第五話 嫉妬する蛇はヤンデレツインテール
「ただい―――」
「死ね。この泥棒猫ぉぉぉぉ」
家に入ろうとした瞬間に、突如として包丁で刺されそうになった。
とっさに避けて手首に手刀を入れて、包丁を取り上げると同時に動きを止める。
「誰だよ……。本当に」
と、俺は目の前の斬りかかってきた少女を見る。
年の頃は、吉成と同い年ぐらいだろう。顔はまだよく見えないが、特徴的なのはその髪の毛だ。髪の毛が無数の黒い蛇となりうねっている。俺へと襲い掛かろうとしているので、俺は避けなければならないが、少女は暴れているので大変だ。
「拘束」
そんな中で突如としてそうフルーが言った瞬間に少女の動きが止まる。
「なにをしたんだ?」
「魔法で体を動かす意志を肉体に伝えられないようにしました」
「よく、成功したな」
「何度も言いますが、私は呪いの解呪以外の魔法はちゃんと人並み程度に成功します」
俺の言葉にフルーがそうむっとした表情で言う。
「そうは言うが、今日だけでどれだけドジをしたと思っているんだよ」
学校に行く途中で五回も転けた。学校でも、階段を踏み外して転んだり、男子トイレと女子トイレを間違えたり、段差で躓く。終いには、ドアと窓を間違えて危うく三階の教室から落下しそうになったほどだ。
口調と言いしゃべり方や表情はクールビューティー系なのだが、ものすごいドジだ。魔法も呪いの解呪はドジな行動と間違わないほどの正しい反応なのだが……。
「まるで呪われて居るみたいだぞ」
「…………とにかく、彼女がなぜヨシキさんのお命を狙ったからです」
「そりゃそうだ」
俺の言葉にフルーは顔色を変えずに言えば、俺も頷いて相手の顔を見て、
「心花ちゃん?」
と、俺は声を上げる。
「知り合いですか」
「ああ。髪の毛が蛇になって居るからすぐには気付かなかった」
フルーの言葉に俺は頷く。
だが、よく見てみればツインテールの髪型をしている中々に可愛らしい少女だ。
そこに、
「ああ。マイ・スイート・ハニーの兄貴。
待っていたよ。さあ、初夜を」
「するか!」
と、ドアを開けてやって来た吉成を蹴り飛ばした。
「つか、俺が殺されかけたのはお前のせいだな」
蹴り飛ばされ倒れ込んだバカを見おろせば、驚く吉成。
「な、なにを根拠に」
「お前の恋人に殺されそうになったときに、俺へと初夜をと言う時点で少なくとも有罪じゃわ! このボケ! なにが初夜だ。
てめえと結婚する気も無ければ、肉体関係を結ぶつもりもない。
つーか、兄弟で何をしたいんだ? お前は、下半身でしかものを考えられないのか?
義正兄貴が刀傷沙汰になったのを見て、少しは学習しねえのか?」
「そこで、俺の過去の失敗を語らないで欲しいな」
否定する吉成に怒鳴っていると、そう言って正義兄貴がやって来た。
俺を殺そうとしたのは、黒長心花。
吉成の恋人である。ツインテールの可愛らしい女の子だが、わりと思い込みが激しい性格をしている所が特徴である。
そして、メチャクチャに吉成に惚れ込んでいる。
吉成自身は気が付いて居なかったが、あれはそう……。
「ヤンデレ系統なんだよな」
「ヤンデレとは、なんですか?」
動きを封じ込めてとりあえず簀巻きにした心花ちゃんを吉成に押し付け、俺が着替えているとなぜか同じ部屋にいたフルー。
「あのさ。男が着替えている部屋に一緒に居るのは、どうかと思うぞ」
「今のあなたの裸を見たところで、男の裸を見ると言えますかね?」
「……あのな」
フルーの言葉に俺も反論が出来ない。
なにしろ、今の俺は精神はさておき、肉体は正真正銘の否定しようがないほどに女だ。この体を男に見られるのは、問題だが女性に見られるのは問題がないだろう。
それを考えれば、別段問題ではないだろうが……。
「それで、ヤンデレとは?」
