小さな異変
「………ん、ここは?」
気がつくと、ボクは家の前にいた。……あれ、さっきまで信号前にいた筈なのに、と周囲を見回す。何が起こったの?
首を傾げて、直前までの記憶を引っ張り出す。確か、しゅー君の家との分かれ道まで来て、それで――
「……はっ!!」
思い出した。あの、青い円が足元で光って――消された? 飛ばされた? 何だか分からないけど、とにかくゆー君としゅー君は!? と見回すも、周囲には2人の姿はない。
「2人共どこにいるの………?」
2人がいないと気づいた事による心細さが襲ってくる。いつもいる2人が居ないだけでこんなに寂しくなるなんて……。
と、とりあえず家の中に入って荷物置いて探しに行こう、と思い、ボクは鞄の中から鍵を取り出した。
今の時間帯は両親共々居ない筈だし、手早く荷物だけ置いて出ようと思っていたのだが――無い筈の物を見た。
「……あれ? 靴がある……何で、」
「あら咲! おかえり」
お母さんの靴があった。あれ? と首を傾げ、玄関の戸を閉めた途端に響いた声に――それと同時に廊下に顔を突き出した人物の顔を見て、数秒フリーズ。
「………………………」
「どうしたの? 私の顔に何かついてる?」
フリーズから復帰。で、ボクが次にした事は、……そのまま振り返って玄関から出る事だった。
ギーバタン。
――……思わず出てきてしまったけど、え、え? 何で? 何でいるの?
も、もう一回確かめよう。うん、見間違いかもしれないし――と思い、扉に手をかける。
ガチャリ。
「もー咲、何出たり入ったりして――」
ギーバタン。
……うん、見間違いじゃなかった。普通にお母さんがいた。
――とりあえず、おかしいでしょ!? いや何でお母さんがいるんだよ!? 今は出張で1週間ぐらい家開けるって……うん、今朝はそう言ってた。じゃあ何でいるの?
頭がパニック状態のまま、家の前で頭を抱え思考をグルグル回していると。
「何してるのよ咲。早く入りなさい。それに、言うべき事があるでしょ?」
その元凶の方から扉を開けて、入るように促す。ボクは混乱したまま中に入り、とりあえず『言うべき事』を口にした。
「ただいま……なんでいるの」
こちら側としては当然の質問だったのだが、お母さんはとても心外そうに言い返した。
「なんでって……いつもいるじゃない」
「……はっ?」
――……え?
うん、また頭がフリーズしたよ。え、え?
疑問そうに首を傾げ、お母さんはリビングの方に入っていった。
★☆★☆
「……えーと」
自分の部屋に鞄をドサリと置き、頭がフリーズしたままとりあえず制服を脱ぐ。
普通の私服に着替えて、ボクは頭がやっと回転し始めた。
――お母さんはずっと家にいる………? ……え、なにボクのお母さんカゲロ〇デイズのシン〇ローになっちゃったとか? ……いや、やだよ? お母さんがシン〇ローになっちゃったとか……もしそうなったら……?
一瞬想像してしまい、ゾワッと寒気が走る。
――……えっと……これからどうしよう……って元々、ゆー君やしゅー君を探しに出るつもりなんだった!
自分の考えを完璧に忘れていたとはどうなんだ、と思いつつ上着を羽織り、鍵と財布だけ持って階下に降り、一応(何故か)いるお母さんに、ボクは声をかけた。
「ボク……ちょっと出掛けてくる」
「あら、気をつけてね」
「……うん」
……普通に返された。ダメだ、何が何だか状態。何がどうなってるの…………?
★☆★☆
「……2人ともどこに行ったの…………?」
あれから30分後。
ボクはあの後、2人の家に行ってみたんだけど……ゆー君の家にもしゅー君の家にも、2人は居なかった。それどころか、ゆー君はここ3日間帰ってきていなくて、ほぼ行方不明状態だと(知ってるでしょ咲ちゃんも! とゆー君のお母さんに苛立ちを含んだ声込みで)言われた。しゅー君の家には第一誰も居なかったけど……どう言う事? 今日ゆー君とは一緒に学校にも行ったし、至って普通だったのに……。お母さんもヒキニート状態になってたし……本当に、一体どうなってるの………?
