第一話 美少女は好きだがなりたい訳じゃ無い
「なんじゃこりゃ~~~~~!」
朝目を覚まして俺はとりあえず、絶叫をした……はずだ。
朝目を覚ますと、胸が苦しくて起き上がった瞬間にパジャマのボタンが外れた。
そして、ぼよよんと飛び出てきたのは白く柔らかな肉の塊……。胸があった。
ぼよんと揺れるその胸は間違いなく、女の胸だ。
しかも、でかい。片手で持つには少し大きく柔らかく形も良い。美乳で巨乳。理想の乳がそこにある。……俺の胸にある。
……念のために言うと、俺は男である。そりゃ、固く引き締まったと言うわけではないが、少なくとも巨乳で美乳なふわふわ柔らかでたゆたゆの胸ではない。
顔を埋めてパフパフなんてしたら幸せと言うような胸ではない。
否、それだけではない。胸があると言う事で(いや、男の時も胸はあったが胸板だった)驚いたが、色が白い。肌が透けるような真っ白な肌。だが、不健康ではなく血色の良い肌をしていて、色白美人の肌だ。
しかも、叫んだ声は聞き覚えのない女性の声だ。
妙な違和感を覚えて、俺は起き上がるとズボンが脱げた。
胸は収まりきらなかったが、体全体は縮んだようだ。
さらに妙に頭が重い。そう思いながら、俺は部屋を飛び出て洗面台を見て、
「なんじゃこりゃ~~~~!」
再度、絶叫を上げた。今日、朝起きてまだ一時間も立っていないのに二回も絶叫をしている。と、どこか冷静な部分がどうでも良い事を考えて現実を逃避してしまう。
とは言え、それは無理が無いはずだ。
なぜなら、鏡に映っていたのは見慣れた俺ではなかった。
絶世の美少女が俺のパジャマを羽織っていたのだ。
真っ白な肌はちゃんと血色が良く、頬は薔薇色で唇も血のように赤い。雪のように白い肌に血のように赤い唇。これで瞳と髪の毛が黒ければ、日本人形か白雪姫。
だが、あいにくと瞳の色は宝石を思わせるような青色。アーモンドのような瞳は大きく、小さく高い鼻と唇のバランスがすごく良い。そして、髪の毛……。男らしく短めの髪の毛は、いつのまにか腰まで伸びたなびく髪の毛。癖毛だった髪質はゆったりと伸びた金色の絹糸のような髪の毛である。これは、これで西洋人形のような美しさがある。
あるいは、絵に描いたようなお姫様。
手足のバランスもすごく良い。出る所は出て居て、引っ込む所は引っ込んでいる。無駄な贅肉はない。あと……俺の男の象徴は無かった。
一度も使う機会を与えなかったことが不満だったのか、唐突に家出した。
「……な、なにがおきているんだ……」
俺はそう言ってうなだれる。
朝起きたら、絶世の美少女になっていた。
美少女は好きだ。憧れる。だが、なりたい訳じゃ無い。
そう思っていると、
「うわあぁぁぁぁん」
と、言う悲鳴と共に何かが下りてきた。
俺は思わずパジャマでとりあえず体を隠す。階段から駆け下りてきたのは……、
「誰?」
「そりゃ、こっちの台詞だ! つか、何者だ?」
現れたそいつの質問に俺は突っ込みをいれる。
ここは、俺の家だ。そして、階段から下りてきたのが俺の家族だったら、俺は自分が由紀だと主張していたが、現れたのは家族ではなかった。
肌の色は紫色で鱗が体中に映えている。ゲームで言う所の蜥蜴人間が現れたのだった。
身の丈は、中肉中背の男子高校生……だった俺とほぼ同じ背丈。ただし、パジャマがぶかぶかになっていた所を考えると、俺は縮んでいるんだと思う。その俺より、やや目線が高い。目は人の目ではなく蛇や蜥蜴を思わせる三日月のような黒目がした目。そして、着ているパジャマがやや破れたりしているが……よく見れば、見覚えがあった。
「お前……まさか、吉成か?」
「まさか、由紀兄貴?」
赤と青に紫の斑模様と言う色彩感覚を疑うようなパジャマは、世界広しと言えども弟ぐらいしか身に着けていないはずだ。
俺が蜥蜴人間の正体に気づいたのと、向こうが俺に気づいたのはほぼ同時だった。
弟、逆井吉成。二つ年下の中三でありながら、俺より先に彼女を作った裏切り者である。顔立ちはけして似ていない訳じゃ無い。だが、野球部のエースで中学校の野球部でもかなりの腕前で有名だ。その結果、高校では県で有数の野球の名門校に推薦入学を得た。
地道に高校受験の勉強をして平凡な中学校に入学した兄としては、羨ましいやら憎らしいやら、恨めしいやら誇り高いやら……。
そんな人生勝ち組の状態の弟は、朝起きたら蜥蜴人間になっていた。
「由紀兄貴……」
ふらふらと俺に近づく弟(推定)、吉成。まあ、考えて見れば、吉成の方がショックだろう。俺は性転換して外見が激変したのだが、良くなったか悪くなったかときかれれば、良くなった方だろう。……断じて、女性になりたいと思ったわけではない。
とは言え、この美貌ならアイドル、女優、玉の輿! と、美貌だけで生きて生けそうな勢いがある。もちろん、人間は顔だけで生きていけないが……。
とは言え、蜥蜴人間よりは遙かにマシだ。
そして、弟は不幸にも蜥蜴人間。これでは、推薦入学が可能となっている高校に入学する事も出来なければ、恋人に振られるのは時間の問題。と、言うか人間、人類として生活していくのは不可能だろう。
ここは兄としての貫禄を見せるとき……いや、兄なのかどうか少し、怪しくなっている体だが、俺の精神は兄だ。そう思っていると、
「結婚してくれ!」
「なんでやねん!」
俺のアッパーは見事なまでにとち狂った弟のあご(?)に命中した。
「このくそぼけ! 他に言う事は無いのか?