「俺の世界の……えっと……専門用語みたいなもんだよ」
専門用語と言うか萌え語と言うべきかも知れない。
「で、どのような意味なんですか?」
「わかりやすく言えば、好きすぎて行動が怖いと言う意味だよ」
と、俺は言う。
吉成と一緒に居るときは、安定していて良いのだが……。
吉成が別の女性に恋愛感情を抱いていると感じると暴走を始めるのだ。
まあ、悪い子ではないのだろうが……。
その嫉妬や怨みの相手になってしまうと困る。
「と、言いますと……?」
「前に親戚が急に遊びに来て、デートの約束がキャンセルになったんだよ。
親戚づきあいの一種だったんだが、その親戚に年の近い女子がいたんだよ」
ちなみに、親戚であり異性と言うか恋愛対象外だったのだが……。デートがキャンセルになった理由に不安を覚えた心花が、遊びに来たのだ。
そこで、買い出しを頼まれていた吉成とその親戚を見て……暴走した。
吉成が少し離れた所で、ナイフを振りかざして襲い掛かって着たのだ。
俺もそばに居て、慌てて止めて親戚だと言って止めたのだが……。
「よく、そんな女性とお付き合いをしていましたね」
「まあ、振られたりしなければ問題が無いからな」
愛故の暴走と言えば、聞こえが良いだろう。
とは言え、その暴走するほどの愛情を吉成が受け入れていられるのかは怪しい。
なにしろ、こいつは兄貴と同じくらい女好きだ。
ただ、浮気をすると大変だと過去の事で判断しているだけだが……。
どうも、兄も弟も女難の相があるらしい。
俺は今のところ、恋人が出来てないので女に苦労していない。
……いや、女で苦労していると言ういみでなら今もこうして苦労しているだろう。
「しかし、まさか……本気で俺のために恋人と別れようとするとは……」
と、俺はため息をつく。
「さすが、傾国の美女ですね。
あなたのせいで、争いが起きるの呪いによる必然です」
「そんな必然なんていらない」
フルーの言葉に俺はため息混じりに言ったのだった。
「とにかく、呪いを解呪する事ができるんだろ。
あのバカが俺に惚れたのは、呪いのせいだろ」
いくら美人でも、男の俺に惚れるとは思えない。
「事実、学校だと俺が男だと言えばみんな正気に戻っていたぞ」
「その仮面の力です。魅了に影響を受けにくくなっているんです。
万が一にでも、仮面が外れた状態で見られたら……結果として、あなたが男だと解っていても魅了されて求愛を始めます。
そうなれば、対した違いがないでしょう。あなたのヨシナリは、あなたの素顔を直接見たので、ああも惚れているのです」
「……まあ、たしかに……」
俺は仮面を身に着けずにあったのは、今のところはフルーに兄貴、そして吉成だ。兄貴は、植物になって性別が無くなった。フルーは同性なので影響は無いらしい。
だが、吉成は蜥蜴人間になっても惚れているらしい。
「しかし、蜥蜴人間になっても惚れていられるような女の子を振るなよ」
たしかに、別れ話が出れば暴走するが……。料理上手で掃除も上手な家庭的な少女で美少女。……まあ、あのツインテールを好むセンスはどうかと思うが……。
吉成は曲がりなりにも、恋人にしたのだから好みと言う事だろう。と、俺はため息をつく。なのに、俺へと口説き始めたのだ。
迷惑以外、なんでもない。
「それで、正気に戻す方法は?」
「一度、魅了された人間を正気に戻す方法があれば苦労はしません。ただの魅了の呪いならともかく、あなたの呪いは特殊な呪いですからね」
と、フルーがため息混じりに言う。
「事実、あなたを男だと知ってやめた人も、惚れているのは変わっていません。強い精神力や思い人がいなければ、あなたが男でもかまわない。
と、口説き始める可能性もあります」
「嬉しくない情報を……」
俺はそう言ってTシャツにジーンズと言うシンプルな服を着る。
