第六話 女の体と男の肉体の学校生活は大変なのは、わかりきった事
第二章最終話です。
「男でもかまいません。呪いが解けない可能性が高いと聞きました。
俺と結婚を前提にお付き合いしてください」
「男でもかまわないと言うなら、せめて俺が元の時にいえ。
それでも、俺は同性には興味が無いから断っていたけれどな」
「運命を感じました」
「俺は感じない」
「告白されて苦労しているだろう。俺が恋人のふりをしてやる」
「いらん」
「せっかく、女になったんだから女の人生を楽しまないか?」
「楽しまん」
翌日、俺は告白を受けていた。……男から……。
「人生初の告白が男からかよ」
しかも、初めての後に続けざまにセカンド、サードと取られている。
そして、ついには、
「好きなんです。あなたの事が忘れられません」
「おめでとう。通算、十人目の告白だ。
答えは、それは呪いのせいなので気の迷いだ」
人生初の告白、十番目を俺はそう言って断った。
学校はどうにか再開している。
この世界についての知識を、この世界から来た特別教師が教えている。フルーはと言うと、学校には来ていない。
兄貴は朝方に、ラフェレアさん達と言った偉い魔法使いに連れて行かれた。どうやら、兄貴がなった自立植物と言う種族は希少らしい。
そして、その才覚に魔法使いたちは頼りを憶えたらしい。
まあ、そのかわりに収入が出るので助かる。
フルーの仕事の手伝いはあまり収入になりそうにないので……。
ちなみに、父の職場は事情を話してほとんど休職状態だ。給料は入らないが、解雇にはならないと言う状況だ。
なにしろ、この状況なので会社もだいぶ、優しい反応だ。
無期限の休職だというのに、復帰すれば立場は変わらないのだ。
とは言え、兄によると父の直属の上司は外見は変わらないが内面は完全に猫になっていたらしい。いろいろあって出会った社長は、身長が五センチほどのトンボのような羽根の生えた妖精になっていた。ただし、恰幅のよいバーコード禿げのちょびひげ親父のままだったらしい。
……トンボだろうが、チョウチョだろうが五センチの妖精のような姿になるからには、外見も可愛らしい、あるいは美人でいるべきだ。
と、入ってきた英語の先生を見ながら思う。
英語の先生も似たような呪いを受けているらしく、その外見は五センチの羽根の生えた姿だ。母親が外国人らしく金髪の灰色の瞳に黄土色の肌をした美人な女先生。外国での生活経験もあるので、フレンドリーと言う事で人気が高い。
小さな妖精スタイルになったので、わりと人気が高い。背中に生えている羽根はチョウチョと言う事も手伝って、男女問わずに人気……だっただろう。
俺の呪いがなければ……。現在は、女性人しか人気が無く憧れの呪い(?)と、言うわけの解らない羨望を向けられている。
しかし、どうして異世界に来てまで英語を学ぶんだろう。
「元の世界に戻った時のために、英語をきちんと学びましょう」
と、先生は言うが……はたして、戻れる日はいつなのだろうか?