やっぱり、あの円が光って訳が分からなくなってから、何かが色々変だ。
近くの公園で、電柱にもたれかかりつつ買ったサイダーを飲みながら、頭を悩ませていると。
「あれ? 咲ちゃん………?」
不意に、背後から声をかけられた。この声は、と若干嫌な予感がしつつ振り返ると。
「あ……榊原さん」
予想通りの人物がいた。
この、長い髪を後ろでポニーテールにした可愛らしい服装の彼女は――榊原紗由理。
言ってしまえば――可愛い癖に性格は最悪な子だ。彼女とは同じ小学校だったし、帰り道でゆー君やしゅー君に愚痴を漏らしていた話題の張本人。女王様気質で、自分の言う通りに人が動かないと我慢ならないと言う――どうしようもない人間、と言うのがボクの評価。黙ってれば可愛いのに。
榊原さんはボクの前に来ると、ボクの顔を見て首を傾げた。
「どうしたの? 沈んだ顔して――親とでも喧嘩したの?」
「いや……」
一応、変に思われない様に愛想笑いを浮かべる。
ぶっちゃけると、ボクは彼女が苦手だ。話してても楽しくないし、彼女の傍に居ると何か物を盗られるし……。
そんな榊原さんは、ボクの内心とは裏腹に、アッと何かに気がついたかの様に、納得の表情の後に実にニヤニヤとした笑みを浮かべ、ボクにグイッと顔を近づけると――
「じゃあ楽君と喧嘩した?」
「しっ、してないよ!!!?」
咄嗟に――と言うか、ほぼ条件反射で否と返す。自慢じゃないが、ゆー君とは一回も喧嘩をしたことがない。
って言うか、普通に答えたけど……楽君って、ゆー君の事、……だよね?
ボクの反応にクスクス笑っている榊原さんに、どこか違和感を覚える。
――でもあれ? 榊原さんってゆー君と話した事無い筈だけど……ゆー君は無いって言ってたし、楽君と呼んでいると言う事はかなり仲が良い筈。それはおかしい……榊原さんは男子と殆ど話してなかった筈。
それに、こんな――他人の友人関係に踏み込んでくる様な性格だったけ……? もっとこう……そう、「私のいう事は絶対よ!!」とか言う子なのに……。
この榊原さんも………お母さん達の様に、変わってるの?
「アハハ、嘘だよ嘘。楽君今行方不明だから、したくても出来ないよね。もー本当にどこに行ったんだか。最近行方不明者本当に多いし」
「えっ、……う、うん」
――あと、それも変だよね。
ゆー君のお母さん、そして今榊原さんも言ったそれ――『ゆー君としゅー君が行方不明』。
おかしい。絶対におかしい。2人とも今日も学校に行ったし、途中まで一緒に帰ってたのに……あの円が、ボクや皆に何かしたのか……? それとも、『ボクの記憶の方がおかしい』の?
また思考の泥沼に沈みかけて(いっつもなら、こういう厄介事はゆー君が何とかしてくれるのに!)、次の榊原さんの言葉に、さっきとは違う意味でフリーズした。
「まぁ、彼氏が居なくなって心配なのは分かるけど……自分が行方不明になったら元も子も無いよ?」
・・・、……ハイ?
「楽君が咲ちゃんに告ったって聞いた時は驚いたけど……流石彼女、彼氏の為ならどこへでも♪ 地の果て空の果てまでも♪ ってトコ?」
「ちょ、ちょっとそれ……」
「アハハ、誰にも言わないって~♪ んじゃ、私行かなきゃ。元気だして気をつけてね♪」
「あっ、ちょっ……行っちゃったし」
言いたい事だけ言って、ボクの制止なんかお構い無しに榊原さんが公園からスタコラサッサと出ていった。まさに言いたい事を言われまくって行かれた形。
――って言うか、彼氏? 彼氏って何? え、彼氏……って、あの彼氏? つ、つまりゆー君がボクの彼氏……って、こ……と……?
「……え、ええええええええぇぇぇぇぇ!?」
彼氏!? ゆー君とボクが、恋人同士!? 無い無い、ぜっっっっっったいに無い!
榊原さんに言われた所為と言うか、顔が若干赤くなっているのが分かる。いや、ボクはそんな気は無いよ? ゆー君はただの幼馴染みだよ!? と誰が聞いているでもないのにアタフタして、
――5分後、我に返りました。
……なんだろう、この無力感……そんな事してる暇があるなら2人を探してる方が有意義なのに……と大分ローテンションになった思考で、2人をどうやったら見つけられるんだろうと悩み――、
「……あ、そうだ」
何だ、そうだ――簡単な事じゃないか。
2人に電話してみればいいんだ。
以上です。
本当なら次の話も同じ話になる筈だったんですけど、流石に分けた方が流れ的にいいかなと思いまして……。
さて次は、side由楽の方で咲からかかってくるシーンの咲サイドです。