第84章―茨の重い鎖その13「運命(さだめ)」―
シャワールームとバスルームが別々になっているので、志生が面白がって言った。
「ふたりでどちらか使えば一度にお風呂済むよ。俺としては俺が風呂で萌がシャワーを浴びてるのをじっくり見たいけど。」
「だーめ。」
結局志生が先に入っていった。何度か一緒に夜過ごしているのでわかっているのだが、志生はお風呂の湯がどちらかといえば熱好きだ。初めて私の家に泊まった時も志生に先にお風呂を使ってもらったのだが、後から入った時、給湯からお湯を足しているのがわかった。酔っていたので熱い湯を避けたのだけど全く志生には通じなかった。私も特別ぬるい湯が好きという訳ではないけど、志生の入れた湯では熱すぎる。だからお風呂なら彼が入った後くらいの方が丁度いいのだ。
こういうこと一つとっても、自分と志生が“そういう関係”って感じる。風呂の温度の好みなんて大した話じゃないのに、他人が知らない志生を知ってるというのが私を恍惚させる。女ってどうしてこんな些細な事にこだわるのだろう。そう頭で思っても感情は正直。でも私の場合はそのあとに必ずがっかりしてしまう。その恍惚の材料をとっくに知ってる女性がいるというのを思い出して。きっと富田さんなら志生にお風呂の湯を入れさせることなんてないんだろうな。すべてに先回りして志生が楽なようにしたんだろうな。・・・そう思ってしまう。
志生は・・、男の人はどうなんだろ?やっぱり自分の女の前の男が気になったりするんだろうか。志生は昨日私が不倫の経験があるというのを初めて知ったのだけど、それで志生は私を見る目が変わったのだろうか。不倫相手とどんな付き合いをしたのか気になったりするんだろうか。今の私と同じように。
外はずっとネオンで明るかった。橋の上をひっきりなしで車が走っていった。下を見下ろすと身を寄せ合う恋人達が見えた。不思議な気がした。今年の春までまったく知らない赤の他人だった人とふとしたことで知り合って、なぜかこの関係になって、ここでこうしている事が。そして今年の春まであんなに愛してた人がもうこの世の人ではないという事が。
なんとなく窓から他の部屋が見えるかが気になる。あの二人がどこかにいるかもしれないと思ってしまう。もちろん、他の部屋なんて見えそうで見えない。ましてや見えそうな部屋はちゃんとカーテンが引いてある。私たちの部屋から見えるという事は逆もあり得る訳で、やっぱり気をつけるべき所とは思う。
「何見てんの?」
パンツ一枚にバスタオルを羽織った志生が窓ガラスに映る。ドキッとして振り向こうとして・・振り向けない。
「外。キレイだから。」
ドキドキ。いつ見ても男性のそういう姿はときめいてしまう。だから振り向けない。見たくて、でも見るのが恥ずかしくて・・。それは子供の頃、テレビのドラマとかでふいにラブシーンにぶつかった時の気持ちに似ている。一緒に親がいると、親もどうしたものかという顔になって、いきなりその辺を片づけたり新聞を広げたりと、子供の手前なのか「別に興味ない」というそぶりを見せた。でも今まで見ていたチャンネルを急に変えるのもどうかといった感じで、そのシーンが終わるのをなんとなく待ってたりする。こちらとしては未知の世界だから興味シンシンで、でも親がいるからじっと正視する事も出来ず、やはり急にトイレに立ってみたり、「あ、宿題」とか言ってテレビの前から離れたりした。逆に親が急に「宿題は?」なんて言うこともあった。みんなラブシーンは見たい。それは別にいやらしいわけではなくて(まあ、多少はいやらしいけど)、人間の本能じゃないのかなって最近は思う。食欲、睡眠欲、排泄欲とともに性欲は生きとし生けるものの生理的欲求だ。広い意味でいうなら、これは私個人の推論だけど、セックスしたい=性欲ではなくて、そこまで強い気持ちじゃなくても興味があるのはごく当たり前の事ではないかと。生理的に当たり前という意味で。だって子孫を残すためには性行動は不可欠だし、普通は生きとし生けるものは皆自分の子孫を残したいと思う。「自分は子供なんか要らない」という人もいるだろうけど、たいがいそれには何らか事情があったりトラウマがあったりすることが多くて、基本的感情では子孫繁栄は当たり前の希望なのだ。それはこの世に生まれた時から備わっている。だから男女の区別が要らない時間はごく短い。早ければ3歳くらいで「となりの〇〇君がスキ」なんて言い出す。平均寿命が80歳を遠に超えた中で、男女がお互いの性を意識しないのは生まれてわずか3年足らずということ。その後は遅かれ早かれ、性を意識しながら迷路に入ってゆくのだから。
