第二話 武道と武術の戦い 実戦と競技の違い
薫とフェイの勝負が始まる。
「このオレが勝利したら、この道場の看板はもらい受ける。なんなら居る門下生全てで戦って来たらどうだ? 特に女なんかに負けるつもりはない。
手応えが欲しいからな。女相手なら二対一でもハンデが足らないほどだ」
「……いや、だから俺は本当なら男」
フェイの小馬鹿にした言葉に俺はもう怒りよりも、呆れてしまう。
そんな中でフルーが小首をかしげて不思議そうな表情をしている。
「ふん。あんなバカの力などいらない」
と、言う薫。
どいつも、こいつもバカにしまくって……。
俺をなんだと思っているんだ。と、少し泣きたくなる。
そんな中で試合が始まる。
徒手空拳で戦う空手は限りなく実戦に近い。そして、薫は女だが空手の腕前は高い。有段者であり、黒帯の持ち主である。ちなみに、俺は茶色だ。
紫色の帯とは、わかりやすく言えば黒帯より二つ下と考えてほしい。
世間で知られて居るのは、白と黒だがそれ以外にもある。白は入門者であり、その後、四級以下で緑、黄色、青、橙等と言った色の帯のいずれかだ。その後、三級で茶色か緑等と言った帯に替わる。そして、二級で茶色、灰色あるいは紫などと言った色になる。
そして、一級となれば、俺がしている茶色の一色となる。
わかりやすく言えば、白は初心者でその後の色つきはある程度の実力者と言う事だ。
そして、有段者は黒帯と言う事だ。
ちなみに、師範は紅白帯……黒帯の上の帯を持っている。
紅白、赤は師範になれるほどの有段者の中でも得に高い実力者と言う事だ。
つまり、この場に居る面子で強さの順位をつけるならば、俺が最も弱く中位が薫となるわけだ。そして、薫の父親であり師範が最も強いと言う事だ。
念のために言うなら、俺……この場合は、男の俺の事だ。俺は、ただやり始めた年期の違いからまだ茶色なだけであり、近いうちに有段者になり黒になる予定だった。
だが、今の俺では有段者を名乗るになるのは難しいだろう。
そう思いながら、俺は試合を見る。
スピードと技を使う薫は強い。中学生で試合を行いその結果として、女子の中では試合に優勝した事があるほどだ。さすがに、日本一強い女子中学生などと言う事は無いが……。それでも、並大抵の腕ではない。だが、その薫と互角の勝負をフェイはしている。
フェイは見たところ、けして実力が低くない。むしろ、高い方だろう。
「師範はどう思いますか?」
「うむ。……強いな。しかも、厄介なところが有る」
「厄介?」
師範の言葉に俺は首をかしげる。
「あいつの戦い方は……空手や柔道、ボクシングと決定的に違う所がある。
あれは……どちらかと言うと、軍人が学ぶ特殊格闘技に近い」
「? どう言う意味ですか?」
「空手、柔道、ボクシング……それだけではなく、剣道と言ったものはあくまでも競技であってルールが存在する。空手にも禁じ手があるだろう」
「ええ」
空手の試合ではしてはいけないルールと言うのが存在する。そのルールを守るのは当然と言えば、当然。
「だが、戦場ではルールはない」
と、師範は言ったのだった。
「軍人が学ぶ格闘術は、徹底的に実戦形式となっている。
つまり、言い換えれば禁じ手がない」
「禁じ手がない」
「そうだ。ルール違反がないと言う分けだ」
そう師範が行った瞬間だった。
フェイが畳を蹴り上げてそのまま蹴り飛ばす。
「あれは……畳替えし……か!?」
畳替えし。よく聞く技で畳をひっくり返して相手の攻撃を防ぐ技だ。
「タヌキカエル?」
「畳返しだ。タの字しか一致してないぞ」
フルーの言葉に俺はそう突っ込みをいれる。
まあ、この世界に畳が無いから畳替えしと言う技が解らないのは、良いのだが……。その聞き間違いはどうかと思う。
そう思っている中で、畳を使い蹴り飛ばしたフェイが首を掴み上げて床にたたき付ける。
