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 その頃、僕はあらゆることにうんざりしていた。突き詰めていけば(突き詰めるまでもなく?)それは家族のこと、もっとはっきり言えば父親との関係ということになるけど。でもそれを考えるのは面倒だった。一旦そうし始めたら最後、思考の泥沼にはまり込んでしまいそうで。だから僕は考えるのを一旦よして、ひたすらぼうっとしてることにしたんだ。

 僕はもうすぐ二十歳になる十九歳。一応大学生。大人でも子供でもない気楽な身分だ。モラトリアム。どこにも所属していないことは許される期間。こういう時は無理をせず、全く何もしないでいるのもいいかもしれない。

 そうと決めたら妙にすっきりしてしまって、僕は大学に休学届を出すと、朝から何もしなくなった。一日中寝転がっている時もあれば、あてもなくブラブラと街をさまよったりもした。気の向くままに本を読んで、映画を観て、美術館で絵画を鑑賞し、一週間ほど旅行に出たりもした。

 で気の済むまでそんな風にしてたら、さすがに飽きてきた。親から資金援助を受けている立場だから、そういつまでも遊ぶ金があるわけでもない。そこでバイトをすることにしたんだ。

 ☆

 そんなわけで僕は今、名前を「ズッキーニ」というバーのカウンター内にいる。

「マナブ君、カクテル頼むわ」

 マスターに言われるままに僕はシェイクを振る。黒い前掛けをして、腕まくりをした白いシャツ。僕の働き振りはいかにも板についている。ま、それも当然だ。ここで働くのは初めてじゃない。中高生の頃からたまに手伝ったりしていたから。

 ここのマスターとはずーっと前からの知り合いだ。腐れ縁と言ってもいいかもしれない。今回もしばらくバイトしたいと申し出たら快く引き受けてくれたというわけ。

 実際のところマスターと会うのも久し振りのことで、連絡を取るのは気まずかったというのが正直な気持ちだったけど、思い切って押しかけたら喜んでくれた。ちょうど人手を必要としていたって言うんだ。と言うわりには店は、むしろ閑散としていたけれど。

 まあでも、何もせずに金を貰っているよりも、多少なりとも働いた方がいいだろう。お言葉に甘えて僕はバイトをすることにしたのだ。

 ☆ 

 そんなある日のことだ。食器を洗っているところに近寄ってきたマスターは「ねえ、お願いがあるんだけどォ」身をくねらせながら言った。

「どーしても外せない用件があって、一週間程、出なきゃいけないのォ。マナブ君その間、一人でここを守ってくれないかしらァ」

 それはあまりに唐突なお願いだった。確かに昔からちょくちょく手伝っていたから、バーにおける一通りの仕事をこなすことは出来る。けれどそれも後ろにマスターが控えているからという安心感があってこそのもので、全てを一人きりでこなせるかといえば、それはさすがに心許ない。そう僕は反論したのだが、マスターはまるで聞く耳をもたない。

「大丈夫。出来るわよ。あんたなら何の問題もなしよっ!」と説き伏せられてしまった。どうあっても用件とやらを片付けに行きたいらしい。

 それにしてもマスターも随分とふっきれたものだ。いいのか悪いのかオネエ言葉も丸出しに、すっかり本性を隠そうとする気配もない。それでもまだ昔は遠慮していたものだったが……。

 そう、マスターはあっち系の人らしいのだ。まあ今時、そういう人は珍しくないし、偏見ももはやないのだが、それでも一時期はちょっと(いや、ひどく!)嫌なものだった。特に十代半ばの頃は。それからわずか数年しか経っていないけれど、僕も大学生になって、今ではこういうのもありかな、と思えるようになっていた。

 ともかくそんなこんなでマスターは留守中の注意点を幾つか列挙すると、バッグを担いでさっさと店を出て行ってしまったのだ。残された僕の不安など知る由もなしに。

 しかし直に気分は落ち着いてきた。何、そう深く悩む必要などない。これまで通り普通にやればいいだけの話。客といってもかつて知ったる常連ばかりだ。いざとなればセルフ・サービスさえしてくれるかもしれない。しかしその考えが甘かったのを、後に僕は知ることになる。


 ☆一人目の客

 月曜日ということもあるのだろうか、その日店を訪れる客は少なかった。カウンターに一人きり、むしろ常連客がいてくれた方が安心するくらいのもので、誰もいないとなると突然に新規の客が訪れたらどうしよう? と不安ばかりが高まっていく。

 そんな悪い予感の通り、カラ、コロンと軽やかなベルの音を響かせて店に入ってきたのは見慣れぬ男性客だった。

「ウイスキーをくれないか」

 カウンターに座った男に注文された品を出しながら、その顔を確かめる。年は四十代後半といった辺りだろうか。丸顔に小太りな体型とけっして男前とは言えないが、整った髪に、シンプルだけれど仕立てのいいスーツ、袖から覗く腕時計は高価なブランドのもののようで、社会的にはそれなりの地位にあることが推察された。

