第四話 事件は起きた。それじゃ、学校へ行こう。
「容疑者は……とりあえず、呪われているのは間違いないんだよな。
だとすると……この町と言うか俺たちの世界の出身だと思うんだよ」
と、俺は教室でそう言いながらノートをめくりながら言う。
「言っておきますが、この世界の住民も呪われていたりしますよ。
呪いを統べる魔女王が暴れたのは、今からそれほど昔ではありません。私が生まれたばかりの頃に倒されましたが……。
その間際でも呪い続けるような胸くそ悪いはた迷惑な雌犬以下の存在だったんです」
「なあ。ユキ。フルーちゃんって真顔で毒を吐くよな」
「とりあえず、俺の名前は由紀だ」
厳左右衛門の言葉に俺はそう訂正するが、
「その外見ならユキの方が似合うと思うぞ。
漢字だってそう読めるしさ」
「てめえの背中に油性ペンで厳左右衛門と書いて、額にも厳左右衛門と書いてやろうか?」
「なんだよ。茶目っ気のない奴だな」
俺の言葉に肩をすくめる厳左右衛門。
「お前みたいに、可愛い呪いじゃないんだよ」
「その外見は可愛いと思うぞ」
「内容がだ!」
アホの言葉に俺はそう言うと、ノートを見る。
「とりあえず……この学校の生徒から容疑者を減らしていくか」
「それはすごく非効率的だと思いますが……」
俺の言葉に困惑したように言うフルー。
「それじゃ、他にどんな手段があるんだよ」
「そうですね。……まあ、その方法だけでは非効率的ですが……。
夜の見回りをするのも手段ですね」
「その場合、どこを見回るんだよ。
この町はけして狭くないぞ」
世界丸ごと転移したわけではないが、異世界転移ものは大抵は多くてクラス丸ごとのはずだ。なのに、町丸ごとだ。この町だってけして小さくない。
幼稚園だって小学校だってある。田舎で病院に行くのに隣町まで行かなければなりません。と、言うような辺境の地ではないのだ。
広い。俺は自転車に乗れてフルーは……下手くそだが、箒に乗れるが……だからといって、どこへもすぐに飛んでいくことは出来ない。
「あー。ほら、とりあえず現場の周辺はどうだ?」
と、口を挟んできたのは厳左右衛門だ。
そう言えば、
「お前の親父、たしか警官だったよな」
と、俺は思いだして言う。厳左右衛門の父親は時代劇マニアの警察官だ。ただし、警察官として問題があるほどのマニアではなく公私の区別のつく警察官だ。
俺の言葉に厳左右衛門が頷き、
「ああ。今は、犬の警察官じゃなくてコアラの警察官だけれどな」
「こあら?」
「コアラ」
厳左右衛門の言葉に俺が聞き返せば頷く。
コアラ。ユーカリを食べる日がな一日、木にしがみついているあのオーストラリアの名物動物でカンガルーと為をはるアイドルだ。
犬の警察官は聞いた事があるが……コアラの警察官は初めて聞いた。
「つか、この世界にコアラがいるのか?」
呪われているのは、俺たちだが呪いはこの世界のものだ。この世界に居ない生き物になるとは思えない。俺たちの世界の生き物にしかならないのならば、うちの兄と弟はもうちょっと朝おきぬけに視るには、ビックリしない外見だったかも知れない。
「コアラはいますよ。
特殊な魔草を食べると凶暴化して一晩で町を破壊するほど暴れる危険な動物ですよね」
その言葉に厳左右衛門がとんでもない顔をしていた。
「まあ、そうそう滅多に無いんですけれどね」
「その草の写真か何かを手に入れる場所はどこだ?