体育の時間。たとえ、異世界に着たとしても……いや、異世界なんて言う異常な世界に来てしまったのだ。きちんと体を鍛える必要はあるだろう。
だから、体育の時間があるのは文句は無い。
だが、致命的な問題がある。
体育の時間は体操服に着替える必要がある。
「先生。おれは、どこで着替えれば良いでしょうか?」
「……うーん」
体操服を持って尋ねる俺に、体育教師の山本先生も困っている様子だった。
山村先生……三十代後半か四十代前半と思われる中年男性。ただし、体育教師のために中年太りと言う言葉とは無縁の鍛え上げられた体着き。あだ名はゴリラと言う男性教師の外見は、まあ……ゴリラと言うあだ名がつけられる由来がわかる外見だ。
それは、今も変わらない。と、言うか今はゴリラとなっている。
ただし、人語を使う事も出来るし自分が人間だと言う自覚もある。
ジャージを着ているゴリラ……もとい、山本先生は困ったように頭をかく。
「男子が着替える教室……は、なぁ」
「ほぼ間違いなく強姦、輪姦が待っていますよ。
まあ、そうなりたいと言うなら止めませんけれどね。
あいにくと、肉体が女性の裸なら気にしませんが……肉体も男の人がいる。そんな中で着替えを見ている趣味はありませんし……。
攻撃魔法は不得手ではありませんが……手加減は不得手ですよ。
前に手加減をミスをして、山を一つ消し飛ばしましたし……」
「お前のドジも大概だな」
力尽くで強姦を止めようとして、学校ごと吹っ飛んだら笑えない。
「失礼な。制御が不得手でつねにものすごい威力を発揮してしまうだけです」
「世間一般でそれをドジと言う」
と、俺はため息混じりにツッコミを入れる。
「まあ、とにかく……男子とではなく女子と着替えたあらどうですか?」
たしかに、女子は専用の女子更衣室で着替えるようになっている。
女子は着替えに時間がかかるのだが、場所をきっちりと選ぶタイプなのだ。たしかに、女子更衣室でなら、少なくとも男子に襲われる結末があるだろう。
だが、
「あのな。俺は、外見は女だが精神は男なんだぞ」
と、ため息混じりに言う。
外見は女とはいえ、精神は女なのだ。
女が着替えると言う事は、下着姿になるというわけだ。
それを見るのは、何というかいろいろとやばい。曲がりなりにも女性であるが、平常心でいられる自身は無いし、
「それに、女子生徒だって嫌だろ」
「だろうな」
「どうせ、犯されませんし……下着姿だけなら気にしませんよ。
水着と大差はありませんし」
俺の言葉に山本先生が頷く中で、フルーが淡々と言う。
「お前、羞恥心と言うのはないのか?」
俺はため息混じりにそう呟く。
「……まあ、とりあえずは、男子トイレの個室で着替えろ。授業内容は女子と共同にしてくれ。体は女子だからな」
高校では体育は男女別だ。男子と女子とで体作りが変わるので同じにできない。
「わかりました」
さすがに体は女子なので、男子と同等は無理だろうと俺は頷いたのだった。
「ところで、その体操服とはなんでそんな薄着なんですか?」
「薄着か?」
「はい。実技があると聞いていたので、防御力があると思っていましたが……。
耐火製は元より、斬撃にも打撃にも弱い布地ですよ?」
体操服を見て、フルーがあきれたように言いながら観察をしている。
当初は一緒に参加していたのだが……恐ろしいほどのドジが連発してしまった。
準備運動で転ぶ、ひっくり返ると言うのはまだいつものことだった。
こけて、他者のズボンを引きずり落とした事も何度もある。
授業内容が、ソフトボールだったのだが準備の時点でデットボールを十五回。バッドで人をぶつける事を八回。ひっくり返して、人を転けさせるのは十三回。
最終的に、何もするな。と、言う見学になった。
まあ、生徒じゃないので参加する義務もないのだが……。
ちなみに、現在は俺が所属しているチームは攻撃中である。
「……体育の時間でなんで防御力が必要なんだよ?」
「魔法使い学校の実技は、モンスター退治でしたよ」
「あいにくと、俺たちの世界ではモンスター退治はしないんだよ。
体操服に求められるのは、通気性と動きやすさ。そして、洗濯のしやすさだよ」
「はあ。ところで……この動きはなんの儀式ですか?」
「……儀式じゃなくてスポーツだよ」
どうやら、フルーは体育の時間についてよく理解していなかったらしい。
「スポーツ……聞いた事があります。鍛え上げた筋肉質な方々が、汗臭く細かい規則で争いながら、さらに体を筋肉質にする事だと……」
「どんな知識だ?」
「噂では、黒光りする肌でテラテラとテカっている。
その上に筋肉質で常に汗臭いと……」
「それ、どんなイメージだ?」
脳裏に浮かぶのは、黒光りする筋肉質なボディービルダーの集団がポーズを決めている汗臭い空間。
「えぇぇ~。この世界にはぁ、スポーツがぁ、無いのぉ~~ん?