男物の服なのだが、なぜか色気を感じさせる。
胸が大きくてTシャツの柄が伸びていているのに……。
と、俺はため息混じりに鏡を見る。
「とにかく、もう無理ですね。あなたの呪いが解けない限り……。
まあ、地位や身分がある男性ほど魅了するので……。
これから先、王や大商人やお金持ちと言う男性に見られたら……。
いくら仮面をつけていても、ヨシキに惚れて求愛をすると思われます。
場合によれば、力尽くと言う可能性もあります」
「……力尽く?」
「無理矢理、あなたを嫁にするために肉体関係を結ぶ可能性もあります」
「絶対に嫌だ」
フルーの言葉に俺は呻くように言う。
「まあ、この程度は日常になりますよ」
「したくないよ!」
フルーの言葉に俺は怒鳴る。
「つか、フォローする練習をした方が良いぞ」
「現在進行形で練習をしています」
「俺は、練習台か?」
「人付き合いは実戦が練習だと思っています」
「間違って無いが……」
フルーの言葉に俺はため息をつきながら……俺は部屋から出たのだった。
「悪い。俺の愛しの恋人」
「なってねえよ」
びすしと寝言を言う半永久に寝ぼけている吉成の頭に俺はチョップを入れる。
「あのな。少しは冷静になれ」
と、俺は吉成をひっぱたく。
「俺はお前の兄貴だ。
兄弟なんだよ。ついでに、言えば俺の性別は男だ。
今は外見が女になって居るが、お前とそう言う関係になるつもりはない。
俺は男に戻るつもりだ」
「ああ。それはつんで」
「どれだけポジティブだ!?」
ついにハリセンでひっぱたく。
そして、やかんのお茶(冷えている)を頭からぶっかける。
「頭を冷やして来い。お前がいると、状況が悪化する」
そう言って心花ちゃんをみる。
縄でグルグル巻きにされている心花ちゃんは、髪の毛の蛇をうねうねとさせながら、俺を睨んでいる。その睨む仕草に蛇となった髪の毛も相まって、まるでメデューサだ。
幸いにも人を石にするような目を持って無いが、
「あー。久しぶりだな。
心花ちゃん。えっと……解らないかも知れないが、俺は吉成の兄の由紀だ。
解るか?」
「この泥棒猫!?」
「いや、呪いで性別が女になっただけだからな」
「あばずれ、雌犬」
「いや……」
「ビッチ。寝取り女。淫売」
「人の話を聞けよ」
ぺちん! と、軽くハリセンで頭を叩く。
手で叩かないのは、手で叩いたら蛇に噛まれそうだからだ。
蛇が毒蛇かどうかは、解らないが噛まれたら居たそうなのでハリセンで叩く。
「だから、話を聞け。
お前も知って居ると思うが、俺たちは呪われている」
「そうよ。……女になって吉成くんを誘惑するなんて……。
この人でなし」
「なんで、実の弟を誘惑するんだよ。第一、俺の精神は男だ」
ひっぱたいたことから多少は冷静になったらしい。
「それと、俺の呪いはただ性別が変わるだけじゃない。
周囲の異性を魅了すると言う特殊な呪いだ。
この仮面でその呪いは抑えているんだが、あいつは直撃を受けたんだ。
しかも、呪いに気付いた朝の早朝だ。
つまり、あいつは今は正気じゃない。そうじゃなかったら……心花ちゃんをこんな別れ方をするわけないだろ。吉成が」
いや、いつか振るかも知れない。と、思っていたが……。それを隠して俺は言う。
たとえ、別れるとしてももうちょっとうまくやるはずだ。
「……本当。私の髪の毛がこんなになったから別れる訳じゃ無いの?」
「それを言うなら、あいつ蜥蜴だけれど大丈夫?」
「吉成くんはどんな姿でも素敵よ。たとえ、死体になっても愛すると決めているの」
「あー。そうか。その愛がある限り、二人が別れるわけ無いさ。俺の呪いに負けないぐらいの愛を注いでやってくれ」
心花ちゃんの言葉に、俺が頬を引きつらせながら言えば、
「……良いんですか? それで」
と、フルーが珍しくまともな疑問を口にしたのだった。