 しかし僕が気になったのは一方で男からどこか投げやりな雰囲気が発散されていることだった。男はしばし無言で、そう広いとはいえない店内を見回していたが、おもむろに口を開いた。

「誰か客は来なかったか?」

「ちょっと今晩は閑古鳥が鳴いている状態で、お客様が最初なんです」

「そうか。じゃ、しばらく待たせて貰うよ」

 誰かとここで待ち合わせているようだ。男は黙々とウイスキーを飲み始めた。

 それからどれ位経ったろうか。男はそれ程酒が強いというわけではないらしく、気付くと顔を赤くして饒舌になっていた。酔うと口が軽くなるタイプのようだ。

 男は自らの名を名乗った。しかしここで本名をさらしては差し障りがあると思うので、仮にスズキ・ノボルさんとでもしておこう。

「僕はね、ご覧通り結婚している」

 そう言ってスズキさんが差し出した左手の薬指には銀色に光るエンゲージ・リングがはまっていた。

「どんな奥さんなんですか?」

 何気なく質問する。きっと妻を自慢したくて仕方ないんだろうと、そんな気がしたものだから。しかしその読みはまるで当てが外れていた。というのもスズキさんの表情が見る間に曇っていったからだ。

「綺麗だよ。ああ、自慢じゃないが妻はとても美人なんだ。肌は白いし、目は切れ長で澄んでいるし、何といっても品があるっていうかね、あればかりは生まれつきのものさ。後から努力したって身につくようなものじゃない。例えて言えば誰だろう? ほら何といったかあの女優。……そうだ! 鈴木京香」

 僕も勿論その女優は知っている。CMや休日のお昼に再放送をしていたドラマで見たことがある。色白でグラマーな典型的な美女という印象の女優だ。そんな美しい妻を持っているというのに、しかしスズキさんの顔ときたら苦虫を噛み潰したように渋いのだ。話は続く。

「加えてね。妻の実家は資産家なんだよ。何しろその自宅ときたらまるで御殿のようでね。沢山の使用人、小川まで流れている広大な庭。ロールス・ロイスが五台もあって……と、とにかく凄いのさ。彼女はそこの長女として育てられたお嬢様なんだ」

 ますます訳が分からない。僕の不可解な表情を察してスズキさんは言った。

「何が不満なんだ? と言いたそうだな。まあそれも最もだよ。容姿端麗。おまけに実家は金持ち。いわば私は逆玉ってやつかな。それなのに何が気にくわないんだってね。

 だがしかしね、そんな完璧な妻を持つ俺自身が問題なんだよ。まあ兄さん、俺のことをとくと見とくれ。どうだい。自分のことを悪く言うつもりは毛頭ないが、どうひいき目に見ても男前だとは言えないだろ?」

「い、いえ……そんなこと」

 僕が口ごもっていると、それ以上言うなとばかりに手を上げて「兄さんよしとくれ、そんな見え透いた嘘なんぞ聞きたくねえ」と呟いた。

「分かってる。ああ、自らの容姿のことはてめぇが一番承知してる。この顔のどこが男前なもんか。人並み? いやいや中の下ってところかな。ふん、それでもまだ良すぎるってか? 下の下、いやそれは何でもあんまりだ。下の上ってとこで一つ手を打ってくれませんかねえ、がっはっはっ」

 スズキさんは酒が効いてきたのだろうか。奇妙なテンションになって一人で勝手に盛り上がっている(といってもウイスキーの水割り二杯しか飲んでいないのだが)加えて風体もご覧通り、寸胴だし腹は出てるし、完全な中年親父だ」

「……」

 僕にはもうかけるべき言葉もなかった。

「そんな不細工な俺がどうやってそんな妻と結婚までこぎつけたのか、そうかそれが気になるんだな。気にならない筈がない!」

 正直こんな愚痴、もう聞きたくなかったけれど、どんよりと据わった目をしているスズキさんは客、そして僕は(一応)ここのマスター代理だ。頷くしかない。

「おうおう分かった。話してやろう。女房の親父は俺の勤めている会社の社長なのさ。それで若い頃、同期の中でも優秀だった俺は社長に気に入られててな。お屋敷に出入りするうちに娘さんと知り合って、いつの間にか結婚にまで至ったって訳なんだ。

 その時にどれだけ有頂天になったか分かるか? まさに人生の勝者となったような気分だったよ。何しろ美人の妻とそして社長の義理の息子となることで得る将来の約束された地位。男にとっての二大願望を一挙に我が物としたんだから」

 二十代半ばにしてある意味人生のピークを迎えてしまったスズキさんの、その若かりし日の高揚は僕にもおぼろげながら想像がついた。

「俺の未来は希望にあふれていたよ」

 しみじみと懐かしむようにスズキさんは呟くと、今度は一転して語気荒くなって「しかし! 四十歳を過ぎる頃になると俺は自分の才能の限界ってやつを自覚しないわけにはいかなくなっていたんだ!」と吠えた。

