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彼女のオーバーホール

「ねえ。敬幸。明後日のデートの件だけどさ・・・」

 大学近くの喫茶店で話す彼女。そして、その彼女の向かい側に座る俺。

「ああ。水族館に行くってヤツ?」

「そう。それなんだけど・・・ キャンセルしてくれない?」

 突然、彼女から出たデートキャンセルの言葉。しかし、俺は驚くことも無く、テーブルの上のコーヒーを一杯飲み答える。

「それなら、俺もこの日は大学から呼び出しがあってさ・・・ 今日、話して謝ろうと思ってたんだよ」

「そう・・・ お互い忙しいものね」

 溜め息をついて、窓の外を眺める彼女。そんな彼女の飲み物は、店員が出したお冷だけ。テーブルの上には、俺と彼女のお冷と

俺が頼んだコーヒー一杯だけ。それでもって、彼女は、お冷も口につけていない。

「有紗は何か用事があるのか?」

 俺は、彼女に尋ねてみる。俺は、大学からの呼び出しと答えたが、彼女の事情はまだ訊いていない。下手すれば、他の男と・・・

だなんてこともある。有紗は、結構綺麗な分類の女性だから、他の男から声をかけられても可笑しくない。モデル並みの美顔とスタイルを

兼ね備えた女性。それと比べて、俺は一般男性では中くらい。良くても中より上くらい。よくドラマや漫画であるような美女と冴えない男

のカップルだ。

「ええ・・・ ちょっとね・・・」

 そう言って、目線を逸らす有紗。これは何かワケありっぽいな。

「・・・単位が取れなくて呼び出しか?」

 またコーヒーを一口啜って、有紗に一言言う。

「んな! バッカじゃないの!? 今の今まで大学で単位を落としたことの無いこの桜通有紗様が呼び出しなワケないじゃない!」

「バカ! ここ喫茶店だぞ!」

 俺の一言に有紗は怒る。それを宥める俺。確かに怒らせたのは俺で悪いが、有紗も周りのムードを考えて欲しいものだ。

「それで・・・ キャンセルの理由は?」

 そう尋ねると、彼女は少しふてくされて答える。

「・・・オーバーホールよ。あることすっかり忘れてたのよ」

「なるほどな・・・」

 彼女のその言葉に俺は納得する。

 オーバーホール。自動車や飛行機、機械装置などを部品単位まで解体し、洗浄や点検を行う作業のこと。しかし、何故彼女がオーバーホールと

関係あるか。それは、彼女の身体が機械でできているからだ。言いやすくすれば、サイボーグと言うヤツだ。今の彼女の身体は、脳みそと一部の

脊髄を除けば、全て機械でできている。こう言っては有紗に失礼だが、モデル並みのスタイルも男性を引き寄せる美顔も全て作り物。だから、

さっきから彼女はお冷一つにも口を付けていないのだ。

「ったく・・・ この身体で生活するのも慣れたけど・・・ でも、オーバーホールだけは受けたくないのよね。って、あたしはまだ受けたこと

無いんだけどね・・・ でも、噂によると全身を解体されて、あんなことやこんなとこまで見られて・・・ 脳みそだけの状態にされるのよ!?