こうして志生の裸を何度か見て知っていても、やっぱり彼を男性として意識する時、そういう姿は見たくて、でも恥ずかしい。見たいのは自分に持ってない魅力だからだし、恥ずかしいのは男の裸=性欲=いやらしいという図式が成り立つのを否定したいからだ。女に恥じらいは幾つになっても、仮にお婆ちゃんと呼ばれるようになっても(しかもそれを認めざるをえない歳になっても)、絶対必要だ。こんなことを赤裸々に言ってる私が言うのは説得力がないかもしれないが、やはり大切なものは大切。恥じらいたい。だから志生が目の前で裸になっていても、もしそこにガラス1枚あるのなら、ガラス越しに見るくらいの可愛げな気持ちが大切なように私は思う。
でもそういう私のささやかな、似合わないくらいの可愛らしい気持ちと裏腹に、志生はそのおおらかな愛情を行動でぶつけてくる。窓から外を見る私に、お風呂上がり特有の素肌の匂いをさせて、後ろから手を回す。
「萌。」
その温かみにちょっと身を任せてる間にもう志生の手が私の胸まで上がり、ブラジャーのホックに及ぶ。こいつぅ・・・慣れてきたな。私の下着に。・・・潤哉とのやり取りを思い出す。
“女性って、みんな同じような下着をつけてると思ってたけど、そうじゃないんだよな。最近付き合い始めた彼女、会う度にブラジャーのホックが前だったり後ろだったりするんだ。”“それ普通じゃん。”“前の女の子は必ず後ろホックだったんだよ。前ホックなんてやったことなかったからちょっと。”“後ろホックだけの子が珍しかったんだよ。訓練訓練。”“萌のはどっちなの?”“ノーコメント。”・・・言い訳するわけではないけれど、誰とでもこんな話をするわけではありません。潤哉は身内のような存在だからね。男友達ってある意味恋人より親しいかもしれない。
「ちょっ・・、志生。ダメだよ、お風呂入る。」
いつのまにか私の上半身はずいぶん涼しくなっている。あわてて身体を離す。
「いいよ。そのままでも。萌は汚くないよ。俺と違って。」
「ダメだよ、飲んでるし。歩いたから汗かいてるし。」
そのままバスルームに入って鍵を閉める。「萌は汚くない。俺と違って。」・・・そんなことない。私は汚い。志生より汚いよ・・。
ちゃぽん。お風呂に入る。やっぱりこれくらいがちょうどいい温度。熱からず、ぬるからず。男女と一緒。でも。こんなにリラックスしてて、明日の今頃は仕事してることも忘れてしまいそうなのに、さっきのあの二人のことも、引いてはあの人のこともちゃんと意識にある。どんな幸せな気分も一時すると形を変えてしまう。きっと私はメタファーに支配されて病んでいても、メタモルフォーゼにはなれないのだ。メタモルフォーゼにはなれない。すると急に今お風呂に入ってるのが私の身体をしたあの人の奥さんのような気になった。そして今から、会って間もない鶸萌葱色のジャケットを着たあの男と寝るのだ。あの人の代わりに。奥さんはその男の中にあの人を探すのだろうか。そういえばあの人は・・私と寝た時と奥さんと寝た時では違ってたのだろうか。愛撫の仕方。指の運び方。唇の重ね方。そして・・。そこまで思ってハッと我に返る。いけない。自分に呑まれてしまう。思い切り頭から湯につかる。頭を覚ますつもりなのに、また“このまま湯に浸かっていれば死ねるんだ”なんて思う。栓を抜き、湯から顔をあげる。タオルを取って顔を拭く。シャワールームに移って身体を洗おうと思う。と、気付く。拭いたはずの顔が濡れている。手でぬぐうとその水が口にあたる。しょっぱい。涙?なんで泣いてるの?私はなぜ泣いてるの?わからない。私は意味もなく泣いている?理由もなく?
ううん。私は悲しい。奥さんがあの人以外の人に抱かれるのが。多分あの雰囲気ではあの二人は寝る間柄だ。そういうのは往々にしてわかる。きっと今夜あの二人は肌を重ねる。そして私も志生と夜を越える。あの人が愛した女は二人とも今夜他の男に抱かれる。抱かれながら切ない吐息をもらす。それをあの人は窓の外で見ている気がする。悲しい眼で。でも私も奥さんもあの人に気づかないだろう。情事に夢中で何も見えないだろう。・・・それが悲しい。それが悲しくて泣けるのだ。どうしてこのことを、どうして私は知らなくちゃならないんだろう。どうして“知る”ようになっているのだろう。運命とは、かくも逃れられぬものなのか。