「……というと?」

 おずおずと尋ねる。

「俺にはリーダーとしての素質がなかったんだよ!」

 ドン! スズキさんは飲み干して空になったグラスを叩きつけるようにテーブルに置いた。その顔にありありと焦燥の色を浮かべて。

「私の義父は社長だから、当然俺は同期の者より出世は早く、三十歳になる頃にはすでに重要な役職についていた。が俺の任された部署は満足いく成績を上げることが出来なかった。原因は……」

 スズキさんは三杯目となるウイスキーの水割りを口に含むと苦々しく呟いた。

「俺だ。リーダーの俺にあった。俺には部下に指示を出し、皆を統率し、叱咤激励してプロジェクトを成功に導くといった能力が欠如していたんだ。俺にあるのは与えられた仕事を効率よくこなしていく能力。そう、それだけ。それと人の上に立つリーダーとしての能力は別物だ。そのことに自分が、そして周りが気付いた時点で、俺の会社における存在の意味はなくなってしまった」

 うなだれるスズキさんに向かって、かけるべき言葉を僕は持たなかった。しばしの沈黙の後、四杯目となるウイスキーの水割りを片手にスズキさんが口を開く。

「でも俺には美人の妻と、そして可愛い一人娘という支えとなる家族がいた。だから取り敢えず、自身の存在意義を見出すことが出来たのだ。

 ああ、そうだ。娘に関してはまだ何も言ってなかったな。結婚してすぐに授かった子供、それか今年で二十一になる一人娘のカンナなんだよ。幼少時より可愛くて、成長するにつれ母親に似た美人になっていった。父としてはこれ程嬉しいことはないのだが、しかし一方で不安になってきたんだ。というのは自分に似たところが無いからだ。

 結婚してちょうど十ヶ月で生まれたカンナ。子供が母親の胎内にいるのが十月十日だから、

タイミングとしてはギリギリだが……。俺の中で疑惑は広がっていった。そんな時だ。知り合ったばかりの、とある人物がこう耳打ちした。

『カンナはあなたの娘じゃない、と』

 そうなんだ。そう考えれば全ての疑念は氷解する。例えば俺とカンナが二人で話している時の横で見ている妻の不安げな表情。例えば娘の外見や性格について話す時の妻の微妙な表情。例えば……。ああ、いちいち挙げていったらそれこそキリがない。

 そしてね、兄さん。心配になった俺はついに調べてもらうことにしたんだよ。そう、私立探偵ってやつにね。さっきいったとある人物がね、紹介してくれたのさ。一部で有名だという探偵事務所を。

 初めて訪れた時はそりゃ、緊張したね。でも何てことはない。向こうもそこはプロだ。客が後ろ暗い思いを胸に来ていることは百も承知なんだろう。至って事務的に処理してくれてね。変に親身になってくれるより、その方が話しやすいもんだね。で、調査してもらった結果、分かったんだ。カンナが俺の実の娘じゃないってことが!」

 そう言ってカッと目を剥いたスズキさんの顔の恐ろしさときたら! ちょっとしたホラー映画のショッキング・シーンよりもはるかにインパクトのあるものだった。スズキさんの話しは続く。

「当時、結婚する前のことだそうだ。妻には意中の人がいたらしい。自称画家を目指しているという美大生だったらしいが、その詳細までは判明しなかった。きっと単なる遊び人だったに違いない。でも中々ハンサムであったらしく、妻は夢中になってしまったようだ。結果ていよく遊ばれて、ポイッと捨てられてしまったらしい。しかしその時すでに妻のお腹には奴の種による小さな命が宿っていた……」

「じゃあそれが、娘さんのカンナさんだと?」

「そうだ。そうなんだ。妻の両親は慌てたそうだ。何よりも体面というものを気にする一族だ。大事な一人娘がどことも知れない馬の骨に孕まされたとなれば威信にかかわる。どんな手段をもってしても、ことを丸く収めなければならなかった。そして責任を放棄するように行方知れずとなってしまった美大生の代わりとして、その子の父親として選ばれたのが、当時の社長のお気にいりの社員で、将来有望と思われていた、そしてここが肝心なんだが、女性に対しウブで鈍感な俺だったというわけさ。確かにその見立ては当たっていた。俺ときたらこの年になるまで少しも疑問に思うことがなかったんだから。

 さて、そんな事実を知ってからというもの、俺の精神状態は最悪だ。娘のカンナを見る目はすっかり変わってしまった。もう二度と愛らしいとは思えずに、次第に存在を避けるようになっていった。それというのも面と向かい合ったら何を言うか判らなかったから。