それ、まゆ~、すごくぅ~いやいや~。悲しくてぇ、涙がぽろぽろ~」
と、顔尾をしかめて態度はクールに言う櫻木。
鹿目が、
「えっと……この世界にスポーツが無いのなら、嫌だな。と、言っているの?」
と、意訳をしている。
「ただ……こいつ、みょうな所で世間知らずだからな。
こいつをこの世界の標準にするのはいろいろと不安だぞ」
と、俺が言う。
「むぅ。人を世間知らずのように……。
ただたんに人が沢山いる所に出ると、火あぶりやリンチにあって死にかけた事が十五回ほどあったので、十二才になるまで人里に近づかなかっただけです。
十三才になって魔法学校の寮に入ってからも、部屋の外を歩き回っていると殺されかけたので、部屋に籠もっていただけです」
『『『…………』』』
異様な沈黙が周囲を支配する。
「だから、そう言う事をあっさりと喋るな。反応に困るから……」
と、俺がため息混じりに言う。
異様な沈黙が周囲を支配する中で、
「スリーアウト。チェンジ」
と、言う声が聞こえたのだった。
「やっぱり男の時と同じようにはいかなかったか」
と、体育の時間が終わり体操服を着替えた俺はそう言う。
女子は軟式野球であるソフト・ボール。つまり、わかりやすく言えば、ボールが柔らかく簡単なルールで試合をする。対して、男子がやって来たのは硬式野球だ。
俺は、さすがに野球部に比べれば劣るが、けして腕が悪いわけではないのだ。
それなりにヒットを打つ確率は、投手にもよるがそれなりに良い。
女子相手なら、女子野球部でも良い勝負が出来る……はずだった。
だが、女の体になった事から手や足の長さに身体能力の変化。それが体を思うように動かしてくれない。打てると思ったボールが打てなかったり、間に合うと思ったボールが取れなかったりした。
「この体になれないとな。道場この状況でもやっているかな?」
「道場? 剣術をしていたんですか?」
「いや、空手だから正確に言えば体術だろうな。
つか、道場や剣術を知って居てスポーツを知らないのか?
フェンシングとか体術はスポーツにならないのか?」
「あれは、戦闘訓練でしょう。
戦闘訓練だから、殺しかけても事故といわれて……学校で何度も、殺されかけました。
その特訓で、生死の境をさまよったのは九十九回です。
保健室の先生からあと、一回で百回突破と誉められました」
「それ、誉めたと言うのか?」
と、言うか九十九回も殺人未遂があって止めなかったのか? と、フルーが通っていた学校に向かって文句をさすがに言いたくなる。
そう思っていると、
「まあ、その大半は転んで剣を自分で自分に突き刺したり、刃物の山に頭から突っ込んだんですけれど……」
「ああ。そうだな。お前は、そういうやつだった」
考えて見れば、この天性のどじっ子娘だ。
刃物なんか持たせたら、自分で自分を傷つけるに決まっている。
この天性のどじっ子が自滅しかけるのは珍しい事ではないだろう。
とは言え、事故と主張させて殺されかけた事が何度もあったのは間違いないだろう。
はたして、フルーはどうしてここまで命を狙われているのだろうか?
とは言え、それは相応の過去があるのだろう。ラフェレアさんが語っていた、フルーの事情と言う事だろう。
「……まあ、話を戻すか」
と、俺は言うと着替えを終えてトイレの個室に出る。そのそばにはフルーが待っていた。ちなみに、着替えたのは……女子トイレである。
俺としては男子トイレに入ってもかまわないと思うのだが、フルーが男子と鉢合わせすると危険。と、言われてしまい反論が出来なかった。
まあ、女子トイレは個室なのでたしかに大丈夫だろう。
とは言え、女子トイレに入った瞬間に何か……。
男として大切なものを失ってしまった気がする。
「で、体術とは?」
「空手と言う武術だよ。まあ、説明すると長いが素手で戦える武術だよ。
俺たちの世界は平和だから、武術にもルールがあるんだよ。そう言う意味だと実践的とは言えないかもしれないな」
と、俺はため息混じりに言う。ついでに、女となった肉体では筋肉も落ちている。
「放課後。道場によるけれど、良いか?」
「かまいませんよ」
俺の言葉にフルーがそう言って頷いたのだった。
次回、第二章に出て来た新キャラの紹介します。