とっさに受け身を取った薫の鳩尾にフェイの拳が命中する。
「げっぼ!」
「薫」
思いっきり、むせ込む薫。
そこに、さらに一撃が入ろうとして、
「そこまで!」
と、師範の声が響いた。
「ふん。所詮、女だ。大した事のない実力だ」
「げっほ……だ……誰……がほ、げう゛ぉ」
見くだしたフェイの言葉に、薫が反論しようとするが……。
「おい。鳩尾に入ったんだ。無理して喋るな」
と、俺は背中を撫でる。
「それに、手加減をしてくれていましたよ。私が実戦の訓練では、最低でも腕の骨かあばら骨を数本ほど折られたりしていましたし、大量出血も日常茶飯事でした。
怪我らしい怪我をしてないんですよ」
と、フルーが静かに言う。
「慰めようとした気持ちだけは伝わった……」
と、俺はため息混じりに言う。
「この程度なら、異界の武術も大した事が無さそうだ」
「武術ではなく武道。
……とは言え、そこまでバカにされていては困るな。
それに看板も関わっている。次は、この道場主である私が受けよう」
と、師範が言った。
「ふん。女相手に教えるような師範なんてたかが知れている」
「そういうのは、戦って考えろ」
フェイの言葉に師範はそう言って相手の前に立つ。
そして、試合が始まる。
「くっ! あの男」
「落ち着けよ。……師範の言葉だと、あいつのやっているのは実戦式だ。
俺たちがしている空手はあくまでも競技でしかないんだ。
だが、相手がしているのは実戦なんだ」
空手では、畳を蹴り飛ばすような手段は基本的には禁じ手だ。戦う上で競技としてやる以上、相手を殺すような怪我をさせてはいけないと言う大前提がある。もちろん、後遺症が残るような怪我も当然だ。頭ではそれをして良い。と、言う状況になったとしても体はとっさに動かない。だが、向こうは実戦故にそれをすぐに出来るのだ。
そんな中で師範とフェイの勝負が始まる。
師範はさすがに強かった。
あっという間、とは言わないが見事に相手を倒す。
「……なぜだ」
と、倒されたフェイが睨むように師範を見る。
「なにがだ?」
「なぜ、それほどの力がありながら……女なんかを門下生にしている?」
「……武道の道に男も女も関係無い。
関係あるのは……その武道によって身に着けた力で何をするかと言う心だ」
フェイの言葉に、師範はそう答える。
武道……ボクシングだろうが、剣道だろうが……。それこそ、どんな戦い方だろうが、それを使ってなにをするのかが重要だと言うのは師範の口癖だ。
それこそ、銃刀法違反と言う言葉がある。だが、師範に言わせれば拳銃や刀剣類が犯罪の元と言う訳では無い。拳銃でなにをするのか? 刀剣でなにをするのか? それが、重要なのだ。その気になれば、素手でだって人間を殺せる。
力でなにをしようとするのかが、大切だ。
空手も同じである。
その力で何を望むのか? 何を願うのか? 何を成し遂げようとしているのか? と、言うのが師範の口癖である。
俺としては、何をするのか? と、聞かれてもわからない。としか答えられない。とは言え、誰かを傷つけるために使うつもりは無い。
ただ、憶えておいた方が何かが出来る幅が広がると言うのが俺の答えだ。
いや、答えだった。だろう。
今は、とりあえずは元の姿に戻るために出来る事をする。と、言うのが理由の一つだ。なにしろ、フルーは放置していたら勝手に死んでしまいそうなので……。
「むしろ、お前がどうしてそれほどまでに女だ。男だ。と気にするのかが解らないな」
その言葉に俺も胸中で頷く。
たしかに、男女を気にする競技と言うのはある。たとえば、相撲。あれは、女子禁制だ。だが、元々は宗教色がある。宗教の中には男性禁止、あるいは女性禁止と言うのは良く聞く。……つーか、女が回しつけて取っ組み合いのスポーツは何というか……。