 そしてそれ以上に許せないのは妻のことだ。過去の思い出が頭をよぎったよ。初夜の時のうつむいた恥じらう顔、赤ん坊が出来たことを告げた嬉しそうな顔、出産直後にあなたの子よ差し出した笑顔。あれらが全て演技だったなんて! これまでの愛情が深かっただけに、それが反転した憎しみの深さは底知れなかった。どうしていいか分からずに俺は彼女に相談したんだ」

「彼女?」

「そう。カンナは俺の娘じゃないと、忠告してくれた人物さ。それが不思議な女なんだ。兄さん、あんた第六感ってやつを信じるかい?」

「えっ? 勘が鋭かったりってことですか?」

「そう。それなんだ。彼女はツルコ(仮名)ってんだが、めちゃくちゃ勘が鋭いのさ。そもそもツルコと知りあったのはスポーツ・ジムだった。ご覧の通りの体型の俺はメタボを気にしていたから、週に一、二回の割合で通っていたんだ。そこでよく顔を合わせいたのがツルコだった。何気なく声を交わすようになって、そしてある日会話の流れで携帯電話のカメラでとった娘の写真を見せると『カンナはあなたの娘じゃない』さっきの発言が飛び出したんだ。最初は怒って取り合わなかったんだが、ちゃんと調べた方がいいと、探偵事務所まで薦めてくるものだから、モノは試しに頼んだら、ああいう結果になったわけさ。

 それを報告するとツルコは『やっぱりね』としみじみと頷いたもんさ。彼女には見えたらしい。携帯画面に映るカンナの後ろに見知らぬ男が立っているのが。つまりそれが本当の父親だと言うんだ。

 妻に裏切られて嘆く悲しむ俺を見て、ツルコは同情してくれた。彼女もまた過去に男から手痛い裏切りにあったから気持ちがよく分かるんだそうだ。その後も色々と相談に乗ってもらううちに、ある日ツルコが提案してきた。復讐してやろうってね」

 復讐! その言葉を聞いて僕は耳を疑った。まるでテレビのサスペンス・ドラマのようではないか。

「そうさ。当然だろ? こっちは何十年に渡って騙されてきたんだ。妻の一族に馬鹿にされてきたといっていい。それを償ってもらうには相応の復讐をしてやらなきゃ気が治まらない。そうだろ?」

「で、どんな復讐をするつもりなんですか?」

 恐る恐る尋ねるとスズキさんは黙り込んでしまった。

「うん。それなんだよ問題は。俺もに気になっているんだが……」

 そしておもむろに腕時計を見て、出入口ドアの方に視線を走らせた。

「待ち合わせてる相手はツルコさんなんですね?」

「そうなんだ。兄さんと話すのに夢中でうっかりしてたけど、気が付いたら約束の時間をとっくに過ぎてる」

 そう言ってスズキさんは取り出した携帯電話をプッシュし始めた。「ちっ」しかしすぐに舌打ちがもれる。

「連絡が取れねえ。全くどういうことだ。復讐の方法を思いついたから、計画を立てようって、彼女の方からこのバーで待っててくれと指示されたのに。仕方ない今晩のところはもう帰るとするよ」

 そう言うと勘定を済ませて出ていった。ツルコさんとはどんな女なのか、そして復讐の方法とはいったい? ひどく興味をかき立てられてしまった僕を残して。


 ☆二人目の客

 その後バーはほとんど来る客もなく、時間だけが過ぎて閉店まではあと僅かとなった。少し早いけどもう片付けを始めようか、そう考えてカウンターから出た瞬間、来客を告げるベルが鳴った。

 カラ、コロン。ドアを開けて入ってきたのは中年の女性だった。軽くウエーブのかかった茶色の髪、お多福を思わせる丸い顔、厚い化粧に引かれた口紅の赤い色がいやに毒々しい。

「いらっしゃいませ」

 声を掛けると、キョトンとした顔で僕を見て、そしてカウンターの奥へ視線を走らせた。

「あらあなた、バイトの方? マスターはいないのかしら?」

 どうやらこの女性、マスターに用があるらしい。知り合いだろうか。

「用事があるとかで不在なんです。代わりに僕がこの店を預かっています」

 フゥーッ。それを聞いて女は落胆のせいか大きく溜息を吐いて、椅子にがっくりと座り込んでしまった。

「あららら……そうなんだァ。これはちょっと目論見が外れちゃったわねぇ……」

「? あのぅ。マスターと何かあったんですか?」

「いいの。いいのよ、もう」

 女は気を取り直したように言って、僕の方を向いた。

「せっかく来たんだし。一杯貰おうかしら」

 ☆

「ところで……」

 女はワインを数杯飲み干して、気分が落ち着いたのか言った。

「ここに五十歳近くのおじさんがこなかった?」

 今日来た客で五十近くのおじさんといえば先程のスズキさんしかいない。

「ええ、来られました。どなたかと待ち合わせていたらしいんですが……その相手が来なくてがっかりして帰っていきました」

「あらそう……」

 ひょっとして……僕は思った。この女性がツルコさんではないか? いや間違いなくそうだ。だとしたら簡単に帰す法はない。

「もう一杯いかがです?」

 興味深い話を聞き出せるかもしれないと、僕は返事も聞かずに空になったグラスにワインを注いでいた。

 そしてツルコと思われる女性を改めてよく見てみた。やたらと厚い化粧の施された顔、金色のブレスレットやシルバーの指輪などをごちゃごちゃと身につけて。そんな外見ははっきりいって悪趣味だ。しかしどこか雰囲気は浮世離れしていて、なるほど霊媒師的と言えなくもない。