正気に戻れ!? いや、そりゃいきなり蜥蜴人間って人類以外になっていれば、驚くだろうがな! 昨夜まで野郎で童貞と馬鹿にしていた兄貴に求婚するか? 普通」
俺が絶叫混じりに怒鳴っていると、
「おい。二人とも……って、うわー」
と、慌てた様子で現れたのは……。
「……えっと……ひょっとして義正兄貴?」
「えっと……そのパジャマは……由紀か……。で、倒れて居るのは……消去法で吉成だな。
……良いな。義正。お前は人類で」
「うん。自分でもそう思う」
義正兄貴の言葉に俺は素直に頷く。
大学一年生……それなりに学歴の良い大学に入学した兄。これがどういうわけだが、モテる。高校生の時に、読者モデルにスカウトされてから、黙っていても異性が近づくイケメン。勉強もスポーツもそこそこに出来る。……ただし、高校生活は二股をかけまくり、刀傷沙汰になり親父に殴られたと言うアホ兄貴である。
大学でも時に恋愛トラブルを引き起こしているが、かろうじて刀傷沙汰にはなってない。そんなイケメン兄貴は……自足する木のような人間のようなものになっていた。
基本的には葉っぱを青々と茂らせた木。幹の太さは大人が抱きついてようやっと、右手と左手が触れあうぐらいだ。そして、その中央から中性的な人間が生えていた。
イケメンの部類に入るが、一目で男性だとわかっていた兄。だが、その兄はかろうじて、兄だろうなと言う特徴を残していたが、上半身と言うか人間の部分も変わり果てていた。
まず肌だ。人間の肌……と、言うか生物の肌ではなかった。木製の人形のようだ。ヤスリで磨き上げてワックスを掛けたような艶々の肌。木目が綺麗な肌をしている。
そして体格、スポーツもそこそこしていて筋肉がついていた兄の肌は変わり果てている。まあ、筋肉があったところでどうするのか解らないけれど……。胸は無いがかといって胸板とも言えない。男性的とも女性的とも言えない中性的。……いや、どちらかと言うと性別と言う概念を感じさせない。
「あのさ。兄貴」
「なんだ?」
「なんか、変わったところとかある?」
いや、変わって無いところのほうが難しいが……。
「たとえば、精神面とか?」
「ああ。それが大きいんだよ」
俺の言葉に兄はそう答えた。
「まず、みょうに頭が回る。元から馬鹿と言う分けじゃないが、今と比べると前の俺は馬鹿だ。そして、……たぶん感覚が人間じゃ無くなっている」
「へ?」
兄の自分、人間じゃない発言に俺は呆気にとられた。
「まず食欲がない。肉や野菜を食べる気がしない。
……日光を浴びていると体の栄養が満たされていくのがわかる。たぶん、俺は生物じゃなくて植物になっているんだ。
それに精神だ。……俺は人間じゃ無くなったんだと思う。そう確信を覚えるのが、両親の現状だ」
「?」
その言葉にそう言えば、これだけ大騒ぎしていて両親が起きてこないことに違和感を覚える。いや、すでに日は高いのだ。父はとっくに起きて会社の準備をしていて、母は朝食をつくって居るはずだ。だが、母が朝食をつくって居る音も匂いもしない。
「二人は、魚になっている」
…………。
「さかな」
「魚だ」
「あの鱗が生えていてエラ呼吸して水中でしか生きられない。あの焼いたり煮たり、生で食べたりするあの魚」
「その魚。ただし、小魚と言うか金魚に近いな。色が母さんは赤で父さんは青だけれど」
朝目を覚ますと美少女になって居た。それだけでも、衝撃的だが、弟は蜥蜴人間、兄は植物人間。そして、両親は魚(観賞魚)。
「どんな家族構成になっているんだよ!」
「俺に言われても……あと、外もおかしい」
「は?」
「いや。一度、外に出て見たんだよ。で、空は赤と紫色のオーロラが昼間から伸びているし、見た事無い鳥が飛んでいる。あと、どうやら異変が起きたのは俺たち家族だけじゃない。たぶん、見たところ町内全体はこうじゃないかな?」
