第三話 どじっ子には任せられないのでついていきますが、何ができる?
「で、お前は何を探しているんだよ?」
町の外は森になっていた。
それも葉っぱが紫色と言う異様な光景の森だ。
「かつて、あの呪いを統べる魔女王を封印した者がいた。
その封印した者は命をかけて封印した。
封印して数年後、……彼は命を失った。
けれど、死にかけた彼はいずれこのような時が来る事を畏れ、その魔女の呪いを完全に打ち消すための道具を生み出した」
「なら、それを手に入れれば良いじゃないか」
フルーの説明に俺は静かにそう尋ねると、
「けれど、その魔女に対して異様なまでに崇拝する者達がいた。
……そいつらは、魔女の呪いを打ち消す事が出来る力を破壊しようとした。
そして、その人物はそれが必要な時に相応しい者が手にするように待っていた。
……あのクソ婆とクソ爺。迷惑極まりねえんだよ。
その道具が封印されている場所がここから先にあるんです」
「なんで、その場所を知って居るんだ?」
途中の毒舌に俺はスルーして尋ねる。
わりと性格に問題がありそうな気がする。
「師匠筋にあたる……とだけ言っておきますの」
俺の質問にフルーはそう言う。
そんな中で、やがて現れたのは、巨大な石の塔だった。
そして、出した塔に向けて何かを取り出す。
「で、その道具を封印した場所がここか?」
「そうです」
そう言うとフルーは石の塔の扉を開けたのだった。
戸を開けた瞬間にむせるような血の臭いが鼻についた。
俺はとっさに顔半分を抑えて顔をしかめる。
周囲に広がるのは血の海に浮かぶ死屍累々の連中だ。
「おい。ここに道具を封印した奴は、呪いを統べる魔女王を倒したんだろ。
つまり、正義の味方なんだろ」
「大丈夫よ。それに、これは幻覚よ」
「幻覚?」
フルーの言葉に俺は怪訝な顔をする。
「そう。あのクソ爺がそう簡単に相手を殺すとは思えないわね。
たぶん、最初はハッタリと脅迫よ。
あのクソ爺の趣味の悪い冗談からも考えられるわ」
「あのさ。お前、本当はすごく口が悪かったりしないか?」
「あら、そんな事はないですわ。いつも、私は正直な本音で語っているつもりですわ。
隠し事はしますが、嘘は言わないを信条にしていますの」
隠し事はしているらしい。
そう思っている中で、やがて迷路が現れる。それと同時に先ほどまでむせかえるような血の臭いが失われる。
「これは?」
「血の臭いは幻覚よ。まず、最初に血を媒体とした幻術をかけておく。濃厚な血の臭いを脳に強く刻み込む。その刻み込んだ血の臭いを慢性的に感じさせる。そして、周囲に血の海の死体の塊を見せつける。そもそも、血がいつまで乾かないのもおかしいじゃない」
俺の疑問にフルーはそう答えたのだった。
「幻覚?」
「魔法の一つです。最初の試練の目的は度胸と魔法の知識を試したんでしょうね。
あの呪いを統べる魔女の呪いに立ち向かう度胸があるのかを確認したのでしょう。
そもそも、何時までも死体があんな新鮮な状態であるわけありません。血もいずれ渇くはずです。まあ、術式の媒体となっているのは、魔力で保存されていますが……。
あれだけの血を乾かないように保存するのは、いくらなんでも不可能です」
そう言いながら迷路を歩き始めるフルー。
「……なるほど、で……この迷路の目的は?」
魔法で明かりを灯すフルーからはぐれないように俺は言う。
「非常事態に対する対応能力と、実戦能力の確認よ。
呪いの核を回収、破壊。それは……途方もなく危険な事よ」
「そんなに危険なのか?」
フルーの言葉に俺は息をのむ。
「ま、あのクソぼけ爺の事だから、臨死体験のトラウマぐらいは出来ても、死にはしないでしょうね。けれど、危険だと解ったら瞬時に逃げ出しなさい。
あのアホぼけ爺の事だから、逃げだそうとした人間に罠をかける事はありません」
そう言った瞬間に、フルーが落ちた。
「きゃああああ」
「うお!」
慌てて俺は手をさしのべて、フルーの手を掴む。
「いや……やっぱりお前、心配だわ」
「だ、大丈夫です。ちょ、ちょっと罠にかかっただけです」
「それのどこが大丈夫なんだよ?」
フルーの言葉に俺はツッコミを入れる。
「と、言うか思ったんだが……お前、じつはけっこうなドジッ子なんじゃないのか?」
考えて見れば、フルーはわりとドジなところが有った。
家でも途中、何度かスッ転んでいた。
「し、失礼な。
たしかに、砂糖と塩を十回に九回ほど間違えたり、お湯と水を間違えたりしますし……。服を縫っていて間違えて、袖を縫い合わせてしまったりするのは日常茶飯事。
心配されるほどではありません。お風呂に入っていて、うっかり足を滑らせて溺れかけた事だって三回に二回まで減らせたんです」
「その言葉を聞いて安心されると思っているのかよ!」
むしろ、不安しかねえよ!