 そうこうしているうちにツルコさんはワインを一本空けてしまい、さらにもう一本頼むのだった。酔っ払ったツルコさんの目は据わり、いつしかその視線はねっとりとして、僕の顔に注がれていた。もしや僕を狙っているのか? それは初めて体験する熟女の吸引力というやつだった。そんな恐れを抱く僕に気付いたのかツルコさんは不意に苦笑を漏らした。

「ごめんなさい坊や。そんな緊張しないで。別に取って喰おうなんてしないから。ただね、坊やを見てると、かつての恋人を思い出しちゃうものだから……。そう、面影がそっくりなのよねえ」

「はぁ……そうですか……」

「私、酔っちゃったみたい。ねえ、聞いてくれる? 初めて本気で好きになった彼とのことを」

 興味を引かれて頷くとツルコさんは語り出した。

「あたし昔っから男運が無いのよねえ、やんなっちゃう。何事も最初が肝心なんて言うけれど、あれは本当ね。今更ながらそう思うわ。彼と出会ったのはあたしが高校生の頃だった。あらいやだ。あたしにもウブな少女時代があったのよ。フフン、今のこの姿からは想像も出来ないでしょうけど。

 当時のあたしはいわゆる不良だった。両親は仲が悪くていつも喧嘩ばかり。暗い雰囲気の立ち込める家に帰るのが嫌で、毎晩ふてくされた面して繁華街をうろついていたものよ。そんな時に彼と出会った。彼、そう例えればカミソリのような、鋭利な印象を持つ男だったわ」

 そう呟いて、ツルコさんは懐かしむような遠い目をした。様々な追想が今、彼女の瞼の裏を流れているのだろう。古い映画フィルムのように。

「『お嬢さん、そんなに飲んじゃいけないな』彼は言ったわ。それも当然ね。その時のあたしときたらセーラー服姿で一升瓶片手に日本酒をラッパ飲みして、通りを闊歩していたんだから。怖いもの知らずとはまさにあのことね。『他人のあんたに指図される筋合いはないわ』あたしはすぐさま反撃した。したり顔して一席ぶつ大人をあたしは何より憎んでいた。きれい事ばかりぬかして裏では素知らぬ顔で悪事に手を染める。大人はそんな偽善者ばかりだ! 当時はそう思っていたから。ううん、今でも本心ではそう思っているのかもしれないわ。するとねぇ坊や、彼ったらどうしたと思う?」

 パシン! ツルコさんは僕のすぐ目の前で両手を叩き合わせた。

「こうよ。平手打ちを一発喰らったってわけ。『自分をもっと大事にしろっ』彼の言葉がナイフのように胸に突き刺さった。痛かった。大人の男に本気で頬をはたかれたんだもの。当然よ。でもね嬉しかったの。この人は本気であたしに向きあってくれてる。そう感じられたから。そんな大人は初めてだった。誰もがあたしを煙たがっていたというのに。その瞬間あたしは恋に墜ちていた」

 ツルコさんの目はらんらんと輝き始めた。

「そうして付き合い始めてみると、彼はあたしより三つしか違わなかった。随分と大人に感じられたものだけど。でもその頃の三歳差は大きいわ。大学生と高校生だもの。

 恋仲になった彼には色々な場所へ連れて行ってもらったわ。プール・バーやディスコ、クラブ……。いつも一緒に行動して、彼は私の話を聞いてくれた。あの時程楽しかったことはない。愛する人を何の疑いもなく信じていられた日々……。私は彼に全てを捧げた。身も心も全て。……でもそんな幸せも長くは続かなかった」

 ツルコさんはテーブルに突っ伏すと怪鳥のように叫んだ。

「破局よ。破局がすぐそこに近づいているのに気が付かなかった。なんてあたしはバカだったの!」

 一息に酒を飲み干すと、グッとツルコさんは空になったグラスを突き出した。注げ、ということだろう。従うしかない。チラリと壁にかかった時計を見る。すでに閉店の時間を過ぎているが、ツルコさんの話は止みそうにない。

