第五話 探偵なのか捕り物なのか? とりあえず、知的とは言えない
それなりに平和な? 学校を終えた帰り道、俺は今日も師範の道場……南東道場へと入る。そこには、修行をしている薫がいた。
「失礼します」
「おじゃまします」
「また、女連れか……。
真面目にやる気があるのか」
俺を見て、薫はそう顔をしかめる。その腕に昨日には無かった包帯が巻かれている。
「……フルーを一人にしているといろいろと不安なんだよ。
それより、その包帯。……昨日の怪我か?」
俺は静かにそう尋ねる。
昨日の試合……いや、戦い。相手は実戦を考えて居るのだ。怪我をしていたのかもしれない。と、俺は思って尋ねると、
「女にうつつを抜かして、異性不純交遊をしているようなバカに心配される筋合いは無い」
と、薫は冷たく言う。
……俺とフルーはそんな関係ではないのだが……。
そう思っている中で、
「不純交遊とはなんですか?」
「まあ、いかがわしい付き合いだ。まあ、薫のはただの邪推だな。
それと、俺とお前がそう言う関係担ったところではたして本当に異性なのかは謎だな」
フルーの質問に俺はため息混じりに説明する。
しかし、なんだか呪いが起きてから薫の機嫌が悪い。
いつも、無駄にピリピリしている性格をしているが、今はそれが割増しに酷い。
「なあ。呪いで怒りっぽくなるとかあるのか?」
と、更衣室で着替えながら俺はフルーに尋ねる。
「まあ、ないわけではありませんね。
感情を発揮できなくなると言う呪いもあります。その中で、怒りの感情に囚われやすくなる。あるいは、感情を失う。他にも表情を失うと言う呪いもありますね。特定の条件でそれが酷くなっていく場合もあります。あの方もそう言う呪いの可能性がありますね」
「なるほど……。それならしょうがないな」
フルーの言葉に俺は納得する。
外見は変化がないが、おそらく感情が不安定になっているのだろう。たとえば、子供の反抗期……と、言うかイヤイヤ期。小さな子供は、何かにつけて嫌だ嫌だと駄々をこねる時期がある。五つ年下の晴奈もそうだった。
オモチャの後片付けや服を着替えるのを嫌がる。それだけではなく、ご飯を食べる事も、お風呂に入る事も、何かにつけて嫌だ。嫌だ。と、駄々をこねる。
面倒な時期である。まあ、思春期の反抗期と違って、わりと単純な所もあったが……。
まあ、言ってしまえばそう言う時期だと思えば受け入れるのも難しくない。
「それに、あの程度なら可愛いものですよ。
ただ、腹が立つ時期だからと言って投げナイフの的になったりしないんですから」
「いや、それは程度が違うだろ」
フルーの言葉に俺はツッコミを入れる。
そんな中で、着替えを終えて俺は空手の練習を始める。
「組み手はしなくていいのか?」
「いや。昨日の怪我があるだろ。怪我人と戦うつもりはない」
薫の言葉に俺がそう言えば、薫は顔をしかめて言う。
「お前程度には良いハンデだ。それとも、負けるのが怖いのか?」
その言葉に俺はため息をついた。
「……あいにくと、仕事もあるんだ。今日は、軽い特訓をしに来たのと……。師範に相談があって来たんだよ」
と、俺は言う。
「逃げるのか?」
「……今のお前と戦うのは嫌だと言っているんだよ」
薫の言葉に俺はため息混じりに言う。
別に俺は敗北が怖いなんて言わない。そりゃ、負けるのは嫌だが、負けた事のない人生と言うのは、もっと怖い。
挫折や失敗、敗北を経験して人は初めて成長できる。まあ、成功したり達成したり、勝利を経験したことが無い人生と言うのはかなり悲しいが……。
その言葉に薫が顔をしかめる中、
「俺が言う権利はないと思うけれどさ。
今のお前は、力や技を高めるよりも……もう少し、心を落ち着かせ」
「女を侍らせ、武道の道へいい加減になったお前に言われる筋合いは無い」
俺の言葉を全て奇行とせずに、薫はそう言うと道場を飛び出る。
「……ありゃ、かなり苛立っているな」
「そんなに、敗北が辛かったんでしょうか?」
