いんです。
そして、呪い食い粘液生物は、呪いを好んで食する。そのため、どんな呪いであろうと食して、それを栄養源として増殖していきます。
なるほど……あのクソ爺らしい陰湿かつ粘着質な仕掛けです」
と、納得したように言うフルー。
「どう言う意味だ?」
「おそらくですが……」
そう前置きしてフルーは解説する。
あの迷路は一見すると、戦闘能力を見極めるように見えるがもう一つの見極めがあった。それは、戦い方の判断らしい。
魔法は得意分野がある。そして、出て来た兵士は魔法で擬似的な生命を与えた正確に言えば、生きて居ない存在。
それに擬似的な命を与えるのは、呪いの魔法と言う意味なのだ。
そのため、対策としては他に呪いを解呪すると言う魔法があるのである。
「私はその呪いを解呪しました。
けして、難しい呪いじゃなかったので、四回目で成功しました」
「……つまり、最初の三回で失敗したと言う事だよな」
フルーの言葉に俺は冷たく突っ込みをいれる。
成功したと自慢をするが、最初の三回で失敗する。
それは致命的な問題だ。と、いうか……。
「難しい呪いじゃないのに、三回も失敗するって……。
お前は呪いの解呪屋として致命的に問題があるんじゃ……」
「余計なお世話です」
俺の発言に否定しないフルー。
「おそらく、呪いを使う戦闘を行う者には呪い食いの粘液生物が大量発生する部屋へと案内する。
つまり、この迷宮は迷路と言うよりも、相手を特定の部屋へと誘うための場所だった」
「……お前、ドジだけれど馬鹿じゃないんだな」
フルーの言葉に俺はしみじみと呟いた。
「……失礼ですね。これでも魔法学校では実技はさておき、座学では成績優秀だったんですよ。……まあ、卒業できたのはギリギリの成績でしたが……」
語るに落ちている。と、フルーの言葉に俺は思う。
座学で成績優秀だったが卒業ギリギリ。つまり、実技は落第寸前だったと言う事だ。
それは、それで心配になる話だと俺は思う。
「じゃあ。あの二人はこの迷宮の外に飛ばされただけか?」
と、俺は疑問を口にする。
フルーの言葉からこの迷宮を作ったのは男性。それも、フルーの知人らしい。
性格は……悪趣味でスケベみたいだが、根っからの悪人ではないらしい。事実、死ぬ事はないと言う事だけはフルーは確信を持って何度も口にして居る。
そう思って俺が言えば、
「……いえ。それは違うでしょう」
と、フルーは首を振る。……断じてギャグではないぞ。
「? どう言うことだ?」
「あのクソぼけ爺は性格は悪いですが、たしかに命を奪うことはあまり好みません。
ですが、殺さないままで進めるとは限らない事を解っています。
……だからこそ、あの爺は最終的にあの女を殺すと言う選択肢を選んだ」
何か深い事情がありそうだが、そこは聞かないでおく。
「おそらく、呪い食い粘液生物の倒し方で最後に選択しました。
最後に彼等が使おうとしたのは……他者の命を犠牲にする事で効果を発動する呪い。
あなたは呪いのための生け贄とされかけたのです」
「……生け贄」
その言葉に俺はゾッとした寒気を覚える。
「はい。呪いの魔法の中には禁術ですが……生け贄を使う魔法があります。
たとえば、橋を流されないようにするための呪いとして橋に若い娘を生きたままくくりつけて、埋めてしまう。そう言う呪いもあります」
「……それ、俺の世界にもあったな。迷信とされているけれど」
フルーの言葉に俺は顔をしかめて言う。
人柱と言うやつだ。昔は……科学が発展しなかった時代では、生け贄と言うのは存在した。流行病や飢饉、日照りと言った当時の文明では対応出来ない出来事。
それを神の怒りと考えて、神への供物として人間を与えた。大抵はそれを若く美しい娘や幼い子供を選んで居た。これはひょっとしたら口減らしもあったのではないのかと推測している。労働力とならない女子供を生け贄に捧げる。それによって、少ない食料を消費する量を減らすというわけだ。とは言え、それが正しいと言う理屈にはなってないが……。
「当然ながら効果は高いんですが……。その呪いに対して、強く反応するようになったんでしょう。彼等は呪い食い粘液生物によって……喰われたんでしょう」
「……あれ、肉食なのか?」
あの黒くてぽよぽよ生物が人間二人を食べた。と、言う言葉に俺はゾッとした寒気を覚える。現代日本では生きて居た動物が本当に食べられたと言うのは、実感のわかない事実だ。
動物園の虎だって用意された生肉しか食べない。それに、人間を食べると言うのは人間としての本能から身近な話として受け入れられない。
喉元に熱く酸っぱいもの……正確に言えば、胃液と言ったものが逆流してくる。
「残酷なようですが……彼等の正体はあの女……呪いを統べる魔女王を崇める組織です。
だから、使う魔法も呪いばかりだったんでしょう。
そして、あいつらは……呪いのためならばなんでももします。呪いで相手を魅了して自分に惚れさせ求婚させるために事実、村一つを燃やしたと言う話もあります」
「……どんな状況だ」
燃えさかる村をバックに一人の男が一人の女性に求婚している光景を想像して、俺は呆れたように呟いた。