「捨てられたの、あたしはあっさりと。心底惚れたその彼にね。理由? 笑っちゃう。簡単なことよ。他にいい女が出来たから。私は飽きられて捨てられたのよ。信じられなかった。彼が最近冷たくなってきたと心配していた時に偶然見たの。彼が若い娘といちゃつきながら歩いているのを。あたしより遥かに上品でかわいいお嬢様風の娘だった。その横でヘラヘラと笑う鼻の伸びた彼の顔! 私は一生忘れない。彼のあの言葉がぐるぐると頭の中を回っていたわ。『自分をもっと大事にしろ』こんなひどい振り方をしておいて、よくもあんなセリフが言えたもんだわ。それがきっかけであたしは世の中全ての男ってやつが信じられなくなった」

 そうね……ツルコさんは二本目のワインを空にするとしみじみと呟いた。

「今となったら分かるわ。男ってああいうもんだって」

「どういうことですか?」

「あのね坊や。男ってのは欲望に呑まれてしまうと何も考えられなくなって、心にもないセリフを平気で言えちゃうもんなのさ。そう、だから彼があたしに言った言葉も、あの瞬間は嘘ではなかった。でも嵐のような欲望が去ってしまうと、もう心の中にそのことはきれいさっぱりと無くなってしまう」

 ウフフフフッ。ぞっとするような笑いがツルコさんの口から漏れる。

「今となれば男なんてそんなもんだと分かっているけど、若かった当時はショックだった。荒れたわね。たった一人信じていた彼に裏切られ、もうどうしていいか分からずに自暴自棄になった。タバコを吸い、お酒をまた飲むようになって、ドラッグにまで手を出した。(カッと目を見開いて)エクスタシー、メスカリン、コーク……。大麻もちょっと吸ったことがあったかな?(謎めいた微笑を浮かべて)まァ時効よね。そして幾人もの男達が体の上を通り過ぎていった……」

 するとやおらツルコさんは立ち上がり「マイクはある? マイクを頂戴!」と叫んだのだ。勿論店内にはカラオケが設置してある。ツルコさんは手慣れた様子でリモコンをいじり、選曲をするとスピーカーから流れ出したオケに合わせて歌い始めた。

「十五、十六、十八とォー、アッタシの人生ィくらかったアー」

 夢は夜開く! 昭和の時代にヒットしたという歌謡曲であるが、当時まだ生まれていない僕でも耳にしたことがある。これを歌ったのが藤圭子という、平成を代表する歌姫、宇多田ヒカルの母親ということで、懐メロ番組で聞いたことがあるからだ。男達によって弄ばれた一人の女の暗い青春を歌ったその曲は、まさにツルコさんの話してくれた過去と符号した。まるで彼女のために用意された歌、そう言い切っても過言ではない程に。

 その歌声は切々と胸のひだにまで染みいってきた。きっとツルコさんの魂の叫びがそこに込められているせいだろう。歌が終わると僕は夢中で拍手を送っていた。

 そしてツルコさんの話はまだ続くのだった。閉店時間からゆうに二時間は過ぎている。ええい、もうどうにでもなれ。

「坂道を転がるようにして私は墜ちていき、気が付くと夜の女になっていた。そこで様々な男女を見てきたわ。裏切、裏切られ、愛があり、憎しみがあり、腐れ縁があり、涙があった。男と女、いがみ合いながらも離れられない。因果なもんね。そんな中で暮らしてきたからか、あたしにはある時から〝見える〟ようになった」

 そうだ。スズキさんが言っていた。ツルコさんには霊感があるのだ、と。ここでやっと話が繋がったというわけだ。すっかり忘れていたが(笑)そもそもはスズキさんとツルコさんの復讐とやらがどんなものか、それを探るためにこうして話を聞いているのだった。ようやくそれが聞けるとあって、僕の胸はワクワクと高鳴った。

「さあ、もう一杯いかがです?」

 酔う程に口が軽くなるらしいツルコさんにさらにワインを勧めた。

「霊感を持つってどんな気分なんですか?」

 尋ねると意外にもキョトンとした顔になる。

「霊感?」

「はい。霊感が強いんでしょ?」

「あらやだ。そんなこと言ったかしら。私はただ見えるって言ったのよ。それはね人生経験を積んで、人の気持ちが理解出来るようになったって意味なの。霊感とは違うわ」

「えっ、じゃあ霊感は?」

「霊感? そんなもの私にあるわけないでしょ?」

 ! 人違い? 僕は勘違いしていたのか。この女性はツルコさんではない? 混乱してどう問いただそうと考えているうちに、気が付くと女はカウンターに前のめりに突っ伏していた。酔い潰れてしまったのだ。大きな声で呼んでも、体を揺すっても、鼻をつまんでも、びくともしない。しょうがない。今晩はこのまま泊めてやるしかないだろう。僕は女の肩にタオルケットかけてやった。

 そうなると客を残し、店員が帰るわけにはいかない。仕方ない。僕はバーの奥にある小部屋で横になったのだ。

 ☆

 翌朝、目覚めるとすでに女の姿はなかった。夢か幻か、そもそも実在したのか? しかし女は確かにここにいたのだ。その証拠としてテーブル上に一枚のカードが走り書きと共に残されていた。

