欠落
一時間前の僕は元気だと言った……らしい。
二時間前の僕は買い物に行くと言った……らしい。
今の僕は何番目の僕なのだろう。
今日何人目の僕なのだろう。
財布から千円札が消えていた。どこにあるのかが分からない。
記憶の糸を辿ってみても、何も思い出せない。
何気なくリビングに行き、机の上を見る。
パンが二つ置いてあった。
それを見て気がついた。そうだ、僕はパンを買ったのだと。
前の僕はなぜパンなど買ったのだろうか、分からない、理解できない。
ただ、間違いなく言えることは、分からないとしても、理解できないとしても、僕がおこなった行動だということだ。
その時の僕が、自分の意志でパンを買ったのだ。
僕が言われた通りの事をしていないと、父親が怒った。
宿題をやってきていないと、先生が怒った。
約束の時間を何度も電話で聞いてくるなと、友達が怒った。
口止めされたことを忘れて秘密を話してしまい、兄に怒られた。
知らない、僕は知らない。
覚えていない、怒られて、殴られて、罵倒されても、僕は知らないんだ。
覚えてない、必死に覚えようとしても、忘れてしまう。
メモ帳に書いても、メモを取った事自体を忘れてしまう。
僕だってやりたくてやっているわけではない、悪意があるわけではないのに、みんなが僕の事を罵倒する。
怠け者、口が軽い、人として最低だ、約束を何一つ守れないクズ野郎だ……。
一つの事を覚えるのに物凄い時間がかかる。
記憶には頼れない、自分の感覚以外に頼れるものがない。
今書いている文章だって、数行前に何を書いたかは見返さないと分からない。
何を言っても、僕が自分の事を何度説明しても、誰も、何も、理解してくれないんだ。