第8章―真夜中の三日月―
私の作品を読んで下さるすべてのかたに感謝します。ありがとうm(__)m
自宅に帰ると、私はバッグを放り、ベッドに思い切り身を投げた。
…頭の中で穂村さんが微笑んでいた。まるで映画のワンシーンのように。…ふぅ…溜め息をつく。あのあとからずっとBGMが流れている。私の鼓動だ。
…恋なのだろうか。つい2、3日前まであんなに愛した人がいたのに。あの人だけで毎日を彩っていたのに。こんなことってあるんだろうか。でも事実、今私の頭の中は穂村さんのことしか浮かばない。…もっと彼と話したい。彼を知りたい…。今まで患者さんに惹かれるなんてなかったのに…。
「サボコ、どう思う?」
私はテーブルの上で私を見下ろしているサボコを見上げた。なんだかサボコには微かなオーラが漂ってるように見えた。ささやかな光。そう、例えば蛍みたいな。私の育った田舎(国内では有名な豪雪地帯。)では、初夏の頃にはあちこちに蛍の群れが舞うのが見られた。ついては消え、またついては消えていく光の点滅は、その頃も好きな人のいた私にとって大きななぐさめだった。…そんな事をサボコを見つめながら思い出す一方で、"今頃穂村さんどうしてるかな"なんて考える。考えていくうちに瞼が閉じていく…。
眼が醒めたのはそれから2時間くらい経ってからだった。
「…寝ちゃったんだ。」
もぞもぞとベッドから降りる。一人暮らしの悪い癖で、寝たい時に寝て、食べたい時に食べる。それでなくても時間に不規則な仕事をしているのに、プライベートでも着の身着のままの暮らし。時計を見ると9時近かった。私は冷蔵庫から適当に材料を出し、冷凍庫から残りもののご飯を出して電子レンジでチンした。材料を細かく切り、油をひいたフライパンにいれて少し炒める。そこへ先ほどチンしたご飯を投入…即席チャーハンだ。一人暮らしになって、最初はまめに食事らしいものを作っていたが、だんだん簡単なものやコンビニ弁当になってしまい現在に至る。ご飯も一合炊いても余るくらいなので、一度にある程度炊いてから冷凍するようになった。チャーハンやカレーライスにすれば、解凍ご飯というのも忘れる。
「いいのかなぁ…こんな生活。」
なんとなく口をつく意味のない言葉。誰かと暮らしているなら何気ない一言にも意味を込められるのに、一人ではそれこそ“一人言”でしかない。
「やぁね、今更…。淋しいってガラじゃないのに。」 そして、その一言さえ一人言だった。
変な時間に寝てしまった為か、その晩私はなかなか寝付けなかった。そしてずっと穂村さんのことを思い出していた。今まで、それなりの恋愛を通ってきた。片思い、両思い、不倫、別れ…。ただ、私はどちらかというと人を好きになるのに時間がかかる方だった。短絡的に恋はしない。簡単に恋に堕ちない。そう言い切れる自信があった。…それが…今回ばかりはいつもと違う。あきらかに、はっきりと違う。私は混乱していた。恐怖すらあった。なんなの?いったい?でも、諦めるしかない。認めざるをえない。これは恋だ。しかもおそらく一目惚れ。でも…
「いるよね……彼女。」
そう思うと切なかったけどそうとしか思えなかった。
傷つく恋はしたくなかったし、しばらくは恋そのものから離れていたかった。でも人生あまくない。本当に、唐突に、自分にさえ裏切られることがあるのだ。
私はベッドから出て窓を小さく開けた。まだ真夜中だったけど、高い空に三日月が見えた。まだらに星が月の周りを飾っていた。
「サボコ、見てごらん。なかなかの風情だよ。」
私はサボコを窓辺に連れて来た。
…しかたない。素直にこの気持ちに従おう。流れに任せてみよう。小さく光りを放つ三日月をサボコと見上げながら、私はこの恋を貫くことを決心した。