万が一にでも食べられたら……この町が壊滅する。つーか、犯人が厳左右衛門の父親と言うオチじゃねえだろうな」
俺は真顔で尋ねる。
「ああ。それはあり得ませんよ。
見境無く暴れますが、その魔草はそうそう見当たりませんし……。
それに、食べて暴れ出したら一晩中ずっと暴れているんです。
そんな事になれば被害者が一人だけではなくて、とっくの昔にそれに気付きますよ。私も、実子訓練と言われてそこに送り込まれたときは内臓を引っ張り出されてさすがに、死ぬかと思いました」
「お前って大概、死んでもおかしくない経験をしすぎじゃないか?」
フルーの笑顔の言葉にいい加減になれて来た俺はそう呻くように言う。
ちなみに、厳左右衛門は、
「苦労しているんだね。今日から、僕が守ってあげるからね」
と、どこかで聞いたような安っぽい口説き文句を口にして居た。
こいつの口説き文句はいつ聞いても、どこかで聞いたようなありきたりなものだ。おそらくドラマや漫画に小説なので、探せばいくらでもあるだろう。
ついでに、それは間違いなく成功する人間の台詞ではない。中身も無ければ内容も無い薄っぺらな言葉だ。つか、
「つまり、お前がかわりに内臓を引っ張り出されたいと」
「人を変態みたいに言うな!」
俺の言葉に怒る厳左右衛門。
「お前がなにができるんだよ? そう言うのは、格闘技か武術の一つでも学んでからいえ」
「むう。シャドーボクシングをたまに」
俺の言葉に反論する厳左右衛門。だが、
「参考になるか!」
と、俺はハリセンで頭をひっぱたく。
「まあ、とにかくだ。犯人を見つけた方が良いな」
と、俺はそう空気を切り替える。
「あのさ。それは警察の仕事だぜ。
親父たちやこの世界の警察……衛兵に任せろよ」
俺の言葉に珍しくまともな事を言う厳左右衛門。
「可愛い子や美少女が失われるなんて、世界の損失だ」
「ここは異世界だけれどな!」
きっぱり断言する厳左右衛門の発言に俺はハリセンで叩く。
「そう言う問題でもないと思いますが……」
フルーがあきれたように言うが、まあそこは無視する。
「それにだ。まあ、これがただの私怨とかハイテンションの末の快楽のためのボケなら良いんだけれどよ。呪いで理性を失っていた場合……警察で解決できる保証もないし、どうにかするにはこのハリセンが必要だろうが」
と、俺はそう言って厳左右衛門の頭を呪いを解くアイテムであるハリセンで叩いた。
授業を受けながら、俺は考える。
あの時、とぼけたアホ発言でスルーしたのだが……。
フルーの過去は、俺も詳しくは知らない。……知らないがあっさりと笑顔で言う話から考えるに、十六才と言う若さで信じられないほど死にかけている。
困難な人生を送っていると言う事は間違いないのだが……。
その理由も謎だが、それだけの事があってこうして生きて居る事も驚きだ。
何しろ、あのドジっぷりだ。今朝も階段から転げ落ちていた。あれは、当たり所が悪ければ死んでいただろうが、幸運にも俺がいたので受け止めれた。
だが、もしも誰も居ない場所であんな事になっていたら……。良くて怪我をしていて、下手をすれば死んでいた。
そして、内臓が飛び出た経験もあるらしい。
そのくせ、どうしてああも生きて居られるのだろうか?
「……わからん」
「ほお。わからんか」
思わず呟いた言葉に、そう答えたのは数学教師の皮肉……もとい、樋口だった。
あだ名は、皮肉であり重箱の隅を突くような細かい指摘をして、ネチネチとした嫌味をする。その癖、校長と言った上司と美人には下手にでる。
一言で言えば、教師や部下から好まれない。つーか嫌われている男だ。
ちなみに、こいつも当然ながら呪われており下半身が蛇になって居る。
「まったく……美少女になったからといって……。
それで世の中、うまくいくと思っているのか?」
ちろりと、呪いの影響を受けているらしい長い舌で俺をなめる皮肉……もとい、樋口。いや、もう皮肉でいいや。
「……すみません」
「解らないというのは、大変だぞ。なんなら、私が補習でもしてやろうか」
「…………」
可愛い女子生徒と一対一の補習。と、言ってスケベな目で見ている。そう言えば、補習と銘打っていかがわしい事をする境地がいると言う噂を聞いたことがある。
本当なら、教育委員会にでも報告するべきだろうが……。
この世界では、どうやって教育委員会に報告するべきだろう?
「勉強はするべきだぞ。
ううん。それとも、こんな状況だから勉強なんてしなくて良い。
なーんて、甘い事を考えて居るのかな?