と、俺のツッコミは迷宮内をこだまする。
「むう。六回に五回よりは減らせたのに」
「だから、安心出来ないって……」
頬を膨らませるフルーに悪いが、お前には無理だ。と、言いたい。
だが、その強い決意には並々ならぬ覚悟を感じさせる。
「だ、大丈夫です。落第ギリギリと言うか無理だ。無謀だ。死人を出すと言われたけれど、なんとか呪い解呪屋になれたんです」
「……死人を出すって……」
「大丈夫です。
わたしはあのいかれ脳みそボケブス婆の呪いを全て打ち消すと決めたんです」
そうフルーは宣言するとそう言って前へと進む。すると、カチリ
「あ」
何かの罠を踏んだらしい音と共に、迷宮が派手に揺れ始めた。
「だから、心配だと言ったんだ」
と、俺は叫んだのだった。
とっさに、俺は何とかフルーを落とし穴から引き上げる。
俺もこれでも剣道部に所属していた。男の子なら何か運動をしなさい! と、言うのが両親の教育方針だ。俺は、空手を学んでいた。
ちなみに、吉成はスポーツマンタイプで剣道と野球の二種類をしている。兄貴は弓道をしている。……弓道はスポーツなのかはよく解らないが……。
女となってしまって、筋力が落ちてしまっている気がしていたが……。鍛えていた事実まで無くなったわけではなかったらしい。その割には、腕に筋肉を感じさせない柔らかく細い腕なのだが……。
「どりゃぁぁっぁぁ」
火事場の馬鹿力か男の意地か? いや、今の俺は厳密に言えば、男なのか?
そんな感じでとても女とは思えない雄叫びを上げながら、フルーを引き上げた。
声だけは可憐な乙女の声だから違和感が半端ない。
これで本当に野郎にモテるのか疑問がつきない。いや、別にモテたい訳じゃ無いが……。
だが、勢いがつきすぎてフルーとの手が離れる。その瞬間に床と壁が動き出した。
動き出した壁が俺とフルーを遮断する。
「ヨシキ!」
そうフルーが言う声と共に俺とフルーは離ればなれになった。
……考えて見れば、フルーに名前を呼ばれたのは初めてだった。
そう思いながら揺れ動く、床にしがみつくことしか出来なかった。
やがて揺れ動くのが止まれば周囲の風景は様変わり……はしてなかった。
無くなったのは落とし穴ぐらいで、迷宮の中であることは変わらない。手を伸ばせば、手が届く低い天井。両手を広げれば両手とも壁に手がつくほど狭い通路。
一言で言えば、暗闇なので俺は懐中電灯を取りだして光を灯す。
念のために電池も持って来ていたが……いつまで持つだろうか?
魔法が使えたら、こう言う時に明かりの魔法とかを使えたのだろうか? そもそも、電池がいつまでも手に入る訳では無いだろう。
俺はそう思いながら持って来ておいた、油性ペンを取り出す。
こう言う文明の利器はおそらくこの世界には無いもの……かもしれない。似たような品はあってもまったく同じではないだろう。
少なくともフルーは電線を知らない様子だったし……。
とにかく、俺はフルーにメッセージを残そうとして……フルーと自分の知って居る文字が同じかどうかを考えた。
考えて見れば、異世界だ。むしろ、言葉が通じたこと自体が奇跡に近い。
しょうがないので俺は自画像を描く。……うっかり元の本来の俺の絵を描きそうになってしまった。……しょうがないので、持って来ていた鏡を見ながら今の自分の似顔絵を描く。ちなみに、鏡を持って来ていたのはいろいろと使えると思ったからだ。光を反射させる事や、物陰から物を見ることも出来る。
断じて、自分の顔に見ほれているわけではない。……たとえ、どれだけ絶世の美少女だとしても自分だと言う事で魅力は半減するはずだ。
俺はナルシストではない。……呪いで変化した自分を美少女と評するのは、はたしてナルシストなのだろうか?