『坊やへ。昨夜はありがとう。心の中にあるモヤモヤを話してしまってすっきりしたわ。これはそのお礼よ。遠慮せずに受け取って by ツルコ』

 そう書かれたメモの下には昨夜の呑み代の、倍はある金額が置かれている。

 それにしてもやはりあの女はツルコだった。そう、スズキさんに復讐を持ちかけた霊感のある女。では何故昨夜はそんな能力などないと言い張ったのだろう。……。ツルコさんのずる賢い顔が頭をよぎった。昨夜は酔って、つい本音が出たのじゃないか。つまり霊感が無いというのは本当だったのだ。

 そうツルコさんは霊媒師を装って、スズキさんを騙しているのだろう。復讐を持ちかけて、そして? 何をするつもりなのか。考えるまでもない。スズキ家の莫大な資産を狙っているに違いない。


 ☆三人目の客

 大学の授業を終えると、速攻でバーに行って僕は開店の準備を始めた。マスター代理となって二日目。僕は再び興味深い客が訪れることを期待していた。

 しかしそうそう面白い人が訪れるわけもない。来客数は昨夜よりも更に減って、閑散としたまま閉店の時間を迎えることになった。そして片付けを始めた時に電話は鳴ったのだ。ガチャリ。

「はい、どなたですか?」

 しかし受話器の向こうは沈黙したまま。

「もしもし?」

『……誰か……聞こえる? ……私の声が聞こえる?』

「誰、君?」

『私、私……怖いの……助けて……このままでは私、殺されるわ』

 雑音まじりの中、聞こえる少女のものとおぼしき声は救いを求めていた。これは只事ではない。

「どこからかけているんですか?」

『え、何?』

 電波の状態が悪いのか、こちらがそうであるように、向こうも僕の声が聞き取りにくいようだ。再び声がする。

『私、幽閉されてるの。外から鍵をかけられて部屋から出られない』

 誘拐事件か? さらわれた少女が犯人の隙をみて電話したのだろうか? しかし何故ここに?

『私、どうしたらいいの?』

 泣き始めた。混乱して情緒不安定になっているようだ。無理もない。

「とりあえず落ち着いて。どうしてそうなったのか、最初から教えてくれないか?」

 優しく言うと、しばらくして少女はぽつぽつと我が身の置かれた状況を語り出した。

『ここは私の家。自分の部屋に閉じ込められている』

「えっ?」

 意外な言葉に拍子抜けしてしまった。自分の家にいるって? どういうことだ。てっきり悪人に誘拐されたとばかり思っていたのに。少女の話は続く。

『朝いつも通りに目が覚めたの。それで部屋を出ようとしたら、ドアが開かない。押しても引いてもびくともしない。寝ている間に向こうから鍵を取り付けて閉めてしまったんだわ。大声で助けを求めても誰も来てくれない。私の部屋は四階にあるから窓から出ることも出来ないし」

「閉じ込められてからどれくらいたつの?」

『……もう一週間以上ずっとここにいるわ。そうね、食事は起きると一日分が置いてあるの。私が寝ている間に置いていくのね。トイレやお風呂は部屋にユニット・バスがついているから平気なの』

 ということらしい。自室にユニット・バスがあり、四階建以上はある建物に住んでいるらしいから、そこはそれなりのお屋敷といっていいのだろう。

 資産家のお嬢様。白いドレスを着て、大きなセント・バーナード犬を引き連れて、広い庭で微笑みポーズをとる。そんな映像が頭に浮かぶ。思えば言葉遣いも上品な気がした。

 僕は何だか胸がワクワクと高鳴ってきた。訳あって広い屋敷の一部屋に幽閉された薄幸の美少女。それを僕が騎士のように救い出す。なんていう大好きなアニメ「ルパン三世・カリオストロの城」を連想したからだ。心はすっかりルパンに成り切って、誰に閉じ込められたのか? と問いかけてみる。

『分かってるわ。私をこんな目に合わせたのは……あいつ。私の父親、と仮に呼ばれてる男よ』

「君の父親? お父さんが?」

『ううん違う。パパじゃないわ。あんな奴。一応法律上ではそういうことになっているけど、血は繋がっていないんだから!』

 成程、年頃の娘と継父という複雑な関係から軋轢が生じ、いさかいが絶えずに、挙句こうなったという訳か。それにしても娘を部屋に監禁するというのは、いささかやり過ぎだ。

『私とあいつはもうずっと喧嘩を繰り返してるの。お互いいなくなればいいって位に憎み合って、それが頂点に達したのね。怒ったあいつはとうとう最終手段に出た。つまり私を閉じ込めてしまったの』