って、敬幸聞いてる?」

「ん? ああ」

 必死でオーバーホールの嫌さを説明する有紗。と言っても、俺自身はオーバーホールを知らないとヤバイ立場だから、嫌が嫌でも知っている。

俺は、朝日が丘大学医学部義体医療学科の3年生。彼女のような義体ユーザーの医療に携わる学問を専攻している。だから、

オーバーホールのことは既知のこと。ちなみに有紗は、同大学農学部の3年生。俺は一年浪人しているから、俺の方が一つ年上だ。

「でも、オーバーホールの時は、仮想空間のゲームや疑似体験ができるからいいんじゃないか? 友達の義体ユーザーは、楽しかったって言って

たけど・・・」

「もう! バカ! バカ敬幸!」

 またも怒り出す有紗。今度の怒り方は、かなりヤバイ。

「乙女心ってのを考えなさいよ! 知らない人に身体を見られ、解体されるのよ!? レイプもいいところだわ!」

「でもな・・・ オーバーホールをしないと劣化部品も取り替えられないし、生命維持装置に異常があったら命に関わるんだぞ。まあ、注射嫌い

の俺がインフルエンザの予防接種を凄く受けたくない気持ちと重なるけど・・・」

「・・・それで、次の18日はオーバーホールでデートに行けませーん。ごめんなさーい」

 少し落ち着いて、棒読みで謝る有紗。はあ・・・ もう少し大人になれよ・・・ って、注射嫌いの俺が言えたことじゃないけど。

 その後、俺は大学で忘れ物があったので、喫茶店で彼女とは別れた。次の日からウチの大学病院でオーバーホールの準備のために入院すること

になっていたらしい。別れ際の彼女の顔は、少し悲しげな顔だった。





「あーあ。まったく・・・ なんで休日に限って、呼び出しなんだ・・・」

 俺はブツブツ文句を言いながら、キャンパス内を歩く。平日と比べて、休日は開講している授業が少ないから人も少ない。俺は、授業目的で来ている

んじゃないから関係ないが。

「東山教授も何で呼び出したんだろ・・・ 授業も真面目に出ているのに・・・」

 俺には教授から呼び出されるような節が見当たらなかった。学生生活は至って普通。成績も呼び出しを食らうほど悪くないし、授業料もしっかり

払っているし・・・ 何があるのだろうか?

