31 招かれざる来訪者 その4
「はい、却下しまーす。」
瀬利亜がバネッサを自分に引き寄せながら、言った。
「こんなセクハラおじさんと一緒にバネちゃんを旅に出すなんて考えられません。」
「待って、ちょっと待って!これは真面目な話じゃから!」
「ここの飲茶が終わってからゆっくり話をしてください。それまで、校内のいろいろな場所を見ながら時間を潰してくださいね。」
先ほどまでとは違い、真剣な面持ちになったオルテウスを見て、瀬利亜が打って変わって優しい口調で言った。
「ええ!わし一人でまわっても楽しめんもん!誰かついて来てくれないとやだ!そうだ、アルたんに案内してもらえれば…」
「丁重にお断りさせていただきます。」
アルテアは相変わらず瞳を青く光らせながら取りつく島もない。
「じゃ、じゃあそちらのおしとやかな御嬢さんか、瀬利亜たんで。」
「遥ちゃんはダメだし、私は抜けるとここが回らなくなるので無理です…。そうだ、バネちゃん、案内してらっしゃい」
「え!私が?」
「そうそう、いろいろと話をしてらっしゃい。」
意味ありげに目配せをする瀬利亜の言葉にバネッサはうなずいた。
バネッサは瀬利亜の助言通りにオルテウスといろいろ話をしようとしたのだが…。
「メイド喫茶萌え~♡」
「おっさん、こんなところで長々と時間を潰すんじゃない!」
「うまいの~日本のデザートとはこんなにうまいものなのか♪」
「おっさん、甘党なのか?」
「甘いもの、辛い物、アルコール、素敵な女性、すべて大好きじゃ!!」
オルテウスは興味を引きそうなものを見つけると、会話もそこそこにあっという間にあちこちへ飛んでいくのだった。
そんな風にドタバタしているうちに飲茶の閉店時間があっという間に訪れた。
「というわけで、バネッサちゃんはわしと一緒に『勇者修行の旅』にでることになったのじゃ♪」
「話らしい、話を全然してないでしょ!!」
オルテウスにバネッサが抗議すると、それを聞いていた千早が素早く反応する。
「バネさんは、私たちと一緒に修行をするんです!!勝手に決めないで下さい!」
千早が長身のバネッサの左手にしがみついてオルテウスにあかんべえをする。
「そうです!本人の意思が一番大切です!せっかく素敵……な彼氏もできたんです!」
遥がバネッサの右手にしがみついてオルテウスを睨む。
「可愛らしい御嬢さん方にそんなことを言われると困るのう…。じゃが、正当な勇者として鍛えるには先代のわしと一緒の方が有効だと思うんじゃ」
「正当な剣術なら『東洋の勇者』と一緒に修練を積めばこれからもさらに成長できるわ。そして、魔法その他のさまざまな複合的な戦いなら、私やアルさんと模擬戦闘をすればいろいろ身につくから。必ずしも先代勇者と一緒である必要はありません」
めずらしく真剣な面持ちで言うオルテウスに瀬利亜が涼しい顔で言う。
(…瀬利亜嬢は母親譲りで頭の回転も速いし、口も立つのう…どうしたもんか…)
真剣な顔で困っているオルテウスにアルテアが歩み寄った。
「では、こうしたらどうですか?あなたとバネッサさんの二人組とこちらの選ぶ二人組が模擬戦闘をして、勝った方の選択をゆうせんするというのは。」
先ほどまでの冷たい口調でなく、「いつもの」アルテアがニコニコしながら言った。
学校の地下の『闘技場』で勇者装備のバネッサ、同じくアルテア仕様の勇者風装備のオルテウスが並んで立っている。
対するは、格闘家風の瀬利亜と、腰にサーベルを差したタキシード姿の巧である。
(…そういや、巧さんはすごく強いとか、一度聞いたことがあったな…)
バネッサがしみじみと巧を見つめる
「私は今回はシードラゴンモードには入らないから、バネちゃんとほぼ同格くらいかしら。オルさんと巧さんの腕の差が勝負を分けるかもしれないわね。」
瀬利亜はバネッサとオルテウスを見ながら妙に嬉しそうだ。
「バネちゃん、あの男の腰にぶら下げている得物はなんじゃ?ものすごくまがまがしい気配がするんじゃが…。」
「……言われてみれば…」
「それでは、参ります!」
巧は迷わず、オルテウスに向けて、瀬利亜もバネッサに向けて滑るように前進した。
(相変わらず、踏み込みが速い!)