神聖と言うより卑猥な気がする。
だが、女だって戦おうと思えば戦えるのだ。
なのに、フェイと言う人物はみょうに女性が武道をすると言う事に対して批判的だ。何というか……何か事情がありそうだが……。
「……女は弱い。女は武道を極められない。
事実をいった上で、武道の世界に女が居る事が許せないだけだ」
「なっ!」
その言葉に薫が怒鳴る。
薫は空手……正確に言えば、この道場を大切にしている。だからこそ、その言葉は許せなかったらしい。だが、
「ふん。弱者に反論する権利などない。
私に勝てないお前が武の道で私を否定する権利などあると思うのか?」
と、フェイに言われて薫は黙る。
「……それなら、師範の言葉を反論する権利もないわけだよな。
少なくとも師範は、教え子に女がいるのは事実だ。
なら、教えている事を否定は出来ないんじゃねえのか?」
と、俺は言う。
「ふん。戦っても居ない弱者が偉そうに」
と、俺の言葉にフェイはそう鼻で笑うと立ち去ったのだった。
「なんだ! あいつは?」
「この世界の武道家だろ」
起こる薫に俺はそう言いながら、道場の掃除を始める。鍛練が終わったら掃除をするのが、この道場の規則だ。
「ヨシキさんは、カオルさんと違って冷静ですね」
「まあ、たしかに不愉快だったし、起こりたくなるが…:…。
あそこまで、そばで起こっている人間がいると腹も立たなくなる」
と、フルーの言葉に俺はそう言って薫を見る。
師範の娘だからと言って特別扱いはされないし、される事を嫌う薫は真面目に掃除をする。のだが、今日は怒りでそれどころではないらしい。
ぎゃあぎゃあと怒鳴っている薫。
「冷静になれよ。薫。
考え方はいろいろあるだろ」
空手と言うか武道の方もいろんな考え方がある。
たとえば、剣道と言うか剣術。真剣が普通に持ち歩いていて銃刀法違反の言葉なんて存在しなかった時代にも、活人剣と言う人を生かす事を主体にした剣。そして、人を殺す事を重点に置いた殺人剣とある。
空手だっていろいろあるというわけだ。
「同じ世界の同じ国でだって武道に関して、考え方が違うやつがいるだろ。
……武道と言っても、空手に合気道に、剣道や薙刀といろいろとあるだろ。
みんな同じ考え方とは限らないだろ。
異世界なら、俺たちの考え方がまったく違うぐらい当たり前だろ」
と、俺は肩をすくめて言う。
「事実、俺はフルーの事も完全に理解出来ているわけじゃないぞ。
つーか、今は弟の事も理解しきれないしな」
と、俺はため息混じりに言う。
何を思ったのか、俺に惚れた弟は今や何を考えているのかさっぱりわからない。
俺はため息をつきながら薫に言う。
「考え方が違う人間に出会ったからって……。
一々、起こっていても何かがかわるわけじゃないだろ。
まあ、たしかに愉快な気分には慣れなかったけれどな」
「なら、なんでお前は反論しなかったんだ?」
「一応は、反論をしていたぞ。
それに、俺が戦わなかったのは事実だしな。
それに、勝てると言う確証もないしな。
むしろ、負ける可能性の方が高い」
「ええい。それでも、男か?」
「一応、男のつもりだが……肉体は女なのも事実だからな」
薫の言葉に俺はため息混じりに言う。
「事実、お前が負けたんだ。女の肉体にまだ慣れていない俺なら勝てるとは思えないな。少なくとも、絶対に戦わなくちゃいけない勝負じゃなかったんだ」
「なにを言うか!? お前にはプライドがないのか?」
「少なくとも、あの状況でかけるプライドは無いな」
薫の言葉に俺は冷静に言う。
「私はそんな貧弱な考えではない。必ず勝って私の実力を見せてやる」
と、言う薫。
「……戦って勝って自分の主張を通す。
それじゃ、あいつと違わないと思うんだけれどな」
と、俺はため息混じりに呟いたのだった。