「まあ、怒られなければいいや。有紗も予定が入っていたから、怒られなかったし」

 有紗には「乙女心がわからない!」と怒られたが、デートをキャンセルしたことに対しては怒られなかったから良かった。あとは、教授の話が悪い話

でないことを祈るだけだ。





「すみません。鶴舞です」

 ドアをノックして、東山教授の研究室に入る。

「おお。鶴舞君。よく来てくれたね。待っていたよ」

 中で待っていたのは、白衣を着た初老の男性。この人が俺の研究室の担任教授で朝日が丘大学で義体医療学を教える東山茂教授だ。この先生は、俺を

結構気に入ってくれていて、何回か食事も奢ってもらったこともある。そんな教授だから、俺に悪い話題を持ってくるとは思わないが・・・ 少し

今までの大学生活で呼び出しを食らいそうな節をもう一度振り返ってみる。

 ・・・やっぱり無い! でも、俺が無いと思っているだけで、本当は・・・ とにかく、悪い話題は来ないでくれ・・・

「鶴舞君の将来は、義体医療の現場に立ちたい・・・と言っていたよね」

「あ・・・ハイ」

 俺の将来の夢は、医者だ。ただ、普通の医者ではなく、義体ユーザー専門の義体医療の現場で働く医者になりたい。その理由は、幼い時に義体ユーザー

の幼馴染の友達を失ったことがきっかけだ。その幼馴染は、生命維持装置の異常で命を落とした。その異常は、現在の技術では解決されたが、当時の技術

では何ともならないことだった。だから、俺はこれ以上義体ユーザーの命を失いたくない。命を落とした幼馴染のためにも俺が頑張りたい。そう思って、

義体医療の現場に立つことを夢見ている。

「今日、1人の義体ユーザーのオーバーホールを担当することになっているのだが・・・ 見学で良ければ、見に来ないかね?」

「い、行きます! 行かせてください!」

 俺は、教授のお願いを受け入れた。オーバーホールは義体医療では、「義体化手術」「メンテナンス」などの重要なポイントの一つだ。その現場を

生で見れるなんて、俺としては大変ありがたいことだった。

「そうと決まれば、早速大学病院の方へ向かおうか」

 そう言って。東山教授は椅子から立ち上がり、幾つかの書類をバックに入れて、俺と一緒に部屋を出る。

「ところで、教授。どうして自分だけを誘ってくれたんですか? 研究室生は他にもいるはずなのに・・・」

 俺は、東山教授が何故俺だけをオーバーホールの見学に誘ったのか不思議に思った。

「それは、君が研究室で一番頑張っているからだよ。この間の論文からも熱意を感じたし、義体医療の現場に立ちたいという夢を強く抱いているから

ボクも何か手助けしてやらないと悪いと思ったからね」

 そう言って、教授は白髪交じりの頭を掻きながら話す。

「そうなんですか・・・ ありがとうございます」

 俺は、教授に礼を言う。本当にこの人にはお世話になってばかりだ。

「あ。そうそう。今日の義体ユーザーのことは、絶対に外には漏らさないで欲しい。一応、君が見学するという手続きはしたし、義体ユーザーにも了解は

してある。でもこれだけは絶対に守って欲しい。わかったね?」

「ハイ」

 医療には、守秘義務が付き物だ。それは、生身の人間に対してはもちろん、義体ユーザーにも付いてくるものだ。義体ユーザーは尚更「自分がサイボーグ

であること」を知られたくない。それは、生身の人間であったというアイデンティティなのだろうか。有紗自信もよく話す。「自分がサイボーグであることを

実感する時は凄く辛い」と。俺は、義体ユーザーじゃないけど、なんとなくその気持ちはわかる。自分が人間であることを否定され、自動車みたいな機械と

一緒にされるときは、さぞ辛いだろうな・・・

「それより、この大学は広過ぎる。空港にあるような動く歩道くらいつけて欲しいものだよ」

「ははは。そうですね」

 俺と教授はそう話しながら大学病院の棟へと向かった。





「さあ。ここが義体医療の現場だ。と言っても、君が見れる場所は、研修生用の見学ルームで、現場に立ち会うことはできないんだけどね」

 「見学室」と書かれた札のドアの前で教授は説明する。やっぱり、直接現場に立ち会うことはできないのか・・・ まあ、半人前の俺が立ち会うのも

俺自身気まずいから、少しホッとしたんだけど・・・ やぱり、間近で体験したいという気持ちも反面あって、ちょっと残念に思えた。

「それじゃ、君とはここでお別れだ。君は、この部屋で待っていてくれ。オーバーホールの様子もこの部屋から見れるようになっている。

それではまた、会おうか」

「失礼します」

 そう言って、教授は近くの階段を下りて行ってしまった。残されたのは、俺1人。取りあえず、見学室に入ってみることにした。


「お邪魔しまーす」

 見学室の中は、電気がついていたが誰もいなかった。部屋は大きすぎず小さすぎず。幾つかの椅子が並べてあって、並べられた椅子の先には、

室内なのに窓ガラスがついていた。その窓ガラスを除くと、メンテナンスルームが真下にあることに気付く。

「眺めは・・・まあまあかな。オーバーホールやメンテナンスを見学するには、もってこいの場所か」

 ウチの大学は、一番義体医療施設の整った病院だ。しかし、大学病院とあって、たまに研修医や大学の研究生がメンテナンスを見学することもある。

まあ、大学病院にはよくあるギブアンドテイクか。

「でも、どんな義体ユーザーが来るんだろう・・・」

 そう言えば、教授から今日のオーバーホールを受ける義体ユーザーのことは全く知らされていない。まあ、守秘義務があるのだろうけど、男か女かも