そう思いながら俺は進む方向に矢印を書く。矢印は万国共通だったので、異世界共通だと思う。……まあ、きっとニュアンスは伝わると信じて居る。
……もちろん、ここで動かないと言う手段もあるだろう。
だが、あのフルーだ。あの無自覚究極どじっ子だけに任せるのは、少しだけ心配だ。
例え、死んでも怨まない。の、ノリで俺は足を進む。
懐中電灯は腰のベルトに紐でくっつける。手で持つと空手では降りだ。明かりは最小限に抑えておく。はたして、でれる保証はないからだ。
そんな中で、奇妙な音が聞こえてきたのだった。
奇妙な音の正体。
それに関しては、いくつか可能性がある。
まず一つは、フルーが近づいている音。だが、迷宮の形が変わるとしたらそれは、仲間の分担が目的だろう。おそらく、集団で着た場合でも一人になっても冷静で居られるかの確認とかだ。
だとしたら、離ればなれになった俺とフルーがすぐに見つかると言う可能性は低い。フルーが魔法で俺の居場所を見つけられるとしても、迷路は思い通りに進めるとは限らない。
だから、これば希望的願望であり可能性は限りなく低い。
次のパターンは何かの罠。たとえば、フルーが何かドジをしてしまった。そして、まったく別の所で罠が発動した。……まあ、これは同じくらい可能性が低いはずだ。広範囲に広がるような罠じゃない限りは大丈夫だと思う。
とにかく、これは良くない可能性だ。
そして、三つ目の最悪の可能性。
何かのモンスターだ。なにしろ、弟のような実例があるのだ。弟はあくまで弟でついでに俺の色香? と、言うか呪いにとち狂って求婚してきたがあれは例外だ。……例外と思いたい物である。たとえば、モンスター……ゴブリンやオークと言った怪物連中が現れて俺の呪いで求婚してくる場合……。紳士的な求婚と言う可能性は低い。
エロ同人の屈辱物……美少女が不気味なモンスターに辱められると言う光景が広がる可能性もある。……まあ、そう言う話も嫌いではない。あくまで話として見るのが嫌いじゃないだけであって、そう言う事をしたいわけじゃないぞ! 本当だ。
とにかく、そう言う話が嫌いな訳じゃ無いが……実体験したいわけじゃない。特に、俺が女でそんな経験なんぞ想定したことすらない。
それなら、まだ一生童貞の方が救いがある。
空手をやって来たが、はっきり言って今の俺は普通の体ではない。……いや、普通の体と言うよりも今までの体とは違う。
手の足の長さや筋肉もかなり変わっているはずだ。
……フルーの後についてきていたが、かなり何も考えてなかった事だと思う。
そんな中でやがて光が現れて現れたのは……。
第四の可能性であるフルー以外の人間だった。
二人組の人間だろう。性別はあいにくと解らない。
漆黒のフード付きローブを身に着けた顔も良くわからない。だが、一人は腰に剣を持ちもう一人のそばには光の塊が宙に浮いている。
推測するに剣士と魔法使いのパーティーと言う奴だろう。
何か、喋っている様子だが……何を言っているのかわからない。英語の授業しか受けたことない俺には、たぶん英語じゃないんだろうな。と、言う程度のことしか解らない。
俺を見てすっと剣士らしき人物が俺に剣を向ける。
俺はとっさに空手の構えを取る。まあ、向こうにしてみれば俺は妖しいだろう。迷宮に見慣れぬ服を着て右目の部分を隠した仮面をつけた美少女。
自分で言うのも悲しいが怪しさが爆発している。
そんな中で、剣士が何かを話しかけてくるが……さっぱりわからん。フードを身に着けているので、表情から意志を読み取る事すら出来ない。
俺は警戒を緩めずに可能性を考える。可能性一、フルーの同業者。つまり、あの状況を自分が何とかしようとしてこの場所にある呪いを解く道具を手に入れる為に来た。
だが、この場合でもそれで富と名声を手に入れるぜ。と、企んでいて悪事を考えて居るパターンもあるのでやっぱり油断は出来ない。
第二の可能性は……フルーが言っていた呪いを統べる魔女王を崇拝する連中と言う可能性だ。呪いが解き放たれれば、崇拝している連中にしては喜ばしい事だ。
その呪いを消してしまう道具なんて壊してしまえ。そう考える可能性だ。
はたして、この二人はどちらだろうか……。
そう思っている中で、突如として俺の体を縛り付けるものが現れたのだった。
フルーのどじっ子設定をようやく活かせました。