そんな事を考えて居るようだと、呪いのせいで脳みその栄養も胸に向かったのか?」
いっそ、頭の中身まで蛇になれば良かったのに……。
そうすれば、こいつは学校に来なかったに違いない。
誰も悲しんだりしない、むしろ喜ぶに違いない。
あるいは、暴行事件の加害者でも良い。どさくさに紛れて殴り倒してしまえるのに……。と、俺は細い枝のような腕を見る。
頭は良いのだろうが、性格は悪い。ついでに、運動神経も悪い事で有名だ。
しかし、こいつ皮肉屋だったが、スケベな男ではなかったはずだ。少なくとも、生徒に手を出したと言う話は聞いた事が無い。
ばれないようにしていたと、言う可能性もないわけではないが……。
こんな授業中に堂々としていたら、嫌でも解るはずだ。
そして、人の口に戸はたてられない。
いずれ、必ずといって良いほど噂になって居るはずだが……。
そう言いながら、舐める舌を俺は手にして……。
「勉強はさておき、教師が生徒をなめ回すのは辞めてください」
と、思いっきり舌を引っ張ってやった。
絶叫が響く中で、俺はため息をつく。
「……落ち着いてください。
あなたの呪いの影響もあります。舌を引きちぎって胃液を全て吐き出させた所に、殴りつけると三日ぐらい寝込みますよ。私も寝込みました」
「いや、そこまでやらない」
フルーの言葉にもだえ苦しんでいる皮肉を見おろしながら、俺はそう突っ込みをいれる。
いくらなんでも、そこまでやるつもりはない。
こいつの発想力は過剰すぎる気がする。
と、言うかこの台詞から察するに経験者だな。
と、俺はため息をついていると、
「お、お前……生徒のくせに教師に手を上げたな」
「教師のくせに生徒をなめ回すなよ」
と、俺の発言にそう言ったのはクラス委員長の猫柳だ。
猫柳雷斗だ。
最近、よくある中二病のような痛いネーミングだ。
まあ、漢字だけならまともなのでそこはスルーする。
名前は、痛いが性格は至って真面目でまともな性格の持ち主だ。
責任感があり、成績優秀で運動神経も良い。ちなみに、顔も良い。
クラス委員長もやっているが、運動部のサッカー部では三年生が引退して部長になっており、二年生でキャプテン。エースストライカーと、本当にこんなイケメンがいるのかよ? と、男子生徒に評判の人物だ。
女子生徒は当然ながら、彼に好意を持っている人間は多い。
と、言うのが厳左右衛門の情報だ。あいつが、居なければ俺がモテモテなのに~。と、言っていたが、厳左右衛門がモテないのは猫柳とは無関係だと思う。
「な、なんだと?」
「事実ですが……。
先ほどの行動は、セクハラと考えられます。
目撃者もこうして居ますし……。失礼と思いましたが、写真や映像カメラを撮らせて頂きました。これを、校長先生や保護者の方々にPTAに報告すればどうなると思いますか?
さすがに教育委員会はありませんので、教師免許を失う事はないでしょう。
ですが、この状況で教師を続けられると言う保証もないと思われますが?」
理知的な発言、そして……。
「これを、父に報告した場合……いくら、この状況でもあなたは困ると思いますが?」
猫柳の父親はこの町の町長だ。
と、言うか猫柳に悪い所が見当たらない。イケメン、頭脳明晰、運動神経良好。
そして、親は責任ある立場でさらに金持ち。そして、汚職をしていると言う事もなく、自暴も支持も高い。ちなみに、母親は旧華族と言う元を正せばどこかの大名の姫君とか言う話も聞いたことがある。
かといって、世間知らずではなく良妻賢母で料理上手で美人。夫を立てており、さらにジュエリーデザイナーとしてわりと成功している。
何か一つぐらい、問題とか欠点とかあれば良いのに……。
その欠点やら弱点が無いのが、ムカつくのだが……。人柄も良く性格も良い。弱気を助け、年長者を立てる。だが、間違っているならそれをきちんと指摘する。
おかげで、ムカつくイケメンと言われて居るが、表だって嫌っている人間がいない。まあ、嫌うと言うよりもあえて言うなら妬むと言うのが正しい相手だからだ。
俺としては、嫌いでも好きでもない。まあ、あまり身近に居て欲しくない。なにしろ、比べられるとたまらない人間だと思っている。
とくに縁は無いが感謝しよう。皮肉もぐっと顔をしかめたが、渋々と離れる。そこに、授業の終了を継げるチャイムが鳴ったのだった。