知らされていない。まあ、たぶん男性だろう。オーバーホールやメンテナンスは基本的に全裸になるのが一般的。だから、女性だといろいろ不味い。

教授もそれくらいは、理解してくれているだろう。そう思いながら、一番ガラスに近い椅子で暫く待っていた。


プシュ


 暫く待っていると、メンテナンスルームに何人かの医師が入ってくる。そして、1人の義体ユーザーがストレッチャーに運ばれてくる。

「う、嘘だろ!?」

 俺はその義体ユーザーの顔を見て驚いた。というより、しばらく頭が真っ白になっていた。

「今日の見学できるオーバーホールって・・・有紗のオーバーホールかよ」

 ストレッチャーに乗せられていたのは、薄い青緑色のシーツをかけられた有紗だった。有紗は目を閉じて、死んでいるように眠っている。いつもは、

うるさいくらい元気な奴なのに、今日見る彼女の顔はとても静か。静かなのも当然か。今からオーバーホールなんだから起きていられたらオーバーホール

なんてできやしないから。

 そして、彼女はストレッチャーから作業台に移し変えられ、シーツも取られる。もちろん、彼女は裸。女子大生にしては、少し大きめの胸。ウエスト、

ヒップといいそれなりに良いスタイル。そして、首から下は殆ど体毛が生えていない。って言っても、彼女の裸体を見るのは、これが初めてなワケではない。

俺たちは、大学生なのだから、それなりの異性行為はしていますよ。

 有紗の身体が作業台に移し変えられ、オーバーホールが始まった。まず、ハッチや継ぎ目を隠すカモフラージュシールを外され、次に彼女の首が外される。

外された彼女の生首は天井からぶら下がっている器具に繋げられる。そして、彼女の後頭部のハッチが開けられ、脳ケースが取り出される。ガラスのケースに

入れられた彼女の脳みそ。その脳みそにはいくつかの電極が繋げられている。生身の"有紗"と言える唯一の部分。それを俺はまじまじと見せ付けられた。

脳ケースには、小さな機械が付けられている。小型の予備生命維持装置と脳と機械の身体を繋ぐインタフェースのようなものだろう。そして、有紗の脳ケースは

メンテナンスルームの大きな機械に繋げられる。あれが友達の言っていた仮想空間装置と生命維持装置なのだろう。

 次に医師たちは、首から上のない彼女の身体のハッチを開けていき、彼女の体の中に入っていた機械を取り出していく。授業中に写真で見た人工臓器や

人工筋肉が取り出されていき、体内の人工骨格が見えるようになる。

 その後、彼女の身体の四肢が取り外され、今の有紗の身体は、首の無いダルマ状態。首から上も後頭部が観音開きのまま。今の有紗はどこから

どうみてもヒトとは言えない状態だった。

 取り出された機械などは、それぞれの医師や技師が点検していく。変な機械を彼女の人工臓器に当てて調べたり、直接見て調べたりもしていた。外された

四肢や身体の本体も調べられ、首から上も観音開きされたハッチから中を覗かれていた。義眼も取り出されて、いろいろチェックされていた。

そんな光景が4時間くらい続いた。あまりの出来事に俺は昼飯をとるのをすっかり忘れていた。

 全ての点検が終わったのだろうか。外されていた四肢が繋げられ、点検を終えた部品や機械が彼女の身体に入れられていく。脳ケースも後頭部から入れられ、

首から上も首から下の身体に繋げられる。

 全ての点検が終わり、カモフラージュシールが貼られ、今の彼女の身体は生身と変わらない姿にまで組み立てられた。シーツを被せられた彼女は、

ストレッチャーに乗せられ、眠ったままメンテナンスルームを後にした。

 彼女のオーバーホールを見ていて、彼女がオーバーホールを嫌がる気持ちと彼女が「生身の乙女でいたい」という気持ちを痛感した。





「なあ。有紗」

「なーに?」

 いつもの大学近く喫茶店でいつもの席で、俺と有紗。

「あの・・・ この間はゴメン。ちょっと有紗の気持ちを分かっていなかったよ」

 俺は、この間義体ユーザーである有紗の気持ちを知らないで、いろいろ言ったことについて詫びる。

「え!? 別にいいわよ。敬幸も立場上ああ言わないといけないのも分からなかったあたしも悪かったし・・・ごめんね」

 あれ・・・ 今日はやけにすんなりしているな・・・

「・・・どうしたんだ? いつもよりも丸くなっているけど・・・」

「な、なんでもないわよ! あたしも少しは敬幸のことを理解してんのよ! 全く・・・ 感謝しなさい」

「ハイハイ・・・」

 いつもの彼女に戻ったところで、俺はコーヒーを一杯口に入れる。

「それでさー オーバーホールでキャンセルになったデートの代わりに、今度は海の見える街に行かない?」

「・・・」

 俺は黙って彼女を見つめる。

「・・・まあ、気分転換に行くか。ただ、海を眺めるだけだぞ」

「それは分かってる。帰りはホテルに行くわよ」

「はぁ・・・ レンタカーの予約にホテルの予約か・・・ 大変だな」

 後日、彼女のオーバーホールを俺が見学していたことがバレたが、殺されずに済んだ。ただ、思いっきり腰のあたりに突っ込みを入れられて、

一ヶ月は腰に湿布を貼り続ける羽目にはなったが。

 そんな滅茶苦茶な性格で身体はサイボーグだけど、俺は彼女を愛している。何故かって? 彼女も俺を愛してくれているから・・・


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