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まぼろしの跡  作者: 樹歩
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第75章―茨の重い鎖その4―

 「・・そういう訳よ。」

お母さんの話に私たちはただ黙っていた。そうですかとも、困ったですねえでもなくて、ただ言葉がなかった。呆れている訳ではない。ただ返す言葉がなかっただけだ。多分志生もそうだと思う。ただ、それを受け止めていた。でもお母さんは無反応にしている私たち・・特に志生の態度が気に入らないようだった。ボーっとしている志生に

「何ぼおっとしてるの!そもそもあんたが悪いのよ。いつ富田さんと会ったか知らないけど、その時ちゃんと言ってやらないからこういう事になるんだよ。」

と言った。それに反応して志生も言い返した。

「言ったさ。ちゃんと萌と一緒になるって。もう終わった事だって。」

「でもあんた、一晩説得かかったんでしょ。」

お母さんの攻撃に志生は黙ってしまう。

「萌さんが家に電話してきた晩ね。・・萌さん、本当にごめんなさい。情けない子で・・。びっくりしたでしょう?でもね、何もなかったって言ってたわ、信じてもらえるかわからないけど。」

「何もないよ!俺はそんな男じゃないよ。」

お母さんの言葉に志生は“もうその話は勘弁してくれ”と言いたげにくってかかる。そんな志生にお母さんはさらに言った。

「バカ!そんなのは当然でしょ。そういう事ではなくて、あんたが一晩富田さんといたってことが間違いだし、そもそも富田さんについて行った時点で大間違い。何を言われようとついて行くべきじゃなかった。」

「・・・。」

「そう思わない?」

「・・思う。萌にも同じこと言われた。」

「当たり前でしょう。どこの世界に婚約者がいるのに、昔の女の所へノコノコ行く男がいますか。何を言われてあんたが同情したか知らないけど、本当に萌さんを大事に思ってるなら行ったのは大間違いだね。その結果がこれでしょう?」

「・・あんな人じゃなかったのに。」

「そうじゃない。原因は向こうじゃない、あんたでしょ。あんたが最初に甘い顔をしてるからこうなったんだよ。あんたの態度のどこかが、もしかしたら・・って富田さんに思わせたんだと思うよ。でなきゃあの人だって萌さんやここにまで乗りこんでこないと思うよ。」

志生が肩をすくめる。さすがお母さん。私の言いたかった事を(言ったけど)ずばり言ってくれた。

「いい年してこんな事もわからないなんて。・・・嫌な思いさせたわね、萌さん、本当にごめんなさい。申し訳なかったわ。」

ここまで親子の話に曖昧な顔をしていた私だったが、お母さんのその言葉を聞いたと途端、涙が溢れ出した。返事も出来ず俯いてしまう。なんてありがたいことだろう。するとお母さんは私の肩に手を置いてくれた。そしてこう言った。

「本当にごめんなさいね。経緯(いきさつ)を聞いただけでも気持ちが引いちゃう話だものね。・・でもね、私がこんなこと言うのも変だけど、志生(このこ)は一度好きになったらその人しか見えないの。本当に今回富田さんに会ってしまったのは魔がさしたとしか言いようがないと思う。多分話が大きくなる前に自分で何とかしたかったんでしょう。・・結果こういう事になってしまったから何を言っても言い訳なんだけど。でも萌さんに対する気持ちは同じだと思うから・・、どうか勘弁してあげてもらえる?」

私は嬉しくて、ありがたくて、涙を押さえながら頷いた。何度も頷いた。志生は黙って見守っている。

「これからよろしくね・・。志生だけじゃなくて私たちともね。」

「・・・。」

私は泣きながら深く頭を下げた。本当は「こちらこそよろしくお願いします。ふつつか者ですがお願いします。」と言いたかった。いや、言いそうになった。でも言えなかった。優しいお母さんの言葉が逆に痛かった。私は騙している。こんなにいいお母さんを騙している。今ここで自分の不始末も(さら)してしまおうか。曝して、「こんな嫁でもいいですか」と言ってしまおうか。・・・いや、やはり出来ない。私が許しを乞いたいのは志生でも穂村の家でもない。死んだ人なのだ。如いてこの世にいる人を上げるならあの人の奥さんだ。他の人じゃない。さっきまでまるで夜のホームドラマのような高ぶりを見せた私の気持ちが、どんどん暗闇に戻っていった。



「ジュースぬるくなっちゃったわね。入れ直してこようか。」

お母さんが言ったので、

「いえ、大丈夫です。このままで。」

とあわてて返事する。そんなに気を遣わせてはかえって恐縮だ。でも志生は

「じゃあ、冷たいビール。」

と、のうのうと言った。そしてちゃっかりと

「俺の分は萌にやるよ。」

と自分のグラスを私の方に追いやった。・・・こいつう。お母さんもあきれ顔で言う。

「ホントに飲兵衛で困った子。萌さん、一緒になったら酒代は自分で払わせてね。家計で持ったら大変。いくらあっても足りないから。」

志生もこれには返事に詰まる。

「・・肝に銘じておきます。」

と言って何度もすくめた肩をまたすくめた。私も言った。

「だそうですので・・、私も肝に銘じておきます。」

その場がやっと和んで三人で笑った。お母さんも嬉しそうだった。

 肝に銘じておく・・か。もっと早くそういう言葉を本当にわかっていたら、志生も私も今になってこんなに苦しまずに済んだのに。すべては因果応報に(めぐ)るものだとわかっていたら。自分を縛っている鎖は余りに重たい。重さで押しつぶされそうだ。蟻地獄に落ちたナメクジの如く。









































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