俺の言葉にフルーが首をかしげる様に言えば、
「まあ、それもあるだろうが……。苛立っている理由は他にもある」
と、答えたのは師範だった。
「師範。おじゃましています」
「いや、よい。ところで、聞きたい事とは?」
と、俺の言葉にそう言って師範が尋ねる。
「はい。昨夜未明に起きた暴行事件について調べているんです。
それで、見たところなんですけれど……どうも、強い力なようです。
かといって、体の急所を明確に当てている」
と、俺は言う。フルーの職業からどうにか手に入れた事件の調査書。それの結果で、怪我をしている場所や様子から、ただ無作為に相手を殴り続けた素人のものではないと、俺は判断したのだ。
「その事から、相手は武道をたしなんでいると俺は判断しました」
「探偵のまねごとか?」
「俺は逆立ちしても、シャーロック・ホームズにもエルキュール・ポアロにも明智小五郎にも、金田一耕助にもなれませんよ」
師範の言葉に俺は肩をすくめて言う。
俺は自分がバカとは、思っていないがあんな名推理が出来る探偵でもない。そもそも、俺は推理小説を読むときは、推理もせずに読んでしまうタイプだ。
そんな人間は名探偵どころか探偵にも慣れない。おそらくなれて、ワトソンだろう。
そう思っていると、
「誰ですか? それ」
と、頭が良いか悪いかはさておいて人間心理と常識に疎い(と、思われる)ので、頑張ってもワトソン止まりと思われるフルーが尋ねる。
まあ、今回は世界的に有名な名探偵二人と日本が誇る名探偵を知らないのは無理が無いだろう。異世界の探偵を知って居たら、驚きだ。
「あー。架空の事件を解決する天才たちだ。まあ、天才であると同時に奇人だけれどな」
それなりに推理物を好むので俺は作品をいくつか知って居る。知って居ると言っても、大抵は漫画化されていたり、映画化されている作品を見た程度であり原作を読んだことはまったく無いので、推理物が好きだとも言えない。
だが、ある程度の作品を知って居るので俺は思う。
探偵とは天才でありそして奇人だと……。
「……とにかく、相手は武道をたしなんでいる可能性があります。
このことから、師範に心当たりがありませんか?」
話が大幅にずれているような気がするので、俺は話を戻す。
「まあ、最近ではこの道場のような武道をやる道場と言うのは少ない」
俺の言葉に師範はそう言って歩き出す。
「しばらく待っていなさい」
そう言われてしばらく待っていると、やがて師範が持って来たのは書類だった。
「とは言え、子供の教育や護身術として空手などを学ぶ人間もいる。
だから、教室と言うような形なのもある。
その中には、武術に心当たりがある人間はいるだろう。
最近では、ボクシング部や空手部と言う部もあるだろうからな」
「まあ、マイナーですけれどね」
最近では野球部やサッカー部と言ったほうがメジャーなのは事実だ。
「とにかくだ。武術の心得がある人間となれば、わりと多いだろう」
「少なくとも、相手は武道は武器を使うわけではありません。どちらかと言うと、空手やボクシングのように徒手空拳で使うようです」
と、俺は言う。
怪には、切り傷は無いし鈍器で殴られた様子はない。その事から、おそらく素手での殴り飛ばしだろう。その事から、呪いによって肉体が大きく変化することは無いというのも確かだ。爪や牙が生えたり、体が無機物になるような事も無い。
と、俺は推測している。……まあ、爪や牙がないだけで動物になっている可能性はある。「なるほど……。とにかく、近辺の素手での武道を教えている場所やうちの門下生。それらの住所と紹介状を書いておく」
「ありがとうございます」
そう言って渡された場所の住所のリストはけして多くはないが、少ないわけではない。しかも、大半は武道関係の教室だ。
その教室には、沢山の生徒がいるだろう。
と、俺はため息をつく。
「武道の教室ですか……。入ると問答無用で殴られるんですよね」