あっという間に眼前に現れた瀬利亜の左からの正拳突きを間一髪躱すと、バネッサは聖剣を鞘ごと横に薙ぎ払った。
瀬利亜は素早く後退すると間合いを取った。
巧とオルテウスははた目には巧の一方的な攻勢だった。
どす黒いオーラを放つ魔剣を嵐のように叩き込む攻撃にオルテウスは防戦一方だった。
「…そんなヤバイ魔剣を使っていると、使い手もあぶなくなっちゃうぞ!」
「…普通ならそうなりますね。ご安心を。魔力を抑え込むようにいろいろなアイテムを併用していますから。」
ギリギリで剣戟を躱しながらオルテウスがいうと、巧はさらっと返した。
「…あと、なんだか、強い『殺気』を感じるんだけど、どうしてかな?」
「ええ、先ほどからお嬢様のお尻を狙って、『見えない攻防』をされてましたよね。それで少し『思うところ』があったもので。」
(…怒ってらっしゃる!めっちゃ怒ってらっしゃる!!しかも、剣技を含む格闘戦能力は明らかに先先代魔王を大きく上回ってるし…)
剣戟にこもる殺気がさらに強くなるのを感じ、オルテウスの背筋に寒いものが走った。
「うわー、すげーなー。巧さん、先代勇者を圧倒してんじゃん。」
いつの間にか来ていた齊藤警部がアルテアに囁いた。
「さすがは元米軍情報将校・タクミ・クノウ大佐…と言ったところかしら。普段は本当に紳士なんだけど、瀬利亜ちゃんが絡むと人が変わるわよね。」
「実の娘と同じかそれ以上に大切…なんでしょうな…。オルさん、五分持つかな。ま、自業自得だし、最後には瀬利亜ちゃんが止めに入るでしょう♪」
カラーン!
大きな音を立てて、勇者の剣が地に落ちた。
戦意を喪失したバネッサを見て、瀬利亜が肩をすくめた。
「バネちゃん、迷っているでしょ?」
「え?」
「先代勇者と一緒に行ってみたい気持ちもあるし、残りたい気持ちもあるんでしょ」
にっこり笑って、瀬利亜がバネッサに右手を差し出した。
「せっかく大切な友達が出来たんだから離れがたいのはわかるわ。
でもね、あなたが修行の旅に出ても出なくても『私たちにとってあなたが大切な友人である事実』は変わらないわ。だから、バネちゃん、私たちがどう思うかではなく、『あなたがどうしたいか』で決めた方がいいよ。
もし、旅が嫌になったらいつでもここへ戻ってもらって構わないから。」
「ありがとう、瀬利亜。それからみんな。私は今回は残ることにするよ。新たなステップアップを考える時、旅にでるかもしれないけど。」
しばし、考えた後、バネッサはすがすがしい表情で言った。
「よかったね、ちーちゃん、遥ちゃん。バネちゃん残ってくれるって♪
それから、巧さん。そろそろ勘弁してあげて。」
「かしこまりました。お嬢様」
オルテウスの首筋近くまで押し込んでいた「破滅を呼ぶ魔剣・ティルヴィング」をさっとひっこめると、巧は礼をした後、涼しい顔で後退していった。
「ほんじゃ、バネちゃん。気が向いたらいつでも連絡待っとるよ」
校門前で斎藤警部と並んだオルテウスがバネッサ達に手を振った。
「おっさんも元気でな。今度は一緒に旅をしような」
バネッサも嬉しそうに手を振る。
「そうか、それは嬉しいな。『ここ』も瀬利亜ちゃん並に成長してくれるとさらに嬉しいんじゃが♪」
「余計なお世話だ!!」
「それから、『東洋の勇者』ちゃんも本当にかわいいのう。あと、五年くらいしたら、瀬利亜ちゃん並の別嬪さんになってくれそうじゃの♪」
「……五年て…私そんなに幼く見えますか?」
千早が半泣きしそうな表情で言うと、オルテウスは少し慌てた。
「ちゃんと、一二歳という年相応に……」
千早が全泣きに変わり、アルテア以外の全員が『地雷踏みやがって』と言う困惑の表情に変わり…アルテアは…。
「あなたは少し『女性に配慮する力』を身につけられることをお奨めしますわ。」
アルテアの瞳が青い危険な光を帯びだした。
「斎藤君、全力退避!!」
オルテウスは慌ててパトカーに乗り込み、巻き込まれを恐れて、齊藤も素早く運転席に着いてエンジンをかけた。
「偽勇者到来に続き、セクハラ勇者もこうして辛うじて撃退することが出来た。だが、安心してはいけない。いつまた第三、第四の勇者が来襲するかもしれないのだ!」
(BY瀬利亜)