「大規模だ!」
「で、この状況になっても俺は慌てると言う発想がない。たぶん、感性がおかしくなっている。事実、人間で良かったな。も羨ましいと言うよりも、まだマシだなと思えただけだ」
その言葉に俺は絶句する。事実、兄からは俺を見る目は羨ましいと言う嫉妬も妬みもない。あるのは、ただ事実を見ている無感情な目だ。兄は人間では無い存在になった。
それに絶句している中で、バリィィィン! と、窓ガラスが割れた。
窓ガラスが割れて現れたのは、……魔女だった。
いや、もう、感動的なまでに魔女だった。
自分の家の窓ガラスが割られたというのに、それに対して怒りがわかないほどだ。……怒りがわかないのは、朝から異常事態が起きすぎて窓ガラスの一枚程度で怒れるほどの精神的余裕がなかった可能性もある。
とにかく、窓ガラスを突き破ってきたのは魔女だった。
これが、魔女じゃなかったらなんなんだ?
と、言いたくなるほど魔女らしい格好をしていた。すくなくとも魔女の格好をしていると言う事に関して、否定する人間は居ないだろう。
漆黒のノースリーブのワンピース。真っ黒な三角帽子、黒いマント。そして、体に抱えているのは箒。今日日、こんな魔女なんてアニメや漫画ではいねえよ! せいぜい、幼児向けの絵本だわ! と、ツッコミを入れたくなるような魔女の格好だ。
その魔女(推定)は、ようやっと起き上がった吉成に激突した。
兄貴がそれを木の枝で受け止めた。
「あうー。なんですか~。あの空にある網みたいなのは? 飛びにくいです」
と、ぶつぶつと呟きながらその魔女は立ち上がり、ずれた帽子をかぶり治す。
そして露わとなるのは魔女の顔。魔女と言うと、老婆のイメージが強いが若い。まあ、体格から解っていた。ワンピースは袖がないもので、身の丈は今の俺とほぼ同じくらい。
真紅の髪の毛を後ろに一つ、三つ編み状態にまとめ上げている。そして、帽子をかぶり治したことで露わとなる顔立ち。肌は健康的な肌色。瞳の色は……エメラルドのような緑色の瞳。少なくとも日本人ではないと確信が持てるが意見だ。
……まあ、今の俺も人の事は言えないが……。昨日寝るときは、漆黒の髪に漆黒の肌をしたどこからどうみても、恥ずかしくない日本男子だった。
そう思っている中で、俺を見ていて、
「うわー。思っていた以上に、よくわからない文化みたいですね。
しかも、呪いもかなり酷い。特に、この呪いは……ったく。あのクソ婆」
「おい。お前」
ぶつぶつと呟いている中で、俺はそう言って魔女(仮名)に言う。
しかし、途中と言うか最後の言葉は酷くドスの入った言葉だった。
「先ほどから一人でぶつぶつと……。人の家の窓ガラスをぶち破って謝罪もないのか?」
「あ、すみません」
俺の言葉に魔女はそう言うと、帽子を脱いでぺこりとお辞儀をする。
「突然の来訪と家の一部の破壊をしたことに関しては謝罪いたします。
私、呪い解呪屋のフルーと申します」
そう言うとぺこりとお辞儀するフルー。
「呪い解呪屋?」
「ええ。……まあ、調度良いですわ。
それに……あなたの呪いは特に厄介ですし、ご説明しますわ」
と、言うと、
「ところで、落ち着いてお話が出来る場所はどこですか?」
と、尋ねたので俺たちは台所に行く。台所には、普段は金魚を育てていた水槽に見慣れぬ赤と青の金魚サイズの小魚が泳いでいる。
「それが、両親だ。ちなみに、赤が母さん。青が父さん」
と、兄が説明をする。
「なんで、父さん母さんだと解ったんだ?」
「明け方に目が覚めてな。着替えている最中に体が光って……この体になった。その時はまだ、まともな価値観で慌てて下に下りたら父さんの服と母さんの服の中にその魚がいた。
推測的に、両親と判断して急いで金魚をタライに入れて二人をその中にいれた」
俺の質問に兄はそう淡々と答えたのだった。
主人公は呪われている。