「君のお母さんは助けてくれないのか?」

 僕は聞いてみた。

「お母さんは血の繋がった実の親なんだろう?」

『そうだけど……』

 少女はやり切れないといった口調になって、『あいつの言いなりなのよ。ママは昔ながらの夫に従う弱い女なの。だから当てになんかならない』

 広い屋敷内で孤立無援状態となっている少女の姿を思い浮かべ、僕の胸は痛んだ。

『あいつは恐ろしい男だって私は何度も忠告したのに、信用しなかった。そうよ、ママは私よりもあんな男の方を選んだのよ』

 少女の声が怒りで震えた。

『そうよ、あいつは恐ろしい男なのよ。私は知ってる。あいつがママと結婚した本当の理由を。お金よ。家の莫大な財産こそがあいつの狙っているものなの』

 莫大な遺産? 話がまたサスペンスめいてきた。

『私のお祖父様は、とある大企業の社長なの。そこの一社員だったあいつは出世欲と財産に目が眩んで一人娘のママを騙くらかして結婚し、一族に紛れ込んだって訳なのよ。あいつは馬鹿だけどそういうところだけはずる賢くて抜け目ない。お祖父様もそして親族達もみんな騙されているの。私だけがそれに気付いて闘っている。たった一人の孤独な闘い。でも所詮は大人と子供ね。結果こうして部屋に閉じ込められてしまった。

 これからどうなるのか。分かってる。ええ、分かりきったことだわ。あいつはこのまま私を殺すつもりよ』

「まさか! そこまでしないだろ」

『ううん。あいつは目的を達するためには、どんな手を使ってもやり遂げる、そんな非常な男よ』

 そう少女は言い放つのだ。何という過酷な父と娘の喧嘩だろうか。もはや言葉もなく凍りつくしかない。

『ああ……ここにいてくれたらなあ。私の本当のパパが……』

 祈るように呟く少女。

「君の本当のお父さん。その人は今も健在なのかい?」

 ええ……、少女は思わせ振りに一呼吸置いて返事した。

『断言は出来ないけれど、今も生きてどこかで私を見守ってくれている……そう信じてるの。私が生まれる以前に行方知れずになったというパパ。今もママが本当に愛しているのは、そのパパの方じゃないかって気がするの。いいえ、きっとそうに違いない。ママが本当に愛したのは私と血の繋がっているパパだけなんだわ!』

「でも、そもそもどうしてそれを知ったの?」

『うん、実を言えば数年前までは私もあいつ、継父のことを本当のパパだと思っていた。知らなかったの。でも違和感を覚えてはいた。だって顔の造作はもとより、性格やちょっとした癖に至るまで、私とあいつはこれっぽちも似たところがないんだから。あんな不細工で下品な男に似るなんて真っ平御免だから、それで悩んだりはしなかったけど、気にはなってた。どうして親子なのにこうも違うんだろうって。

 で調べてみたの。こっそりママの部屋に忍び込んで、机やタンス、収納ボックスの中まで。そこで見つけたのが束になってまとめられた沢山の手紙だった。

 封筒の文字は男性らしい力強いもので、すぐにピンときて中をあらためた。思った通り、それはかつての恋人からのものだった。

 手紙には短い間にパッと燃えて、そして尽きてしまった恋愛の一部始終が綴られていた。年月とともに薄茶色にあせていく便箋に、しかし、したためらられた文字だけは今もなお、赤々と燃えるように輝いて、男の愛が本物だったことを私に教えてくれた。

 燃え上がった二人の恋は、でもあっさりと引き裂かれてしまったらしい。身分違いの恋。当時はまだそうしたものが若い恋人達の間に立ちふさがる大きな障害の一つだったのね。

 彼は画家を目指す貧乏学生で、お祖父様がこの交際を許す筈も無かった。封筒には一枚の写真が入っていた。そこに写る彼の顔を見て驚いたわ。自分とそっくりだったから。声もなかった。そして確信したの。この人が本当のパパだって』

 少女の話を聞きながら、ちょっと待ってくれ、と思わず叫びそうになっていた。これはつい最近聞いた話しによく似ている。そうだスズキさんが語った話。ということはこの少女、そのいさかいが絶えないという継父とはもしや。

 沸き上がる疑念の、そのどこから問いただしていこうと迷っているうちに、受話器の向こうが何やらバタバタと騒がしくなってきた。

「来たわ、あいつよ」

 再び大きくなる雑音、物のぶつかる音、少女の叫び声……。そして電話は切れてしまった。ツーッツーッツーッ。残ったのは無通を知らせる電子音だけ。

 ☆

 しかし考えてみればおかしな点ばかりだ。少女は何故ここに電話をかけてきて、そして見知らぬ、そう顔も名も知らぬ僕に向かって、自らの身の上を話したのだろう。助けを求めるならば、友達や知人、いっそ110番すればいいものを。そして何よりひっかかるのは、スズキさんの話との奇妙な一致。少女の継父とはつまりスズキ・ノボルさんのことなのか?


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