「ここの道場で違うだろ」
と、俺はフルーの言葉にツッコミを入れながら、とりあえず着替えてそこへと聞き込みへと行く事へとなる。
「聞き込みですか?」
「まあな。名探偵みたいに、わずかな情報から真相を見つけ出す事が出来るほど頭は良くないんだよ」
フルーの言葉に俺はそう肩をすくめて言う。
「まあ、ちびっ子教室とかの対象年齢が、五歳から十歳ぐらいの子供向けのは除外しても良いだろう」
「そうとは限りませんよ」
俺の言葉にフルーが否定する。
「呪いで急成長している場合や一時的に、肉体が成長する事もあります。
たとえ、子供となっていても肉体の変化が変質する事があります」
と、フルーが冷静に言う。
「あー」
フルーの言葉に俺は納得する。フルーに言われるまで、被害者が成人男性だった事も手伝って加害者も大人だと思っていた。少なくとも、子供はあり得ないと思っていたが、たしかに呪いの影響で肉体に変化がある可能性は高い。
その呪いによって急激な成長や肉体が変化している可能性はある。
容疑者はどうやらそう簡単に絞り込めないようだ。
「シャーロックホームズや金田一耕助と言った探偵じゃないな。どっちかと言うと熱血根性の刑事みたいだな」
俺はため息をつきながら、とりあえず事件現場の近くに住んでいる同門の人たちから聞き込みへと向かう。そんな中で、
「一つ、質問を良いですか?」
道場の近くに済んでいる谷津さんの家から次の犬井さんの家へと向かう道でフルーが声をかけてきた。
「なんだ?」
「なぜ、同じ道場に住んでいる人から疑うんですか?
人を襲う人たちだと思っているんですか?」
「……いや、むしろ逆だな。そんなやつだと思いたくない。
だから、そのために確認したいんだよ」
と、フルーの言葉に俺は言う。
疑いたくない。信じたいと思う。けれど、だからこそ確かめる必要があるのだ。
「犯人が身近の大切な人、たとえば家族や親友、友人だったらそれを違う。そう証明する証拠を見つけるために努力するさ。
俺は疑っているわけじゃない。犯人じゃないと言う証拠を見つけたいんだよ」
と、俺は静かに言う。
「犯人じゃないと証拠が欲しいんだよ」
俺はそう言う。
とにかく、今のところでは犯人じゃないと言う証拠が無い身近な知り合いは……一人だけだ。あいつじゃないと思いたいのだが、あの今の精神状態だと違うと言い切れない。
「犯人じゃないと言う証拠ですか?」
「ある探偵が大切な人に尋ねられた事があるらしい。もしも、殺人事件の犯人が自分や家族だったら犯人だと言うのか? その時に、探偵は犯人だったら犯人だと言っていたらしい。ただし、格好良く言えないらしいぞ。ボロボロで疲労困憊しているだろうな。
何しろ、犯人じゃない証拠をかけずり回って見つけ出そうとしていた結果だろう。と、言っていたぐらいだからな」
と、俺はため息混じりに言う。
「とにかく、同門から調べる。
それに、……別の教室に行くときに相手もあまり良い気分にならないだろうからな」
と、俺は肩をすくめる。
同門をろくに調べずに、他者を調べて居たらそれを良いように感じない連中は多い。十中八九、それに関して否定して協力しないだろう。
そもそも、暴行半と言われれば腹を立てて否定する人間は多いに違いない。
理屈で理解しても、心境としては納得できない要素も多い。
そこで、同門をろくに調べてないなら腹が立つだろう。
だから、向こうに誠意を見せるにも同門から調べるべきだ。
そう思いながら、俺やようやっと犬井さんの家にたどり着く。
「犬井さん。すみません」
と、俺はチャイムを押すと、
「ワオーン」
と、言う声が響くと犬がドアを開けてきた。
「えっと……犬井雅彦さんは居ますか?」
「俺が犬井雅彦だ」
俺の言葉に犬が喋った。
どうやら、呪いで犬にされてしまっているらしい。同情するべきだろうが、この状態ならば暴行事件の犯人ではないだろう。
おれはそう思いながら、ため息をついたのだった。